第3話:ミカエラ救出
「それでは、あのクズ勇者が手に入れたというミカエラたちを助けに行くか」
ルシアは跪きながら答える。
「承知しました。場所はアプラス王国首都アプラの王城にミカエラがいることを確認しました」
俺はルシアの優秀さに改めて感心する。
また別の話だが、彼女は地に膝をつけながらも、堕天し漆黒となったその両翼をきれいに折りたたんでいる。
その美しい姿は見ているだけで絵になりそうとも俺は思った。
「流石だな。ルシア。それでは早速出発するか」
ルシアは漆黒の翼を広げて立ち上がり、微妙に申し訳ない顔を俺に向けてくる。
「ロード様。失礼ですが、少々お時間をいただけませんか? ロード様配下の他の魔族たちにしばしこの魔王城から離れると連絡したく存じます」
「問題ない」と俺が頷きながら答えると、ルシアは細い指先を自身の耳にあてた。
その周辺に小さな魔法陣の模様が空中に浮かびあがる。ルシアは無言だ。
おそらく俺の他の魔族たちに思念通話を送っているのだろう。
これでわざわざ俺が配下に通達することもないだろう。
しばらくすると、ルシアが耳から指を離し、魔法陣も消滅した。
そして俺に視線を向けて報告する。
「ほかの者たちへの連絡が完了いたしました。今回も時間がなさそうですが、転移なさいますか? ロード様」
段取りが良いルシアに俺は満足しよくやったと褒める。
ルシアは「この程度のことでわざわざお礼と言って頂かなくても……」と、モジモジしながら言葉を漏らしていた。
だが俺は彼女ほど段取りが良くないから、こういう細かいサポートをしてもらえると非常に助かる。
しかも俺もルシアも裏切られることの辛さを知っているから、価値観が一致することも多い。
彼女であれば俺は心の底から背中を任せても良いも思える。
「ああ、そうだ。だが、王城の中までは把握していなくてな。今回は王城の正門前に転移しようと思う」
「かしこまりました」
ルシアがそう言うとまた俺の左腕に抱き着いてきた。
なんか今日は久しぶりにスキンシップが多い気もするが、後回しだ。
優先すべきは、2つだ。
――あのクズ勇者の奴隷となった大天使ミカエラの救出
――クズ勇者に妊娠させられ奴隷市場に売られた女性たちの身柄の確認
最優先はミカエラの救出だな。
天使はこの世界でも貴重な戦力だ。
彼らは人間達よりは話が通じる者もそれなりにいる。
「それでは、転移する。テレポート」
魔法陣が俺とルシアを覆うように展開する。
光を放つように、俺たちの視界は白く染まり、一瞬後には魔王城から人間達の王国へと転移した。
アプラス王国首都アプラの王城の正門前へと転移が成功したのだった。
アプラス王国は、森林豊かなは王国であり、その成り立ちはやや特殊だ。
ルシアは自然に俺の左腕から離れ景色を見渡す。
顔を左右に見渡しながら、一言感想をこぼした。
「ずいぶんと自然が多いですね」
「そうだろうな」
俺は周囲を見渡し様子を確認する。
正門前には、見張りをしていた衛兵2人がいる。
どうやら突然の俺たちの出現に驚いているようだ。
「えっ、いつの間に……」
この2人は緑を基調としたシンプルなデザインの軍服を着ている。
その右肩に描かれているオオカミのような動物のマークはこの国のシンボルなのだろう。
どうやら衛兵たちは混乱しているようで、襲ってこない。
彼らは持っている槍を構えもしてない。
自分のことではないが、その姿勢にこの国の王城を守る兵士の練度を心配してしまった。
「この程度の練度で大丈夫なのか……この国は」
ルシアが、手で耳打ちしてくる。
だが、頭一つ分程度の身長差があるせいか、ほんの少し背伸びしている。
何事もないように、俺も頭を少し彼女の方に傾ける。
「ロード様、人間達の凡兵ではこの程度です。」
「そうなのか?」
先ほどは違い、ルシアはもうつま先立ちしなくなっていた。
ほんの少し表情が楽になっている。
「むしろ、私たちのようにいきなり目の前に現れる者など滅多にいません。こうなることも仕方ないかと……」
「なるほどな」
ルシアが嬉しそうに、上目遣いになった。
「ありがとうございます。ロード様」
「いや、気にするな」
そう。この程度は当たり前なのだ。
むしろ彼女につま先立ちをさせてしまったことに、――そうなる前に気配りできなかった俺がいけないのだ。
彼女に礼を言われるのは、当然悪い気がしないのだが、心苦しくなる。
次回からは気を付けよう。
ルシアは笑顔のままだが、
素朴な疑問が解決したことで、気を取り直す。
この城にいるミカエラを救出するのが目的だと再認識する。
「ルシア。たしかお前はここに来るのが初めてだったな?」
「はい。当時、私が天使だったころの担当区域はより北方の地域でしたから」
俺がルシアに相槌を打とうとすると、周囲の衛兵たちに遮られた。
二人とも磨き上げられた槍の矛先を俺たちに向けている。
「貴様ら! 魔王だな! そこを動くな!」
どうやら、少しは冷静になったようだ。
2人いる衛兵のうち、もう一人が俺に叫ぶように聞いてくる。
「大勇者ブレイズ様はどうしたんだ!?
