第三話 出会いは本当に衝撃的だった
「眩しい!? えぇ?」
戸惑う才は、見通しのいい草原に座り込んでいた。奈落の遺跡は入口が森の中にあるため、そことは明らかに違う場所だった。しかも辺りを見回してもしっかりとした地面しかなく、今自分がどこから放り出されたのかもよくわからないことに、才は混乱していた。
「見覚えのない場所だし……、ネレイダの近くじゃない、よね?」
どの方向を見ても、知った景色はなく、ここが才の住む街の近くではないことだけがわかっていく。街の名前を口に出したことで、そこにもう自分の居場所がないであろうことが頭を掠めて、才は胸に痛みを覚える。しかし、今は考えている時でも無いと思いなおして立ち上がった。
「でもどこに向かえば……? こんなとき、飛べるモンスターが召喚できればなぁ」
なんど胸中に浮かべたかもわからない無い物ねだりが、才の心を暗くする。しかし過去に懊悩した時とは違うことが起こっていることに気付き、才は目を見開いた。
「え!? 何……、“ゾンビ召喚”?」
空中に緑色に光る文字で、“ゾンビ召喚”と書かれていたのだった。才は召喚という文字に動揺し、驚いて動きも思考も停止する。
「これ、ボクに使える……ってこと? けど文字で見えるなんて聞いたこともないよ」
スキルの使い方については、当人にとっては自然にわかるものとされていた。例えば『炎魔法』に開眼していれば、本人の技量と適正に応じて、自然と火炎放射や火球などが使えるようになったことが“わかる”ということだった。
そしてそれは『召喚魔法』についても同じで、どのモンスターを何体呼べるかということが感覚的に理解できるという話しか、才は聞いたことが無かった。
「それとも皆こういうのを感覚的に理解って言ってたってことかな? いやそんな訳ないよね……」
戸惑う才はただ首を傾げていたものの、しかし状況の方が悩む時間を与えてはくれなかった。
「グゲェェ!」
「――っ! ゴブリン!?」
周囲への警戒が疎かになっていた才が接近を許したのは、緑の肌色ながら人に近い見た目の小鬼型モンスターとして知られるゴブリンだった。
「グギャッ!」
『召喚魔法』を長らく使えなかった才は、勉強以外にも試行錯誤をした結果として、実のところそれなりに武器も使えるようになっていた。しかし学校を卒業したばかりの才には実戦経験などなく、弱いモンスターとはいえ殺意を漲らせた相手に不意をうたれてはまともに対応などできない。
しかも今の才はほぼ丸腰だった。訓練で得意としていたのは槍であったものの、今回厳正に連れられての遺跡探索ではかさばるから短剣だけを持ってくるようにいわれていたからだった。――今となっては言葉通りではなかった理由も明らかとなってしまってはいたが。
そしてとっさに体をうまく動かせなかった才は、気が付くと未だ視界の端で光る文字に、祈りをこめるような気持ちで縋っていた。
「ゾンビ召喚っ!」
「グベッ」
声に出した瞬間、才は全く予期しなかった方法で救われていた。つまり、目の前でゴブリンが盛大に転んでいたのだった。
「……え?」
走っていたところから、地面に叩きつけられるような勢いでうつ伏せに倒れたゴブリンは、痛みに呻きながらも立ち上がろうとうごめく。しかし、その試みはうまくいかないようで、地面をひっかくようにしながらも身を起こせないようだった。
「グギィ! ゲェ、ギャァッ!」
「何? 何が起こってるの!?」
喚くゴブリンが自分の足を必死に叩き始めたのをみて、いよいよ才の混乱は大きくなってくる。
しかしゴブリンの不可解な行動の答えは、すぐに才の目に入ってきた。
「あれは……手?」
「グギギィ」
両手で自分の足を掴んで必死の形相で引っ張るゴブリンは、地面から“生えた”大きな手に足首をしっかと掴まれていた。
爆発音にも近いほどの鈍い音がして、地面の手が生えていた辺りが爆ぜる。
「ええええぇっ!」
才が驚愕する声が空に響き、地には砂塵が煙幕のように舞う中で、奇妙な仮面の大男が地上にその姿を現していた。