第二十八話 そろそろボクも気持ちの整理をつけなくちゃいけない
すっかり夜も遅くなっていたこともあり、見学者たちはとっくに解散し、桐島も残していた仕事をするといって去っていた。そしていつも通り唐突に姿を消していた召喚獣たちを除いて、才、那波、美羽の三人は大同に連れられてギルド長室で座っていた。
「さて、さっきは人目も多かったから追求しなかったが……。国木、スキルに慣れていないってのはどういうことだい?」
才の対面に着席している大同が、探るように目を細めて聞く。聞かれた才の方は、ここに来るまでに気持ちを固めていたために悩む様子は見せず、しかし不安で目線を揺らしながら口を開く。
「ボクが冒険者になった理由とも関係するのですが、『召喚魔法』スキルはつい最近使えるようになったってことです」
大同へと向かって告げた後で、才は自分の左右に座る二人へも視線を向ける。那波と美羽は以前の会話から才に事情があることは知っていたために、驚くこともなくじっくりと話を聞く姿勢をみせていた。
しかし大同の方はそうもいかず、驚き、どういう意味かと考えているようだった。
「スキルは十歳で……」
「はい、ボクもスキル自体は十歳から開眼していました。そしてその『召喚魔法』を見込まれて、孤児だったボクは貴族の家に引き取られたんです」
「なるほど、話が見えてきたね」
見当がついてきたという大同は、しかしその表情を苦々しいものと変えて、納得できないという感情を噛み潰そうとしているようだった。
「有用なスキルがあれば血を問わずに引き取る貴族家……、藤堂か……」
「はい……、その通りです。開眼したスキルを使えないまま十五歳になったボクは、先日追放されて、その時に急にゾンビ召喚が使えるようになったんです」
「勝手な理由で引き取ったり追い出したりするなんてぇ」
「ウチも腹は立つけどさ、ある意味そのおかげで今はこの三人でパーティが組めた訳だから、前向きに考えようよ」
自分のことのように怒る美羽の優しさも、先を見ている那波のポジティブさも、今の才にとってはありがたく、話してよかったと素直に思えるものだった。これまで伏せていた藤堂家のことを才が話したのは、冒険者ギルドのトップである大同には隠し事をしない方が良いと判断したこともあるが、単純に仲間の二人に聞いて欲しかったということも理由だった。
「追放……、ね。苛烈で知られるあの家の当主が穏当なことをしたとは思えないんだが? それに精神的なショックだけで使えないスキルが使えるようになるなんてこともちょっと考えづらい」
引っかかった部分を追求する大同に、那波と美羽は止めようかと身じろぎする。が、才自身がその動きを曖昧に笑いながら制して、本人も無意識にぼかして説明していた部分へと考えを向ける。
「そう……、ですね。奈落の遺跡……、あそこでボクは、奈落の底へと棄てられて、そこで正体不明の声を聞いたんです。その後はよくわからないままに傷が治って脱出もできて、地上に戻った時にはスキルが使えるようになっていました」
「す、て……、ひどい」
「そんなことって」
「っ!?」
改めて具体的な話を聞いたことで、那波も美羽もショックを受けて目を潤ませる。しかし大同だけは、何か違う部分にとても大きな驚きがあったようだった。驚愕しているとしかいい様のないその表情は、才に同情している訳でも藤堂家に怒りを感じている訳でもなく、ただただ単純に情報に対して驚いているようだった。
しばらく無言の状態が続いた後で、これまで常に一定の余裕がある振る舞いを見せていた大同が、大きな音を立てて唾を飲み込んだ。そしておそるおそると、口を開く。
「……チャイルド」
「えっ!?」
今度は才が口を大きく開いて驚く番だった。あまりに非現実的な出来事に、実際のところ才自身薄れていた記憶が、その単語を聞いて急激に蘇ってくる。
「(なぜ大同さんからその言葉がっ!? あの奈落の底でボクは確かにチャイルド・ゼロゴって呼ばれた……、けどそれは誰にも話していないのに!?)」
驚きを通り越した才の感情が混乱へと至ろうとし、左右の二人も急激に顔色を変えた才のことを心配しだす。
「その反応、間違いないってことかい……」
そしてそんな反応を見た大同は、確信を得て重々しく呟いた。
「それに関して詳しいことは今は話せない、アタイからはね。時機がきたら首都へ行って前国王に会いな、……会う手はずはこっちで整えてやるから」
「え、どういう……ことですか?」
「だからアタイからは話せないよ、きちんと理解してる訳じゃあないからね。……とにかく、国木は一人じゃないってことだけ覚えときな」
「はい」
何の情報もなく、ただただ疑問だけが浮かんだ才だったが、大同の言葉には不思議と暖かさを感じてとにかく頷いた。
「(首都か……、ずっと避け続ける訳には、やっぱりいかないんだね)」
首都に入ったからといって藤堂家に察知されると決まった訳ではないし、まして偶然にすれ違ったりする可能性など、首都の広大さを考えれば限りなく低かった。しかし過去のことから意図的に目を逸らしてきた才からすると、大同の言う“時機”の前に自分の気持ちの整理をつけることが必要と思えていた。