第三十四話 思ったより規格外
「あれが禄人と亜子が見たっていってたやつか!?」
「ああ、あれならキングモンスターでも抑えられるかもしれない。今のうちに運営本部まで応援を呼びに行こう。国木、悪いけど足止めを任せてもいいか?」
禄人という名前で呼ばれた冒険者が才へと申し訳なさそうに、あるいは恥ずかしそうに告げた。名目上は同格であるはずの才に危険を押し付けることへの苦渋と、そうすることしかできない己の未熟を痛感しているようだった。
しかし言われた才はというと、気にする様子もない。
「あ、禄人さんと亜子さんっていうんですね」
「お、おう……、俺が内藤禄人で、こいつが式山亜子。それで後ろの二人が――」
あまりに危機感のない才の発言に、聞かれた内藤の方は思わず状況も忘れて答えていた。
「いやそんな場合じゃないだろ!」
紹介されかけていた男が、内藤の言葉を遮って声を荒げる。そしてあっちを見ろと言わんばかりにゴブリンキングの方を指さしたことで、全員の視線が自然とそちらへと向いた。
「じぇっ!」
「ブグェ」
聞こえたのはジェイのやや間の抜けた気合いと、こちらもやや間抜けに聞こえるゴブリンキングの声。そして見えたのはジェイが振り下ろした斧によって、切れるではなく潰れたゴブリンキングの姿だった。
聞こえたのはゴブリンキングの“断末魔”。そう一同が理解するまでに少しの間が必要だった。そしてその間に潰れたゴブリンキングの消滅を確認し、一仕事終えたジェイがとことこと歩いて才の前で立ち止まる。
「マジかよ……」
呟いたのは紹介を遮って怒鳴っていた男だった。つまりそれだけはっきりと危機感を抱いていただけに、この状況がのみ込めていなかった。
「やっぱ、すっげぇな、国木のあれ」
「そうだね、ただの手合わせだったとはいえギルド長と渡り合うってこういうことなんだね」
一方でジェイを直接見るのが二回目の二人は驚きながらも辛うじて状況を受け入れる余裕が残っていた。それでもジェイの実力を「キングモンスターの足止めができるかもしれない」くらいに見積もっていたために、「キングモンスターを一撃で屠る」という現実との開きには呆然とする他ないようだった。
ちなみに言葉を発していない残りの一人である他メンバーよりやや年上の男は、呻き声すら出ないようだった。経験の多い者ほど、道理から外れた現象に対して受ける衝撃は大きい。
「じぇ」
「ん? あ、これゴブリンキングのアイテムかな」
ジェイからその名の通り大きな牙であるアイテム大鬼牙を手渡された才は、確認するとまだ驚きの中にある内藤たちへと振り返った。
「あとで換金してから人数で割った金額を渡すってことで大丈夫ですよね?」
「いや大丈夫じゃないだろ!?」
何の気もなく確認するように投げかけられた才からの言葉に、内藤が叫ぶように否定し、後ろの三人もありえないという表情で頷く。
「でも普通そうするって聞いたんですが……」
「協力して討伐した場合はそうだよ。けど今回は協力どころかこっちが押し付けたようなものだから、むしろ賠償金を請求されても……」
才を諭すように説明する式山の腕を後ろから仲間の男がつつく。「余計なことを言うな」という意味だったが、その行為が式山のいうことが正しい一般論である証明にもなってしまっていた。
「(ん、っと……。これは変に遠慮した方がこじれそうかな?)」
五年間の貴族としての育ちによる処世術と、その間家族から疎まれて身についた嫌われないことを優先する思考から、才は食い下がることなく大鬼牙を自分の鞄へとしまう。
「賠償金なんて請求する訳ないじゃないですか……。じゃあこのアイテムはありがたく受け取ります」
素直に才が引き下がり、また請求しないと明言したことで、式山をつついていた男は露骨にほっとした顔をする。そしてやり取りを黙って見届けていたジェイが急に歩き出したことで、自然とこの話題も終わりとなった。
「あ、ジェイさんありがとう」
「じぇ~」
鞄から顔を上げた才が礼を告げると、ひらひらと斧を持っていない方の手を振りながら、ジェイは木々の深い方へと入り込んでいき、すぐにその大柄な姿が見えなくなる。
「『召喚魔法』の送還って、こんなだったっけ?」
思わずつっこんだ内藤の言葉は全員の疑問を代表していたものの、さらに続いた驚きにすぐに流される。
「あいつはちゃんと仕事したかしら?」
「うん、相変わらず強かったよ」
「そう」
自分から聞いておいて興味のない受け答えをした貞子の登場に、冒険者たちは戸惑っていた。内藤と式山は「あの怖い召喚獣をなぜ野放しに?」と、他の二人は「こんな美人受け付けの時にいたっけ?」という感情だった。
「これよね?」
「えぇ! もうそんなに見つけたの!?」
「ふふ、だから探すのは任せてって言ったでしょう?」
軽い調子で五枚の木札を差し出した貞子に、才は素直に驚く。あっさり終わったジェイの戦闘時間は数分しか要しておらず、とても森に隠された小さな木札をいくつも見つけられるような短時間ではなかったからだった。
そしてそんな才の反応をみて貞子は満足そうに、そしてほんの少しだけ、才にだけわかる程度に照れを交えて、微笑んだ。
しかしそのやり取りを見ていた側は微笑ましいなどとは片付けられなかった。
「はぁ!? この辺りはもう皆探したはずだよね? 私たちも四人で駆けまわってまだ二つなのに」
「こっちも尋常じゃないとは感じてたが、とんでもねぇな。あっちの大男の方といい、規格外って言葉が物足りなく感じるほど規格外だな」
四人がそれぞれに、貞子の差し出した木札、ジェイが去っていった方向、そして才の顔を順に見ながら、もはや畏怖すら感じて呆けていた。