ブレイズ様が悪逆魔王ロードを討伐しに行ったはずだ!
なぜ、貴様がまだ生きているのだ?」
ルシアは肩をプルプルと震わせる。
「貴様らの言う大勇者ブレイズは俺が倒した。ゆえに人間社会にしばらくは復帰しない」
「嘘を言うな! もう仲間は呼んでいる。大人しくしろ!」
嘘ではなく本当のことだが、信じてもらえず残念だ。
「本当だ」と言っても無駄だろう。
この2人の様子を見る限り、完全に聞く耳を持っていない。
俺の代わりに、耐え切れなくなったルシアが啖呵を切ったように吠える。
「ふざけるな人間! 私はともかく、あまつさえロード様にまで槍を突き立て、何を大人しくしろだと! 己が身の程を弁えろ!」
俺がルシアの肩に手を乗せなだめる。
「まあ、お前は落ち着け。彼らは怖がっているだけだ」
ルシアは不満が治まらない様子で
「しかし……」
「今回の目的は違うだろう。ここで時間を浪費するわけにもいかない」
ルシアは跪いて
「承知しました」
どうやら、先ほどルシアが怒鳴ったため、衛兵2人は委縮して黙っている。
槍先だけは俺に向けているが。俺が衛兵2人に話しかける。
「おい、俺はお前たちに構ってやれないから、その場で大人しくしていろ」
俺がかなり控えめに言葉に魔力を込めて命令した。
言霊となって衛兵2人を拘束させる。
念のため付け加えておく。
「俺が目的を達成し、この城から去ったらお前たちは自由にしてよい」
俺が解除を指示しないと、俺の魔力が続く限り半永久的に縛りつけることになる。
そのための対策もここでしておく。
衛兵2人が動けなくなったのを確認してルシアに声をかける。
「ルシア、ミカエラのいる部屋までのルートは分かるか?」
ルシアは申し訳ないような表情で答える。
「申し訳ございません。ロード様。王城の部屋は厄介なことに、迷宮のように常時移動しているようです」
「ほう。それはまた面倒だな。仕方ない」
俺は魔法行使の準備に入る。
「ルシア。お前は少し俺から距離をとってくれ」
ルシアは無言で首肯し俺から3歩ほど後ろに離れる。
それを確認してから、俺は右手を王城に向かって掲げる。
「アンチ・ストラクチャー・ムーブメント」
魔法が結界のように王城を囲んだ後、王城の壁に吸収されるように溶け込んでいく。
しばらくは部屋の位置は固定されるだろう。
勝手に部屋が迷宮のように移動することはなさそうだ。
「行くぞ、ルシア。ついてこい」
ルシアは笑顔で頷く。
「はい。承知いたしました。ロード様」
しばらく歩いたが、この王城は迷宮を利用した造りのようだ。
「まさか規模の小さい迷宮とはいえ、それを王城として活用するなど、人間たちは気が狂ったのか?」
ルシアも俺と同様に驚いているようだ。
「確かに人間が魔物で溢れかえるはずの迷宮をそのまま利用しているなど、普通のことではありません」
やはりな。ルシアもそう言っていることだし、ミカエラ救出後に王に話を聞くとしよう。ルシアが報告する。
「ロード様、もうすぐミカエラのいる部屋に到着します」
「わかった。報告ありがとう」
俺は周辺の生き物の気配を探るが見当たらない。
違和感を覚える。
だが歩みを止めて時間を浪費させるわけにもいかないので、慎重に進む。
左右に道が分かれており、右の道を選んだ。
しばらく直進するとルシアが報告する。
「ロード様、複数の結界が新たに張られています」
俺はルシアが指さした方向を確認する。
「確かにな。あれは人間達にしては頑張っているな。それなりに強固だ」
ルシアは口元を緩ませる。
「ですが、ロード様にとっては児戯にも等しいではありませんか」
「まあな。だがこれで終わりだ」
俺はパチンと指を鳴らし結界を破壊する。
「流石はロード様ですわ」
ルシアがうっとりしたような表情で俺を賛辞する。
「これで、ミカエラの部屋への侵入を防ぐものは無くなった」
