第五十四話 ボクは驚いたよ
「よしっ、片付いた!」
走り回ってデーモンを次々とせん滅した那波が声を弾ませる。
「じぇ~」
「ありがとう」
そしてこちらもゴブリンやファングウルフをあっさりと全滅させたジェイが手を振って背を向けた。才が礼を口にするのを聞きながら、その大きな背中は出現した湖の中へと消えていく。
「出現もだけど、消え方もなんかこう、あれだよねぇ」
奥歯にものでも挟まったような微妙な物言いを美羽がするものの、才にも那波にも異論はなくただ苦笑いを見せる。
召喚者から送還されると、固化した魔力が解けて消滅するのが普通であり常識である召喚獣が、手を振って湖水に分け入っていく様は慣れても異様だった。
「あっははは。まぁいつもながら頼りになったけどね。これで終わったよね」
那波の言葉に才は首を振って反応する。否定している訳ではなく、周囲を見渡して確認する動作として、だった。そして那波の言った通り周囲の掃討、そして今回の依頼内容が終わったことを確認した才は、安心して口を開く。
「そうだね、ネージ湖周囲のモンスター掃討が依頼内容だから」
こちらも周囲を見渡していた美羽が、才に続いて頷く。
「あとは住人っていう人に挨拶してくだけだねぇ」
「あれだよね? いこ」
湖畔に立つ小屋を指した那波が戦闘の疲れも見せずに歩き出し、美羽と才もそれに続く。
「あんなにモンスターがうろついてる中で普通に生活して、戦闘中にも慌てて飛び出してくることもないって……どんな人だろうね?」
「うん……、すごく強い人みたいだけど、変わり者ってやつなのかな?」
「あんまり変な風に言わない方がいいと思うよぉ」
那波と才は、美羽がポツリと溢した思わせぶりな言葉に不思議そうな顔をする。明らかに住人の正体に見当がついている様子の美羽は、しかしそれ以上に言及することはなかった。
不意に無言となった三人は、しかし足は止めずに小屋へと近づいていく。そしてある程度小屋が詳細に見える程度に近くなったところで、相手の方が反応を示した。
「あ、扉が……」
才たちの視線の先で扉がゆっくりと開き、そして中から一人の老人が姿を見せる。長い髪と髭はどちらも真っ白で、絵に描いたような“品のいいおじいさん”といった風体だった。
「お年だけど、体格はすごくいいね」
自身も強力な戦士である那波が、年を感じさせないほど盛り上がった胸板や伸びた背筋に注目して呟いた。しかし才はというと、少し違った驚きを見せる。
「どこかで……、会ったことが……? いや違う何かで見た?」
小さく混乱する才へと、美羽は落ち着いた様子で声を掛ける。
「それってぇ、学校の授業で教科書の中で、だったりぃ?」
「――っ!?」
瞬間、才は目を大きく開き、この日最大の驚愕を示す。才の中で思い至ったその人物の名前は――
「天堂・ネレイダ・典理……前王様」
ネレイダ王国の前国王その人だった。