第11話:魔王の旅立ち前夜
俺はルシアの部屋の前で彼女と会話し困っていた。案の定、ルシアが素直に俺の命令を聞いてくれない。普段の彼女なら大した問題はないのだが、俺が長期間彼女から離れようとすると物凄く抵抗する。いや、俺に対する敵意とかは当然ないのだが、依存に近い感じで俺のそばから離れようとしないのだ。
「なぜですか、ロード様。私も一緒に連れて行ってください。お願いします!」
ため息を吐いて答えるが、それでもルシアは畏まらない。むしろ必死に、俺についていきたいと懇願している。だが今回は長旅になりそうなのだ。だからこそ、彼女にはこの城に残ってほしい。そしていつも通りの彼女であれば、俺ががっかりするような仕草を見せるだけで、ルシアはその場で跪いて、頭を垂れるのだ。しかし、今回みたいなときはそうではない。彼女は全く引かない。俺が少し嫌がっても引かないのだ。
俺は心が苦しくなるが、首を横に振った。
「悪いがこれは決めたことだ。俺がこの城を長期間離れたら、《インヴェーダ》を殲滅できる奴がこの城からいなくなってしまう。お前も知ってはいるが、俺が蘇生する前に、幹部たちを中心にしてたくさんの裏切りが出たからな。というか、魔王の儀式の直前にそいつらに裏切られ殺された訳だが。正直に言えばこの魔王城の守りは弱いのだ。だから、頼まれてくれないか? ルシア」
正直、生前のことを思い出して半ば気分が悪くなったが、頭を振って思考を無理やり切り替える。
まだルシアが渋っているな。あともう一押しでこの城に残ってくれるだろう。何か良い方法はないか……。
俺が悩んでいると、遠くにバルザックが歩いているのを見つけた。俺はバルザックに手を振った。すると奴は全力でこちらに走ってきた。そしてそのまま俺とルシアの前に跪いた。
「これはこれは魔王様。儂に気をかけてくださりありがとうございます。それで、この儂になんの御用でしょうか?」
バルザックは頭を下げたまま俺に挨拶をした。話しにくいので顔をあげるように言い、そのまま本題を切り出す。
「面をあげよ。それでは話しにくい」
「ハッ」
バルザックは、両膝を付いたまま、精悍な顔つきで俺を見上げている。
「バルザック、お前に1つ頼みたいことがある」
「ハッ! 何なりとお申し付けくださいませ」
俺は気分よく言った。
「ああ、それでだな。ルシアがこの城に残るようにお前からも説得してほしい。」
「……ハッ! 承知いたしました」
流石にいきなりすぎてバルザックも戸惑ったみたいだな。俺は今までの経緯を説明した。
「なるほど。それでは、魔王様はルシア殿をこの魔王城に残され、そのシズク殿が見たという怪しいフードを被った者たちを探しに行くということですな。そして、ルシア殿がそれをかたくなに嫌がっていると」
バルザックは腕を組み。悩み始める。そしてしばらく唸ったあと、顔をルシアに向けた。
「ルシア殿。儂は日ごろからルシア殿が魔王様をおそばで支えて下さっていることに感謝しているのです。ですから、まずはお礼を言わせてください」
「……ええ。それは私が好きでやっていることだから、気にしないでいいのよ」
急に礼を言われ、ルシアは戸惑いながらも答える。
「ですので、ここで老婆心ながらご忠告いたします」
ルシアは怪訝な顔になって、尋ねる。
「ええ、何かしら?」
「その、ルシア殿が魔王様から寵愛をさらに頂きたいとあれば、ここは魔王様の頼みを聞くべきでは?」
ルシアが嫌そうな顔をして答える。
「でも、私はロード様と一緒にいたいのよ。それに私がいた方が、きっと役に立てるわ」
それでも強情なルシアに対し、バルザックが別の観点から語りかける。
「急ですが、こんな儂にも妻子がおるのです」
本当に突然何の話をし出すというのか気になったが、俺は黙っていた。バルザックが言葉を続ける。
「これは一人の男としての意見ですが、男としては妻には自分の帰るべき場所を守ってほしいと思うのです。自分が安心して帰れる場所があるからこそ、外に出ていけると」
バルザックが急に語りだし、ルシアの目の色が変わった。特に、「妻」という単語を聞いた瞬間に変わったのを俺は見逃さなかった。ルシアはさっきまでと雰囲気を180度変えて、やや上目遣いで、きれいな黒髪を揺らしながら俺に問いかける。
「ロード様! ロード様も妻には、やはり自分の家を守ってほしいと思いますか?」
