演奏は優雅にそして残酷に
クマの攻撃を避けながらエーヴァがフルートを優雅に吹き演奏を始める。
奏でる旋律はテンポのいい陽気な曲。
『優雅なる大円舞曲』
演奏を終えたエーヴァがタイトル名を紹介するように述べながらクマに向かってお辞儀をする。
周囲には先程とは比べ物にならない量の五線譜の泡が浮かぶ。そしてそれらは互いがふれあい連なっている。
エーヴァが軽くステップを踏みト音記号の泡を切り裂くと連なった泡がリズムを刻み曲を奏で始める。
「『優雅な大虐殺』をその身に刻みな!」
曲の流れる中エーヴァがクマの攻撃をいなし右足の後ろに滑り込むと足の腱に向かって片足を軸に高速で回転しながら何度も斬撃を放つ。曲が進むに連れ威力とスピードを増していきその重なる斬撃は足を深く傷つけてやがて腱を切り裂く。
支えを失った右足から体勢を崩すクマの背中を回転し刻みながら上り右腕2本を肩から斬り落とす。
右の支えを失いグシャリと右半身を地面にぶつけ倒れるクマの首に放たれる再び重なる斬撃はクマの首を切り落とす。
そのままナイフを投げると腹部の顔の眉間に突き刺さると同時に曲が終わりエーヴァが再びフルートを手にする。
『終演の旋律』
エーヴァが演奏する曲は悲しくも力強さが希望を感じさせてくれる。その演奏を体に聴くクマの体が震え始める。最初は小刻みにそして段々と激しくなってやがて体の内部から破裂し生命活動を停止させる。
「あたしの魔力を練り込んだ斬撃と演奏は痺れるだろう? っとぉ、今宵は私の演奏会にお越しいただきありがとうございました。感謝いたしますわ」
エーヴァが可愛らしくお辞儀をするがその顔は残酷な微笑を浮かべている。
パチパチパチパチ
森に拍手が響く。
「私の演奏会にようこそ鳥さん。さっきからパタパタと飛んでこっちを見ていたみたいだけどあなたも死にたいのかしら?」
「わわわわっま、待つっす! オルドはさっきの奴とは違うっす」
オルド羽で頭を押さえカタカタと震えぐるぐる目玉から涙をダバダバ流す。
「その声……女神だったっけか?」
「そっす、シルマっす。お久しぶりっす、5星勇者のイリーナ・ヴェベール」
エーヴァがパチンっと指を鳴らすとオルドの止まっている木の枝の先端が粉々に吹き飛ぶ。
オルドは身を細めガタガタ震え怯える。
「お前に言いたいことがある」
「なんすか?」
相変わらずのシルマの口調に対してオルドは怯えて体をほっそりしたまま涙を流している。
「あたしの転生の希望なんだがな、記憶の持ち越し、音撃の能力を優雅に上品にして欲しいとだな、あぁなんだ、その」
「お嬢様になってみたい。優雅な生活をしたい。容姿を今の大柄で筋肉質な体じゃなくお人形の様なきゃしゃな感じにっすね」
怯えるオルドからシルマの声が聞こえてくる。オルドの態度とは反対にその声は少し楽しそうである。
「あ、ああまあそれはいい、能力が面倒になったのも文句言いたいが一番はあれだ! なぜエレノア・ルンヴィクと同じ場所じゃないのだ! あいつに勝つために転生したというのに!!」
「同じ場所じゃないっすか。地球という星で同じところで生活してるっすよ」
「星単位で同じって転生して名前も分からないのにどうやって出会えっていうんだ!」
相変わらず怯えたままのオルドは左の翼で顔を隠しながら右の翼をバタバタさせている。もはやなんのジェスチャーかは分からない。
「まあまあ、今はエヴァンジェリーナ・クルバトフだったっすか?」
「ああ、エーヴァでいい」
「じゃあエーヴァさんにお願いっす。さっき戦ったクマは宇宙人の攻撃によるものっす。その驚異に対抗するために日本に住む鞘野詩に協力してほしいっす」
「鞘野?」
「前世の名前をエレノア・ルンヴィクというっす。それともう一人──」
説明するシルマの言葉を遮ってエーヴァが嬉しそうに微笑みながら言葉を挟んでくる。
「鞘野詩、それがエレノアの今の名前なのか? 協力は別としてすぐに会わせて欲しいなそいつに。あたしはそいつを倒したいんだ」
「協力してくれと言ってるのに倒したいってバカっすか?」
「あぁん?」
エーヴァの威圧にオルドが左の翼で口を押さえ右の翼をブンブン振って発言は自分じゃないアピールを始める。そんなことを気にもせずにシルマは続ける。
「いいっすか、女神としてじゃなく個人的に今回の件に関与してるっす。魔族や魔物というのは神界から降りてきたものの成れ果てっす。こっちにも非があるから人間側に荷担してるっす。
でも今回は生物同士の争いでどちらが生き残ろうと本来は関係ないっす。それでも関与したのは詩に申し訳ない気持ちがあったからっす」
オルドが顔を伏せながら震える右の翼だけエーヴァへ向けて指差す。
「エーヴァさん、見た目は愛らしく天使とか言われてるみたいっすけど中身は昔の粗暴なままっす。そんなんで詩に勝てる訳ないっすよ。そもそも居場所教えてあげないっす」
「ぐぅっ」
悔しそうな顔で睨むエーヴァだがやがて力を抜いて穏やかな表情になるとちょこんとお辞儀をする。
「女神シルマ様。協力の命、お受けいたしますわ。このエヴァンジェリーナ・クルバトフ身命を尽くしこの驚異からこの星を守ってみせます」
「おぉ可愛らしいっすね。じゃあお願いするっす」
パアッと明るい表情を見せるエーヴァが前のめりになってオルドに近付くとオルドは身を引いて汗を流し始める。その目からは涙が溢れる。
「それじゃあ、その鞘野詩さんに会わせて頂けるんですね」
さっきとは同じ人物とは思えない愛らしい微笑みと綺麗な目にオルドも戸惑ってしまう。
「エーヴァさん日本語話せるっすか?」
「えっ? いや話せない……ですわ」
「それじゃあ、勉強してくださいっす。日本語話せる様になったらまた来るっすから頑張って下さいっす」
「あぁ!? ふざけんなっ! 話せなくてもいいだろ、ほら身ぶり手振りとか拳で語ったり出来るだろ!」
お嬢様の拳がブンブンと空気を切る音を立てシャドーボクシングを始めるその姿にオルドは再び怯え始める。
「ま、最初は詩にちゃんと挨拶して仲良くお話することを目標とするっす。エーヴァさんはそこから始めるっす。修行の一貫っす。じゃあまた来るっす」
オルドが全力で飛び始める。下で文句を言うエーヴァの声が遠くなっていく。
下を見ないように上を見るオルドの頭に声が響く。
「オルド、エーヴァが怖いっすか?」
シルマの問いにオルドが必死に頷く。
「別に好物が鳥ってだけでオルドを食べたりはしないっすよ……多分」
* * *
派手な鳥が空に消えていくのを見届けるとエーヴァはニタリと笑う。
「待っていろ詩とやら。あたしとの決着は着けてもらうからな。そのためにもまずは日本語覚えてやる! みてろよ完璧にマスターして驚かせてやるからな!」
エーヴァはフルートをケースに入れると山を下り始める。
エーヴァ参戦もう少し先。




