第四十九話 その頃、立ち去る厳治の心中は
才は蒼白となり、それを見て関係性を察した那波と美羽がそれぞれの反応をみせていた時、立ち去っていく才から兄上と呼ばれた青年――藤堂厳治――は久々に不機嫌が和らぐのを感じていた。
「くふふ……、っと」
酷薄で品があるとは言い難い笑みが漏れているのに気づき、厳治はとっさに手で口元を覆う。
「(久しぶりに楽しく遊べて、つい気が緩んでしまいましたね)」
貴族としての責務を重視するゆえに非情な父・厳正とも、平民にでも分け隔てなく優しい性分の姉・雫とも違い、この厳治は他人を精神的にいたぶることに純粋な愉悦を感じていた。
「(しかし父上も本当にひどいですよね。俺に何の相談もなく才を家から放り出してしまうなんて)」
厳治も、父である厳正から才は遺跡調査中に事故死したとだけ聞かされていた。しかし才の境遇と状況から考えれば、父による“処分”であったことは想像に難くなかった。
とはいえ先ほど通りすがりの平民をなじって良くなった機嫌が再び悪化し始めた厳治にとって、それが事故でも放逐でも殺害でもなんでもよかった。ただ、自分の手元からお気に入りのおもちゃを取り上げられた、その一点が不満の原因だった。
「(おもちゃを……、そう、大事な跡取り息子の一番のお気に入りのおもちゃを、勝手に捨ててしまうなんて)」
魔法系スキルを見込まれて養子とされながらそれが使えなかった才にとって、藤堂家で過ごした年月はただただ肩身の狭い辛い思いをするものだった。そしてその辛さの大半は、非人間的なまでに厳しい父からでも、逆に引け目を感じてしまう程に優しい姉からでもなく、この厳治から受けたものだった。
“おもちゃ”にしても自分に反撃できない存在を見定め、その精神を掌中でもてあそぶことを楽しむ、それが藤堂厳治という青年だった。
「(今からでも奈落の遺跡へ行けば才が底の方にでも這いずって……、いる訳が無いですね。あそこに落ちて無事な訳がない。ああ、つまらない。通りすがりの平民はあまりやり過ぎると問題にされかねないですし、魔導局にはそう都合のいいのはいない)」
厳正が局長を務め、厳治が職員として在籍する職場である魔導局は、ネレイダ王国の魔導に関しての研究・管理・取り締まりを管轄する公的機関。そこにいるのは貴族か、あるいは有能で処世術にも長けた平民だけだった。
「(つまらない、つまらない……、どこかにいいおもちゃは落ちていないものですかね……)」
一時の上機嫌は既に過ぎ去り、不機嫌に唇を歪める厳治は、その特徴的な細い目の中で蛇のような印象の瞳を左右させながら、首都の通りを一人歩くのだった。




