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ぼたん鍋が食べたいのよパパ

 私のパパ、鞘野周作(しゅうさく)は家電メーカーで、機械設計の仕事をしている。詳しくは分からないけど、手先も器用な自慢のパパである。

 そして私に激甘である。前世の記憶を持ち越した私にとって父のイメージは怖いものだった。


 修行、修行の毎日。とても厳しく、泣きながら必死に修行して、何度も死にそうになりながらも耐え抜いた。

 どれだけ強くなっても、誉められることなく怒られ続けた。


 とても辛い日々。辛いといえば、一族皆が血を使うもんだから、辺りは血だらけで鉄臭いし、服も染みがとれなくて、黒っぽい服ばかり着て目立たない様にしていたし。

 手を洗っても洗っても「血がとれないよー」って泣きながら洗う日々だった。辛かった……っと話が逸れた。


 そう父は厳しかったのだ。そのイメージが強い私にとって、今のパパは甘過ぎる!

 そう甘過ぎるのだ! これでもかってくらい甘い!


「うた~ 今日の帰りケーキ買ってこようと思うんだけど、何がいいかな?」


「ケーキ? なにかお祝いだっけ?」


「違うよ。詩が食べたいかなーって、聞いたんだけどな~」


 そう甘過ぎるのだ! こんな甘い父親なんて前の世界では生き残れない! だから言ってやるのだ。


「うたね~、ミルクレープが食べたい!」


「OK任せて! ミルクレープだね! 何個欲しい?」


 私は恥ずかしいので、モジモジしてながらゆっくり指を2本立てピースをする。


「2個!? 遠慮しちゃダメだよ! 詩はすぐ遠慮するんだから。もう、パパが適当に見繕って何個か買っておくから食べるんだよ」


「うん! ありがとうパパ! 大好き!」


「うん、うん、パパも大好きだよ!」


 あまあまな、激甘パパマジ、サイコーーーー!!