驚くほどルシアの態度が変わった。驚きのあまり口をポカーンと開いてしまいそうだ。さっきまではこの城に残るのは嫌だというオーラ全開だったのに、今では全くない。むしろ残りたいというオーラさえ見える気がする。しかも彼女は胸元の開いたドレスを着ているので、角度的にまたも彼女の胸が少し見えてしまう。俺はあまり見ないよう若干目をそらし答えた。
「ああ、確かに、自分の居場所を守ってもらえるというのは安心感がある。幸か不幸か、魔王である俺の代わりが務まる者などそうはいない。だから、お前に任せられるのであれば、任せたいと思っている。だから、俺がしばらくこの魔王城を留守にする間、お前が守ってくれないか?」
「本当ですか? ロード様?」
今度は、ルシアが少しだけ気落ちした声で俺に質問してきた。どうしたのかと気になり確認した。
「ルシア、また急になぜか落ち込んでるようだが、どうかしたか?」
彼女は、すこしだけ拗ねたように答えた。
「それは、ロード様が私の目を見て答えてくれないからです。だから嘘ではないのかと思ってしまいまして……申し訳ございません」
最後には、頭を下げて俺に謝罪してきた。俺は、またもやルシアに変な心配をかけたと反省しつつ、今度は彼女の目を見て答えた。
「すまなかった。俺が目を逸らしていたのは、またお前の胸が見えそうになってな。だからそらしてしまった。俺が自分の居場所を守ってくれる人がいるのは、うれしいことだ。それがお前ならば、心の底から安心できる。だからこそ、俺はお前にこの城を守ってほしい」
俺がそう告げるとルシアは喜びながら、俺に抱き着いてきた。今度は、胸元が見えるどころではなく、ドレス越しに胸が俺に当たっているが、そんなことをルシアは気にしていない。俺がさっきよりも困っていることを知らずに、ルシアは俺の背中に両手を回したまま、俺を見上げて言ってきた。
「お任せください! ロード様! ロード様の留守の間、私がロード様の妻にふさわしいと証明すべく、ネズミ一匹ロード様の寝室に入れないことをお約束いたしますわ」
俺は抱き着かれたまま苦笑し、訂正する。
「いや、俺の寝室じゃなくて、この城全体だからな。当然、《インヴェーダ》の襲撃にも警戒してくれ。それからこのまえ勇者が来たばかりだから、しばらくは来ないと思うがそっちにも気をつけてな。頼んだぞ、ルシア」
「はい。お任せください。この身命を賭して魔王様が帰るこの城をお守りいたします」
俺は、満足して頷いた。
「ああ、よろしくな」
俺は、ルシアを説得できた後、彼女と別れた。因みに別れた時のルシアはすごくやる気に満ち溢れていた。思わず苦笑してしまったくらいだ。その後バルザックと共に城の地下にある、とある場所まで歩いてきた。清掃は行き届いており、ネズミ一匹いない。やはり自分の城は綺麗にしておかなければな。
「バルザック、この部屋に俺が人間社会から追放した勇者たちがいるのか?」
俺の目の前には複数の部屋がある。バルザックから、勇者たちを反省度に応じて部屋割りをしていると聞いたが、最近は聞いていなかったからな。しばらくこの城にいないだろうから、この機会に勇者たちの状態も把握しておこう。
バルザックは頭を垂れて答える。
「はい。ここは魔王様が倒した勇者たちをランク付けして矯正している最中です」
「因みに今はどんな感じなのだ?」
「ハッ! ご報告いたします」
そう言ってキビキビとした声で俺に報告してくる。
「まず、今までの約1年間で魔王様が退治なされた勇者たちが、合計28人。
そして、心を入れ替え反省したと見受けられる《グリーン》たちが、計12名。
次に、自分より弱い人間を見下すような《イエロー》たちが8名。
最後に、自分より弱い人間など道具かゴミ程度にしか思っていない《レッド》が8名。
以上となります!」
俺は顎に手を当てたまま、バルザックに聞いた。
「そのグリーンたちは、このまま人間社会に戻しても大丈夫そうか?」
バルザックは張りのある声で答えた。
「ハッ! 問題ないかと思われますが、儂に1つ考えがあります」
興味を惹かれたので、質問する。
「ほう、なんだ? 教えてくれ」
「ハッ! 彼ら元勇者を魔王様が長期外出する間のこの魔王城の防衛戦力として割いたら良いのではないかと愚考いたします」
俺は念のため確認する。
