第三十話 そわそわするけど楽しい……、だけでは済まなさそう
「わ、あぁぁ」
いかにも思わずといった風に才の口から感嘆の吐息が漏れる。
大同との手合わせから数日後、競技会の集合場所である森の周縁部には多くの武装した若者――おそらくは下位冒険者たち――が既に集まっていた。きょろきょろと落ち着きない者もいれば、木に背中を預けて落ち着いた表情で周囲を観察している者もいて、どちらかというと落ち着きない側である才も居場所を見定めるべく視線をさまよわせる。
「お! あんた国木じゃないか! 俺たち実はギルド長との手合わせ見てたんだよ」
「そうそう、すごかったよね! あれでほぼ同期とか信じられないって」
少し年上にみえる男女が才に話しかけてくる。二人の目線には純粋な好奇心と憧憬が感じられて、才は照れから慌てて顔の前で手を振り回す。
「え、いやそんな!? ボクも必死だっただけで」
「おお、やっぱ謙虚だなぁ。言い掛かりつけてたおっさんとはえらい違いだよ」
男の方が言った言葉から、全員の頭の中には喚く鍋川の姿が浮かぶ。
「まああれ以来すっかりおとなしくなってるけどねー」
言葉を続けた女の視線の先には、遠くの方で一人俯いて歩く鍋川の姿があった。
「鍋川も中位だし実力派って認識されてたけど、あんなみっともない姿をさらしたらちょっとなぁ」
視線を追ってからさらに追い打ちの言葉を口にする男の目線は、侮蔑に近いものがあった。そしてそんな視線を若手から向けられていることを本人が誰より実感しているのであろう鍋川は、誰とも目を合わせないためか目線を上げることなく地面を見たままゆっくりと歩いていた。
「はあ……」
実際に自分が言いがかりをつけられたという腹立たしさと、貞子がやり過ぎたという後ろめたさの両方を感じている才からするとどう反応すべきかがわからず、ただ曖昧に相槌を返す。
「ま、俺たちも頑張るしお互い怪我しない程度には暴れてやろうぜ!」
「じゃあねー」
手を振りながら二人が離れていくのを、才は複雑な表情のままで見送る。確かに鍋川は粗野で腹立たしい相手であったが、それに対しての周囲の若手冒険者たちの態度もまた才の中に不安を生むようなものでもあった。
しかしそんなことをじっくりと考えている時間もなく、冒険者ギルド職員の制服を着た数人がいかにも経験豊富そうな冒険者何人かを伴って姿を見せる。自然とその近くに全員が寄ってきたところで、職員と思われる女が手を挙げて注目を集めてから口を開いた。
「はーい、皆さん競技会に参加する冒険者さんで間違いないですねー?」
頷いたり返事を返したりする反応を満足げに聞いて、再び説明が続く。
「この後事前申請してもらっていた名簿で受け付けしてから競技を開始します。ルールは簡単です、この森に隠した木札を回収してきてください。木札には難易度に応じて点数が記されているので、それを運営本部、ここですねー、まで持ち帰ったところでそのチームに加算していきます。あ、チームは事前申請の際に通達した通り最大四人までで、人数が少ない場合も特に救済措置などはないので一人の人は頑張ってくださーい。……ふぅ」
一気に言って満足げな息を吐いた職員女性が説明を終えると、隣にてきぱきとテーブルや椅子を設置していた他の職員たちが参加者の受け付けを始める。
「(職員の人のまわりにいるベテラン冒険者っぽい人たちは監督役かな?)」
大人しく列に並びながら才は思案する。顔見知りの職員である桐島から聞いていた話では参加者は殆どが下位冒険者、それも若手ばかりで、一部中位冒険者も参加するということだった。中位冒険者は競技中の不測の事態に対応し、あるいは無茶をする若手へのけん制というのが目的であり、競技そのものには積極的な参加はしないとも聞いていた。
実際のところ、才が気にしたベテランたちは上位冒険者やそれに近い実力がある中位冒険者であり、保険のさらに保険として控えておくために呼ばれた面々で、競技には参加しないことになっている。
「(それにしても……、見られているような……。気にし過ぎかな)」
窺うように視線を向けると、ことごとく目が合うことに才はいちいち慌てていた。大同との手合わせを見学していたのはあの場に居合わせただけの一部でしかないが、その噂自体は随分と広まっていると才自身も聞いていた。強そうな先輩たちから注目されているという感覚に、才はどうしても落ち着かないのだった。
「――ん?」
そこでこれまで探るような視線を散々感じて色々な方向へ目を逸らし続けていた才は、ふと違う種類の気配を感じて自分の斜め後方へと振り向く。
「えっと……、見られてた……?」
そこには既に受け付けを終えて開始地点へと移動していく数人の冒険者たちの後ろ姿が見えていた。そしてその中の一つは、先ほども話題とされた鍋川のものだった。
所在なさそうに俯き続けている鍋川が、背後から自分の方をじっと見ていたかもしれない。それは才にとって不安を感じるに十分なことだった。




