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【完結】ロード・オブ・ザ・パンゲア ~母を訪ねて何千里、魔法の才に恵まれなかったボクは、銃と映画でテッペンを目指します~  作者: イマジンカイザー


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俺がオレを保てなくなる

週始めです。

そろそろ体力が限界なので、来月からはほぼ日更新が週イチ更新になりそうです。


「さあ。さあさあさあ。ベッドにおいで。今宵は存分に楽しもうぞ」

「は、あはは。ははは、はあ……」

 あの尊大な態度は外面か。ボクを連れて寝室に入った瞬間、猫撫で声にしまりのない顔。そんなに若い女の子がいいか? アンタにとってそんなにクリティカルだったか? 生憎とボクは男なんだけど。

 綺羅びやかな硝子のシャンデリア。最低でも五桁はくだらないタンスや机。部屋の奥には扉で仕切られ、開け放された浴室。現実世界(リアル)どころか、パンゲア内ですらなかなかお目にかかれないほどに豪華な二人用ベッド。財を築いた男はとかく家具にカネをかけたがるものよ。母様が昔話していた台詞が頭を過ぎる。

「どうしたどうした。まさか、逃げようと考えているのではあるまいな? 我の魔法を目にして、それでもと」

「め、めめめ、滅相もございません」これだけ色欲に狂っていながら、その目に輝く眼光は少しも濁ってはいない。銃弾を脳天に撃ち込んで逃げることも考えた。考えたけど分が悪い。たとえこの男を殺せたとして、屋敷に住まうこいつの手下がボクを逃してくれるかどうか……。


「え、えっと……ですねぇ……」吐いた唾は引っ込められない。これ以上違和感を抱かれたらおしまいだ。何か話題、話題……。「お風呂! そう、お風呂! "わたし"、ずぅっと荒野を歩いて来たからもう、汗だくのくたくたで」

「成程、確かに」良し、食い付いた。「自ずからそこに気付くとは。それでこそ我が妾よ」

 解ってはいたけど、そこに『妾』を愛でるつもりはなくて。欲しかったのは『箔』ひとつ。どこまでも自分本位で腹が立つ。

 あ。いや、待って。腹が立つのはホントだけど、これじゃあボクが妾としての境遇そのものに不満みたいじゃあないか。違う、違うぞ。断じて違う。

「良かろう。早う汚れを落としてまいれ。おぉい誰か。誰かおらぬか」

 辺境伯の脂肪男は天井を仰ぎ見て手を叩く。いかなる仕掛けによるものか、浴室のバスタブに水が張られ、弱い炎がその下でゆらめき始めた。

「直ぐに良い湯加減となろう。さあ、早う汚れを落として参れ」

「あ、ありがとうございますご主人さまぁ」

 やはり、殺してガン逃げは早計だった。こんな指示が通るんじゃ、撃ったところで逃げ切りは難しいだろう。

(別にそこまで気にしてないけど)せっかく向こうさんがくれた機会だ。このままお風呂をいただかせてもらうとしよう。下手の考え休むに似たり。どうせ休むならリフレッシュした方が良いに決まってる。


「ああ、あは、あぁ〜……。きもちえぇ……」

 暖かいお湯に包まれて、全身からチカラが抜けていく。ここは仮想現実(メタバース)。茹だるカラダもこのお湯も、全部01データの複合体なのだと解っている。いるけれど、この気持ちよさは紛れもないホンモノだ。

 バスタブから周囲を見回す。あるのは全身が映る大鏡が一枚と、汚れた服を放り込んだ脱衣かごだけ。拳銃は『ここ』だ。湯船に沈め、いつでも撃てるように構えてはいる。

(まあ、急ぐ必要はないよな)

 なんだか他人事みたいだけど。ここまで連れ込まれてしまったら、急ぐ急がないに意味はない。よくよく考えてみたら、ボクはあの『御主人様』のことをなんにも知らないんだ。何もわからなきゃ対応のしようもない。

 おじさんは……。おじさんも気がかりではあるけれど。今のボクにはどうしようもない。どうしようもないことを思い悩むより、今目の前にあることに全力で取り組むべし。母様が昔言ったことばだ。故に、ボクは捨てられたのだけど。

「さぁ、て」湯船から身体を起こし、バスタブ脇の棚に置かれたタオルに手を伸ばす。

 妙だな、と感じたのはその時だ。この部屋は足場から天井まで、上下左右を肌色のタイルで覆われている。湯気が漏って周囲が湿気るのを防ぐためだろう。今の今までそう思っていた。

(声……だよな、今の)

 水の流れる音に混じり、微かに聞こえる息遣い。まさかここにも伏兵が? あの野郎、何もして来ないのは『のぞき』のためだってか?

