第五十九話 声が聞こえる
「呼べない……? どうして」
那波が率直に口にした言葉に、しかし才は答えを持ち合わせてはいない。
「わからない…………、何か条件とかがあるのかも?」
「考えてる時間は、くれなさそうだけどねぇ」
美羽が警戒の視線を向ける先では、今度は女四人のパーティが動き出していた。先ほどの連中とは違い、走ることもなく悠然と歩く姿は余裕を感じさせる。
「剣が三、一人は無手……、魔法系スキル持ちだろうね」
相手の装備を確認しながら那波が分析する。先の四人のようにばらけて襲い掛かるでもなく、剣士が二人先行し、やや離れて後方に無手を護衛するようにもう一人の剣士がつく陣形を形成していた。
「ウチとミウが正面から当たるから、サイはなんとかして回り込んであいつを」
「……うん」
那波があごを小さく振って示した先の無手の女を見据えて、才は頷く。
「(呼べないデーモンも気になるけど、今はこの状況を切り抜けないと)」
そして那波が美羽と視線を合わせて互いの士気を確認し合ったところで、女剣士二人が残っていた距離を瞬時に詰めてきた。
「やるねぇ」
舌なめずりすらしそうな声を漏らしたのは、那波と斬り結んだ赤毛短髪の剣士の方だった。同じく赤毛だが長髪の、そして短髪の方とよく似た顔立ちの剣士は、美羽が掲げた盾へと無言で剣を押し付けている。
「まだ、こんなもんじゃない、っよ!」
いいながら左手にも召喚剣を出現させた那波が切り返す。が、短髪剣士はその剣閃上からふらりとした独特の動作で身をかわして距離をとる。先ほどの男四人よりも明らかに実力が上の相手であることを、那波の頬を伝う冷たい汗が物語っていた。
一方で、相手を中心とした円を描くように、迂回する動きで短い距離を走った才は、無手の女が金色の髪に軽く触れながら視線を自身に定めるのを見て足を止める。その隣にいる黒髪の女剣士は才にだけ視線を置くことはなく、やはり明らかに無手女の護衛に徹しているようだった。
「(とりあえず、あの金髪の人の意識がこっちへ向いた。倒すまではできなくても何とかこの状態で……)」
ちらりと那波と美羽の戦況へと目を向けながら才はやるべきことを確認する。先ほどと違って互角、あるいはやや苦戦している二人の仲間にさらなる攻撃を加えさせる訳にはいかなかった。
「風よ吹け!」
そこで突然、無手の女が声を上げる。その言葉の意味を考える間もなく、強烈な突風が才へと吹き付け、走り込むタイミングを計っていた才の足をその場に止める。
「うぐっ、……『風魔法』!?」
吹き込む砂埃を避けるために目を細めた才が驚きの声を上げた。空気の動きを制御して強力な風を起こすその魔法スキルは、敵をかく乱して味方を援護するという目的では中々に厄介なものだった。なにせ影響を及ぼす範囲が広く、そして風は目に見えないためにかわすということが不可能な攻撃だ。
短剣を握りしめた才は、不意を突いて距離を詰めるという狙いが非常に難しくなったことを感じて焦っていた。
「(ジェイさんがいれば正面からでも問題無いし、貞子ならきっと平然と相手の後ろをとってくれる。それにこのデーモンならボクらに強化魔法を掛けてくれるはず……なのにっ)」
先ほど未練を一旦振り切ったはずの『召喚魔法』へと、才は再び思考を向けていた。そして考えたことで浮かんだ視界の中の文字列は、やはり先ほどと変わりなかった。
「呼べそうなのは……」
小さく口の中で呟く才が見るのは“デーモン召喚”の文字だった。意図は不明ながら天堂にこれまで頼りとしてきたジェイと貞子を封じられている今、才はその新しい力へと縋る気持ちが自然と湧いていた。
「(余は己の手下の足元に縋りつくような弱き者に力を貸す気はない)」
「っ!?」
重く、厚みがあり、そしてどこか悲しみを含んだ男声が聞こえて、才は肩を震わせる。
しかし、左右を見回してもそんな声の出所は見当たらない。目に見える状況の変化など、突如として慌てて周囲を見回す才を見て、二度目の突風を放とうとしていた無手の女が訝しげに手を止めたくらいだった。
「(戦え。困難へと立ち向かって己の力を示してみせろ)」
再び聞こえたことで、才はこれが自分にしか聞こえていない声であることを確信する。
「これって……」
そしてそれだけ呟いた才は、唾をのみ込みながらも短剣を握りなおしていた。




