第六話(裏)前編 キサラとの出会い
私とキサラとの出会いは女学院の初等科の教室だった。
まだ9歳の子供にもかかわらず、キサラは当時からズバ抜けて美しかった。
着ているものとかは質素で平民と大差ないのに、彼女のいる場所だけ光が注いでいるような……そんな特別さが彼女にはあった。
最初はそんな彼女が妬ましかった。
この街を治める大貴族クレイ伯爵家の令嬢である私は誰よりも輝かなければならない。
家が高貴だからという理由で崇められるのではなく、高貴な家にふさわしい人間にならなくちゃいけないと考えていたから。
何もしなくても……むしろ、ティータイムのお菓子をおかわりしまくるようなみっともない行動をしているにもかかわらず美しく目立つキサラが不愉快でならなかった。
誰よりも綺麗なドレスを着飾って、化粧や髪結いにこだわり、家庭教師をつけて勉学に励み、学院でも率先して目立つ優等生を目指した。
そうしていると私に憧れる取り巻きの子達ができ、学院内で一目置かれる存在になれた。
私の心は満たされた。
キサラを自分の下につけることはできなかったけど、いつも一人でいる彼女と自分とではどちらが勝者かは一目瞭然だと思っていた。
ある日、私は我が家のガーデンパーティに学院の友達を招待した。
キサラも、
「美味しいもの……ご用意されてるんですよね、じゅるり」
と食べ物目当てに近づいてきた。
まあ、イジメとか除け者にするとかは私の趣味じゃありませんし招待して差し上げたけど。
パーティはお父様にお願いして大人顔負けの贅を尽くしたパーティにしてもらった。
誰もが私を褒め称えた。
「アクヤ様は貴族令嬢の鑑!」
「アクヤ様とお友達になれて光栄ですわ!」
「アクヤ様とご一緒の時間はいつも楽しくて時が過ぎるのを忘れそう!」
その言葉を私は素直に受け入れて満足してしまっていた。
その翌日のこと。
普段使っていた竜車が故障してしまい、代わりの馬車で登校することになってしまった。
おかげで学院に着くのはお昼休みの時間になってしまった。
普段ならば私の竜車が学校の敷地に入れば取り巻きの子達が集まってくるのに、平凡な馬車が入ってきても誰も見向きはしない。
それはそれでいい、と私はコッソリ教室に近づいてみんなを驚かせてやろうと思った。
教室の扉に身体を密着させ、勢いよく開けて登場しようとしたその瞬間だった————
「アクヤ様、今日はお休みなのかしらねえ」
昨日パーティに来ていた子の一人がそう言った。
その口振りは心配というよりもどこか楽しそうで、おや? と思った。
「昨日のパーティ張り切り過ぎだったんじゃない?
立派な挨拶も考えられてたみたいだし」
「たしかにすごいパーティだったわね。
伯爵様にどんな風におねだりされたのかしら……プッ」
アッハッハと大きな声で笑う女の子たち。
おかしい、まるで私を侮蔑してるかのような……
「お休みならお休みでいいじゃない。
肩の荷が降りるわー。
伯爵令嬢さまの太鼓持ちって楽じゃないのよね」
「そうそう。
今日はこうやって愚痴る日にしましょうよ。
アクヤ様とのお付き合いご苦労様パーティ!」
「うふふっ! それなら喜んで参加したいわね。
伯爵家の屋敷みたいな居心地の悪いところでなければ」
「アクヤ様はご自慢のお庭や屋敷を披露できて良かったかもしれないけど、遠いし、準備やプレゼント選びも大変だったし。
ホント疲れたー」
「そうそう。あの子といると疲れるんだよね。
かまって欲しがりだし、褒めて欲しがりだし。
伯爵様の娘だから蔑ろにできないだけで、あなたに興味なんてございませんことよ」
ウソだ。みんながこんなこと言うわけない。
だって昨日まであんなに楽しく過ごしていたもの。
扉を開けて聞かなきゃ!
「今の全部ウソですよね!?」って……
扉に手をかけようとするが、できない。
ここで私が出て行ったら何かが決定的に壊れるような気がして。
彼女たちのお喋りは続く。
今この場にいない私を貶めるお喋りを。
もし、この時に扉を開けて糾弾していたなら————私はきっと誰も近づけずに親の権力を使って邪魔者を蹴散らす暴君のようになっていただろう。
もし、扉を開けずに聞かなかったフリをしても、内に悪意をため込んで他人の不幸を嗤う悪魔のようになっていただろう。
だから、あの出来事は私にとって救済なのだ。
「いない方が喜ばれる……そんなに悪い子じゃないよ。
アクヤちゃんは」
ポツリと、でもハッキリと通る声でキサラはお喋りをする彼女たちを諫めた。