第6話:とらわれた奴隷たちの解放
俺たちの前には3つの扉があった。どれも似ている。中から、かすかに女性たちの鳴き声、さらには悲鳴のような声まで聞こえてくる。勇者たちに捨てられた奴隷を救助するのが最優先だ。だが、本人たちが希望するのなら、ほかの奴隷も救助しよう。俺は隣にいるミカエラのほうを向く。
「ミカエラ。お前は、勇者に売られた奴隷たちの顔を知っているのだな?」
「はい、全員知っています」
ミカエラが落ち着いた声で返答したので、誰がその勇者の奴隷となっていたかの判断は問題はないだろう。
「わかった。それではこの部屋から人していくぞ」
――ギギィー、という音と共に、中に囚われていた人たちの息を潜む声が聞こえた。その次に俺の耳に届いたのは困惑した声だった。
この部屋に囚われていた全員が俺たち3人を見て、思い思いに言葉にしている。幸い、疑惑の声は出てても敵対する声は出ていない。純粋な天使であるミカエラが俺たちと一緒にいるおかげだろう。俺はミカエラも一緒に来てくれて良かったと感じる。
「「天使さま・・・?」」
「「堕天使・・・!」」
「「「魔族?」」」
中を見渡すと凸凹とした岩肌に沿って、簡易的な白い塗装が施されてあった。ところどころ、本来の黄土色の壁が見えている。ここにはざっと30人はいるだろうか? 俺がミカエラに――頼む、と視線を向けると、アイコンタクトが通じた。ミカエラが一歩出て、この場の奴隷たちに挨拶する。ミカエラは優雅に一礼をして、自己紹介をする。
「私は、ミカエラと申します。皆様からは、大天使ミカエラと呼ばれることもあります。どうぞ、よろしくお願いします」
その瞬間、場の緊張や混乱した雰囲気が解かれる。そのままミカエラが俺たちの紹介も行ってくれる。
「私の隣におりますのが、魔王ロード様です。彼は私の信用できる人であり、皆様には危害を加えないと約束して頂いています」
ミカエラが俺を魔王だと紹介するが、奴隷たちの不安が大きくなる前に、俺が彼らに危害は加えないと約束したと告げたことによって、騒ぎは小さかった。
俺は彼らの反応を見て、人間たちと敵対しないようにする懸け橋として、ミカエラが必要かもしれないと俺は思った。一歩前に出て軽く挨拶をする。
「皆さんこんにちは、ミカエラから紹介された魔王ロードです。今回、私たちは皆さんに危害を加えるつもりはありませんので、安心してください」
俺の挨拶は終わると、ミカエラがタイミングよくルシアの紹介をする。
「さらにその隣に立っているのが、私の親友でもあるルシアです。彼女はやむを得ない事情で堕天使となりましたが、それは人間に立ちに危害を加えたからではありません。その点、ご安心ください」
その言葉に続くように、ルシアが一歩前にでて、挨拶する。
「皆さん、お初にお目にかかります。わたくしはルシアと申します。光栄なことに、今でも大天使ミカエラ様からは親友と呼ばれています。私も、ミカエラと魔王ロード様に誓って、皆さまには危害を加えないことをお約束いたします」
俺たち全員の自己紹介を終わったところで、俺が本題に入る。
「さて、さっそく本題ですが、私たちがここに来た目的は、奴隷となった皆さんの救助です。皆さんが希望するなら、この場から解放いたします。すぐに行く当てがないのであれば、私の城に招待したします」
そう告げると奴隷たちがざわざわと言い始めるが、俺は要件を最後まで言い続ける。
「当然、私の城ですので魔族が住んでいます。ですが、あなたたちには危害を加えないことを魔王として誓います。私の配下たちにも徹底させますので、ご安心ください」
すると、灰色の薄汚れたローブのようなものを着た、20歳前後のショートカットの金髪の女性が手を挙げて、俺に尋ねる。
「あの、よろしいでしょうか?」
俺は、手を出して――どうぞ、と彼女を促した。
「失礼なのは承知ですが、確認させてください」
彼女が俺の目をじっと見つめてくる。
「なんでもどうぞ」
俺は彼女が緊張しないように軽い感じで言った。思わず、勇者と違ってまともに話をできることが嬉しかった。彼女は深呼吸をしてから口を開いた。
「本当に、私たちを助けてくれるんですか?」
「あなたたちが希望すれば」
「私たちを魔王様のお城に連れて行ったあとも、奴隷として過ごさなくて済みますか? それから……途中から、家に帰りたくなっても、帰らせてくれますか?」
俺は安心させるように彼女の肩に手を置いて告げた。
