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第二十五話 どちらも引くほど強い

 「時間も遅いし、ちゃっちゃと始めようかい」

 

 演習場へ辿り着いた(さい)へと向かって、大同(だいどう)がよく通る声で話しかける。

 

 「は、はい!」

 「まあそう固くならなくていいんだよ。アタイはこれを使うしね、もちろんあんた……国木(くにき)だったかい? は好きに戦えばいい」

 

 木剣を持った大同から好きに戦えと言われて戸惑う才だったが、那波(ななみ)美羽(みう)も黙って頷くのを見て、愛用の短剣を抜きながら大同の待つ中央付近へと歩いていく。

 

 仲間の二人が待っている入り口側の反対、演習場の奥側には桐島(きりしま)の他に鍋川(なべかわ)を含む見学者たちが立っていた。騒めいてはいるものの、大同に気を使ってか大声で騒ぎ立てるようなものは一人もいない。鍋川も非常に恨めしそうな目で才を睨んでいるだけで、声を出すことはしていなかった。

 

 「……っ!」

 

 大同と向かい合った才が、固唾をのんで身構えていると、それを見た大同は不意に表情を緩める。

 

 「だからそんな緊張すんない。別に合図もださんしこちらから先手を仕掛ける気もないよ。国木の実力を見るのがこれの目的なんだ」

 「あ、そ、そうですね」

 

 言われて自身が硬く身構え過ぎていたことに気付いた才は、少し照れながら肩の力を抜く。そしてそれを確認した大同は対照的に表情を引き締める。本人の言葉通りに大同は那波と美羽の報告を全く疑ってなどおらず、それ故に才の事を過小評価もしていなかった。

 

 「では……、ゾンビ召喚!」

 

 ジェイを呼び出すべくスキルを行使した才は、そこでふと不安になる。そしてそれは那波と美羽も同じだったようで、三人は一様に板張りの床を凝視していた。

 

 「(この床壊したら怒られるよね、きっと……。いや普通には壊せないような処理がされた建物だって聞いているけど、ジェイさんなら普通にぶち破ってでてきそうだしなぁ……)」

 

 そこまで考えていたところで、才は大同の目線が自分とは全く違う方向を向いていることに気付く。

 

 「え、っと……」

 「国木ぃ……、あんたいったい」

 

 大同は上を、演習場の高い天井の方を睨みつけていた。それを追って才も目線を上げたところで、大きな影を視界に捉える。

 

 「ちぃっ!」

 

 空間全てを圧するような激烈な衝突音を立てて、天井から降ってきたジェイが大同へと打ち掛かっていた。その手には大同のものとほぼ同じ木剣を持っている。

 

 「じぇ」

 「ゾンビってのはこんな化け物じゃないだろうっ!」

 

 仮面で表情の見えないジェイだったがいつになくその声は低く短く、そして大同も常に身にまとっていた余裕が消えて、代わりに歴戦の冒険者としての迫力を発散し始めていた。

 

 「――っ!」

 

 大同相手に一歩も引かないジェイの姿に、才は息を呑む。

 

 明らかにその召喚されたゾンビは特位冒険者“殲滅者(アナイアレイター)”と渡り合っている。その事実は才と那波と美羽に安心感と自信をもたらし、それ以外の全員に畏怖を振り撒いていた。

 

 例外があるとすれば打ち合っている本人である大同で、そのどう猛さを剥きだした表情は、それが大同の本質であると初対面の才でも確信できるほどに生き生きとしている。

 

 「じぇ、じぇ、じぇ~!」

 「くっそ、このっ、野郎がぁっ!」

 

 ジェイと大同の木剣が幾度も打ち合わされ、激突音と怒号が響く。洗練されて流麗とすらいえる剣筋の大同に対して、ジェイはまるで子どもの駄々っ子の様に乱雑に腕を振り回す。

 

 しかし対照的な双方の動作から繰り出される木剣は、見事に噛み合って拮抗していた。

 

 「じぇっ!」

 「くぅ、力は……、大したもんだ」

 

 圧倒的な身体能力で知られる大同が、力尽くで押し込まれる形で体勢を崩す。その様をみて、見学者たちからは動揺の声が漏れる。

 

 追い打ちをかけるべくジェイがさらなる一撃を振り下ろす。が、力においてジェイに分があるように、技においては大同に分があった。つまり、これまでよりほんの僅か大振りとなったその一撃は、大同にとって待ち構えていたものだった。

 

 「ちぇぇいやっ!」

 「じ!?」

 

 崩れた体勢からだと信じられないほどに鋭い横一閃が大同によって振るわれたと思った次の瞬間、それを振り下ろしていた木剣でまともに受けたジェイが、入れ替わりで体勢を崩す。

 

 今度は大同が反撃に出る。見ていた人間の大半が浮かべたその予想は裏切られ、よろめきながら一歩後ろへ下がったジェイを置き去りにして大同の姿が霞む。

 

 痛恨の動揺を見せるジェイをよそに、視認困難なほどのスピードで駆けた大同は、文字通り一瞬で才の目の前まで踏み込んでいた。

 

 「ボク、っだって!」

 

 しかし才はジェイの強さに全幅の信頼を置きながらも、甘えてはいなかった。折りたたんだ腕で胸の前にコンパクトに構えた短剣を、そっと添えるように踏み込みの勢いのまま振るわれた大同の木剣へと寄せていく。

 

 木材を金属が打ち据える甲高くも小気味いい音が響き、才の表情が歪む。

 

 「(受けれたっ……けど、何て威力! 大型モンスターの突進でも受け止めたみたいだ。二回続けてはこんなの受けられない、ジェイさんが来るまではもう一瞬ある、……なら!)」

 

 器用に大同の攻撃を受け流した才は、再び短剣を胸の前に構えると、半身になって引いた後ろ脚、右脚に力を込める。

 

 才からの反撃の気配を感じた大同は片眉を跳ね上げて、口角も釣り上げる。

 

 しかしそんな大同の表情の変化に気付く余裕もない才は、木剣を受け流されて開いた大同の胴体中央のみを見据えて、踏み込みと同時に体を捻り、短剣を持った右腕を伸ばして全力で突き込んでいく。大同からの迫力に、実剣による突きをあてて怪我をさせる可能性などは頭から吹き飛んでいた。

 

 「へぇ」

 

 才の耳は大同の意外そうな、そして何より嬉しそうな感嘆の声を聞いた。

 

 「うぁっ!」

 

 そして次の瞬間、何が起こったかもわからずに短剣は強い力を受けて才の手の中から弾き飛ばされ、その勢いで才自身の体も一、二メートルほど吹き飛んで転がる。

 

 「じぇ!」

 「ちぇあ!」

 

 自分の反撃が弾かれた、それだけ認識した才が倒れたままで顔を上げると、追いすがってきたジェイが打ち掛かり、振り返った大同がそれに反撃してまた拮抗した打ち合いが始まるところだった。

 

 「(今の表情……)」

 

 しかし大同が反転する直前、一瞬だけ見えた才へと向けられたその表情はとても優しいものだったように見えていた。それは孤児であり、引き取られた藤堂(とうどう)家でもついに家族として扱われなかった才からして“親”を連想させるほど慈愛に満ちたもので、緊迫した手合わせの最中にあって才の心中へと強く焼き付いて残った。

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