第三十一話 始まる直前に一気に緊張してくる
「国木才です。よろしくお願いします」
「はい、国木さんですね……、っとあった」
順番が来た才が名乗ると、それを受けてギルド職員が名簿から名前を探してチェックを入れている。競技会への参加申請は事前に受け付けていたために、ここではいわば出席確認をしているだけだった。
「おい……」
「ああ、こんなちっこい奴だったのか」
才のすぐ後ろから小声でのやり取りが聞こえて、再び才の胸中で気まずい思いが頭をもたげる。同年代の平均よりやや小柄な才は、体格のいい人が多い冒険者の中にあっては殊更に小柄だった。さらにいうと力の象徴のように思われている大同と正面からわたりあったという情報が、噂の伝達の途中からはジェイの存在抜きに語られたために、熊のような大男だと勝手に想像している冒険者も多いのだった。
そんな才の様子をみて、職員は軽く苦笑を浮かべる。桐島の管理下で比較的正確な噂の拡散が行われたギルド職員たちは、才の容姿や人となり、明らかにしている能力について把握していた。それは今下位冒険者たちの間で実際に起こっている不正確な噂の拡散を防ぐための桐島による配慮だった。
「国木さん大丈夫ですよ、競技会は形式上競うようなものとなっていますが、実態はお互いの情報共有と親睦会です。パーティを組んでいない人も多い新人冒険者にその機会を用意しているだけですので……。まあ、噂の国木さんであれば私などが心配するのも失礼な話なのですが」
「い、いえ! お気遣いありがとうございます。大同さんからもちょっと聞いてましたけど、本当にそういう催しなんですね」
「そうです。なので先ほどの全体説明に加えて、ここで各参加者へ個別に注意事項を通達しています。一つ、競技範囲になる森の中はモンスターが出るので油断はしないこと。二つ、基本的に他チームへの妨害は禁止、故意による妨害が発覚した場合はギルドから処罰があります。そして最後に三つ、無理をすることも禁止です、怪我や疲労で動きが鈍ったら競技は諦めてギブアップしてください。当然ですがこの競技の結果が振るわなくても何らデメリットはありません」
職員がすらすらと淀みなく説明する内容を、才は一つ一つ頷いて聞き入る。
「――はい、わかりました」
「ご理解いただきありがとうございます。では以上ですので、向こうへどうぞ」
最後に神妙な表情で才が返事をすると、説明していた職員はにっこりと笑顔でスタート地点の方を指す。既に半数以上が受け付けを終えているようで、それなりの人数が思い思いに体や緊張をほぐしながら準備しているのが見えた。
最後にさらにお礼を言いながら才はその場を離れて、先ほど示された方へと歩いていく。時おり囁かれる噂話は相変わらずだったものの、競技会のルールと注意事項を頭の中で反芻して、才はなるべく気にしないように努めていた。
受け付け場所から少し離れて、森に入る直前となる場所にはたくさんの下位冒険者がいて、その先にはルール説明をしていた職員女性が手を挙げて目立つようにしながら繰り返し同じことを言っていた。
「このあたりがスタート地点になりまーす。受け付けを終えた人たちはだいたいこの近くにいてくださいねー。森から遠い位置にいる分には勝手ですが、まだ入っちゃだめですよー」
軽く汗を額に浮かべたその職員が言葉を繰り返すたびに、長い髪を端の方で緩く結んだ毛先がぴょんと揺れていた。手持ち無沙汰な才は何とはなしにそれを見つめる。
「ここで合っているのでそんな不安そうに見つめなくてだいじょーぶですよ」
才の視線に気づいた職員が大きな声で言ったことで、一人で立っていた才は急に周囲の視線を集めてしまう。
「あ、や、その、……ごめんなさい」
「はーい、もうちょっと待っててくださいね」
言った職員にとっても、聞いていた周りの冒険者たちにとってもとるに足らない冗談であったらしく、顔を赤くする才からはすぐに視線が離れていく。開始が近づいたことで噂の新人への興味も徐々に薄れてきているようだった。
とはいえ意図しないところから「不安そう」と指摘された才は、自分で思っている以上に緊張していることを自覚して、それがさらに緊張を呼んでしまう。
「あああ……、どうしよう、どきどきしてきたよ……」
どぎまぎと挙動不審さを増していく才をよそに、順調に準備は進んで、競技会の開始は間も無くとなっていた。