第12話:シズクのデビュー戦
俺たちは外に出て、城の正門前で朝日を見ていた。雨も降っておらず、出かけるのにはちょうど良い天気だろう。この場には、俺とシズクの他にルシアとバルザックもいた。ほかの者たちは普段通り仕事をするように伝えてある。
シズクの頭を撫でながら、俺は話しかけた。アプラス王国でも、首都アプラから行くか悩むな。ここはシズクに聞いてみよう。
「シズク、お前がアプラス王国に初めてついた時、なんという町や村についたんだ? それとも都市部についたか?」
シズクが思い出すように、言う。
「確か、あれは、ログリッド村という場所についたと思います。その村の近くには、ノースガリアという大きな城塞都市があるんです」
「なるほどな。それでは、そこに行くか。悪いが俺はそこに行ったことが無くてな、転移魔法が使えぬ」
シズクが驚きの声をあげる。
「え、魔王様って、ノーズガリアに行ったことが無かったんですね」
「ああ、そうだ。一度も行ったことがないからな。転移魔法は使えぬのだ。向こうで、その術式を用意してくれるなら、問題ないが、生憎そうはできなくてな。だが、次回は大丈夫だ。一度行ったところならば、移動先にその術式が用意されてなくても、転移魔法が使えるからな」
シズクが、少し考えてから俺に尋ねる。
「では、そのログリッド村までどうやって行く予定ですか?」
俺は少し悩んだ後答える。
「そうだな。まずは、アプラス王国首都アプラまでテレポートで転移するのも悪くないが、どうせならこの周辺の地理も一応この目で確認しておきたい。なにか新しい発見があるかもしれない。空を飛んでいこう」
シズクが目を輝かせる。
「え、空を飛べるんですね! 私飛べなかったので、楽しみです!」
「悪いが、今回は、飛ぶのは俺だけだ。お前は俺が抱っこして、飛ぶからな」
俺が苦笑して答えると、シズクは恥ずかしそうに顔を下に向ける。一方ルシアは羨ましそうな声を漏らしていた。
「……ッ。私がロード様と一緒に行けたら、シズクではなく、私がロード様にお姫様抱っこされていたはずなのに」
後ろからルシアの視線が突き刺さっているように感じるが、俺は咳払いをして後ろを振り向いた。
「んんっ。それでは、ルシア、バルザック、この城の守りを任せたぞ。数か月以内で帰還する予定だ。どれほど長くても半年後には一度戻ってくる。それまで頼んだぞ」
ルシアとバルザックはその場で跪いて口を開く。
「は、それでは、ロード様のご帰還を楽しみに待っております。ロード様の帰る場所はこの私が全身全霊をかけて守りますので、ご安心ください」
「儂も魔王様の期待に応えるべく、勇者たちの矯正・教育に全力を尽くします。どうかこちらのことはご心配なさらないでください」
俺は、2人の言葉に満足して頷いた。
「ああ、それではここを任せるぞ」
俺はシズクをを抱きかかえて、飛行魔法を発動させた。
「シズクどうだ? 辛くはないか?」
俺はシズクを抱えてアプラス王国方面に向かって空を飛んでいた。ここから、アプラス王国の首都アプラまではこの速度では半日以上かかる。恐らく、到着したころには、夕暮れかすでに暗くなっている時間帯だろう。シズクは興奮したまま、元気よく答える。
「い、いえ! 辛くないです! 空を飛ぶってこんなに気持ちいんですね! それに、無詠唱で飛ぶなんてすごいですよ!」
ここまでシズクに喜んでもらえると、俺まで嬉しくなる。
「いやいや、それほどでもない。仮にも俺は魔王だぞ。空を飛ぶくらい大したことはないし、無詠唱だって大したことはない。もっと複雑な魔法なら、詠唱は必要かもないが、この程度なら造作もない」
シズクが未だ興奮しっぱなしで俺に聞く。
「なら、上級魔法も無詠唱で使えたりしますか?」
俺は、周囲の地形を確認しながら答える。
「ああ、使えるぞ。最近はコキュートスとインフェルノを使ったな」
「すごいですね! でもそんな2つも大魔法を使う場面なんてあったんですか?」
シズクが少し落ち着いて、俺に尋ねる。俺はもう少し具体的に答えることにした。
「ああ、3日ほど前に《インヴェーダ》が侵攻してきてな。軍団規模であまりにも数が多かったから広範囲魔法で一気に片付けたんだ。だが、奴らはかなり頑丈だからな。ただコキュートス凍らせただけでは心配だったから、インフェルノで爆散させたんだ」