「大丈夫です。全部約束します」
すると、何人かの奴隷たちが泣き始めた。本来であれば、泣き止むまで待ってやりたい。しかし今は一刻も早く、勇者に捕まった奴隷たちを救助して、この迷宮についてももう少し調査したいのだ。魔力を帯びない首飾りが出現したのか、あるいは、出現するのかについてだ。
「皆さん、申し訳ありませんが、今すぐ、私の魔王城に転移させたいので、希望する人たちはここに集まってください」
俺は、地面に魔法陣を展開しながら、涙を流す女性たちに言った。女性たちが考えたり、動き出している間に、俺は耳に指をあてて、魔王城にいる配下に魔法通話をする。
「聞こえるか? リンカ?」
1秒も立たず、――はい、と執事長のリンカが出る。俺は彼女に要件を一方的に告げる。
「急で申し訳ないが、これから人間の奴隷たちを魔王城で、世話をする。客人対応だ。俺の客だと思って、丁寧に対応してくれ。彼女たちに無礼は許さぬ。ほかの者たちにも周知徹底させよ。万が一何かあれば、気軽に俺に相談しろ。良いな?」
リンカは元気よく答える。
「わかりました! 魔王様の命令に逆らうやつには鉄拳制裁しておきます!」
俺は、その内容に苦笑してしまった。
「ほどほどにな。だが彼女たちは俺の客人だからな。それは忘れるな」
「はい。当然です!」
「では頼むぞ」
そう告げて、俺はリンカとの魔法通話を解除した。俺と話しを聞いた奴隷たちはいくらか安心した表情になっている。俺は移動していない者たちにも含めて、全員に確認するために少しだけ声を大きくして告げる。
「救助を希望する者はこれで全員か?」
誰も反応しないのでこれで大丈夫だろう、と俺は判断して転移魔法を発動させた。転移魔法の上に移動して女性たちは移動したのを確認し、俺はこの部屋を出た。当然、俺の救助を希望せず、この部屋に残っている者もいるが、彼女たちの選択の結果だ。彼女たちの意思を捻じ曲げてまで、移動させようとは思わない。
そうして俺たちは、隣の――真ん中にある扉の部屋にいた。扉を開くと、ミカエラの姿を見た奴隷たちが涙を流しながら、彼女の周りに集まっている。やはり、彼女たちは4人とも全員妊娠していた。あのクズ勇者の話が本当であれば、勇者の子供だろう。
ありえないとは思うが、もし希望して妊娠していたた場合でも、どちらにしても俺にできることはそう多くない。そう考え、本題に入った。当然、すでに簡単な自己紹介は俺もルシアも済ませている。
「ミカエラとの感動の再開の中、申し訳ない。だが、1つ聞きたいことがある。お前たちはここから解放されること希望するか? 希望するのであれば、ここから俺の魔王城へと転移させる。当然、お前たち全員の命と身の安全は保障する」
俺が彼女たちの感動の再開を半ばぶち壊したが、彼女たちは俺ではなく、ミカエラに聞くようだ。まあ、彼女たちにとっては、魔王よりも大天使のほうが信頼できるのだろう。当然のことだ。4人のうちの黒髪の女性が代表してミカエラに聞く。彼女が4人の中で年長に見える。
「あの、ミカエラ様。私たちはこの話を受けても大丈夫でしょうか?」
ミカエラはその女性の頭を撫でながら、やさしい口調でゆっくりと言う。
「ええ、大丈夫よ。安心していいわ。この魔王様は人間たちにも優しい魔王様だから。私を信じて」
「わかりました。みんなも魔王城に行くことになるけどいいかしら?」
残りの奴隷3人が、口をそろえて答える。
「大丈夫です」
念のため、確認する。
「お前たち、これはあくまで任意だ。無理してまで、俺は連れて行く気はない。残りたければ残っていいぞ、自分で決めろ」
彼女たちは、目を見合わせて、うなずく。どうやら、決めたようだ。黒髪の女性が俺に言う。
「大丈夫です。みんなで行きます。私たちを助けてください」
俺は大きく頷いた。
「わかった。先ほども言ったが、お前たちの身の安全は保障する」
そう告げて、俺は彼女たちを転移させた。そうして、最後の扉へと向かった。
「ここか」
俺は今までと違う扉を前につぶやいた。ルシアが俺の気持ちを汲み取り代弁した。
「この扉だけ、中の音が全く聞こえませんね」
「ああ。いやな予感もする。気をつけろよ」
俺は、魔力で身体強化をして、扉を開けた。その瞬間――シュッ、と風を切る音が響いた。
「なんだとっ!」
俺に攻撃した奴は、驚きの声とともに、攻撃の反動を利用して後ろに下がった。ルシアが俺の前に出る。
