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第四十八話 避けていても……

 「やっぱり首都は賑わってるねぇ」

 「だね、ガットムも大きいけど、こっちは規模と活気が一段階違うというか」

 

 首都ネレイダ冒険者ギルド長と知り合った次の日、大通りの賑わいを歩きながら、美羽(みう)那波(ななみ)は首都ネレイダの感想を言い合っている。活気の話はともかく、規模については実際のところ一段階どころではなく違う。が、一緒に歩く(さい)は特に細かいことを訂正するでもなかった。

 

 「そうだね」

 

 表情はにこやかに、しかし明らかに話半分で呟かれた相槌に、那波は目を瞬かせる。

 

 「ね――」

 「ん……」

 

 何か言おうとしかけた那波だったが、美羽から優しく押し止められて言い留まった。異例とされる早期の中位冒険者昇進に、大同(だいどう)から告げられていた才自身にもわからない才の力の秘密、そしてさらにはこの首都にいるであろう才を追放した藤堂(とうどう)家に、才が今も大事に思う国木(くにき)孤児院の人たち。

 

 考えることは多すぎるくらいに存在し、不意に一日が自由時間となっても才が心ここにあらずといった風になるのは当然のことだった。

 

 「(どこかで時間を見つけて孤児院には顔を見せに行きたいけど……)」

 

 色々とありつつも、本当の家族といえる国木孤児院の人たちに自身の無事を伝えたいと考える才だったが、そのタイミングを決めあぐねていた。

 

 「(今は冒険者ギルドの用事に集中しないとだし、下手に街中をうろうろするのもちょっと)」

 

 本人すら意識せず言い訳を探して先延ばしにしているのは、藤堂家の人間と遭遇するのを避けたいというのはもちろん、この街にある自身の過去と繋がるものすべてに対してトラウマじみた思いを抱いているからに他ならなかった。

 

 しかし、避けたいと思っても向こうからトラウマがやってくることもある、ということにもまた才は思い至ってはいなかった。

 

 「痛いですね、何ですか?」

 「あ、す、すみません」

 

 大きくはないが不思議と威圧感のある青年の声と、それに謝る中年の女の声。それが聞こえた瞬間に才は動きを止める。

 

 「どうしたの?」

 「あれが気になるの? 歩いている人同士で肩がぶつかったみたいだけどぉ」

 

 先ほどまでの表情のまま、ただぴたりと足を止めた才に、那波も美羽も心配そうな声を掛けた。しかし当の才からは反応がない、気を使いがちな才が返事すらしないというのは珍しい事だった。

 

 「すみませんではなく“何ですか”と聞いているのです。何故、あなたは俺にぶつかってきたのですか? 俺が藤堂の跡取りだから……、ですか? 貴族や我が家に対して不満があるのなら聞きますよ」

 

 やや長めの髪を撫でながら青年がそう口にすると、相手の女は途端に慌て始める。

 

 「えぇ!? き、きき、貴族様とは知らなかったんです。あた、私は庶民でそういうの疎くって、ただ、その……本当にごめんなさいっ!」

 

 哀れなほど必死に頭を下げる女に対して、しかし青年の方は無表情のまま、その特徴的な細い目をさらに細める。それはさながら獲物を目にした蛇のような表情だった。

 

 「ですから、謝ってくれなどと俺は一言もいっていないですよね? 話を聞いていますか? それとも貴族とはいえ俺のような若造の言うことには聞く耳もちませんか?」

 「え、あ、その、ごめ――っ、ひぃ」

 

 理不尽な論法ながら執拗に問い詰められ、反射的に再び謝罪を口にしようとした女は、細められた目の中で青年の瞳が異様な光を帯びたような気がして、喉を引きつらして硬直する。

 

 周囲もその光景をみて、哀れな女を助けたいとは感じているものの、しかし実際にしていることは言葉を話しているだけであり、貴族の無体といえるほどの事態ではないため、どうすればいいか判断ができないでいた。

 

 そして女の緊張が極限に達して、気絶する一歩手前という状態へと至ったところで、青年はその体から発散していた緊張感を急激に薄めて、女から一歩下がった。

 

 「ま、いいでしょう」

 

 それだけ言い残すと、いかにも満足げな背中を見せて青年は立ち去る。

 

 「え、えぐっ」

 

 一方で、嗜虐的な貴族の気まぐれで一時のおもちゃにされた女は、崩れ落ちそうな足腰に必死で力を入れて踏みとどまる。が、年甲斐もなく漏れ出す嗚咽は抑えようもなかった。

 

 「ひっどい、何あれ」

 「直接触れたり怒鳴ったりとかぁ、いくら貴族でも問題にされそうなことは一切しないのが性格悪いよねぇ」

 

 距離があったために会話の内容が詳しくは聞き取れていなかった那波と美羽は、とぼとぼと歩き出した女を遠目に見ながら文句を言う。

 

 「……」

 

 しかし、才にとっては“藤堂”という言葉を聞かなくとも、多少距離があろうとも、見た以上は気付かないはずもなかった。

 

 「あ、あにうえ……」

 

 もはや会うことはない、というより絶対にもう会いたくはない、そう思っていた存在との遭遇に才は顔中から汗を拭きだして、それだけを口にした。

 

 「え、あ、そう……だったの?」

 「なるほどぉ、あれがそうかぁ」

 

 才の呟きを聞いたことで、立ち去った青年が何者かを把握した二人は、才を気遣う様子を見せる。しかし美羽の方はというと、才を心配する目を向けつつも青年が去って行った方向へは妙に鋭い視線を一瞬だけ向ける。才はそれに気づかなかったものの、長い付き合いで当然のように気付いてしまった那波は苦笑と戦慄を半分ずつ混ぜた何とも言えない表情を浮かべていた。

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