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第9話:インタールード2 ~神聖王国とギルド~

まだ、魔王様は出ませんが、次回から出ます。

今回は魔王様の敵?である勇者の関係者が登場します。


「なんだというのだ! これは!」


 この世界で最も神に近い場所とされ、最も人口が多く、そして最も厳粛さが求められる大聖堂の一室で高位の聖職者が声を荒げていた。彼の名は、ベネディクト・エルメロイ。神聖ソラリア帝国の枢機卿の一人である。彼はきれいに剃り上げた頭にまで血を登らせて血管を浮き出たせ、叫んでいた。


 調査依頼を受けていた冒険者ギルドマスターのセルゲイが冷や汗を流しながら答える。セルゲイは、かつてS級冒険者でもあったのだが、勇者ギルドの文化が合わず、勇者ギルドから立ち去った。その後は冒険者ギルドに再度登録し、F級冒険者からA級にまでもう一度上り詰めた。そうして、今では冒険者ギルド本部のギルドマスターになっている。


 だが、彼は勇者にはなれなかった。そんな大多数の人間と似たような価値観をもつ彼だからこそ、この場に相応しい恰好であろうとして、武装は一切していなかった。そして、横目でその勇者ギルドの人間を見ながら、ベネディクトに頭を下げた。


「恐縮ですが先ほども申し上げたように、この報告書のとおり、世界各国の死者数が激増しています」


 その一方で、無言で状況の観察をしている豪華な装備をまとった女性もいた。この女性についてはベネディクトは招集していなかった。しかしセルゲイの隣には、勇者ギルドのマスターであり、大英雄の1人でもあるセレネス・ヴィクトリア本人がいた。彼女は空の色と同じ水色の長い髪を全く揺らすことなく、背筋を伸ばして立っていた。


「そんなことはわかっている! だが、奴らが現れてからたった1年しか経ってないのだぞ! たった1年だ! なのにッ!」


 ベネディクトが手に持っていた報告書を目の前のテーブルに叩きつけた。パンという音とともに、室内が静まり返る。


 セルゲイは全世界で万を超える冒険者のトップに立つ男だ。それでも彼は多数の諸国にすら政治的干渉ができるほどの権力者を前にして、委縮し肩を震わせながらも視線をベネディクト枢機卿に向ける。いくら冒険者がいても国を相手にしたら、不都合が多すぎるのだ。


 そんなセルゲイとは対照的に、セレネスは微塵も揺るがない。それどころか口元にうっすらと、笑みすら浮かべている。左目は自身の髪の色と同じ水色でありながらも、右目は緑色でオッドアイだ。その微笑みは、まるで肖像画の聖女のように、芸術的なまでに洗練されている。セレネスが色の異なる両目にも笑みを浮かべながら、ベネディクトに対して落ち着くよう促す。


「まあまあ、少しは落ち着いてく下さい。ベネディクト猊下(ゲイカ)。命令を出す側の人間が冷静でないと、無駄な犠牲を増やすだけですよ」


 そのあまりにも不敬な発言に、枢機卿の護衛2名がセレネスを注意しようと近づくが、ベネディクトが手を挙げてそれを制止する。


「よい。彼女は勇者ギルドの人間だ」


 注意するだけ無駄だ、と言わんばかりの表情でベネディクトは自分の護衛たちを見渡した。それすら笑みを崩さず、セレネスは見届ける。


「あら、酷いですわね。ベネディクト猊下」


 ベネディクトため息をを吐く。


「セレネス殿は、自分たちがどのように世間から言われているのか知っているのだろう? であれば、そんな今更な反応をしないで欲しいな」


 セレネスはさらに笑みを深める。


「ええ、当然知っていますわ。私たち勇者ギルドが、皮肉として戦闘狂集団だの、バーサーカーの集まりだの。中には、そのような酷いことを言われていますが、それだけ私たち勇者ギルドに所属するメンバーの戦闘能力が高い証です」


