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第十八話 前代未聞ってわりとよくあることらしい

 日暮れ洞の最奥部は祠として何かを祀る場所であったと考えられている。そこには簡素な祭壇のようなものが設えられており、その手前には小さめの井戸のような構造物があった。

 

 井戸の“ような”というのは、それが比較的浅い構造となっていることから地下水を溜めて汲み上げるものではなく、魔導具によって生じさせた水を溜める貯水庫であろうという予想からの見解だった。

 

 その最奥部――祭壇と井戸の手前では、若い冒険者パーティが攻め手の足りない苦しい戦闘を続けていた。

 

 「ご、ゴーストを召喚します!」

 「え、えぇ!? どういうことぉ?」

 

 突然(さい)が言った言葉に、近くにいた美羽(みう)が反応して戸惑っている。

 

 那波(ななみ)とジェイは依然として二体のゴースト相手に奮戦中で、聞こえてはいたようだが反応する余裕はないようだった。

 

 「さい君の奥の手ってこと?」

 「あ、いえ、出し惜しみしてたとかじゃなくて。今使えるようになったんです」

 

 美羽の聞き方に若干の非難めいた色があったことに、才は慌てて弁明する。

 

 「今ぁ!? そんなことって……」

 「ボクも聞いたことないですけどボクのスキルはそもそもちょっと特殊な経緯で……。っとにかく! 後で全部説明します」

 「う、うん、とにかくゴーストを呼べるってことだよねぇ。何体くらいまでいける?」

 「……、それも召喚してみないとわからないです」

 「そっかぁ、最悪の場合でもそのゴーストに敵を引き付けられたら外まで逃げる時間は稼げるから二体は欲しいねぇ」

 

 才はもちろん冒険者である美羽も、ゴーストという比較的珍しいモンスターを見るのは初めてだった。しかしこのダンジョンの奥にいた異様に素早いゴーストは特殊に厄介な個体なのではないかと思い始めていて、それ故の不安からやや消極的な思考となってしまっていた。

 

 「(たくさん出てくるか、……それかジェイさんみたいな仮面のモンスターがもう一体出てきてくれたらなんとかなるはず。お願い、ボクのスキル!)」

 

 内心で必死の思いを抱きながら、一度軽く息を吸った後で才は慎重にスキルを行使する。

 

 「ゴースト召喚っ!」

 

 日暮れ洞ダンジョン最奥に才の声が響いた。しかし白い半透明のモンスターが新たに出現することも、地中から仮面の大男が這い出して来ることもなく、ただ声が反響しただけだった。

 

 「……」

 

 起こるはずである現象に期待する美羽も、才と一緒に視線をあちらこちらへと巡らせるものの、見えるのは人工的な石造りの壁と床、そしてゴースト相手に必死の戦闘を続ける仲間の姿だけだった。

 

 「……?」

 「……えっと」

 

 美羽が無言のまま不思議そうな視線を才に向けると、才もまた小さく首を傾げて状況が理解できていないことを控えめに主張する。

 

 「なんか召喚できるんじゃないの!?」

 

 やはり声はしっかりと聞こえていたらしい那波が、ジェイに纏わりつくように飛び回るゴーストを追い回して息を切らせながら叫ぶ。

 

 「そのはずなんですけど、ボクにもよくわからなくてっ!」

 「せめて一瞬でも動きを止めてくれたら何とかなりそうなんだけ、っど!」

 

 那波が言葉の最後に大きな動作で二刀を振り回すと、目も口もないゴーストは嘲笑うようなふわりとした動作で那波とジェイから距離をとり、ちょうど祠の手前、井戸のすぐ上のあたりで浮遊する。

 

 「(ウチもちょっと疲れてきたし、サイのジェイさんだっていつまで持ちこたえるかわからない……っ!)」

 

 焦る那波は、そこで不意に体の自由が無くなっていることに気付く。

 

 「なん……? これ、え?」

 「うぅ……」

 「あ、え?」

 

 何とか動いた首を巡らせて確認すると、後ろの美羽と才も同じ状況に陥っているようだった。ただジェイだけは、動けないという風ではなく、何かを察して動かないようだった。

 

 「これって、もしかして……。でもこんなのって」

 

 才が額に汗を滲ませて呟く。空振りしたかに見えたスキル発動が確かになされていることを自覚した故の反応だった。

 

 「ボクの、召喚した、ゴースト……が」

 「ええ、どこに?」

 

 苦し気に発された才の言葉を耳にした那波は、まっすぐに固定された才と美羽の視線に不安を感じて視線を前へと戻す。

 

 そこには、祭壇と井戸、そして浮遊するゴーストが――

 

 「あぇ?」

 

 ――井戸から伸びた一本の白く細い腕にまとめて掴まれていた。

 

 驚きのあまり、那波は間抜けな声を漏らす。が、それを笑うような余裕は誰にもなく、ただ困惑だけが全員の胸中を占めていた。

 

 ゴーストをしっかと握りしめる手は力が強いようには見えず、しかし見た目にそぐわず強靭なはずのゴーストは歪み、まるで苦しむようにその表面を震わせる。

 

 「私の才を困らせるなんて……、いけない子たちね」

 

 美しく儚げで、そしてどこか粘ついた印象の声がした瞬間、井戸から伸びた手は完全に閉じられ、囚われていた二体のゴーストは呆気なく消滅した。

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