「勇者たちの実力はそれなりにある。最低でも中級魔族に匹敵するからな。だが、彼らもせっかく心を入れ替えたのだ。使いつぶすようなことは避けるのだぞ。他人を守ってけがをする者たちが現れたのであれば、それは名誉の傷だ。きちんと治療してやるのだぞ」
バルザックは再度、頭を垂れて答える。
「ハッ! 承知いたしました。それでは、《グリーン》たち12名については、魔王様が救助された奴隷たちの護衛に付けましょう。その方が、彼女たちも安心するでしょう。念のため、ルシア殿に元勇者たちが裏切らないか、監視させておきます」
俺は納得して肯定する。
「ああ、そうだな。ぜひそうしてくれ。それで、残りの《イエロー》と《レッド》についてはどうだ?」
そう聞くと、バルザックが眉間にしわを寄せて答えた。
「それが、《イエロー》はともかく、最近 《レッド》に加わった大勇者ブレイズがあまりにも魔王様に対し、暴言を吐くので、その対応に苦慮しております」
「ほう、具体的には?」
言いずらそうに顔をしかめてから、バルザックがゆっくりと口を開く。
「聞くに堪えない言葉を吐いています。正直ここでは申し上げるのも憚られる内容です。それ自体も問題なのですが、それを監視している私の配下たちも怒り心頭の様子で、思わず殴り殺したくなるのを我慢しているようです」
俺は腕を組みながら、どうすればいいか考えた。その間、バルザックは無言で、微動だにせず待機している。しばらくして、俺の考えもまとまった。このまま様子を見るのが良いだろう。とくに大勇者ブレイズはまだあの部屋に入れられて3日しか経っていない。3日で心を入れ替えるのも厳しいだろう。
「バルザック。お前やお前たちの俺に対する忠誠はありがたく思う。だからこそ、悪いが今しばらく我慢してほしい。あのクズ勇者ブレイズも勇者矯正所送りにされて、3日しか経っていない。ほかの勇者たちも最初の1週間は大騒ぎしていただろう。だから、悪いがお前たちには今しばらく我慢してほしい。いつになるかは約束できないが、のちに褒美を取らせる。だから、いましばらく耐えてくれ」
バルザックは地面に顔をこすり着かせる勢いで、頭を下げる。
「何をおっしゃいますか。魔王様、我らが魔王様に忠誠を使えるのは当然のことでございます。魔王様のお気持ちは理解いたしました。魔王様の寛大なご対応に彼らも感謝する日が来るでしょう。そうなるように、しっかりと彼らの性根を、この儂が責任を持って叩きなおしておきます!」
「ああ、頼むぞ。それでは、俺はこれで失礼する。ほかに行く場所もあるのでな」
「ハッ」
そうして、この場をバルザックに任せた後、俺はシズクのいる部屋に向かった。
「シズク、いるか?」
俺はリンカからシズクのいる部屋を聞き出し、彼女の前に来ていた。
「……は、はい!」
部屋の中から、驚いた声とともにシズクが飛び出てくる。
「悪い、急にきてびっくりさせたか」
俺は軽く謝罪する。シズクは首を小刻みに振る。
「い、いえ。そんなことありません。ここは魔王様のお城なのですから、私のことなど気にしないでください」
俺はシズクの頭を撫でながら答える。
「そう言われても困るな。確かにここは俺の城だが俺一人で住んでいるのではない。みんなで住んでいるのだから、気を使うのは当たり前だろう」
俺はシズクが少し落ち着いたのを確認して、明日の話をする。
「明日、お前が見たという怪しいフードを被った者たちの居場所を探しに行く。恐らく、長旅になるだろう。早くても、1か月はかかると俺は予想している」
シズクが小さい声で答える。
「はい」
俺は続けて言う。
「そのことなんだが、まずは、お前がたどりついたアプラス王国周辺から《迷いの霧》を探していきたいと思っている。それで見つかればいいが、そんなに簡単には見つからないだろう。もしそれで見つからなければ、別の国に言って確認する。基本的には見つかるまでその繰り返しだが、あまりにも期間が長くなったら、一度この城に帰還しようと考えている」
俺はシズクの目を見て、改めて確認する。
「それでもいいか?」
「はい」
シズクは俺の目を見返して力強く言った。
そうして、俺は自室に戻り、明日に備えて休んだ。
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