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第十一話 ボクは世間知らずなんだと実感した

 「はい、それではこれで国木(くにき)(さい)さんのガットム冒険者ギルドへの登録は完了です」

 

 一通りの手続きを終え、才は手を置いていた薄い水晶板から手を離して小さく息を吐く。この水晶板は体内魔力の型を読み取る認証の魔導具で、書類で提出した情報と突き合わせて確認することで今後は冒険者としての身分証明ができることになる。

 

 「それで、失礼ながら国木さんは現在住所がないのですね?」

 「あ、はい……」

 

 ネレイダの藤堂(とうどう)家を追放された才にとっては、後は頼れるのは十歳まで育った孤児院くらいしかなかった。とはいえ、既に成人年齢になった才が孤児院へと頼るのも迷惑となるし、なにより今ネレイダへと帰る気には到底なれなかった。

 

 ネレイダ王国の同名の首都である街ネレイダは広大で、藤堂家邸宅と国木孤児院は相応に離れている。しかし同じ街内であることは事実であり、貴族らしく様々な人脈を持つ元義父厳正(げんせい)にばれずに暮らすことは、才には難しく思えた。

 

 戻って自分にしたことを糾弾するでもなく、また国外まで逃げるでもないこの選択は、思考放棄であり問題の先送りに他ならない。だが十五歳になったばかりの才にとってはこれが限界であり、さらにいうとそこまで分析的に自分の行動と思考を把握できている訳でもなかった。

 

 「では冒険者向けに安く長期滞在できる宿を紹介しますね。予算はどうしましょうか?」

 「あ、え、ボクほとんどお金がなくて……」

 

 事務的に淡々と進むやり取りだったが、改めて厳しい現状を理解した才の告白で桐島(きりしま)は言葉を止める。それは驚いている訳でも、同情している訳でもなく、ただ思考しているという様子だった。

 

 「お金だったらウチらが貸すよ。サイだったらすぐにたくさん稼ぐだろうし」

 「なるほど、率直な木崎(きざき)さんがそれほどいうのであれば国木さんは相当に優秀なのですね。しかしそれは最後の手段にしましょうか。それより自分から提案があります」

 

 率直といえばまだ聞こえはいいが、歯に衣着せない那波(ななみ)からの言葉に、桐島は内心で才の評価を引き上げる。

 

 しかしそんなことは当の才には関係なく、それよりも窮状の助けになりそうな言葉の方に反応を示していた。

 

 「て、提案ってなんでしょうか?」

 「簡単です、その豪華な旅装束を売って、一般的な冒険者の服や装備へ買い替えましょう。差額で当分の生活費くらいにはなるはずです」

 「そっか、なんか高そうな服だもんね」

 「でもそれってぇ」

 

 才の服装は明らかに旅のためとわかるようなしっかりした造りで、明らかに貴族や豪商の子息であるとわかる程に華美であった。しかし一般的にそういった服を着るような立場の人間はプライドも相応に高く、初対面の人間にその服を売ってこいなどと言われれば怒り出すのが普通であった。

 

 そのために、深く考えずに賛意を示す那波と違って、より慎重な気質の美羽(みう)は才の表情を窺うようにして難色を示したのだった。

 

 「え、でもちょっと汚れているし、ボクがここまで着てきたものですよ?」

 「汚れは洗えば落とせますし、新品を買うお金はなくともそういった服が必要な人間というのはいるものです」

 「へぇ、それで何とかなりそうならそうします」

 

 気分を悪くした様子が微塵もなく、あっさりと受け入れた才を見て、美羽は密かに息を吐く。一方で提案した当人である桐島は、ほっとしたという笑みを見せる才へとほんの少し険しくした視線を向ける。

 

 「国木さん」

 「え、はい」

 

 声を掛けられて桐島の微妙な雰囲気の変化に気付いた才は、少しだけ声を裏返らせて慌てて返答をする。その内心には自分が何か失敗をしたのだろうかという焦りが渦巻く。

 

 「それほど立派な服が着古しでも高く売れるのは、庶民どころか並みの貴族でも常識として知っていることです。自分の無礼な提案を快く受けていただけたのは素直に好感を抱きましたが、そういった態度は気を付けた方が良いかと思いますよ。……特に、国木さんが素性を明かすのを避けたいのであれば」

 「――っ!?」

 

 少し早口になった桐島から忠告を受けた才は絶句する。隣で聞いていた二人も、今の桐島の言葉の意味を正確に汲み取った美羽の方は、驚いた顔をしていた。

 

 服装や言動から、才がおそらく貴族かそれに近い権力を持つ商人の関係者だろうとは美羽と那波の二人も薄々と予想はしていた。しかし今の桐島の言葉は、才が言及を露骨に避けている出自は、ちょっとやそっとではない上級の貴族であることを示していた。

 

 そして隠しているつもりのことをあっさりと見抜かれた才は、背中に冷たいものが伝うのを感じて固まっていた。

 

 「…………、気を、付けます」

 「ええ、そうしてください」

 

 辛うじて才が掠れた声でそれだけを言うと、桐島は何事もなかったかのようにあっさりとした態度を見せる。先ほどの忠告の中にわざわざ好感という言葉を含ませたことからも、本当に善意から気を付けろという意図だけでの指摘であるようだった。

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