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第六十二話 ボクの知る最驚と最恐

 「何か喋ってる?」

 

 那波(ななみ)が気付いた通り、手甲の男女は何事かお互いに話しているようだった。その表情はにこやかで、しかし視線とともに(さい)たちへと向けられる殺気は膨れ上がり続けていた。

 

 「――っ!」

 

 瞬間、手甲の女が那波の目の前まで迫っていた。目を離した訳ではないのに、気付けば目の前で拳を振り上げていることに、那波は目を剥いて驚きつつもとっさに反応して剣を振る。

 

 「やるわね。遠くで見てたより、ずっとすごい」

 

 打ち付けようとした拳を剣で迎撃された手甲の女は、むしろ嬉しそうな表情を見せていた。

 

 「ナナずるいよ、クも早く戦いたかったのに」

 

 一歩遅れてクと自称した手甲の男が美羽(みう)へと迫り、その勢いで拳打を打ち込んでくる。

 

 「っ……、え?」

 

 とっさに盾で受けた美羽だったが、数瞬遅れて驚く。それは受けた衝撃が軽かったことにではなく、盾が押し込まれるのではなく引き込まれたことに対してだった。

 

 「こっちはそういうっ!?」

 

 クは打ち込んだ拳が美羽の盾にあたるやいなやすぐに引き、そのまま横にずらして盾の縁を掴んで引くことで美羽の体勢を崩しにかかっていた。横からそれを見ていた才は思わず声をあげる。

 

 やや離れた位置で那波相手に怒涛の連打を打ち込む手甲の女――ナナと呼ばれた――とは違い、クの手甲が軽装甲だった理由を察した才が戸惑いながらも援護すべく短剣を構えて踏み込んでいく。

 

 「元貴族のお坊ちゃんにしては大した練度だけど……、素直過ぎるね」

 

 クは盾を掴むのとは逆の手で小さく円を描くように腕を回し、短剣を持つ才の手を簡単に打ち払っていた。

 

 「――くぅ」

 

 悔し気に呻きながらも、才は反撃を受ける前に一歩下がり、美羽の横に並ぶ。才の仕掛けはあっさりと流されたものの、それのおかげで美羽も体勢を立て直して距離をとっていた。

 

 「ちょっと、相性は悪いかもぉ」

 「相性じゃないよ、実力に差があるんだよ」

 

 美羽の呟きを耳聡く聞いたクが、相変わらずのにこやかな表情で告げる。

 

 しかしそのやり取りには構わず、才は必死に思考していた。

 

 「(みうさんと二人掛かりでも敵わない。ななみさんの方も善戦しているけど、こっちの援護までは期待できない。……だけどボクの短剣はまったく意に介されなかった)」

 

 勝ってこの状況を切り抜けるためには、才が美羽とともにクを撃破する以外に道はなさそうだった。しかし現状では自分の刃が届きそうにないことも、才は一度のやり取りで自覚していた。

 

 そしてそれは正に敵であるクが指摘した通り、才の戦い方が素直できれいな――つまり単純なものだからということもまた自覚していた。

 

 「それっ!」

 

 まだ続く才の思考を待ってくれる訳もなく、クが今度は才を目掛けて攻撃を仕掛けてくる。その攻撃は曲線的で緩急が激しく、才は辛うじてかわし、受け流しながらも少しずつ打撲と切り傷を増やしていく。

 

 美羽もただ見ているはずもなく、戦槌を横から差し込み、盾でぶち当たろうと何度も仕掛ける。が、その度にひらりと躱すクに対して妨害にもならず、徐々に才が追い込まれていた。

 

 「(このままじゃだめだ。時間の問題で負けてしまう! もっと強い攻撃を、何者も敵にならないような圧倒的な……!)」

 

 才の脳裏に学生時代から今に至るまで目にした幾人もの強者の動きがちらつく。しかし思い浮かべただけで真似できるようなものではないからこそ、彼らは強者たりえることを実感するばかりだった。

 

 「(ボクにも真似できるくらい近くで、何度も見たような人じゃないととてもとっさに参考になんて……、なんて…………?)」

 

 自分の思考に違和感を覚えた瞬間、才の頭には鮮烈な映像が再生されていた。身近で何度もみた、最も驚きに満ちた存在の大きくて頼りがいのある背中だった。

 

 「どうしてボクは、それを自分から切り離して考えていたんだろう」

 「――? 惨めな敗北を悟っておかしくなったのかい?」

 

