第8話:インタールード1 ~新たな日常~
魔王様の活躍は「第6話:首飾りについての質問」でひとまず区切りがついたので、今回は人類側の視点となります。今回、魔王様は出てきません。
「第6話:首飾りについての質問」で、大勇者ブレイズの後始末をしっかりしています。
魔王様の圧倒的強さが見たい方は1話から見てください。
アプラス王国伯爵領クシュナーに属するヘイマ―ル村の南門から10キロほど南下した平原では、地獄のような戦場が広がっていた。
「来るなぁッ!」
「痛いッ! いたいッ……! たすゲェ…………」
また一人兵士たちの断末魔が鳴り響く……。
ーーー
時は、1時間ほど前にさかのぼる。ヘイマ―ル村にある物見塔では、半日ごとの当番制による兵士たちの周辺の監視が行われていた。そして、現在、日が昇っている時の担当者はルイスとホアンの二名だった。
彼らは、兵士として仕事を熱心にしてきた。そして今日、彼らにとって今までの中で1番の成果をあげた。音もなく出現した紫色の巨大な門のようなものから、普通の魔物ではありえないような、おぞましい化け物共を発見したからだった。二人ともその巨大な門には気づいていた。しかし、あまりにもその存在感からして気持ち悪いので、気づきたくなかった。数秒逡巡したルイスがホアンに小さい声で尋ねた。
「なあ、ホアン。あれ見えるか?」
「見えるさ。やっぱりあれは俺の気のせいじゃなかったんだな」
ホアンが不安な表情で答え、ルイスが思い出すように言う。
「確か、あれって、最近噂の不気味な門だよな。あの門から化物が出てくるらしいが、ここらへんじゃ聞かないしな。確か、あの門が現れ始めたのはどこかの魔王領だっただろ?」
ホアンもルイスの話に乗っかる。
「ああ、たしか魔王の名はロードだったとか言うらしいぜ。しかもその魔王は自分の配下の命と引き換えに勇者たち一行を大量に殺したそうだ」
ルイスは少し疑問を浮かべる。
「いや、俺は魔王がその化物どもを殺したって聞いたぞ」
ルイスとホアンはそれぞれ顔をしかめて、お互いの顔を見る。真面目なルイスがこの場での方針を決める。
「とりあえず、あれは何かやばそうだから、村長に報告しよう」
ホアンはルイスの判断を聞き、即座に村長に魔法通話で現状報告を行う。一般の兵士でも平均的な魔力を持っていれば、半径1キロ圏内程度の魔法通話や思念通話はできるのだ。
「リュドミラ様、こちら、物見塔で周辺の監視を行っているホアンです」
しわがれた女性の声が聞こえる。
「なんだい、ホアン? なにかあったのかい?」
「はい。およそ10キロ先に、村長から報告のあった門のようなものが出現しました。今から、思念通話でそのイメージを伝えます」
ホアンはありのままのおぞましい雰囲気を漂わせる門を見て、それをイメージして、リュドミラに伝えた。
リュドミラは焦ったように、余裕のない口調で告げる。
「ホアン、それからルイス。あんたたちは観測を続けな。万が一変化があり次第すぐに知らせな。私はそのことをクシュナー伯爵に報告する」
通常では村長が伯爵に突然報告することなどありえなかった。だが、数か月前に現れた異形の化物たちは各国で突発的に出現していた。彼らは魔族を殺すこともあったが、人間を殺すこともあった。ただ、最低でも1000匹以上の群れが突如現れる。
唯一の幸運は、人口密集地域に出現することがなかった。だが、その周辺に突如現れることは何度もあった。ゆえに、事態を重く見た国々は、独自の判断で対応していた。その結果、階級を無視した交流が、異形の化け物の情報交換の場合のみ成立していた。
リュドミラに報告を終えたホアンたちが息を吐く。
「はあ、なんかやばかったな。あそこまで焦った村長初めてだぞ」
「確かにな」
ホアンがぼやき、ルイスが同調する。
彼らの地獄がもうすぐ始まろうとしていた。
ーーー
クシュナー伯爵は、ヘイマ―ル村のリュドミラ村長から、水晶からホロスクリーンのように投影された映像を介して、直接報告を受けていた。
「なるほど、報告ご苦労、リュドミラ殿。例の化け物どもの出現位置を教えてくれたことには感謝する。今すぐにでも、わが軍の一部を派遣する。最低でも1000人以上は派遣するので、少しは安心して欲しい」
