第六話(裏)後編 胸の高鳴り
「あら、キサラさん。
アクヤ様の肩を持つなんてずいぶんお優しいことね」
「うん。私は優しくしてくれた人に優しくするよ。
アクヤちゃん、パーティに招待してくれて美味しいものいっぱい食べさせてくれたもん」
餌付けされただけですのっ!?
と思わず声を上げそうになった。
当然、周りの女の子達は笑う。
「あなたねえ、歴史あるアニエス男爵家の令嬢がなんてみっともない。
アレはアクヤ様がどれだけ力があるか見せつけるもので」
「仲のいい私たちを喜ばせるために用意してくれたんだよね。
言ってたもの。喜んでくれて何よりですわ、って」
普段ぼんやりしているキサラとは思えないくらい即座に答えを返した。
「でも、あんな豪華なパーティー、参加する方も大変ですわ!
普段のドレスじゃダメだしプレゼントなんかも」
「まるでサロンパーティみたいだったよね。
我が家でもお母様に食事の作法を仕込まれたりしたし、背中の空いたドレスなんて初めて着せてもらったし、大人になった時の予行演習みたいで楽しくなかった?」
「そ……そもそも、アクヤ様は自慢したがりなのよ!
褒めなきゃいけないこっちの身にもなってほしい!」
「美人で金持ちで気前が良くって上品で気高い模範的な貴族令嬢。
その上、学院の成績はトップレベルで楽器や踊りに至っては初等科一。
褒めるの簡単すぎる子じゃん。
何が大変なの?」
「うっ……」
キサラは怒ったり訴えたりするわけでなく、淡々と語りかける。
それなのになんとも言えない迫力と説得力で周囲を圧倒する。
自分たちの不利を悟ったのか、ついに彼女達はキサラに言葉の矛を向けた。
「いい加減にしなさいよ!
キサラ・アニエス!!
みんなの気持ちがひとつになっているのを邪魔して!!
綺麗だからって偉そうぶるんじゃないわよ!!」
強い敵意を向けられて、さすがにキサラもたじろぐ————わけがなかった。
「キレイ…………私が?」
「なんでいちいち聞き返すのよ!?」
「だってそう思ったことないし。
キレイってのはお母様みたいな人を言うんであって私みたいなのじゃないと思ってるんだけど」
いや、あなたのお母様はちょっと人間離れしてるというか、規格外の美人だから。
「ああ、分かった。
私がキレイって言われたのは、みんなが自分のこと醜いって分かってるからなんだね」
その言葉は矢のようにみんなの心に突き刺さったのだと思う。
だって、直接言葉を向けられていない私の胸にも刺さったから。
その後、言葉を発する人はいなかった。
しばらく経ってから私が扉を開けると、戸惑いながらもみんなは私に駆け寄ってきて、
「お身体の具合は!?」「心配いたしましてよ!」
と口々にさえずった。
キサラはその輪には参加せず、ひとりぼんやりと窓の外を眺めていた。
「ぐしゅっ……なんで昔のことばかり思い出すのかしら……」
竜車の中で私は侍女のマアヤの膝にしがみつきながら泣いていた。
行きの車にキサラはいたのに、今はいない。
それがどうしようもなく悲しい。
「お嬢様にとってキサラ様は親友ですものね」
「そんな生易しいものじゃないわ……」
あの時、キサラが言った言葉は私の中の根幹とも言えるものを変えた。
それまでの自分は誰かに認めて欲しくて努力を積んでいた。
でも、あの日から私は人の目なんて気にならなくなった。
私が目指しているのはただひとつ、「自分が醜いと思ってしまうようなことは決してしない」ということだ。
人を羨んだり妬んだり。
その感情を出し入れして気持ち良くなったり、人に吐き出して満たされたり。
どれも醜いことだから、私は絶対にしない。
だってそうでないと、自分が醜くないという自信がないと、あの揺るぎなくキレイなキサラのそばには立って居られないから。
「キサラさんはきっと大丈夫です。
ですから、お嬢様はご自身がやるべきことを頑張りましょう」
マアヤはそう言って私の頭を撫でてくれた。
分かってる。
だってキサラは最強だもの。
綺麗で無敵な私の…………愛する人?
「えっ?」
「はい? どうなさいましたお嬢様」
「え……ううん!! なんでもない、なんでもない!」
胸が痛いほど高鳴って、顔が熱い。
何か、やばいことに気付いてしまったのかもしれない……