「おい!! お前ら仕事と学校へ、はよ行け!」


 ママに摘まみ出され、パパと私は仕事と学校へ向かうのだ。この世界ではママの方が怖い……。



 * * *



「は~、今日も疲れたねー。なんで授業中って眠くなるんだろう。詩は凄いよね、全く寝ないじゃん」


「あんまり眠くならないんだよね。美心はガクガクして寝てたもんね」


 学校の帰り道、ダルそうに屈みながら歩く美心は、地面を見ながら話しかけてくる。


「だってさぁ、体育で持久走の練習の後に数学の授業とかありえないでしょ普通?」


「まあ確かに、走った後に計算とか辛いよね」


「はぁ~いいなあ詩は。スポーツ万能だし、成績も良いじゃん」


「そんなに良くないって、10番台から20の間をウロウロしてるぐらいだし。運動も無駄に体力あるだけだし」


「ぶーぶー、それが良いっていうんだよ! 自慢かこのやろう!」


 怒って拳をあげる美心から笑いながら逃げ、2人でじゃれ合う。そんないつもの日常なのだが、この日私たちは未知との遭遇を果たしてしまう。


 それは2人でワイワイいいながら歩いていたときだった。一軒のお店の前で、私たちは足を止める。

 明らかに何か違う感じを醸し出すそのお店。全体的にマッドな黒で塗られた外観。居酒屋っぽいのに看板や文字なんかは筆記体で書かれている。

 外灯も洋風のお洒落なやつなのに何故かそこだけ萌え風なイラストの女の子が「WELCOME」と出迎えてくれる、のれんがかかっていて入り口を提灯が照らしている。


 まあこれだけならまだ許容範囲だ。寧ろ問題なのは、壁にかかっている猪や鹿などの頭部の剥製おそらくレプリカが、通行人にガンを飛ばし威圧してくるのだ。

 ハッキリ言って不気味で怖い。


 つぶれそうだな。


 私の第一印象である。


 そんなお店の看板に貼ってあるメニューを美心が眺めながら、なんのお店か教えてくれる。


「新しいお店だね。『ベスティエッセン』? えーと、ジビエ料理専門店だって」


「ジビエって鹿とか猪とかだよね」


 私は思い出す。前世で山に籠っていた頃に獣を狩って食べていたときのことを。


 こっちの動物と微妙に違うけど、結構美味しかったなあ。猪に似た、エバーレってやつが美味しいんだよなあ。

 きちんと血抜きした後に皮剥いで、鉄板の上で香辛料かけて食べると、美味しいんだこれが。

 それに薫製にすれば冬も過ごせるし凄くお世話になったなあ。

 あ~、思い出したら食べたくなった! どうしよう、今晩でも山に入って、しし狩りでもしようかな。


「どうした詩? なんか(けだもの)見たいな顔してたよ」


「え!? マジで?」


「マジで。さっきの顔、ライオンでも食べそうな感じだったよ。ザ・野生って感じ」


 美心に言われ顔を取り繕うが、すぐに懐かしい味を思い出してしまう。

 思い出したら無性に食べたくなることあるよね? 「あーどうしても食べたい!」ってとき。今まさにそんな感じ。やっぱり今晩にでも狩ちゃおうかな。


 そう、私は今、無性に猪が食べたいのだ!


「そんな顔してた? このメニュー見てたら美味しそうだなあって、思ってね」


「ふむー、お店の外見がちょっとねぇ」


「うん、そうだね……」


 2人でカオスな店を見上げていると店の扉が開き、ゴツイおじさんが出てくる。エプロン着けているから店員さんかな?


「お客さんかい? 寄っていくかい?」


「いえ、違います! そしてイヤです!」


 見た目と裏腹にハスキーボイスで話しかけてくるおじさんに私はキッパリと断る。

 おじさんがションボリと肩を落とすと、ポツリポツリと語りだす。


「お客さんが来ないんだ」


 それはそうだろうという言葉を飲み込み、語りだすおじさんの話を適当に聞き流す。


「──やっぱりジビエは抵抗があるんだろうか? 獣臭いイメージもあるし。下処理をちゃんとすれば問題ないんだけどなあ」


 さっきまで聞き流していたのに、ココで私は反応してしまう。


「ですよね! 仕留めて頸動脈(けいどうみゃく)切って血を抜いて、(はらわた)出して肉の温度を下げれば臭みはそんなにないですもんね♪」


「お、お嬢ちゃん詳しいね……」


 はっ!? しまった! 私は頸動脈をかっ切るポーズをしたまま固まる。


 一般的女子高生は、仕留めた獲物の首の頸動脈を切って、腹を開いて内臓を取り出すとかしないんだった。心なしか美心も引いている。


「それに最近肉が手に入りにくくて、困ってるんだ」


「狩りをする人が少ないんですか?」


「あぁまあ、なんか聞いた話だと狩りに出た人たちが帰って来ないらしく、行方不明になっているんだ。猟銃や持ち物なんかは見付かったけど本人達が見つからないらしい」


 なんかいやな感じがする。こういった感じあったな。村人から話を聞いて行方不明者を探して捜索すると魔物の仕業だったってやつ。


「それって何処の山なんですか?」


「あ? そんなこと聞いてどうする?」


「えっと、ほらっ近所だったら怖いなーって」


 適当な言い訳で取り繕う私を、訝しげに見ながらも教えてくれる。


「ここからはちょっと遠いからお嬢ちゃん達には関係ないよ。落馬村って場所さ。車で2時間位のとこにあるからね」


 村人の……いや、おじさんの話だともう3人も行方不明になって、警察も捜索しているが進展はないらしい。

 事件の匂いがする。今度の休みに行ってみようか。


 おじさんと別れるときお店のメニューのチラシをもらったので眺めながら帰る。


 私が食べるときは基本、焼くか煮るだったが、チラシを見ると様々な調理法があることを知り感動する。

 その中でも一際目を引いたのが、ぼたん鍋! お肉を花のように並べるその粋な計らいに心奪われた!


 私は美心と別れるとチラシを握りしめ足早に家に向かう。パパが帰ったら言おう!


「うた、ぼたん鍋食べたいの!」って。

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