「ありがとうございます。クシュナー伯爵。我らの村では、兵士が100人もおりませんので心強いです」
映像の先で頭を下げたリュドミラに対して、謙遜するかのように、クシュナー伯爵は優雅に手をあげる。
「リュドミラ殿。私が聞いた話によると奴らは恐らく村の兵士では手が余る。村の精鋭である兵士ならば互角かもしれないが、それでも数が多すぎて対応できないだろう。だから、1つお願いをしたい」
その後、いくつかの会話をしたのち、クシュナー伯爵はリュドミラとの通話を終えた。
そしてクシュナー伯爵は傍に控えていた、配下のゲイルを呼び出した。
ーーー
「ゲイル、今回の戦争の指揮をお前に任せたい。お前の指揮する第2連隊全員。それ加えて、優秀な魔法士も100人ほど連れて行け」
「承知しました。異形の化け物共はこのゲイルが1匹残らず殲滅いたします」
いよいよ来たか、と俺は思った。各国で突発的に異形の化け物共の戦闘が発生しているとたびたび耳にする。しかも奴らは群れて行動し、一匹も逃げないらしい。文字通り全滅させなければ、彼らとの戦闘は終わらないようだ。普通の魔物であれば、自分の群れが壊滅すれば逃げる。だがその化物どもは逃げないという。
「そうだ。その異形の化け物では、名前が無く面倒だ。どうやら、勇者曰く、魔王が《インヴェーダ》と呼んでいるのを聞いたそうだ。お前には教えていなかったが、国王はその化物を《インヴェーダ》と呼んでるからな。これからは私たちの間では《インヴェーダ》と呼ぶことにしよう」
「ハッ! それでは、早速準備に取りかかりたいのですが宜しいですか?」
クシュナー様は優雅にティーカップを持ち答えた。
「頼む。そして悪いが、1時間以内にヘイマ―ル村に転移してくれ。1時間以上かかるのであれば、間に合わない部下はここに残し、転移せよ。転移魔法はいつもの場所に私が責任をもって、他の者に用意させておく。今回は激戦だろう。いつも以上に気を付けよ」
「ハッ! お言葉ありがとうございます! それでは失礼します」
そうして、1時間以内に集合した部下約2000人に加えて、魔法士100人のおよそ合計2100人でヘイマ―ル村周辺の高台と転移した。
(どうしてこうなった)
俺は総勢2100人の軍人を引き連れてここに来たのに、すでにそこは地獄だった。ついた時点で、すでに遅かったと痛感した。ヘイマ―ル村は壊滅していたのだ。下の平地には
「来るなぁッ!」
「痛いッ! いたいッ……! たすゲェ…………」
グチャグチャ、ネチャネチャと周囲はおびただしいほどのヘイマ―ル村の兵士たちの血と肉片で溢れかえっていた。
化物どもがヘイマ―ルの兵士たちの体を嚙みちぎっているのだ。
部下たちがヒッッ、という恐怖に包まれた息を吐く。
このままではまずいと俺は判断した。
「全員傾注! 怯えるな! 我々は誇りある、クシュナー様の軍人ぞ! 我々は負けぬ! 奴ら《インヴェーダ》に天誅を下すためにここに来たのだ! 全員戦闘態勢に入れ! ファランクスで迎え撃つぞ! 重装歩兵は前面に展開せよ!」
俺は部下たちの怯えを吹き飛ばすように命令を出した。彼らは普段の訓練通り、無駄のない動きで陣形を整えた。
――前衛に重装歩兵が700人
――中衛に弓などの中距離攻撃兵が1000人
――後衛に回復魔法を使用できる魔法士が300人
そして、最後衛に俺を中心として、観測班と遠距離魔法が使用できる精鋭100人の魔法士部隊だ。
「ゲイル大佐、陣形の構築が完了しました」
「わかった。全軍につないでくれ」
俺は近くにいた魔法士に魔法で、俺の声を部下2100人聞こえるようにつないでもらう。陣形を整えた部下たちの正面にホロスクリーンのような映像を出現させ、俺の姿と声を届ける
「我々はこれより、目の前にいる《インヴェーダ》の殲滅作戦を開始する。最優先目標は《インヴェーダ》の撃破である。1匹残らず撃破せよ! 第2目標は、襲撃を受けているヘイマ―ル村人たちの救出である! それでは進軍開始せよ!」
ーーー
ルイスとホアンは物見塔の上で恐怖に震えていた。彼らの下には、大量の《インヴェーダ》がいた。その数は優に3000を超える。現在村の中で最も化物から離れているこの物見塔から出ていこうとしたのだ。幸いこの物見塔は石を積み重ねられて作られており、頑丈であった。上り下りができない《インヴェーダ》はここまでやって来れない。
