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第五十二話 モンスターにとっての絶望だったかもしれない

 「なるほど、あれは厄介そうだね」

 

 遠くにネージ湖が見えてきたところで、那波(ななみ)がその手にロングソードを『剣召喚』で出現させながら口にする。その視線の先にはゴブリンやファングウルフ、そして浮遊する小型モンスターであるデーモンが複数確認できた。

 

 デーモンはさほど強いモンスターではない。浮遊するがゴーストほど速くはなく、ファングウルフのように強靭な牙がある訳でもない。しかしデーモンは魔法を、それも味方を強化するような種類の魔法を使うことができる。それ故に他のモンスターに混じって出現すれば恐ろしい存在であると認識されており、今の状況はまさにそれだった。

 

 「ゴブリンやファングウルフにしてもぉ、なんか普通より強そうだねぇ」

 

 頑丈な盾と戦槌を握りなおす美羽(みう)が、目を細める。実際、美羽の言う通りにどのモンスターも通常より一回り大きく見える個体ばかりだった。

 

 「なるほど、それこそ偶然通りかかってしまったような人にとっては絶望の湖畔なんだね」

 

 (さい)の言葉に那波も美羽も、実感を持って大きく頷く。と、それで視線を才に向けた那波がふと不安を表情に浮かべた。

 

 「ジェイさんを召喚するにしても、サイ自身は大丈夫?」

 「後衛はあたしもいるし、大丈夫だよぉ」

 

 美羽が盾を掲げながらそう請け負う。しかしその意図とはまた別に、才は自信を持って笑みを見せる。

 

 「うん、それにボクだって……、ゾンビ召喚!」

 

 才のスキル行使をきっかけに三人は戦闘態勢に入る。少し前から特に感覚が鋭敏なファングウルフたちは気付いていたが、しかし距離がまだあるということから警戒されるのみだった。

 

 だがそこで突然に、こちらを見据えるファングウルフたちの後方、湖の岸辺のあたりが泡立ち始める。

 

 「今回はそこか……」

 

 那波の呟きをきっかけにしたようなタイミングで、ざばという音と水しぶきを伴って仮面の大男――ジェイ――が立ち上がった。その右手には木こりが使うような武骨で実用的な斧を、左手にはシンプルでやや小ぶりな槍を、それぞれ携えている。

 

 「ゥガウッ」

 「グゲッ」

 

 湖水を滴らせるジェイに気付いたファングウルフやゴブリンが、牙を剥いて威嚇する。

 

 「じぇ~」

 

 しかし、それらを気にも留めないジェイは、悠々とした動きで槍を才たちの方へと投げた。

 

 とすっ、と意外と軽い音で目の前の地面に突き立った槍を見て、那波も美羽も口を開いて唖然として見せる。

 

 「はは……、お願いしたらボクの分の武器も持ってきてくれるから……」

 

 『召喚魔法』についての一般知識も当然持っている才には、二人の驚きはよく理解できる。しかしできるものはできるということで、そういうしかないのも事実だった。

 

 「あっ」

 

 とはいえ人間による驚きをモンスターが待ってくれる訳もなく、散在するデーモンの何体かが淡く手を発光させるのを那波は目にしていた。

 

 「この距離からだとぉ、止めようもないよね。厄介だなぁ」

 

 言っている内にもデーモンは準備を終え、周囲のファングウルフやゴブリンへと魔法を掛けていく。美羽の言う通りに割り込みに行ける距離ではなく、魔法を掛けられたモンスターの筋肉がやや盛り上がって見えるのを遠くから観察するしかなかった。

 

 「あれって身体能力の強化魔法だよね……たぶん」

 「そうだと思う、あれだけなら苦戦はしてもなんとかなるはずだよ」

 

 才の見立てに、那波が警戒を強めつつも答える。元より強靭なモンスターが身体的に強化されるというのは怖ろしい事ではあるものの、特殊な魔法的強化が可能な特異なデーモンがいるよりは十分にましといえた。

 

 「じゃあ、挟み撃ちになるように攻撃しよう」

 

 才はそう言うと、遠くに立って指示を待っていたジェイへと一つ頷く。そしてそれをみたジェイは、膝まで水につかっていることを感じさせない俊敏さでモンスターへと飛び掛かっていく。

 

 「じぇ!」

 

 那波を先頭に走り始めた三人の視界内で、粉塵が巻き上がる。ジェイが振り下ろした斧が湖岸を爆裂させ、複数のファングウルフを吹き飛ばしていた。

 

 相変わらずのでたらめな戦闘能力に驚きつつも、才たちは足を止めない。そして一瞬でやられたファングウルフと、近づく才たちを順に見てゴブリンの群れは総じて浮足立っていた。

 

 「あの辺りはジェイさんが」

 

 走りながら才が短く告げると、意をくんだ那波は方向を変え、ゴブリンの群れではなく散在するデーモンの内、近いものへと向いた。

 

 「グギャ?」

 

 そしてその動きを確認したゴブリンが首を傾げる後ろには、すでに斧を振り上げたジェイが飛び掛かっている。

 

 「じぇえ!」

 「ギィィ」

 

 ジェイの気合いの声、爆裂音、そしてゴブリンの断末魔を聞きながら才たちは距離を詰めてデーモンとの戦闘に入っていた。

 

 「ぃやっ、たぁっ!」

 

 那波がロングソードを振ると、空中を漂うデーモンは逃げようとする間も無く、切り裂かれて消滅していく。

 

 「ギギギ」

 「しっ」

 

 少し離れた場所に散る他のデーモンたちも反応するが、即座に槍を奔らせていた才に屠られて、端から消滅していく。

 

 美羽は攻撃に参加せず、どちらかが怪我をした場合に備えるが、強化する対象がジェイに次々と蹴散らされていく状況では、デーモンは才たち三人を苦戦させることもできずにその数をどんどんと減らしていくのだった。

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