シズクが目を見開いて、俺に聞く。
「ええっと、それってもしかして、1日で2回も大魔法を使ったんですか? 一人で?」
すごく驚かれているようだが、俺にとっては大したことはないので、平然と答えた。
「ああ、そうだ。俺一人で行使した。コキュートスを使ってから、連続してインフェルノを使用したぞ。それで、奴らは木っ端みじんになったから安心だ」
シズクが黙ってしまったので、どうしようかと思った。しかし、そのまま聞くことにした。
「シズク、なにか俺は良くないことを言ったか?」
シズクは俺に抱きかかえられているのに、すごい勢いで首を振る。微妙に俺も体が揺れて、飛行が不安定になる。
「いえ、大丈夫です。やっぱり魔王様は格が違うと思っただけです」
シズクが感嘆しながら、言葉を紡いだ。
「わたしなんて、コキュートスやインフェルノのような大魔法は魔法陣を描かないと実行できないんです。それと、詠唱もそれなりの時間かけないと、発動しません」
言っている途中から落ち込み始めていたので、軽くフォローしようと思ったが、中断した。前方4000メートル先に異界の門が出現したのだ。ある意味、都合がよいと思いつつ俺は、《インヴェーダ》の殲滅を行うことにした。この際だから、シズクの能力も把握しておきたい。
「シズク、前方約4キロに大きな門が見えるか?」
俺がそう問いかけると、シズクは唾を飲み込むようにして答えた。
「……はい。見えます。とても大きいですね。何かの門にも見えますが、あんなに大きいのは私は知りません。もしかしてお城よりも大きいんじゃないでしょうか……?」
確かにな。異界の門は横幅800メートル、高さ300メートルはある。門を完全に破壊するには、かなりの威力を伴う攻撃でないと厳しいだろう。門から出現する《インヴェーダ》を見つめながらシズクに言った。
「シズク、お前は魔力が非常に大きい。ここでお前の魔力や実力を把握したい」
その巨大な門から同時に出現するのは、せいぜい100体程度だ。1体1体の《インヴェーダ》が大きすぎるのだ。高さは3メートル程度しかないが、横幅は8メートル程度はある。奴らはゲートが顕現して間もないから、途切れることなく、湧き出てくる。
それを見たシズクの顔が真剣なものになっていく。彼女が確認するように俺に聞いてくる。
「それでは、私の魔法で、あの《インヴェーダ》を倒せばいいですか? ですが、あそこまで大量だと、全部倒せないかもしれません。それに時間がかかるので、その間もあの化け物が大量に出てくるかもしれません」
シズクが心配そうに言うが、俺は「大丈夫だ」と告げた。
「安心しろ。もしそうでも俺が1匹残らず、あの門も含めて片付ける。だから、まずはお前の力を見せてほしい」
そこまで言うと、俺の腕の中で彼女は小さく拳を握り占めながら、答えた。
「わかりました、魔王様。それでは、申し訳ありませんが、一度地面まで降ろしてもらえませんか? 魔法陣を描きたいのですが、空中ではうまく書けないので……」
その言葉を聞き、両手でシズクを抱きかかえながら、詠唱した。
「サンド・キャッスル」
その瞬間から数秒かけて、俺の足元に高さ200メートルほどの砂の城が出来上がった。今回は表面部分しか作っていないが、それで十分だ。城の中に入る必要はないのだ。それを見たシズクが小さく口を開いたまま固まっている。
「大丈夫か? シズク? とりあえず、見晴らしの良い地面を用意したぞ。これで、下まで降りる必要はないぞ」
そうして、俺は驚いているシズクを優しく砂の城の屋上に下ろした。
「すッ、すごいです!」
硬直していたシズクが復活した。俺が魔法の話や実演するだけで毎回驚かれているが、そのうち慣れるだろう。俺はシズクの頭をなでながら、改めて告げた。
「シズク、お前の力を見せてくれ」
「わかりました! 頑張ります!」
そういって、しずくは胸元から宝石を取り出した。赤、青、緑などきれいな宝石が大小合わせて約10個ある。
「始めます!」
そういうや否や、シズクが取り出したすべての宝石に魔力を譲渡していく。そして、その宝石を念力で動かし、地面に線を描いていく。やがて、外側の大きな円のなかに、正五角形やよくわからない図形が描かれていき、完成する。