しかし、その巨体の重量は凄まじく、500キロ近い体重で突撃してくる。いくら頑丈とはこのままでは塔が崩れる。しかし、今降りたら、その巨体ですりつぶされ、体を食いちぎられるのは明白だった。現に、運よくすりつぶされていない村人が大声をあげている。
「助けてくれ! 頼む! たすけ……痛い! 痛い! 痛い!」
「待ってろ、今そいつらを倒してやる」
そう言って、ホアンは全力でアイシクルランスを放つ。
「食らえ! アイシクルランス!」
1メートルほどの槍状の氷が《インヴェーダ》の胴体中央に突き刺さるがそれでも奴は意に介さず止まらない。止まらずに、その村人を腕を食べていく。
「イダい! イだい! いだい! しにたくな」
その瞬間の村人の頭部がすりつぶされ、息絶えた。ホアンの叫び声が《インヴェーダ》の足音、そして他の兵士たちの叫び声の絶叫に混ざっていく。
「クソ!」
そうしてホアンたちは、自分たちの状況を嫌でも直視させられる。
ゴンゴン、と《インヴェーダ》が塔に向かって激突してくる。そのせいで、塔がさらに揺れる。
「畜生ォ!」
ーーーー
「ゲイル大佐! 恐れながら申し上げます。撤退のご決断をお願いします」
「ロドリゲス中佐、我らは《インヴェーダ》をここで殲滅しなければならない。できなければ、我らの後ろに控えるクシュナー様やその領民に被害が及ぶ。何としててでも、ここで食い止めねばならぬ」
俺はロドリゲスの報告を聞いて、そこまで戦況が厳しいのかと改めて痛感した。いや、魔法による映像越しに、目の前での惨状が見えているのだ。だが、しかし、このままでは、村の住民誰一人救えず、敵も殲滅できないで撤退となる。
もしそうすれば《インヴェーダ》が我らの背後にある村々を蹂躙するに違いない。ここで玉砕覚悟で殲滅させるか、それとも撤退すべきが悩む。ほかに取れる手としたら、時間稼ぎしかあるまい。俺は時間稼ぎこそが最良の判断だとして、ロドリゲスに命令する。
「中佐、悪いが、撤退はできぬ」
ロドリゲスが口を開こうとするが無言でそれを黙らせ、話を続ける。
「我らはここより時間稼ぎに徹する。徐々に戦線をさげ、乱れた陣形を立て直す。なお、魔法士の精鋭100人には広範囲凍結魔法コキュートスを詠唱させよ。なお、敵は空を飛べぬようだから、高台など、敵が侵入していない場所で我らが助けられる場所に生存者がいれば可能な限り救助せよ。以上だ。なにか異論はあるか?」
「いえ、ございません」
ロドリゲスは沈痛な顔になるが、すぐに軍人の顔に戻す。
俺は、ロドリゲスに、何よりも前線で戦っている兵士たちに申し訳ないと思いつつロドリゲスに決定した命令を告げた。
「では、先ほどのプランを直ちに実行させよ。たとえ、仲間が死のうとも、ここで1匹残らず《インヴェーダ》どもをコキュートスによって滅ぼす、とも通達してくれ」
ーーー
そうして、物見塔の頂上にいたホアンとルイスは救助された。村でのたったふたりの生存者として。
この戦場の勝者は人類側だったが、戦死者が多かった。
その数、戦死者
――クシュナー伯爵軍の兵士約1400人
――ヘイマ―ル村の住民約500人
なお、行方不明者数もこの戦死者に含まれている。
《インヴェーダ》については、その数3000匹余り全てがコキュートスによって凍死させられている。
ゲイルからこの結果の報告を受けた時、クシュナー伯爵は青ざめ、国王ウルヴァリオンに緊急の御前会議を申し込んだのだった。
しかし、このような悲劇はこのアプラス王国だけに起きているのではない。
複数の魔王領や人類側の各国でも突発に、少なくない頻度で、起きているのだ。
こうして、人類と魔族はこの《インヴェーダ》との戦争によって、徐々に人口を減らしていった。
だが、この戦闘によって、今後の《インヴェーダ》との戦闘方法の軸が出来上がった。
それは空からの遠距離攻撃であれば、被害が少なく勝利することが出来るということであった。
これにより人類は近距離攻撃よりも魔法をより重視し、軍備を増強していくのであった。
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