第一話(裏) 執行官達は気を揉んでいる
追放直後の執行官達の様子です。
(三人称視点)
キサラ・アニエスの追放を執行し終えた執行官と兵隊は詰所に戻る道で彼女のことを話していました。
「大丈夫なのかねえ。
貴族の娘さんがいきなり街の外に出されて。
フェブリアルまで徒歩なら男でも一ヶ月はかかるぞ」
「街道をまっすぐ行くだけだ。
途中に街もあるし、上手くやれば乗合馬車にでも乗れるだろ」
「いやたしかにそうだけど、そうじゃなくてさあ……あのお嬢さんはちょっと特別じゃん」
「ああ、そっちね……
たしかにあの娘は————」
兵士たちは声を揃えて、
「「「メッチャ可愛かったもんなあ!!」」」
そうなのです。
本人はあまり自覚がありませんが、キサラはまごうことなき美少女なのです。
丸顔で15歳にしてはあどけなさが残りますが、母親譲りのプラチナブロンドの髪に陶器のような白い肌。
星空を詰め込んだような大きな瞳、桃色の薄い唇に整った鼻梁。
小さな背丈ながらも均整の取れたプロポーションをしており、健康的な美しさを醸し出しています。
もし、その美貌が広まっていれば結婚相手なんて選び放題。
貧乏貴族の抱える程度の借金の何倍もの結納金を携えた大貴族が行列をなしていたことでしょう。
ただ、貧しいからといって娘を売り物にしたくない母心から人目を避けさせていたこと。
また、本人も華やかな社交界に興味を持たなかったので、そのようなことは起こりませんでしたが。
「あああああっ!!
俺メッチャ心配だ!!
キサラ様は俺が守らないと!!」
「おい、あんた妻帯者だろ!
自重しろ! 俺が行く!」
「お前も来週には結婚式挙げるんだろ?
ここは夫婦仲の冷め切ったワシが行く」
「引退間近のジジイが何考えてんだ!
奥さん大事にしてやれよ!
ここは彼女いない歴=年齢の俺が————」
「ああもうっ! 貴様らうるさいっ!!!
あの娘を追ったら追放刑の妨害ということでお前らも罪人だからな!!」
執行官は騒がしい兵隊たちに喝を入れました。
「しかし……心配でしょう。
あんな可愛い子を一人旅させるなんて。
最近は平和になってきたとはいえ、モンスターや盗賊だっているんですよ」
「他のフェブリアル送りになった罪人も同じ条件だ。
特別扱いはできん」
「そんなこと言って……知ってますよ。
アニエスの奥様の泣き姿に見惚れていたこと」
「み!? 見惚れてなんて……」
執行官は図星を突かれて狼狽えました。
兵隊たちはそんな彼を見て大笑いです。
すると、不機嫌そうな顔で反論します。
「仕方なかろう。
アニエス家当主代理シャイナ・アニエスといえばかつて王国三大美女と呼ばれていた絶世の美女。
『北部の白薔薇』……そんな風に呼ばれていた時代もあったんだぞ」
「ふええ……確かに地味な出で立ちでも明らかに美人だったなあ。
でも、なんだってそんなお方がみすぼらしい暮らしを?
いくらでもお金持ちとの縁談がありそうなものですが」
「もちろん。15で社交界デビューした翌朝からありとあらゆる家から縁談話が舞い込んだそうだ。
噂ではやんごとなきお方たちからも……
でも、彼女は誰にも色よい返事をせず、最終的には一回りも年上の冒険者を婿入りさせたんだ」
「冒険者ぁ!? そらまた酔狂……いやいや、よっぽど好きあっていたんでしょうねえ」
「ケッ、貴族の娘に取り入るなんざロクでもねえヤツだ」
「冒険者とか……牢屋に入れられていないだけで実質犯罪者みたいなもんじゃねえか」
兵隊達の反応は真っ当なものです。
冒険者————民間人からの依頼を受けてモンスター討伐やダンジョン探索を行う傭兵のような存在です。
モンスターが至る所に蔓延っていた時代には頼りにされていましたが、平和になるにつれて需要がなくなり、今のご時世で冒険者を名乗る者はまともな仕事につけない荒くれ者くらいです。
ですが、執行官はほくそ笑みます。
(冒険者……俺は嘘をついてはいない。
たしかに彼は冒険者だった。
ただし、『最高の』が上につけられていたんだがな)
執行官は冒険者が重用された時代を知っています。
そして、その時代の末期に華々しい功績を上げた一人の男のことを。
「しかし、冒険者の娘ならね。
だったら今回の罪状も納得だ」
「だな。しかし、お貴族様も楽じゃないねえ。
たかだか剣の稽古をしていたくらいで追放処分なんてよ」
兵隊たちはキサラを憐れみます。
そう、彼らの言う通りキサラはそんな些細な罪で罰を受けることになったのです。
貴族諸法度、第39条。
『貴族家の女は剣や槍などの武器を手にとり、その稽古、試合等をすることを禁ずる』
はっきり言って形骸化している法律です。
わざわざ言われるまでもなく、貴族のお嬢様が武器をふるう機会などまずありません。
だから執行官も最初にキサラの罪状を聞いたときは驚きましたが、彼女の家系を知らされると、
「血は争えんなあ……」
と、思わずつぶやいたのです。