 再度ため息を吐き、ベネディクトは議論の本題に入る。セレネスとの雑談で、気を落ち着かせたのだ。




「改めて確認する。セルゲイ。冒険者ギルドが集めた、周辺各国の被害状況はこれで間違いないのかね?」


 先ほどテーブルに叩きつけた紙を手に取り、ベネディクトが問い直した。セルゲイも少し緊張を解いて、


「はい。我々冒険者ギルドが集めた情報では、それで間違いありません」


 ベネディクトは自分に言い聞かせるように、呟いていく。


「――ここ一年で戦闘によって大幅な人口減少を免れなかった国はないか。

 ――我が国は人口の4%がインヴェーダとの戦闘によって死亡もしくは行方不明。

 ――アプラス王国は人口の10%

 ――ローゼン王国は人口の11%

 ――クゼ王国は人口の7%

 ――オベーラ王国は人口の13%

 ――ビハイン王国は人口の30%の喪失により、隣国オベーラ王国との同盟を締結」


 改めて危機的状況を把握したベネディクトがセルゲイに問いかける。


「その他の国も人口減を免れないのか。中には小国とはいえ、滅亡した国もある。では、お前たちに依頼した《インヴェーダ》の脅威度やその特徴についての報告も教えてくれ」


 セルゲイが口を開こうとしたが、割り込むようにセレネスが口を開く。


「それについては、私たち勇者ギルドが調査いたしました。ですから、ギルドマスターである私から報告いたしましょう」


 ベネディクトやセルゲイの表情を見て、2人とも異議を唱えないのを確認したセレネスが《インヴェーダ》の脅威度について報告する。


「まず、《インヴェーダ》の特徴から報告します」


 そう言って、セレネスは《インヴェーダ》の特徴やその脅威度について、記載されている範囲で、報告した。


 ――《インヴェーダ》は群れて行動する。最低1000匹以上


 ――《インヴェーダ》は1種類しか確認されていない。


 ――《インヴェーダ》の1個体の脅威はBランク冒険者1人と同じ。Cランク冒険者であれば、2人一組で1匹討伐できるか微妙。


 ――正規軍などの一般的な兵士でも倒すことは可能。ただし、最低でも、Bランク相当の者たちにすること。


 ――軍団規模として、仮に3万匹の群れが一気に現れた場合は、最低でも大勇者クラスの人間が10名は必要。勇者クラスであれば100人。


 仮に、勇者クラス以上の実力者が(ソロ)わず、全員Bランクだとしたら、必要人数は3万人。しかしそれを現実的にできるのは、現状この神聖ソラリア帝国しかない。


 セレネスからの報告を受けたベネディクトは声を荒げる。


「それほどの実力者を用意できる国家など、そう多くはないのだぞ! ましてや、Bランク以上の兵士を3万も!」


 セレネスはベネディクトを宥めるように冷静な口調で言う。


「まだ、続きがあります」


 鋭い刃を幻想させるかのような雰囲気に飲み込まれ、ベネディクトや周囲の人間が息をのむ。


「《インヴェーダ》への対処策ですが、Bランク以下でも比較的危険が少なく、倒す方法がございます。上手くいけばCランク1人で2匹以上の《インヴェーダ》を討伐することも可能でしょう」


 ベネディクトは、魚が水面に落ちたエサに食いつくように質問する。


「それはなんなのだ!?」

「飛行魔法によって上空に滞空した状態で、貫通力の高い魔法により、敵の頭部を狙い貫通させることです。氷属性中級魔法のアイシクルランスなどであれば、十分に効果があるでしょう。ですが、前提として空を飛べなければ、危険度は桁違いに増加します」


 大人しくしていた冒険者ギルドのマスターであるセルゲイが、身を乗り出してセレネスに聞く。


「ならば、AランクやBランク以下の冒険者でも空さえ飛べれば、勝利することも難しくなのだな?」

「ええ。ですが、たた空を飛べるだけでは倒せないですよ。最低でも中級魔法かそれに匹敵する以上の攻撃が出来なければ、奴らに致命傷は与えられません」

「ああ、そうだな」


 セルゲイは再度座り、ベネディクトに提案する。


「ベネディクト猊下、此度は緊急事態です。もしよろしければ、正式に冒険者ギルドに依頼してみる気はありませんか?」


 ベネディクトは悩みつつ、セルゲイに答える。


「わかった。本人が希望していることが大前提だが、今回はBランク以上の冒険者であれば、個人でも依頼を受けて欲しい。Cランク以下は飛行魔法が使えることを絶対条件として、依頼を出す。だが、今回は軍との共闘ということで、友軍として各国の軍隊に合流させてほしい。必要な各国への根回しは私が責任をもって行う」


 そしてベネディクトは立ち上がり、今もなお油断なく直立しているセレネスの方を向く。


「今回は勇者ギルドにも依頼したい。勇者ギルドの連中は自分勝手な者が多いが、冒険者ギルドランク換算で、最低でもAランクという猛者ぞろいだ。さらに頂点には君のような《大英雄》であるSSS(トリプルエス)級冒険者もいる。全面的に、勇者ギルド所属の冒険者たちに依頼を出したい」


 セレネスは含みを持たせた笑みをベネディクトに向ける。


「その自分勝手な者には私も含まれますか? 猊下」


 ベネディクトは、――ハハハと豪快に笑う。


「君は話ができる美しい女性だと思っているさ」


 セレネスはベネディクトの冗談を理解して、安心したように笑みを浮かべた。


「まあ、私も事前連絡もせずに来た非礼もありますので、その発言には目を瞑りましょう」


 勇者ギルドに対抗心を持つセルゲイが珍しく声を荒げる。


「お待ちください、ベネディクト猊下! 確かに、勇者ギルドは最低でもAランク冒険者の猛者ばかりですが、各国の軍との協調など出来ないでしょう! いえ、できる者もいるかもしれませんが、勇者ギルドのほとんどが自己中心的な人間で、王族や猊下に敬意を持たない者もいるのですよ! そんな連中と連携するなど厳しいでしょう!」


