第四十三話 うれしいけど、それは……
「大変だったねぇ」
「ほんとっ! 鍋川のやつ……」
待ち合わせていた冒険者ギルドで会うなり、美羽も那波も才へと駆け寄ってくる。
「でもファングウルフの群れと戦ったくらいでしたから。競技会そのものは残念でしたけど……」
言われて結果についても思い出した才は視線を落としながら声も小さくなっていく。
「いやいやいやっ、すごいでしょ! アコちゃんからも聞いてるよ、すっごい数だったんでしょ」
興奮気味の那波からは式山亜子の名前も出されて、才は思わず一歩下がる。
「(知り合いだったんだ……。いや、というより)」
勢いに押されながらも、才は二人と出会った時のことを思い出していた。
「実際状況としてはななみさんたちと会った時の方が危なかったよ」
「「あぁー」」
思わずといった風に、那波と美羽は声を揃える。モンスターとしての強さはゾンビよりファングウルフの方が強いものの、数が増えた時の厄介さという意味ではキングモンスター発生の恐れもあるゾンビの方が恐ろしい。
「って、ゴブリンキングも瞬殺したんでしょ? やっぱりすごいって」
思考の途中で別の話も思い出した那波がさらに褒め続け始める。
と、そこでそろそろ依頼を探すためにと、受け付けカウンターへ目を向けた美羽がいつもはそこにいない人物に気付いた。
「大同さん」
「え?」
「あ、ほんとだ」
ガットム冒険者ギルド長である大同千滅の名前が呟かれたのを聞いて、才と那波もそちらへと視線を向ける。すると、受け付けカウンターの向こう側には確かに長身の壮年女性が、にまりと口元を緩ませながら手招きをしている姿があった。
特に説明もなくギルド長室まで連れてこられた才たちは、席についてからようやく口を開く。
「えっと、何でしょうか……、大同さん」
ここまでほとんど何も言わなかったものの、ただ機嫌は良さそうな大同へと才が尋ねる。聞かれた方の大同はやや間を空けてからずっと不思議そうな表情の才たちへと答える。
「競技会の点数はやっちまったねぇ、国木」
「ええ、未熟を痛感しました……」
開口一番で結果としてゼロ点で終わった競技について揶揄された才は噛みしめるようにして答える。自身も懸念はしていた判断ミスによる惨敗という結果は、実戦では活躍より安全を優先するべき冒険者としては笑い飛ばす訳にもいかないものだった。
「まあそれはそれとして……だね」
才をかばおうと口を開こうとした那波と美羽を手振りで抑えた大同は、それはどうでもいいとばかりに早々に話題を変える。
「ゴブリンキングにファングウルフの群れ、特にファングウルフの方では国木自身も槍を持って活躍したってのをギルドとしちゃあ大きく評価してる」
「『召喚魔法』の使い手はどうしても本人が弱点になりがちだからねぇ」
美羽の言う通りに、強者とされる『召喚魔法』使いが、集団戦で乱戦の中あっさりと敗北するということは珍しくなかった。それ故、強い個体を討伐したことよりも、群れを安定して討伐したことが大きく才の評価を上げていた。
「アタイとしても直接手合わせをしたことだしね、このまま国木を駆け出しとして扱うことは、まあ無理がある」
「――?」
「それって!」
「っ!」
首を傾げる才をよそに、那波は瞳を輝かせて反応し、美羽も無言ながら息を呑んだのが才には聞こえていた。
「国木を中位冒険者へと昇格させようと思う」
果たして那波と美羽の期待通りだった大同からの提案は、冒険者であればだれでも驚愕する内容だった。成人したての十五歳であり、冒険者としての仕事といえば小手調べ代わりに受けた一件のみ。あとは依頼ではない私的な手合わせと親睦目的の競技会での活躍が評価されて、名実ともに実力者である中位へと昇格するなど前代未聞といえた。
「思う、……ですか?」
凄さが実感できていないために、まだ冷静な才が気になった点へと触れる。大同の言葉をそのまま捉えると、検討はしているが決定にはまだ壁があるように聞こえたからだった。
「ああ、本来中位まではギルドの支部内で決定権があるんだけどね。一応色々と不文律があって、それでいくと国木は昇格には圧倒的に経験が足りない。そこを押して異例とする以上はそれなりの根回しがいるんだよ」
那波と美羽にとっては納得のいく話だった。中位冒険者とは単に強い冒険者ということではなく、十分に信頼のおける冒険者ということになる。ただ才に限っていえば、戦闘能力の部分があまりに図抜けているために、これを下位としておくこともまた不自然だということだった。
「具体的にはどうするのぉ?」
「本部のギルド長にも推薦をもらえば問題なく通せる。ただそのために直接顔を見せに来いって言ってきてね。まあ要するに、首都のギルドへ行って面接を受けてこいってことだ」
「――っ!」
才は思わず息をとめて固まり、横に座る那波と美羽も才の顔色を確認して心配そうに表情を暗くする。才が藤堂家から追放された経緯を既に聞いた二人からすると、再び首都へと向かうことを才が忌避するのは十分に理解できていた。
「まあためらうのはわかるけどね、アタイとしては何としても行ってもらわないと困る。……前王にも会ってもらう必要があるからね」
少しためてからぽつりとこぼすように大同が言った言葉に、才も以前言われたことを思い出す。自身が棄てられ、そして力に目覚めた時に聞いた“チャイルド”という言葉。それにまつわる何かを、才は前王から聞かなければならないと大同は考えているようだった。
それは当然、才にとっても避けては通れないことだった。頻繁に規格外といわれるジェイや貞子といった召喚獣が、異質なものであることは紛れもない事実で、その答えはおそらくそこにあった。
藤堂から追放されるまでスキルから目を逸らしてきたことに負い目のある才は、また同じことを繰り返せば次に報いを受けることになれば自分だけではなく仲間である二人も巻き込む可能性があることを自覚している。
「…………行きます。日程はどうしましょうか?」
「そうだね――」
強い目線を向ける才を大同は暖かく見返して、細かい話へと移るのだった。




