第二話 颯爽登場! アクヤ・クレイ伯爵令嬢!
さて、街の外に出た私がフェブリアルに向かって進み始めたその時でした。
ガラガラガラッ!! と大きな音を立てて一台の竜車が街の門から飛び出してきて私の進む道を遮るようにして止まりました。
竜車とは名前の通り、竜に牽かせて進む車のことです。
馬よりも息が長く力も強い竜車は長距離移動の強い味方ですが、とってもお高いです。
しかも、この竜車は4頭立て。
引っ張っている車も大きく、中で五人は寝泊まりできそうなほどにしっかりした造りの4輪車の上、豪奢な飾りまで細工されています。
こんな竜車を持っている家はこの街で一つしかありません。
「おーっほっほっほっほっほっほ!!
ごきげんよう、アニエス男爵令嬢改め、ただのキサラ!!
追放されて落ちぶれている姿を見に来てあげたわ!」
やっぱりです。
青いドレスを着た金髪で縦ロールの髪形をした派手な美人。
私の幼馴染にして、この街を統治するクレイ伯爵家令嬢――――アクヤ・クレイ伯爵令嬢さまです。
「やあやあ、アクヤちゃん!
見送りに来てくれたの?
ありがとー、おっきな竜車だねえ」
私がいつもの調子で話しかけるとアクヤちゃんは馬車から転げ落ちそうなほど体勢を崩しました。
「ど……どうして普段通り能天気なのよぉ!!
あなた、自分の立場理解しているのかしら!?」
「あっ。そうだった、私はもう貴族じゃないんだった。
アクヤちゃんと口を聞いちゃいけないんだっけ」
私は反省しながら地面にひれ伏そうとしますが、アクヤちゃんは慌てて抱き起こしてきます。
「そ、そういうのはいいから!!
ふんっ! わたくしの心はマルタ海|(※王国東部に接する大洋。温度が生温く魚はまずい)のように広いのですもの!
たとえ貴族家を追い出されても変わらずに友達…………からかってあげますわ!
おーっほっほっほっほ!! 感謝しなさい!!」
「わー! この竜、立派だねえ!
餌は何を食べてるの?」
「竜のことはいいから、私の話を聞きなさいっ!!」
必死に声を上げるアクヤちゃんです。
伯爵家の令嬢なのに飾らないところが大好きです。
「おほん……キサラ、あなたもやらかしたものね。
貴族諸法度の第39条なんてほとんど冗談みたいな内容なのに。
しかもそれを憲兵に見られるなんて。
まったく以て愚か極まりない」
アクヤちゃんはそう言って意地悪そうにあざ笑います。
でも私は気にしません。
むしろ、今の状況を楽しんでいるくらいですから。
「で、よりにもよってフェブリアル自治区の開拓ですって?
あんな魔族領の入り口みたいなところに行くなんて命がいくらあっても足りやしない」
「うーん、でも女性の罪人はみんな送られるところだからねえ。
お勤め終えて帰ってきた人も結構楽しかったって言ってるよ」
「なんで罪人と会話する機会があるのよ……あなた昨日まで男爵家の令嬢でしたわよね?」
「アクヤちゃんだって罪人の私と話してるじゃん」
「もうっ!! ああ言えばこう言う!!
あなたみたいな人、フェブリアルでも魔族領でも行けばいいわ!!」
「うん。じゃあ、いってきまーす」
私はアクヤちゃんを背にして歩き始めようとしましたが、むんずと首根っこを掴まれてしまいます。
「あなたの短い脚でフェブリアルまで歩いていくつもり?
たどり着くころにはあなたお婆ちゃんよ」
「大丈夫大丈夫。一か月も歩けばたどり着くって聞いてるし」
「なんでそんなにお気楽なのよ!!
一か月も歩くなんて脚が折れてもおかしくないし、パンや水がなくなったり、モンスターや悪漢に襲われたりいろんな危険があるでしょう!!
もっと危機意識を持ちなさいよ!!」
「そうは言われても、街には帰れないし。
フェブリアルにいけばとりあえずお仕事は貰えるみたいだから。
ま、なんとかなるって」
再び歩き出そうとしましたが、再び掴まれてしまいます。
「待って。聞いて。お願い。
実は偶然、私もフェブリアルに行く用事がありますの。
竜車なら3、4日もあればたどり着く道のりですが、最近いろいろ物騒ですし。
フッフッフ、護衛を雇いたいと思っていますの」
アクヤちゃんが手をかざすと、侍女さんがアクヤちゃんの手の上に硬貨袋を渡します。
「下々の者に仕事を与えてやるのも貴族の務めですわ。
ただのキサラ、私の護衛としてフェブリアル自治区までお供しなさい。
もちろん、車に乗って私から片時も離れずに護衛するのよ」
そう言って私に硬貨袋を突きつけます。
ちらっと見えた中身から推測するに、きっと我が家の食費半年分はあることでしょう。
「あ、アクヤちゃん……そんな大金」
「はした金ですわよ。
私がお小遣いでもらっているお金で使い切れずに余らせていたのをかき集めてきただけですわ」
「それって貯金全部ってことじゃないかしら?」
私が遠慮するとアクヤちゃんは怒り出しました。
「つべこべ言わずに受け取りなさい!
そして車に乗り込むの!
執行官とかに見つかったら面倒なんだから!」
さらうようにしてアクヤちゃんは私を竜車に詰め込みました。
竜車はものすごい速度で走り出し、街から遠ざかっていきます。
「おーっほっほっほっほ!
ごらんなさい、キサラ!
あなたの生まれ育った街が地平線の向こうに消えていきますわ!!
ざまあみろですわ!!」
悪そうな笑みをして私に語り掛けるアクヤちゃん。
本当にやさしい子です。
いくら伯爵家といえども娘のわがままで貴重な竜車を何日も預けたり、追放者に援助したりすることを許すとは思えません。
きっと、帰ったら大目玉をくらうことでしょう。
なのに、幼馴染というだけで私にここまでしてくれる。
「アクヤちゃん、ありがとうね」
私には感謝の気持ちを伝えることができません。
「いっ? いや、私は落ちぶれたあなたをからかいに――――」
「落ちぶれた私を身を切ってかまってくれた。
街を離れても、何年も会えなくても、アクヤちゃんのこと絶対忘れない。
幸せになって、ってずっと想ってる」
そう言うと、アクヤちゃんの瞳が潤み始めました。
そんな顔されたら私だって泣きそうになります。
「アクヤちゃん……とても変わり者だけれど、私の一番大事な親友――――」
「ちょ! 待ちなさああいっ!?
あなたにだけはっ!! 変わり者扱いされたくないですわぁっ!!」