「ロード様、この刀の男の相手は私がします。ミカエラとともに、先に中にいる彼女たちを助けてあげてください」
部屋の中を改めてみるとひどかった。拷問部屋だった。ここにいる奴隷たちは誰一人死んでいないが、まともな目をしたやつがほとんどいない。全員が、痣や切り傷、鞭で打たれたミミズ晴れの後がある。ルシアが相手にしていた男が叫ぶ。
「ふざけんな! 離せ!」
ルシアの方を振り返ると、左目に眼帯を付けた男が組み敷かれていた。そいつに事情を聴きたいが、先に彼女たちの傷の手当てが優先だろう。10人ほど、奴隷の女性がいたので、俺は部屋全体にまとめて回復魔法をかける。これで肉体の傷はすべて癒せるだろう。だが、残念ながら心の傷までは癒せない。ゆっくりと時間をかけるしかないだろう。
「ありがとうございます」
声がした方向を見ると、ひとりの女性というか14歳くらいにしか見えない子供が、地べたに座ったまま俺に声をかけていた。よく見ると、他の女性とは少しだけ違っていた。一般的な人間とは魔力の質が違うのだ。見た目は、髪が肩に掛かるか掛からないか程度の黒みがかった茶髪をした少女だ。
今の彼女には、両手両足に金属の輪がつけられている。俺が魔法鑑定するとそれは《魔封じの枷》だった。俺は《魔封じの枷》に触れ、それを消した。
「ヴァニッシュ」
《魔封じの枷》を一瞬にして、分解され、魔素へと変わった。すると、彼女の魔力があふれ出て、俺は確信した。
「おまえ、その魔力量……やはり魔族だったのか」
彼女は、びっくりして、俺を見る。
「あ、あの、はい」
俺は納得した。まれに突然変異で、人間にしか見えない魔族が生まれることがのだ。非常に低い確率で、平均的な魔族と比べると圧倒的に物理的な力が弱いのだ。その代わり圧倒的に魔力量が高く、学者肌のものが多いらしい。だからこそ、研究者として生きる者も多いようだ。
「なるほどな、だから、お前は《魔封じの枷》を付けられていたのか。俺もお前のような魔族を初めて見るが、ここまで人間にそっくりだとは驚いたぞ。なぜ、お前が奴隷として捕まっていたのだ?」
彼女は答えにくそうな表情をしたので、俺が手を出して、制止した。
「よい、無理に聞き出すつもりはない」
彼女は、寂しさと安心が入り混じったような表情をした。俺が別のことを聞くことにした。そうして、俺は彼女の前まで移動した。
「だが、お前の名前は教えてほしいな。俺は魔王ロードだ。お前は?」
彼女は俺が魔王だと知ると、すごい勢いで頭を何度も下げ始めた。
――ごめんなさい、ごめんなさい、とこちらが申し訳なくほど謝罪してくる。
「気にしなくていい。それよりもお前の名前を聞かせてほしい」
彼女は、頭を下げ続けるのやめ、おどおどしながら、自己紹介した。
「私は、シズクといいます。よろしくお願いします」
俺が、シズクと同じ、目線になるように屈んで、彼女に問う。
「シズク、お前が希望するなら、お前をここから解放する。解放先は、俺の魔王城だ。当然、お前の命も身の安全も保障する。俺の魔王城に来たいか?」
シズクは目を丸くして、涙を流した。そして、小さな声で、だがはっきりと言った。
「はい。魔王様のお城に行きたいです」
俺は満足して、シズクの頭をなでた。
「わかった。お前を保護する、ついでに、ここにいる奴隷たちも保護する。彼女たちは精神的にすり減っているようだからな。お前はこれから俺の魔王城に転移させる。そこでリンカというやつがお前たちの世話をするだろう。まずは彼女に頼るといい」
シズクは涙を拭いながら、頷いた。
「わかりました」
彼女の返事とともに、転移魔法陣を起動して、シズクたちを俺の魔王城へと避難させた。これで、希望する奴隷たちはすべて救助したはずだ。
そうして俺は、国王ウルヴァリオンから譲り受けた言霊を無効化した首飾りについて尋ねるために、ルシアが組み伏せている男のもとへ歩いて行った。
最後までお読みいただきありがとうございます。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
と思ったら
下にある ☆☆☆☆☆ から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでOKです!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。