第2話:片手間で大勇者討伐
今回の勇者は今までよりは骨があったが、大したことはなかった。
その証として、俺は玉座から立ち上がることなく、勝利宣言をした。
「貴様はここで終わりだ、大勇者ブレイズ」
ブレイズは目の前で息も絶え絶えになっている。
「ふざけるなよ。魔王ロード。勇者たるこの俺が、ここで負けたら……だれがおまえを……滅ぼすんだ」
勇者が満身創痍で言うが、俺にとっては些細な事だ。
ここに到着した時は、目の前の勇者は使い込まれた白銀の鎧を身にまとっており、聖剣も携えていた。
だが、俺が直接手を出すことはなかった。
なぜなら、勇者の前口上を聞いてやった後に、迎撃魔法を発動したのだ。
たったそれだけで、勇者はボロボロになった。
まあ、戦意だけはそぐことは叶わなかったが。
「俺は別に勇者と争う気はない」
「嘘をつくな!」
噓ではないが、信じてもらえないか。
今回も友好的な対話はダメそうだと自覚しながら、もう一度、指をパチンと鳴らす。
それだけで容易く決着がつく。
先ほどを同じ魔法を起動させ、この玉座の間に張り巡らせた迎撃魔法による集中砲火を再度浴びせる。
「クッ……!」
傷だらけになりながらも勇者は最初こそ聖剣で凌いでいた。
しかし対応が遅くなっていき、次第に捌ききれなくなる。
そして攻撃を浴び始め1分も経たず、ボロボロになっていた。
俺は再度、指を鳴らし迎撃魔法を中断する。
「卑怯だぞッ! 魔王! そこから降りてこい!」
俺は呆れながら頬杖をつき、ため息を吐いた。
「よくそこまで一方的に負けている状態で吠えられるな。そこだけは敬意を表してやろう」
「俺はまだ負けていない!」
まあ、こいつの言いたいことは分かるぞ。
確かに、まだ勇者の敗北は確定していない。
だがこれ以上続ければ、俺がおまえを殺してしまうから攻撃を中断したのだと、なぜ気がつかない。
勇者を睥睨すると、立派に使い込まれた白銀の鎧は多くのひび割れや穴が開いており、そこから赤い血が垂れ流れていた。
しかし、それよりも気にかけるべきことがある。
「ロード様、異界より軍団規模の《インヴェーダ》どもが出現しました」
このとおり、俺は勇者なんぞより《インヴェーダ》のことを常に考え続けているのだ。
それゆえに、勇者の相手は本当はしたくない。
しかし俺の配下たちを死なせたくないから、仕方なく俺が相手をしていたのだ。
《インヴェーダ》出現の報告をしてきたのは、俺の腹心の1人であるルシアだ。
彼女は1年前に勇者たちが刺客として俺に差し向けてきた女性の元天使だった。
俺が彼女を奴隷から解放したら感謝されて、彼女は俺の下で働くようになった。
今では堕天使となり忠臣として俺に仕えてくれている。
「報告ご苦労、ルシア。お前のおかげで助かっているぞ」
純白ドレス姿のルシアが片膝をつき頭を垂れる。
「滅相もございません。この世界を守ってくださるロード様にお使えすることこそが私の使命であり、喜びです」
サキュバスほどではないが、今の姿も十分に露出が多い。
彼女のためにも忠告しておこう。
礼も言っておかねばな。
「ルシア。礼くらい素直に受けとってもらわねば、俺も困る。ついでに言うが、お前はもう少し胸元が見えない服を着たらどうだ? お前が俺に頭を垂れるたびに、その美しい体が俺の目に留まる。お前も女性なら、男に見られるのは嫌だろう?」
ルシアは不安げな表情で顔を上げる。
「私のこのドレスは……この格好はお嫌いでしょうか?」
「いや、その白いドレスにお前の漆黒の翼はとてもよく似合っている。むしろ好みだが」
俺の言葉を遮りルシアが声を出す。
「なら、よろしいではありませんか? ロード様」
俺に抱き着いてくる。
女性特有の双丘の柔らかさが俺の左腕にまとわりつく。
「貴様ら! ふざけるなよ!」
剣を支えにしてどうにか立っている、大勇者ブレイズが大声を上げた。
俺は、《インヴェーダ》――異界からの侵略者――の対応で忙しいのだ。
勇者にはあまりにも雑な対応で、申し訳なさすら感じてしまうが、黙らせておこう。
「大勇者ブレイズ、貴様はそこで、そのまま黙っていろ」
俺が言霊でブレイズを拘束し、呼吸以外の身動きををすべて拘束した。
俺はルシアに命令を与える。
「ルシア、奴らの動きを映せるか?」
「当然でございます」
ルシアは俺の左腕に抱き着いたまま、左手を前に掲げる。
