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第三十二話 あ、うん、落ち着いたかも

 「それでは受け付けも完了しましたので―」

 

 しばらくして、手を挙げて声掛けをしていたギルド職員女性が言うと、その言葉で(さい)は受け付けがひと通り完了して周囲に人もさらに増えていたことに気付く。

 

 「ど、どどどどうしよう。とにかく木札を集めるんだったよね。それで終了までにこの場所まで持ってくる……。あ、どこを探そうとかどのタイミングで木札の点数換算にこようとか何も決めてな――」

 

 小声でぶつぶつと不安な内心を漏らす才を、しかし職員側が待つ訳もなく。

 

 「競技会を開始しまーす。どうぞー」

 

 なんともぬるりと始まる号令に、冒険者たちも顔を見合わせながらおずおずと森へと入っていく。

 

 「あ、ボクも行かなきゃ!」

 

 勢いよくとは言い難いスタートをきった周囲を見て、才もまたおずおずと森へと移動を始める。

 

 「こんなところにあるじゃん!」

 「本当か? え、あれもしかして……」

 

 少し離れたあたりや、前方からはちらほらと木札を見つけたような声も聞こえてくる。一方で森の周縁部であるこのあたりにはモンスターはいないらしく、戦闘音は全く聞こえてこない。

 

 緊張のピーク状態から流されるように始まってしまった才は、軽い混乱状態になってしまっていた。地頭が良く戦闘能力も高いとはいえ、そこは紛れもなく経験の浅い新人冒険者であり、それはまた周囲も似たようなもので、そうしてきょろきょろとするだけで足が止まっているのは才だけではなかった。

 

 「え? あ! いやいや、うぅん……、っは! どうしよう?」

 

 短期間に続けて修羅場を経験した才は、周囲と比べると実際に肝が据わっている。しかしある意味ではこれが気楽な競技会であるということが才の心に余裕を生み、その余裕分が混乱するだけの心の隙間となってしまっていた。

 

 「とりあえずここへ戻るタイミングだけは決めておかないとまずいよね。一つでも見つけたら? それともたくさん貯めて?」

 

 明らかにそうとわかるほど緊張から取り乱している才だったが、おそらくは意図的に競技の時間が通達されていないことにはしっかりと気付いていた。

 

 「(普通に考えたら貯めるだけ貯めて、終了ぎりぎりに持って帰ってくる方が効率がいい。けどもし、思ったより早く終了になったらゼロ点もありうる。~~っ!?)」

 

 そうしているうちに、周囲に人の姿が見当たらなくなっていた。才は開始から殆ど移動していないのでここはまだ森の入り口といって差し支えないような位置であり、つまり他の参加者はとっくに奥へと踏み入ったようだった。

 

 「とにかくはボクも探索を――」

 「落ち着いて、大丈夫だから」

 「――っ!?」

 

 言って動き出そうとした才の肩に後ろから細い指をした白い手が掛けられ、同時に声も耳のすぐ後ろから吐息混じりに届けられる。

 

 全身を震わせて驚いた才が涙目で振り返ると、才の肩に置いたのとは逆の手を口元に当てた貞子(ていこ)がくすくすと上品に笑いを漏らしていた。その様子から、今回は完全にわざと驚かせてきたようだった。

 

 「貞子~っ! また召喚してないのにでてるし、それにそんな驚かさなくてもっ!」

 「けれど……」

 

 やや拗ねて言い募る才をなだめるように、目を細めながら貞子は言葉を紡ぐ。

 

 「……落ち着いたでしょう?」

 

 続いた言葉に、才は先ほどとは別の驚きを感じる。そう、驚くほど落ち着きを取り戻し、思考が通常の速度でまわっているのを実感できていた。

 

 「うん」

 

 素直に頷いた才を見て、貞子は才の肩から手を放してそのまま頭を撫でる。慈しむ意図が触れたところから伝わる優しい手つきに、才は文句を言う気にもならず身をまかせる。

 

 「探し物は私に任せて、戦闘になったらジェイに頼ればいい。才はそれ以外の判断をお願いね」

 「……うん、そうだね」

 

 微塵の揺らぎもない貞子の声音に、才は完全に落ち着きを取り戻して返事をする。取り乱していたことへの気恥ずかしさはあるものの、今はそれを気にしている時間がもったいないと考えられるくらいには冷静になっていた。

 

 そして探し物が得意といった貞子が才を先導して歩き出そうとする。

 

 「ねえ、貞子」

 「――?」

 

 その背に才が声を掛けると、周囲に気を配る素振りを見せながらも、貞子は目線だけで振り返る。

 

 「ありがとうね」

 「……ええ、どういたしまして」

 

 ここで初めてほんの少しだけ声を上擦らせた貞子は、しかしその表情はとても落ち着いた暖かい笑顔だった。

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