六弦駅
六弦駅は、レンガを組み合わせて作ったような、どこか懐古趣味な見た目をしている。その印象通りに、かなり古くからある駅らしく、設備は総じて旧式だった。自動改札機すらないので、電車に乗る際は、駅員が手動で切符を切るのである。
ホームに隣接した駅舎の待合室では、今日も老人がスポーツ新聞を読んでいた。彼は、そこに住んでいるのではないかと思ってしまいたくなるくらい、いつでも決まった席に腰掛けていた。
そして、読んでいるものも決まって同じだ。相も変わらず、際どい水着姿のグラビアアイドルの写真に熱烈な視線を送っている。
湊介は老人の横を通り抜け、切符売り場兼事務室の隣を通り過ぎて、ホームへと入った。事務室の入り口には、この駅に似つかわしく年季の入った女性が、これまた年季の入った結婚指輪の嵌った手に改札鋏を持って立っているのだが、湊介は定期券を持っているので、それのお世話になったことはない。いつも通り、会釈して彼女の前を通り過ぎた。
柱に設置された『むげん』と書かれた錆びたプレートが何とも物憂い雰囲気のホームでは、すでに虹原学園の制服を着た何人かの少年や少女たちが電車を待っていた。と言うよりも、この駅で乗り降りするのは、虹原学園の生徒だけだと言っても過言ではなかった。
腕時計を確認すると、電車が来るまであと四分くらいだった。湊介は、日に当たって変色したベンチに腰掛ける。
帰りは大体透と一緒なので、こうして一人でいると何となく手持ち無沙汰だった。透とは降りる駅も一緒だ。そのため、電車の中でもずっとお喋りを楽しんでいるだけに、どこか落ち着かない気分になる。
そのせいか、湊介は先程聞いた都市伝説を思い出してしまった。
(六弦駅の『ムゲンさん』、か)
つくづく下らない話である。止まらない電車だとか、『ムゲンさん』の世界だとか、そんなもの、実在する訳がないではないか。
(まあ、『ムゲンさん』に会えたら、透に自慢してやってもいいか)
『ムゲンさん』が美人だと知ったら、透は会えなかった事を悔しがるかな、などと考えながら微かに笑っていると、ワイシャツの袖口を、ひゅうっ、と冷たい風が揺らした。
その異様な感覚に、湊介は身を強張らせた。肌に触れたその冷たさは、こんな真夏に感じていいものではないような気がしたのだ。屋外に吹き曝しになっているこのホームには、冷房なんてついていないので、なおさらである。
肌を粟立てていた湊介の近くに、人の気配がした。湊介は反射的に顔を上げる。
「えっ……」
湊介は思わず声を漏らしていた。
隣に立っていたのは女性だった。いや、少女と言うべきか。白いワンピースに包まれた身体はほっそりとしていて、陽炎のように頼りない。すぐに消えてしまいそうな雰囲気さえ醸し出している。
湊介が目を奪われたのは、彼女の髪だった。真っ黒の髪は太腿の辺りまで届く程に長く、厚い前髪が目元を完全に隠してしまっている。
真夏にはうっとおしそうな髪型だった。本来なら、見ているこちらが暑くなりそうである。だが、湊介は全く熱気を感じなかった。それに、彼女も汗一つかいていない。そんな生理的現象とは無関係とでも言いたげな、まるでマネキンのような佇まいに、湊介は寒気を覚える。
しかし、それは湊介の勘違いではなかった。実際に、彼女からは冷気のようなものが放たれていたのである。その事に気が付いた時、湊介を得も言われぬ不安感が襲った。
不意に、女性がこちらを向いた。まるで機械のようなぎこちない首の動きだった。彼女は口を弓なりに曲げて、ニタァと笑う。その奇怪な笑い方に、湊介は息も出来ぬほどの怖気を覚えた。