すると何もない空間に半透明の映像が出現し、そこに《インヴェーダ》を映し出す。
「今日も多いな。全くこれだから、会話すらできないものは厄介だ」
ルシアが抱き着いたまま、俺に聞いてくる。
「いかがなさるのですか? ロード様?」
「まあ、いつも道りだ。コキュートス」
俺は、魔力を込めた魔法を映し出された場所に向けて発動させた。
《インヴェーダ》と奴らが出現したゲートを瞬間冷凍させる。
《インヴェーダ》の細胞を1つ残らず凍結させる。
特に、異界とこの世界をつなぐ入口は念入りに凍らせる。
「インフェルノ」
俺がそう告げると、奴らは炎に包まれ爆散した。
「お見事です。ロード様」
「ありがとう、ルシア。これもお前が《インヴェーダ》の侵攻をいち早く教えてくれたおかげだ」
今も俺の左腕に抱き着いているルシアに対し離れるように命じる。
ルシアは一瞬寂しそうにしながら、すぐに手を離した。
さて、放置していた勇者を片付けないといけないな。
俺は自由になった左の掌を勇者に差し出し、会話の意思を表示した。
「大勇者ブレイズよ。貴様は《インヴェーダ》共と違って話ができる。俺と会話してみる気はないか?」
俺はブレイズにかけていた言霊の能力を解除してやる。
「ふざけるな! 貴様と会話することなどない。俺の前だからといって、平気で自分の仲間を殺すところは魔王そのものだ! そんな奴と会話するなどありえない」
「俺は仲間は殺さないぞ」
俺は否定するが、恐らく奴は《インヴェーダ》も俺の仲間だと思っているのだろう。
「嘘を言うな! 先ほど、召喚魔法で呼び出した大量の魔物をその手で殺していただろ!」
やはり思った通りだったか。
埒が明かないな。
また拘束して、他の勇者たちがいる矯正所まで、連行するしかないか。
「嘘ではないが、俺の言葉が信じられないというのだな?」
大勇者ブレイズは剣先を俺に向けたまま、言い放つ。
「当然だ! 誰が魔王の言葉を信じられるというのだ!」
俺はあえて仰々しく残念なポーズを示した。
「それは残念だ。残念だよブレイズ。だが安心しろお前の命までは奪わないでやろう」
俺の命が脅かされない限り人間でもある勇者を殺すことはない。
だが、そのプライドを少しでもへし折っておくに限る。
「何を上から目線で」
ブレイズは俺との対話を拒んだ。
勇者のくせに俺と会話する気概もないのかとため息が出る。
このまま会話を続ける気にもならなかった。
「俺に従え」
言葉に魔力を込めて、それだけ言うと、ブレイズが人形のように動かなくなる。
「まずはそこに座れ」
俺が指示すると、ブレイズはその場に座り込んだ。
「俺の質問に答えてもらう。お前も奴隷を持っているのか?」
ブレイズは虚ろな目で答える。
「はい。大天使ミカエラを所持しています。彼女はすでに私の奴隷となっています」
やはりこいつも奴隷を所持していたか。
しかも天使を奴隷にするなど、まともな契約ではない。
「その大天使ミカエラはどこにいる?」
「王城の一室、俺の部屋に天の鎖で拘束しております」
この勇者か人間たちが強制的に何かしらの術で、ミカエラを奴隷としたのだろう。
「他には、奴隷はいるのか?」
「いいえ、おりません。ほかの奴らはすでに妊娠してまともに使えないので、全て奴隷市場で売りました」
「貴様ぁ!」
俺の隣に控えていたルシアが激怒する。
なだめるように落ち着いて話しかけた。
「どうしたのだ? ルシア? 確かにお前の気持ちも理解できるが、普段ならそこまで怒らないであろう?」
「申し訳ございません。ロード様。一人の女性として、このクズの所業が許せなかったので、声を荒げてしまいました」
まあ、分からなくはないが今は大人しくしてもらおう。
「お前の怒りはもっともだが、今は黙っていてくれないか? 先に勇者の奴隷とされている大天使ミカエラと奴隷市場で売られた者たちの身柄の安全を確認しよう。その者たちが希望すれば、保護する」
ルシアは俺から離れて、再び頭を垂れる。
「ありがとうございます。ロード様。早速私の眷属たちに調べさせます」
俺は首肯する。
「うむ、頼んだぞ、ルシア。期待している」
「ハッ! お任せください」
ルシアはその場で、自分の眷属たちに思念を送り、会話する。
「さて、大勇者もといクズ勇者ブレイズよ。お前の思考は解除してやる」