 ベネディクトは頷く。


「たしかに、お主の言う通りじゃ」

「では!」

「だが、今回の目的はあくまでも《インヴェーダ》という脅威の排除だ。であるからして、同じ戦場にいる必要はないのだ。無論、最善は各国の軍隊と足並みを揃えて、戦ってほしい。だが、それで上手くいかないとあれば、個別に戦えば良い。幸い、勇者以上であれば、数名でも1000匹程度の《インヴェーダ》であれば、互角以上に戦えるだろう。個人戦力としては人間の最高峰だからの」


 ベネディクトの返答に驚きを隠せないセルゲイだが、さらにセレネスからも詰め寄られる。セレネスの表情に笑みはない。あるのは女戦士としての顔つきだ。


「セルゲイ殿。あなたは少しだけ勘違いをしているわ」

「何をだ?」


 セルゲイは怒気を込めて言い返す。セレネスはそれを余裕で受け流し答える。


「勇者は自己中なのが当たり前なのよ」

「なんだと!」


 セルゲイがまたも吠えるがセレネスは無視して説明を続ける。


「だって、自分の命が大切なのに、それでもなぜ怖くても前面に立って戦うのかしら? 勇者はそれぞれ、自分の信念があるのよ。自分のために、守りたい誰かのために戦うの。中には単純に名誉が欲しいって人もいるけどね。みんな周りが引くくらい、気が強くて、実力もあるから勇者になるのよ。だからね、権威とか権力とかそんなものを怖がる奴なんていないのよ。だって、魔王だって倒すのが私たち勇者なのよ? 強者を倒すのに、権力や権威程度で怖がっていたら、勇者なんて向いていないわよ」


 セルゲイが反論する。


「それなら、冒険者だって同じだ。命がけで他の人のために戦っている!」

「そうね。でも、勇者ほどの強烈な信念や願いを持っている人はどれくらいいるのかしら? いたとしても、実力が足りないの。だから勇者と呼ばれない」


 容赦のないセレネスの言葉にセルゲイが押し黙る。さらにセレネスが続けて言う。


「だから、私たちは他の人になびくことは少ないから、自己中とか協調性がないって言われることが多いのよ」


 セレネスの言葉によって、重くなった空気をベネディクトが振り払うように勢いよく言う。


「ともかくじゃ。私としては、冒険者ギルド、勇者ギルドにそれぞれ《インヴェーダ》の討伐に手を貸してほしい。改めて頼めるかの?」


 セルゲイとセレネスはそれぞれ答える。


「承知いたしました」

「わかりましたわ」


 だが、セレネスの次の言葉にベネディクトとセルゲイが驚く。


「他の大英雄たちについても改めて居場所を確認しておきます。場合によっては、何とかして軍隊のように中隊規模で動かせるように訓練させておきます。最悪の事態に備えて」


 自己中ばかりの勇者連中が数十人単位でまとまって、組織的に戦えるのかとベネディクトが問う。


「勇者たちが数十人以上の規模で行動するなど前代未聞ですな。実際可能なのですかな?」


 セレネスはしばらく、黙り込んだ後、笑みを消して真面目に答える。


「……これは私の勘ですが、たった1年で、各国の人口が10%近く減るなど異常です。しかも《インヴェーダ》たちは何の前触れもなく、出現します。人口密集地に現れないのは幸運ですが、それは偶然かもしれません。さらにいえば、1年も経つのに《インヴェーダ》の数が少なくなる気配も感じません。確認された範囲で、現時点で100万を超える《インヴェーダ》が撃破されました。確認できただけで、100万匹なのです。Bランク1人と《インヴェーダ》1匹が互角なのです。危険度Bランクのサラマンダーと匹敵するのが、最低でも数千匹、最大では4万ほどの《インヴェーダ》が突発的に現れたのです。今後それを上回る規模の襲撃が来ないという保証はありません。最悪人類は滅びます。1年で10%近く各国の人口減少ですから、単純計算で、あと10年で人類は滅びますね」


 あまりにも悲観的な予想に、セルゲイもベネディクトも声を出せない。

 しばらくして、ベネディクトが重い口を開いた。


「仮にそうだとして、人類は、私たちは勝てるのかね?」


 セレネスは少しだけ笑顔になって答えた。


「勝てなければ、敗北するしかありません。敗北した結果、最悪の場合、人類滅亡でしょう。ですがそうさせるつもりはありません。私は勝てると保証はできませんが、この世界を《インヴェーダ》の好き勝手にさせるつもりはありません。ですから、勇者ギルドのマスターとして最大限協力します。それでは、これで」


 セレネスはそう言った後、ベネディクト達に一礼し、転移魔法を使用する。


「テレポート」 


 セレネスがこの場を去り、残された者たちは改めて危機感を覚え、気を引き締めたのだった。




 やがて、大英雄セレネスと魔王ロードは邂逅(カイコウ)する。

 2人の目的が重なり、実力も持っていた以上、出会うのは必然だが、まだ先の話であった。


最後までお読みいただきありがとうございます。


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