ミカエラがいる部屋の扉を押し広げ、中に入る。そこにいたのは、
「ミカエラ! ここに、こんな姿で拘束されていたのね。今すぐ、その天の鎖から解放するから待っててね」
純白のドレスを着ているが所々擦り切れており、血もにじんでいる。
ルシアがミカエラの元に駆け寄り、俺に懇願する。
「お願いします。ロード様。ミカエラを、私の友を救ってください」
「当然だ」
そういって俺は、右手に魔力を込め、鎖をつかむ。
「消え失せろ、ヴァニッシュ」
魔力によって作られた天の鎖を分解し魔素に変えた。
これで、天の鎖の効果は完全に消えるだろう。
「ヒール」
俺は傷ついたミカエラの治療を済ませる。
「大丈夫か? 俺の目的はお前の救助だ。より正確には、奴隷からの解放だ」
そう言った瞬間、ミカエラは金髪碧眼の目を涙で湿らせ始めた。
ルシアが彼女の肩を抱き寄せるようにすると、ミカエラはダムが決壊したかのように泣き始めた。
「もう大丈夫か? ミカエラ」
ミカエラが落ち着くのを待ってから俺は話しかけた。
「はい。魔王ロード様、この度は私をお救いくださり有難うございます」
ミカエラはすっかり回復し、俺に頭を下げる。
「良い、気にするな。お前も人間というか勇者だろうが、大変だったな」
ミカエラが辛い表情を浮かべるが、今はそれどころではない。
「ミカエラ。申し訳ないがお前の他にも、クズ勇者ブレイズによって妊娠させられ、奴隷市場に連れていかれた女性たちも場合によっては救助しないといけない」
ミカエラは綺麗な純白の天使の羽を広げて、頭を垂れる。
「承知いたしました。彼女たちの現在の居場所については、この王城にいる国王も把握しているはずです」
「ずいぶん詳しいな」
ミカエラは頭を垂れたまま告げる。
「はい。私たち勇者の奴隷は身柄を拘束されています。仮に解放されたとしても、貴重な勇者との子供は大事にされます。なので、妊娠した彼女たちを国王が知らないわけがないのです」
俺は顎を手でさすり、納得した。
「なるほどな。ではまずは国王に会うのが先決だな。悪いが、お前も付き合ってくれ」
ルシアが跪きながら、俺に報告する。
「ロード様。お気づきでしょうが、この部屋の外に兵士がいます」
「ああ、そうだな。まずは兵士を無力化してから、国王がいる場所まで行くとしよう」
俺はミカエラを見据える。
「ミカエラよ。国王のいる場所まで案内を頼めるか? 道中の兵士は俺が無力化する」
「承知しました。ロード様」
話がまとまったので、閉めていた扉を開ける。
「では開けるぞ」
開けた瞬間、矢が飛んできた。
全て魔法障壁で防ぎ、俺も反撃に転じる。
「リースト・グラビティ」
最低限の重力魔法で、俺たちを囲んでいた兵士全員を迷宮の地面に貼り付けさせる。
「では、進むぞ」
ここにも先ほどとは少し異なる軍服を着用している兵士がいたが、一人残らず、ひれ伏せさせている。
「この先が、国王がいる部屋か」
「おっしゃる通りです」
道案内をしてくれたミカエラが肯定する。
「では、扉を開ける」
ギィーという音と共に内部の豪奢な作りが目に移りこむ。迷宮にしては煌びやかだ。俺は扉が全開になった後、玉座に座っている国王に向けて歩き出す。ルシアとミカエラも俺の後ろを歩いてくる。
「止まれ!」
正門前の衛兵よりも遥かに質の高い軍服を着た隊長らしき人物が俺たちを呼び止める。だが、俺たち完全に奴の言葉を無視して、国王に向かって堂々と歩き続けると、表情をさらに険しくしたその男が抜剣し部下たちに命令する。
「親衛隊所属各位は抜剣せよ! あの者たちを我らが王に近づけさせるな!」
その命令を受けて、親衛隊が俺たちに向かって走ってくる。
「リースト・グラビティ」
もはや面倒なので、歩きながら詠唱した。その一言で当然の如く、親衛隊の全員がひれ伏す。
