第五十七話 必要なのは力か覚悟か……
「剣召喚っ!」
那波が声を発して魔力で形成される剣をその手に握る。その睨み据える先には様々に武装をした男女が姿を見せていた。
湖畔の周囲には木々も生えているしある程度の起伏もある。しかしこれほど近づくまで気配はしても姿そのものは一切見せなかったことから、生半可な実力の連中ではないことが察せられた。
「さい君」
「……大丈夫、戦える」
美羽からの心配を振り払うように、才は勢いをつけて短剣を抜き、構える。
そして下唇を噛みながらも才が逸らさずに目を向ける先には、やや長めの黒髪の下から特徴的な細い目が覗く男――藤堂厳治――の姿があった。
「……」
「――っ!」
無言ながらも口端を大きく歪める厳治がどういう感情であるかは一目瞭然だった。そして当然それを目にした才は身を竦ませて息を呑む。が、那波にも美羽にも今は才をこれ以上気遣う余裕はなかった。
「あいつらのあの目ぇ」
美羽が小さく声に出す。それは厳治を除く十人が、那波や美羽を見る目線の性質に対しての警戒感だった。
「裏社会のプロって感じだね」
那波も抱いた感想を返す。こういった手合いが襲ってくる場合は、往々にして金品やあるいは女である那波たちそのものが狙いの場合が多い。そしてそういった時には瞳の中に種々の欲が宿り、それ故に付け入る隙も大きい。
しかし今目の前にいる相手から向けられる目線は純粋な戦闘意欲、あるいは殺意のみが込められていた。これは冒険者としてある程度の経験がある那波や美羽が知る限り、職業として殺人を行う裏社会の存在が持つものだった。
「やれ」
後ろに控えて才たちを見下ろしていた厳治が一言告げると、相対していた内の男が四人、武器を手に走りかかってくる。厳治を除く残りの六人――女が五、男が一――はまだ戦闘に加わるつもりは無いようだった。
剣、剣、斧、槍、で四方から斬りかかられて、那波は召喚剣、美羽は戦槌と盾、そして才は短剣でそれぞれ斬り結ぶ。剣と槍の二人を相手にした那波と、斧をしっかりと盾で受け止める美羽は互角以上にわたり合うものの、剣を短剣で払いながら反撃の機会を窺う才はやや苦戦していた。
「(せめて槍があれば……。ジェイさんに頼り切るんじゃなくて、武器くらいは用意しておくべきだった。さっき典理様に何かされた影響はまだ……っ!?)」
連続する斬撃をやり過ごしながら視界の中にある薄灰色の文字を確認しようとした才は、驚愕に一瞬身を竦ませる。
「くぅっ」
そこを逃さず突き込んできた剣をぎりぎりでかわして、才は一歩跳び下がる。そして改めて見たものを確認する。
「あ……」
才の愕然とした様子に唯一気付く距離にいる剣の男が、ここでさすがに怪訝そうにする。それは才の反応しているものが、自分にとって脅威であるかどうかを推測する間だった。
才の視界の端、そこには新たに現れた緑色に光る三行目――“デーモン召喚”の文字があった。