 押し込まれながら言葉を口にした才を見て、内容が理解できなかったクは愉悦を表情に滲ませながらも攻撃の手を激しくしていく。相変わらず美羽も横から援護をしているにも拘わらず、傍目には才が捌ききれずに打ちのめされるのは時間の問題に見えていた。

 

 「じぇーーーっ!!」

 「はっ!?」

 

 突如腹の底から奇声を発した才の行動に、クは動揺しわずかに手もとが狂った。それまでの防御を捨てた才に二発、三発と拳打を見舞うも、どれも致命傷にはなっていない。

 

 「なんだっ、急に、こいつぅ!」

 

 焦るクの攻撃にはもはや構わず、才は悠然と短剣を持つ腕を高く掲げていく。

 

 「これってぇ」

 

 才の行動の意図がわかる美羽も、しかしあまりの才の雰囲気の変貌ぶりに戸惑い、援護の手も思わず止まっていた。

 

 まるで仮面でもかぶったような無表情をしている才は、口だけは大きく開けて、本人にとっては聞き馴染みがあり、相対するクにとっては奇怪な声を、再度張り上げる。

 

 「じぇっえぇぇぇっ!」

 

 才らしからぬ、しかし美羽にとっては状況も忘れて口元が綻ぶほどに見たことのある、荒々しく力強い一撃が振り下ろされる。

 

 「くっ、こんなのっ!」

 

 柔の拳を振るい、いなし、引き込み、絡めとることを本分とするクは、しかしここで判断を誤った。素直なだけの短剣術という先入観のままに、才のその一撃に“何”が乗っているかも理解できずに両腕の手甲を重ねて受け止めようとする。

 

 そして短剣の切っ先が手甲に触れた瞬間に、特殊構造の鋼鉄の塊がひしゃげる音を聞いて、クは遅ればせながら理解していた。

 

 ――間違った。そして、敗北したと。

 

 「うぅ……」

 

 両腕が破壊されたおかげで、それ以外の致命傷を負うことなく倒れて気絶したクを前に、つい先ほどの雰囲気が霧散した才が呻いてうずくまる。

 

 「大丈夫!?」

 

 これまで呆然となりゆきを見ていた美羽も、驚いて才へと近づき、その全身に『治癒魔法』を掛けていく。詳細に見るまでもなく才の身体の内部は痛んでおり、相当な無理をしたことはあきらかだった。

 

 「クっ!? ナナの大事な弟を……、よくもっ!」

 

 横目にそれを見ていた残る一人、ナナが激昂し、怒りを拳に乗せてさらに激しい拳打を那波へと叩きつけていく。

 

 「ならっ、はじめっから、仕掛けて、くんなっ!」

 

 瞬間ごとの状況にあわせて『剣召喚』を使いこなし、那波は二刀流と一刀流を切り替えながらなんとか拮抗していた。こと一対一の戦闘能力に関しては、規格外の召喚獣を除けば那波の実力はパーティ内で図抜けていた。

 

 そしてその那波をもってしても、目の前で打ち掛かってくるナナは脅威だった。拮抗することが精一杯で打開の目が見いだせずにいる。

 

 状況が動いたことに期待を寄せて、那波が一瞬目線を仲間へと向けた。

 

 「(サイの状態次第だけど、ミウと二人で加勢してくれればなんとか……、って……え?)」

 

 動揺した那波の剣筋がぶれ、ナナが放った連撃の幾つかが掠める。

 

 「どうしたのかしら、今更クを傷つけたことに罪悪感を覚えても遅いのよ」

 

 攻撃を続けるナナの言葉を、那波は聞いていなかった。ただ、視界の端に動揺した様子の美羽しか映らないことに驚いていた。

 

 戦闘しながらで、視界の端で、とはいえ見えていたはずの才の姿が、忽然と消えていた。

 

 「悔いながら、死になさっ――!」

 「そっちが、……だよ?」

 

 那波にも聞こえたその声は、聞きなれた才の声で間違いなかった。しかしその暗く冷たい、洞窟の奥で感じる肌寒さのような声音は、まるで才のもう一体の召喚獣のようだった。

 

 「あっ、が、うぐ……」

 

 大きく目を見開いたままで、何が起こっているかも理解できずに、背中の刺し傷から急激に血を失ったナナは崩れ落ちて意識を手放した。

 

 「ボクだけじゃなくて仲間にまで害意を向ける君たちを、赦すわけにはいかないんだ」

 

 そこには、自身にとっても最も恐ろしさを象徴する存在のように、ゆらりと立ち尽くす才の姿があった。

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