俺が国王の前に立つと、その横から勇者らしき人物が出てきた。この場における向こうの戦力は国王を除いて、この男一人だけだ。灼熱色の鎧を着た蒼髪の青年が俺の前に立ちふさがる。
「俺は魔王ロードだ。貴様は誰だ?」
「俺は勇者ブリーズだ。俺の弟はどうした?」
弟とは誰のことを言っているのか分からないので、素直に質問する。
「弟とは誰のことだ? この城にいた兵士なら大体無力化したはずだぞ」
「ふざけるな! そんな雑魚は俺の弟ではない! 俺の弟はブレイズだ!」
俺は得心する。
「なるほど、あの大勇者ブレイズか。そいつなら、他の勇者たちと同じように矯正所送りにした。生きてるぞ」
そういった瞬間ブリーズはため息を吐き出す。
「はあ、そうか。ならそいつはもうどうでもいい。俺がここでお前を倒す」
ずいぶんとこいつは酷い奴だと俺が思っていると、後ろで控えていたルシアが口を出す。
「どうせ、貴方も雑魚なのだから、せめてロード様の邪魔をしないように控えていなさい」
やはり、勇者には1段厳しいらしいな。ルシアは。まあ、勇者のせいでルシアもミカエラもひどい目にあったのだから、気持ちは理解できる。勇者ブリーズはルシアの言葉が気に入らないのか、頭にきたらしく、叫び返す。
「ふざけるな! もういいお前たちはここで殺す!」
ブリーズは抜剣して、剣の名を呼ぶ。
「我に力を与えたまえ、聖剣エキュート!」
すると、水色の光が聖剣を包み込み、魔力が増大する。剣だけならば、上級魔族でも致命傷を受けるかもしれない。だが、その前に1つ確認せねばならない。
「お前はどうしてミカエラの拘束を解いてやらなかった? 勇者なら、助けるべきだろう?」
ブリーズは剣を構えたまま、嫌らしい笑みを浮かべて言う。
「何を言ってるんだ。その大天使ミカエラは俺たち人間に力を与えてくれるっていったんだぜ」
「ふざけないで、誰も奴隷にしていいなんていってないわよ!」
これまで黙っていたミカエラが我慢できなくなり、大声を上げて反論する。未だに勇者ブリーズはニタニタ笑いをやめない。
「だってよ。お前が力を貸してくれるっていったのに、拒否するからだぜ。
拒否しなきゃ、お前は俺か弟の子供を今頃妊娠してたはずなのによ」
「ふざけないで。そんなの認められるわけないでしょ!」
ルシアも静かに激怒しているようだが、今は我慢している。勇者ブリーズはヘラヘラとしながら
「あいつらはおとなしく、妊娠してくれたぜ。
だから、お前もそうなってくれれば、とくに可愛がってあげたのによ。
本当に残念だよ。しかも魔族側についているし。お前はそれでも天使かよ?
ふつうは敵だろ。天使と魔族って」
「もういいわ。あなたが死にそうになっても、私は助けないから」
俺は、ミカエラにそれでいいのかと確認する。
「ミカエラ。ほかに何かあるか? なければ、あいつを拘束して、勇者矯正所に追放したいんだが。いいか?」
「はい。問題ありません。ロード様の御心のままに」
そういって、ミカエラは俺に跪いた。俺は首を縦に振った。
「承知した」
まずは念のため、勇者ブレイズを拘束した言霊で試してみる。
「勇者ブリーズ。俺に従え」
すると、奴は弟と同じく、人形のように脱力し、その場にへたり込む。これだけで十分だった。
「相変わらず、勇者はクズばっかりだな。心も体も弱い。本当に残念だ」
真の勇者がいれば、俺と建設的な会話ができるかもしれないのだから本当に残念に思う。
取り敢えず、ミカエラの救出が成功したことは良かった。
俺は後ろに控えるルシアとミカエラを見た。
2人はずいぶんとスッキリしたような表情になっていた。
少しは怒りが治まってくれただろう。
後はようやく焦りはじめた国王から話を聞いて、残りの奴隷を救出するだけだ。
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