「行きます!」
完成したことを俺に告げ、彼女は作成した魔方陣に膨大な魔力を注ぎ込み、詠唱する。この魔方陣を描くのに3分もかかっていないことは大したものだ。
だが3分もの時間が与えられるだけで、《インヴェーダ》は大量に出現している。今では、門からすべて出現し尽くしたのか分からないが、ゲートからの出現は止まっている。ここからざっと見渡すだけでも、その数は、1万は超えている。もう少しで2万匹に到達するかもしれない。
――そう。つまり、前方4キロに出現したはずの《インヴェーダ》どもの先陣は、すでに目と鼻先まで迫っていた。俺たちと奴らの距離は、500メールを切っていた。
だが、それでもシズクは慌てることなく、魔力制御に集中していた。
「ニードルランス!」
その瞬間、数キロに広がっていた《インヴェーダ》すべてを串刺しにした。地面から、針山のように無数の土の槍が出現していた。だが、串刺しにされた状態でも、半分以上の《インヴェーダ》は絶命せずにもがいている。紫色の色の血を吹き出しながら、その中には内臓らしきものさえ、地面に垂らしている者もいた。
(相変わらず、キツイな)
俺はその光景に吐きそうになったが、こらえる。ここで、無用な心配をシズクに与えるわけにはいかないのだ。
さらに、《インヴェーダ》を支えていた槍がいくつか折れる。その地面に落ちた異形の化け物は、槍が刺さったままこちら向かって歩いてくる。しかも、目の前の貫かれた同じ化け物に刺さっている槍の根本から破壊するように、突き進んでくる。
しかしその化け物からは、仲間を助けようとする意志が微塵も感じられない。ただ単に、力づくで直進することが可能であるから、目の前の突起物など意識せず、――当然、土槍によって空中に束縛されている仲間も気にせず、只ひたすらにこちらに向かって突き進んでくるのだ。
やがてそれは、連載するように広がっていく。地面を再び歩き出した化け物が、目の前の同胞を空中に突き上げている槍を根本から破壊した結果、さらに、地面を歩けるようになった《インヴェーダ》の個体が増えていく。
「ああ……」
魔力もかなり消耗し、その光景を見たシズクが項垂れるように、その場にへたり込んでしまった。だが、俺は彼女はよくやったと思ている。後ろから彼女の隣まで歩いていき、その頭にやさしく手を乗せた。
「シズク、お前は頑張った。お前は、俺のインフェルノやコキュートスがすごいと言っていたが、お前も十分にすごいではないか」
俺の言葉を受け、立ち上がろうとするが、俺は手で静止した。
「そのままでよい。お前はかなりの魔力を消費しただろう。だから今はゆっくり休め」
シズクは申し訳なさそうに、俯きながら答える。
「はい。ですが、私は魔王様のように、大規模魔法を行使できません。するにも今みたいに時間がかかってしまいます」
「確かにな。確かに時間はかかっているが、それでも十分に短いほうだろう。波の人間など軽く凌駕しているし、魔族の中でもかなりの実力だと思うぞ」
そう言うと、少しだけシズクが元気を出した。
「はい。お褒め頂きありがとうございます」
それを確認し、こちらに向かってくる《インヴェーダ》に目を向けて、おれはシズクに言った。
「シズク、褒美として俺が目の前でコキュートスとインフェルノをそれぞれ見せてやろう」
「はい! お願いします!」
シズクの元気な声を後ろから聞きつつ、俺は右手を眼下の《インヴェーダ》に向けた。そして氷属性大規模魔法を放った。
「コキュートス」
そして、大気中の水分と《インヴェーダ》を瞬間冷凍させる。当然、横幅800メートルもあるゲートも凍らせてある」
魔眼で遠方の方まで確認する。取り逃がした《インヴェーダ》が居ないことを確認して、続いて炎続性大規模魔法を行使した。
「インフェルノ」
その瞬間、《インヴェーダ》と奴らが出現したゲートが粉々に砕け散り、日の光も浴びてキラキラと輝いていた。
そうして、俺はシズクのもとに戻った。シズクを再び両手で抱えた後、飛行魔法で空に浮かんだあと、サンドキャッスルも解除した。
俺とシズクはログリッド村へ向けて、空の旅を再開したのであった。
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