第四十六話 怖いおじいさんに気に入られた
「あの、どうしましたか?」
そしてすぐに揉める男と老人に近づいた才は、なるべく穏当に声を掛ける。いかにもな状況ではあったが、男の方を一方的に糾弾しないのは才なりの気遣いだった。
「っあぁん!? 邪魔だガキ! お前もボコっぞ!」
「……“も”?」
たった一文字を呟いた老人の言葉に、才は背中に冷たい汗が流れたのを自覚する。本当に那波の見立て通りだろうと、ここまで近づいたことで才も実感していた。
「と、とにかくぶつかったんですか? なら、あの、どちらも怪我は無いようですし、痛み分けってことで済ましましょう」
多少言葉につまりながら、しかし反対に態度は堂々と背筋を伸ばして目線はまっすぐとした才を見て、人知れず老人の目が細められる。
男の方も気弱そうな少年のいかにも堂に入った態度に鼻白む。それはその様な堂々とした態度で平然と諍いに首を突っ込むのは、往々にしておせっかいな貴族であるからだったが、すっかり冒険者然としている才の実用性重視な服装を見て、男は勢いを取り戻そうとする。
「知るかよっ! もう面倒だ、まず一発なぐらっ――へけっ」
怒鳴りながらおもむろに拳を振り上げた男が、急におかしな声をだして座り込む。
「へ?」
戸惑いながら才が観察すると、座り込んだ男は白目をむいて口からは泡を吹き、完全に気を失っているようだった。
そして気付いたことはもう一つあった。
「え……っと、あなたが?」
「手を出そうとしおったからの。勇気のある坊ちゃんは怪我をしておらんか?」
相変わらず低く重厚で、しかし急激に優しくなった声音で才を心配する老人は、伸ばしていた右手を下ろしながらなんてことのない雰囲気を保っている。
笑顔になっても怖い造形の顔をしているこの小柄な老人が、軽く触れただけで大柄な男を気絶させたことは明白だった。
「(何かのスキル? でも音もなにもなかった。恐ろしいくらいの練度だ)」
老人が何をしたかが把握できない才は、それだけ熟練した戦闘能力を持っているということを把握していた。
「しかし今どき珍しいまっすぐな心根の少年じゃのう。仲裁の仕方も公平で大変良かった。……このバカ者には伝わっておらんかったが」
「い、いえ、はは、は……」
小柄な自分よりさらに身長の低い老人から褒められた才は、照れつつも戸惑い曖昧に笑って返す。
「(町中でスキルを使って気絶させちゃったけど……)」
そしてそんな才の心配は形になり、衛兵が駆け寄ってくるのが見えていた。
「なんか大変だねぇ」
「ま、事情を話せば問題ないでしょ」
ここで一応心配にはなったのか美羽も那波ものんびりとした足取りで近づいてくる。
「なんじゃ今頃近づいてきおって、老人を心配する精神が足りんわ。これじゃから最近の冒険者は……」
ぶつぶつと文句を言いだした老人の言葉尻に、美羽は反応を示す。
「服装である程度分かるだろうけどぉ、やけに断定して冒険者って言いましたねぇ?」
「……ふん。辺境都市のことでも若手の有望株くらいは把握しとる」
明らかに冒険者ギルド関係者であることを認める老人の言葉に、詳しく聞こうと才も口を開きかけたところで、辿り着いた三人の衛兵が声を掛けてくる。
「こ、これは野谷さん! ど、どどうされましたか?」
四十歳くらいに見える衛兵が、どうみても緊張した様子で尋ねる。
「ワシがこの不届き者に難癖をつけられ、それをこの将来有望な少年に助けられたんじゃ。まったく、治安が悪くなっているのではないか?」
「は、はっ! 申し訳ありませんっ!」
鋭く睨みつけながらぶつくさといわれた言葉に、中年衛兵は背筋を伸ばして答えている。
「とにかくこやつを連行して、詳しい話はあとでギルドまで聞きにこい」
「承知しましたっ!」
さっそく動き出した衛兵たちが、意識のない男を連れて行こうとするのを見ながら、才は改めて疑問を口にする。
「やっぱりあなたは冒険者ギルドの人なんですか?」
「そうじゃよ、ワシは首都ネレイダ冒険者ギルドのギルド長をしておる」
雰囲気や状況から立場のある人物とは察していたにも拘らず、想定しうる最上位の立場であり、さらには今から会いに行こうとしている相手であったことに、才だけではなく那波も美羽もただただ驚いていた。




