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第17話:仮初の勇者の国 ~上~

「以上が、私が子供たちから聞いた話です」


 教会の日曜学校として使用される、奥の部屋に俺たちは集まっていた。シスター・シェーレの落ち着いた声で俺たちは説明を受けていた。


「つまり、子供たちは城壁の外で遊んでいたのですか?」


 俺は呆れよりも、たくましいなと関心しながら、聞いていた。問い返すとシェーレは気まずそうに首肯した。今は、《インヴェーダ》まで出現しているのに、外は安全なのだろうか? 気になったので、尋ねてみた。


「一つ聞きたいのですが、この城塞都市の周辺の森は安全なのですか? 最近現れ始めたという魔物がいたりはしないのですか?」


 シェーレは首を縦に振る。


「はい。この付近の森は以前より安全になったのです。確かに昔は魔物がそれなりいて危険でした」


 そこで一呼吸おいてから、シェーレが答えた。


「しかしながら、ここ最近は《インヴェーダ》と呼ばれる魔族が突如大量に出現して、多くの国に被害をもたらしているそうです。そのため、それに対応すべく、この城塞都市でも多くの兵士が集まっています」


 俺は《インヴェーダ》という単語が出たことに驚いた。人間社会にも《インヴェーダ》という単語が知られているとはな。だが、それと同時にこの場で大きな声で、「違う」と否定したい気持ちもあった。《インヴェーダ》は俺たちと同じ魔族ではない。少なくとも魔王であるこの俺の敵なのだ。俺は気を落ち着かせるために、深呼吸をしてから、シェーレに尋ねた。


「《インヴェーダ》とは……それはどんな魔物なんでしょうか?」


 俺は念のため、その《インヴェーダ》が俺の認識と同じであるか確認した。シスター・シェーレは視線を左右に揺らした後、俺を見据えて答えた。


「それですが、実は私も見たことがないのです。ですが、この教会に訪れた人たちの話によると、見るに堪えないほどの気持ち悪い姿だったそうです。しかも人間よりも倍以上大きかったと言っています。それで私は、子供たちにも外に出ないように言っていたのですが、こんなことになってしまいました」


 最後には、沈痛な面持ちでシェーレが告げたので、俺は励ました。


「絶対とは言えませんが、きっと大丈夫ですよ。その子供たちには、勇者も付いて行ったんでしょう? でしたらきっと大丈夫です。それに私たちも探しに行きますから、少しは安心して下さい」


 シェーレは少しだけ笑顔になって頭を下げた。


「ありがとうございます。あの子たちをどうかよろしくお願いします」


 俺は、彼女を安心させるように堂々と胸を張って答えた


「はい。任せてください」




「ここが《迷いの霧》か」

「そうみたいですね、魔王様」


 俺はシズクと二人で、森に入った。表向きは、シスターからの依頼だ。だが本来の目的はシズクが奴隷にされる前に《迷いの霧》で見たという、怪しいフードを被った連中だ。シズクには、魔族に見えたらしい。そんなことを考えていると、シズクが笑顔で俺に話しかけてきた。


「なんか魔王さま。今の方がずいぶんと楽そうですね」


 俺は横目でシズクに尋ねた。


「ほう。やはりわかるか?」


 シズクが笑顔で答えた。


「はい。それはもちろん。なんか、魔王様、すごく不自然でした。息苦しかったように見えます」


 俺は思わず苦笑してしまった。想像以上に俺は演技が下手だったようだ。もう少し精進しないとな。


「そうか、ならばもう少し演技力を磨いてみるか。魔王にふさわしい演技力を身に付けなければな」


 シズクが遠慮がちに答える。


「いえ、それはしなくてもいいと思いますけどね。むしろ、魔王様は堂々と上から目線で語ればよいというか。いつものままでいいと思いますよ」


 俺は少々疑問に思ったので、素直に質問した。


「シズク、それではおかしくないか?」

「いえ、おかしくないですよ。だって魔王様は魔王様です。それに、魔王様は上から目線でも優しいです。だからおかしくありません」


 シズクに即答されて少々反応に困ったが、俺は笑顔で彼女の頭を撫でた。


「えへへ」


 シズクは恥ずかしそうに喜んでいる。おれは、そんなシズクを見た後、気を引決めるように言った。


「それでは、入るぞ。ここから先は、《迷いの霧》の内側だ。油断するな」

「はい」


 シズクも気を引き締めて真剣な表情で言ったので、俺は安心して、《迷いの霧》へと足を踏み込んでいった。




 俺たちはしばらく声を掛け合って、進んでいたが10分以上たっても真っ白な霧の中にいた。

 油断するとシズクとも別れてしまいそうだったんので、俺は彼女の手を取った。


「ひゃぁ!」


 シズクの小さな手を掴んだ瞬間、彼女が悲鳴を上げた。俺はとっさに彼女の安否を確認した。


「大丈夫か! シズク」

「は、はい。大丈夫です。そのいきなり、手を掴まれてびっくりしたんです」


 俺が原因だったらしい。申し訳ないことをした。


「シズク悪かった。万が一はぐれたら、良くないと思ってな。お前の手を取ったのだが、確かに突然だった。しばらく、このまま手を繋いでいても問題ないか?」


 俺は、この濃霧の中ではしばらく、手を掴んだ方が良いと判断した。


「は、はい、わかりました。よろしくお願いします」


 シズクが緊張しながら、答えてきた。とりあえずこれ以上緊張させないようにしなければな。




 しばらく歩いていると、霧が少しずつ薄くなっていった。


「少しずつ霧が晴れてきてますね。もうすぐ抜けるんでしょうか?」

「ああ、たぶんそうだろう。だが油断するな。霧が晴れれば、周りを確認しやすくなる。そうなれば、万が一敵がいればこちらの位置の把握も容易いからな」

「は、はい。わかりました」


 シズクが焦ったように言った後、水と油で分かれているかのように完全に霧が消えた。

 そこには、小さな村があった。そして子供たちの声も聞こえてくる。


 そうして、俺たちは《迷いの霧》の中にある、集落に到着した。


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