「う……ウ……」

「う?」

 人間、些細なキッカケさえあればその耳で思ってる以上に音を拾えるものだ。疑惑を覚えて耳を澄ませ、この声がひとつではなく、もっとたくさんあることに気付く。

 ふたつ、よっつ、八つ……。少なくとも二桁。たかが小僧ひとり監視するのに二桁ってなんだ。どうしてそんな話になる。

「たす……けて……」

「くる、しい」

「うぐ。う、う、う」

 いや、違う。監視が目的なんじゃない。これは多分うめき声。と言うことは……。

「ひ、いいっ!?」

 目を凝らして、これほど後悔したことはない。肌色だと思っていたタイルは実は透明で。並べられたそれの中に、女の子のつぶらな瞳。だんだんと事態が呑み込めてきたぞ。あの男は妾と言った。この屋敷の中に、他にそれらしい女の子は居なかった。


「――何をしておる。まだ終わらぬか。あまり我を待たすものではないぞ。分かっておるのか?」


 つまり。これって、これって……! 畜生あのクソオヤジ、妾にした女の子の終着点がこれか? 捕らえた女を魔法で固めて、生きたまま保存してるってコト!?



※ ※ ※



「ちくしょうめ……。身動き取れねぇ」

 フィルが身の危険を感じたのと時を同じくし。空っ風吹く荒野のど真ん中で生首ひとつ。辺境伯の魔法で首から下を土の中に埋められたキャラハンは、一通りの抵抗を試すも無理を悟り、天を仰いで途方に暮れていた。

 彼は誰よりも早く銃を抜き、標的の脳天に撃ち込む事ができる。できるのだが、両手どころか身体ごと埋まっていては何も出来ない。お手上げだとシニカルに笑いたいが、生憎と指一本まともに動かせぬ。

「くそッ……駄目だ、裂ける。『裂け』ちまう……!」

 この男・キャラハンには過去の記憶がない。気がつけばエウロパスの町の片隅で、自らが誰で、どうしてここにいるのかも分からなかった。

「やめろ……。俺は"俺"だッ。お前らの好きには……させねぇ……」

 そんな彼でも、何故か『しらふ』で居てはならないということだけは識っていた。いや、直感がそうさせたのだ。彼は街を駆けずり回り、酒屋の酒をありったけ奪い、酔っ払って正気を無くさんと試みた。


「ひょほっ。いたいた。司祭さまの読み通りだぜ」

 キャラハンから少し離れたところに、そらから降り立つ若い男の姿あり。縦に白黒ツートンカラーのローブを纏い、短く切り揃えられた髪はツンツンに逆立っている。

「はじめまして、だよな? 俺はウォーリアー・センゴク。カナエ様には悪いが、お前みたいな流れ者は今ここで始末させてもらうぜ」

 彼らが『竜』を倒した際、遠くで見守っていたあの男だ。様子を見るという上の命令に反し、単独でキャラハンを狩りに来たというのか。

「う……ウゥ……やめろ……。『離れるんじゃない』」

「オイオイオイ、なんかずいぶん辛そうじゃねぇの」だからといって、手心を加えるつもりはないけどな。センゴクは右掌に雷の魔力を集中させ、固く拳を握り込む。

「そんじゃあさ、とっととチリになっちまいなぁ!」

 魔力を一点に集束させ、徒手空拳と併せる中級技術。もろに喰らえば頭蓋の四散と脳漿の01化は免れまい。

 その昔、格闘家が自らのチカラを誇示せんがために行ったとされるデモンストレーション・瓦割り。センゴクの拳は落雷が勢いで解き放たれ、蜘蛛の巣状の衝撃が地表を伝う。

「キマったぜ」

 振り抜いた拳を引き上げ、ニヒルな笑みと共に獲物を見下ろす。彼が違和感を感じたのはその時だ。奴の血肉はどこだ? 我が雷撃拳に砕けぬものは無いはず。そもそも奴は首から下まで土の下に埋まっていたというのに。


「あは♡ あははのは♡」


 センゴクが視界の左端に巨大なクレーターを見つけたのと、背後に不気味な圧を感じたのはほぼ同時だった。若い女の声? 奴の連れか? 他の気配は何も無かった。


「あらァ〜。思ったよりもステキなお兄ちゃんじゃないのォ〜。やだやだ、興奮しちゃう〜っ」


 いや、やつは間違いなく『ひとり』だ。若い女の黄色い声は、標的たるキャラハンの口から放たれている。その瞳はピンク色に染まり、しまりのない笑顔でこちらを視ている。


「なんだ……なんだってんだよ、お前!」

 彼はここで初めて、抜け駆けを禁じた上層部の判断の正しさを思い知ることとなる。

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