俺が洗脳のような魔法を解除すると、ブレイズは正気に戻った。焦ったように、口を開く。
「私は、勇者として彼女たちに希望と名誉を与えたのだ」
ルシアが会話に戻り、怒りを顕す。
「貴様、この期に及んで言い訳か。われら天使が人間に力を与えたのは間違いだったようだな」
「堕天使となった貴様には関係ないだろう」
「黙れ!」
ルシアがここまで切れるのは珍しいな。
やはり、女性を妊娠させて、奴隷として捨てたのが許せないんだろうな。
ルシアは同族の天使には優しいからな。
人間に対しては、失望している最中だろう。
俺は聞くべきことは聞いたので、ブレイズを勇者たちの矯正所に連れていくことにする。
「ご苦労だったな。ブレイズ。お前はもう用済みだ。ほかの勇者達と同じく反省するがいい」
俺はパチンと指を鳴らす。
すると、他の忠臣が現れブレイズの両腕を掴む。
「お前たちは、その男を勇者専用の例の場所に連れていけ」
ブレイズが焦ったように叫ぶ。
「待て! 戦いはまだ終わってない!」
「勘違いするなよ。大勇者ブレイズ。貴様と俺では、そもそも戦いにすら成らない」
改めて、俺は配下に指示を出す。
「貴様も人間社会から追放してやろう。今までの悪徳勇者と同じようにな。そいつを連れていけ」
勇者が連れて行かれるのを確認し、俺は魔王の玉座に座る。ルシアが俺の正面に跪く。
「ロード様。ミカエラを救っては頂けますでしょうか?」
俺は首を縦に振り、立ち上がる。
「もちろんだとも。そのためにはお前の協力も必要だ。手伝ってくれるか?」
またもや、ルシアが俺に抱き着く。今度は正面からだ。俺の耳にルシアの吐息がかかる。
「当然ですわ。私のすべてはロード様に捧げております」
ですから、とねだるように、妖艶に言葉をかけてくる。
「その、無礼だとは万も承知ですが、私にも褒美を頂けないでしょうか?」
「まずは、離れろ。こうも密着していては話しにくい」
ルシアは焦りがらも、俺から距離をとり、三度跪く。
「それで、褒美とは何を望むのだ? 俺にできる範囲であれば、その願いを叶えよう」
ルシアは満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、ロード様!」
今度は少し赤面させるが、なにやら恥ずかしいことがあるのだろうか?
「それで、わたくしの願いですが……」
「ふむ、お前の願いとはなんだ? 教えてくれ」
ルシアは恥ずかしそうに少し顔をそらす。
「わたくしも、そろそろ子供が欲しいなと思っているのですが……」
なんだそんなことか。確かにここ最近、特に忙しかったからな。
まともな出会いもなかったのだろう。
そう考えて俺はルシアに許可を出した。
「ここ最近忙しかったからな。ミカエラのことは俺に任せて、しばらく休んでも良いぞ。その間にお前の伴侶に相応しい奴を探してくると良い」
ルシアは驚きの表情のまましばらく沈黙した。
そこからさらに小さい声を漏らす。
「いえ、すでに良い方は見つかっているのですが」
拍手しながら良かったじゃないか、と言葉をかける。
「なら安心だな。あとこの休みを有効活用してほしい」
「い、いえ!」
ルシアが大声を出し否定する。
しかも顔が赤い。
まあ、片思いの人について話しているのだから恥ずかしくなるのも当然だな。
「ロード様……私の想い人は……そのいろいろお忙しいお方でして、今お暇を頂いても会えないのです。いえ、むしろ休みを頂く方が困りますので、私も一緒にロード様とミカエラの救出に行かせてください」
お願いします、とルシアが頭を下げる。
なるほどな。
詳細については理解できなかったが、他人の恋路にむやみに入り込むべきでもない。
顎に手を当てながら考慮した結果、同行の許可を出した。
「わかった。それでは、お前も俺と一緒に来てくれ」
「はい!」
今度は少しだけはしゃいだように明るい声をを出したルシアを見ながら、彼女にもいい人がいて良かったなと思った。
ルシアが落ち着くのをまって、ミカエラについて話す。
「俺はこれからブレイズの奴隷となった、大天使ミカエラを解放しに行く。その途中で、奴に売られた女性についても確認する。」
「はい」
そうして、俺たちは大天使ミカエラたちの救助に向かった。
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