第二十二話 報告して一安心……といかないの?
「わあ、帰ってくると安心しま――するね」
ガットムの冒険者ギルドへ入るなり才が嬉しそうな笑顔を見せる。慣れないながらも打ち解けた話し方をしようとするそのぎこちない口調に、続けて入ってきた那波も美羽もうれしそうな表情を返す。
「そうだねぇ、さっそく報告しようかぁ」
「うん、桐島さーん、帰ったよ!」
元気よく受付カウンターへと声を張った那波に、忙しそうに書類を書いていたギルド職員である桐島は、眼鏡越しにそのきつい印象の釣り目を向けて反応する。
「おい、あれって……」
「ああ、ななみうの二人じゃねぇか。あのガキはなんだ? 依頼者、って雰囲気でもねえよな」
「だから何だってのよ、みっともない反応はしないでよ」
那波の存在に気付いたのは当然桐島だけではなく、仕事を探してギルドを訪れていた多数の冒険者たちもそうだった。
その大半はただガットムで有名な二人組が見慣れない少年を連れている、という事実を認識しただけの反応だった。しかし一部の特別な感情を抱く連中――つまりは那波と美羽のファン――にとっては非常に気になる、かつ面白くないという情景だった。
「今日から調査に、という予定でしたよね? もしやすでに?」
意気揚々といった態度の那波が二人を率いてカウンター前に立つなり、桐島は眼鏡に触れながら少し驚いた様子をみせる。
それを見てますます得意げに胸を反らす那波は、「ふーん」と一息を鼻から噴き出してから口を開く。
「そだよ、えっとね――」
一同を代表する形で那波が詳細を報告し、桐島が時おり質問を挟みながら報告書へと書きつけていく。途中で話の補強をするように、美羽や才が倒したモンスターの落としたアイテム――魔力構成体であるモンスターが消滅の際に確率で落とす残留品――を取り出してみせる。
最後にゴーストのうち片方が落としたアイテムとして提出された不思議などろりとした手触りの白い小さな石である思念塊を見ていた桐島は、それを他の提出品も置かれた木製トレーの上に置いて、視線を上げて三人を見据える。
「遭遇したというモンスターの数と厄介さから考えて、それが三人で一日、いえ実質半日で対処したとはにわかに信じがたいです」
報告内容の真偽と冒険者の実力をストレートに疑った桐島の言葉は非常に失礼なものだった。しかし面と向かっていわれた那波と美羽は苦笑し、才は状況を掴みかねておろおろとしている。
ここまでに那波がした報告は全体の概要であって、細かい戦闘の経緯などは話していない。それは冒険者の報告様式として一般的な喋り方で、当然その事を熟知している桐島は、早く詳細を話せと暗に催促したということだった。
ギルド側、この場合桐島が把握するのは那波と美羽の実力で、これが冒険者として初仕事の才については未知だった。その状態での推測で、あの規格外の召喚獣二体を読み切るなど鋭いを通り越して妄想の領域といえる。
そう思ったからこその二人の苦笑であり、それを説明すべく今度は美羽が口を開こうとする。
「それはねぇ――」
「なんかズルしやがったんだろ?」
突如後ろから掛けられた低い声に、那波は険しい目線で振り返り、才はびくりと肩を震わせる。ただ美羽は完全に無視をして話し続けようとしたが、こちらも目線を普段以上に険しくした桐島に手振りで止められて不満げに黙る。
「何が?」
普段から口数が多く朗らかな那波が、低く獣が唸るような声音でたった一言で不満を言葉にする。この場では才だけが、冒険者の先輩らしき体格のいい三十代くらいの男性にうろたえるが、那波と美羽、そして桐島は一致して良くない印象を持つ相手のようだった。
「鍋川さん、ギルド業務を妨害しているという自覚はありますか?」
冷たく淡々と桐島から告げられた言葉にも、鍋川と呼ばれたその男性は悪びれる様子はなかった。
「むしろ手伝ってんだろうが。そいつ知ってるぜ? この前たっかそうな服着てやがった坊ちゃんだろ。何の依頼か良く知らんが金で誰か雇ったってとこだろうぜ、そんで那波と美羽にも無理やり口止めしてんだろ」
乱暴な口調で語られた内容に、才は周囲の温度が二度も三度も下がったように錯覚して肩を震わせる。
「とりあえず名前で呼ぶのをやめてくれるかな、気持ち悪いから」
いつも朗らかでのんびりと喋る美羽が、才が短い付き合いでまだ聞いたことのない平坦で無感情な声音で言う。
「てか、それって誰よりウチとミウをばかにしてるよね。ずるに加担した上に口止めされてるとか、何それ?」
続いて美羽とは対照的に激した感情が見え隠れする那波が、辛うじて激昂を押し殺しているのが誰の目にも明らかなほどに震える声で続く。
「そしてギルドとこの依頼を担当した自分に対しても侮辱です。依頼を無断で斡旋された上にそれを把握できていないという告発に聞こえますよ?」
最後に一見すると普段通りに見える桐島が言葉を重ねるが、その元から厳しい目元は眉間に皺が追加されて迫力が段違いに増していて、小さな子どもなら一目で泣くのを通り越して過呼吸を起こしそうなほどになっている。
「お、や、いや、俺はなな、いや木崎さんと外山さんを心配してだな……」
慌てて言い訳をしようとする鍋川だったが、再び「ななみ」と口にしようとしたところでさらに増した圧力に屈してそれすら尻すぼみとなって視線をさまよわせる。
遠くに見える鍋川の仲間らしき男女は、このいちゃもんを良く思ってはいなかったにせよ強く止めるつもりもなかったらしく、この状況にも割って入る気は全くないようだった。
鍋川が黙ったことで膠着してしまった状況に、才がどうすればいいかと視線を巡らせていると、凍り付く建物内の雰囲気をものともせずに近づいてくる人物が目に入る。
「まあそのばかの言う事にも一理くらいはあるんじゃあないかい? アタイも実際その新人に興味があるよ」
白髪交じりのウェーブがかった長い髪を後ろでしばった五十代くらいの長身の女性が、一同を睥睨する堂々とした態度でそう言い放っていた。




