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第十六話 最後に最大の危機が待っていた

 「じぇ!」

 「よしきたっ!」

 

 ジェイが走り込んできたゴブリンの攻撃を危なげなく受け止め、那波(ななみ)が鋭い反撃の斬撃を見舞う。崩落を避けて制限されるとはいえ、それでも圧倒的な耐久力を誇るジェイがいることでなんらピンチに陥ることもなくモンスターの討伐が進められていた。

 

 「んぅ……、これで最後なのかなぁ?」

 

 ここまでまだ振るう機会のない戦槌を持て余すように揺らして、美羽(みう)が呟いた。

 

 「気配というか、音とかは聞こえなくなりましたね」

 「そうだね、ウチも何も感じないかな」

 

 美羽と同じく直接戦闘へは参加していない(さい)も、ここまで目を凝らし耳を澄ませていた感想を口にすると、軽く額に汗を浮かべているのみでさほど息も上がっていない那波が同意する。

 

 一応はゾンビであって感覚器官は鈍そうな印象のジェイも、才と目が合うと二度頷いて何の気配も感じていないことを伝える。

 

 「でももしかしたら、じっと隠れてたり気配の薄いモンスターがいるかもだから奥までは気を付けていこうねぇ」

 「もちろん! ていうかもう少しでこのダンジョンは全部見回ったことになるよ」

 

 経験のある冒険者らしく気を引き締めなおす二人の会話を聞いて、才は少しずれたところに興味を引かれる。

 

 「もう少し? 本当にここは小さなダンジョンなんですね」

 「そうだよぉ、珍しいよねぇ」

 

 ここまでさほどの距離を歩いた訳でもなく、出現したモンスターも合わせて数体程度であったことを思い浮かべて才は驚いていた。

 

 ダンジョン――つまりは古代遺跡の類は実際のところでは様々な規模のものが存在していたものの、現存しておりしかも調査がされるような場所は往々にして大規模な場合が多かった。それ故に才の驚きと美羽の同意は厳密には的外れではあったものの、冒険者が調査依頼を受けるようなダンジョンに限るとそう外れた思考でもないのだった。

 

 「よし、あと少しがんばろ!」

 「うん!」

 「はい!」

 「じぇ~!」

 

 完全に息が整った那波が声を掛けると、他の面々も士気高く応じて再び動き始める。那波と美羽の記憶する日暮れ洞ダンジョンの最奥部は、行き止まりにちょっとした祠のようなものがあるだけで、それはもう後少し先にあるはずであった。

 

 

 

 「その角の先だよ」

 

 少し進んだところで那波が抑えた声で伝えると、先頭を歩くジェイは盾を構えなおして警戒を強めたようだった。

 

 「じぇ?」

 

 そして続けてジェイが歩く速度を緩めて疑問の声を上げると、三人も何か違和感があることに気付く。

 

 「何だろう……、気配という程はっきりした物じゃないけど」

 「……、何かいるかも? いないかも? んぅ、わからないかなぁ」

 「そ、そうなんですか?」

 

 那波も美羽も薄く感じるものの正体が掴めず首を傾げる。しかし結局それを調べるのが目的であり、進んで確認する以外の選択肢はなかった。

 

 「じぇっ!」

 「あれって!?」

 

 角を最初に曲がったジェイが鋭い声を出すと、続けて覗き込んだ那波は困惑した様子を見せる。それを見て後に続く美羽と才も角まで進むと、予想外のものを目にすることになった。

 

 声もなく、音もなく、半透明の白い塊が二つ、ゆらゆらと揺れながら祠の周囲を飛び回っている。

 

 「ゴーストだ! 実物は初めて見たけどぉ、まずいかもしれないねぇ」

 

 美羽が焦りを含んだ声で浮遊していた存在の正体を告げる。ゴーストは幽霊型モンスターとされるものの、本物の幽霊、つまり人や動物の魂などではない。そういった伝承や怪談に登場する幽霊に似た特性からそう呼ばれているに過ぎなかった。

 

 そしてそんなうん蓄などよりも、ゴーストは非常に厄介な存在として有名だった。羽ばたきもなく高速で飛び回り、一時的に姿を消すことすら可能で、ふわふわとした外見に似合わず非常にタフで物理攻撃でも魔法攻撃でもとにかく仕留めるのに苦労する。

 

 救いはゴースト自身の攻撃能力が比較的低いことだが、一度戦闘に入るとしつこく追跡してくる特性もあり、途中で逃げようものならどこまででも追ってくる。当然冒険者にとっての弱い攻撃でも一般人にとっては致命的であるため、人里まで連れていく訳には断じていかない。つまり厄介であろうが戦闘に入れば何とかして倒すしかないのだった。

 

 「(外ならジェイさんが全力で攻撃すればなんとかできそうだけど……)」

 

 ゾンビの群れをまとめて吹き飛ばしたジェイの姿を思い出して才は思案する。しかしダンジョンの通路で背中を晒して走ることの危険に思い至り、首を振って無言のうちに否定する。

 

 「(ここで何とかするしかないよね。……ボクにもっと融通の利く力があればよかったけど)」

 

 贅沢な望みとは自覚しながらも才は焦りから無いものねだりを思い浮かべていた。

 

 「怪我ならあたしが治療してあげられるから、なんとか致命傷は避けてねぇ」

 「うん! これで最後だ、がんばろ!」

 「――っ、はい!」

 

 才よりも早く決断した先輩冒険者二人の号令を聞いて、才も思考を決意に切り替えて強く返事をした。

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