後
やっと両想いになって気づいたことは、彼女さえ居れば何も要らないってことだ。僕と君だけの尊い世界。一生それで良い。一生それが良い。
尊い世界で生きていければそれでいいのに、実際はどうだ?いろんな物が邪魔をして難しい。
愛してるから閉じ込めたい。他の誰にも見せたくない。誰にも何にも邪魔なんかされたくない。一緒の時は外の世界になんて行きたくない。
彼女と交わり、僕にしか見せないその顔に高揚しながら、無垢な茶色の瞳を、眩しい微笑みを、僕の居ない場所で僕以外に見せている彼女が過る。これは被害妄想でもなんでもない。
人懐っこい彼女のことだ、確実に見せていることだろう。ああ、嫌だ嫌だ嫌だ。
だから外に行くのが嫌なんだ。お願いだよ。僕だけを見ていてよ。
外は不安で堪らないんだ。だから、だから、一緒の時は、一緒の時だけは、二人きりの世界で安心させてよ。
君が誰かを見るのが怖くて、君が誰かに心を動かすのが怖くて、胸に閉じ込める。
どこかに鎖で繋いで閉じ込めない限り、そんなことは一時の安心しか得られない行為だとしても、僕はそれを止められない。
こんな僕の気持ちを、彼女も理解してくれてると思ってた。それなのに・・・
なんで君はそんなお洒落な服で出かけようとするの?男が見蕩れるじゃないか。
君は僕だけのものなのに、男の視線が欲しいの?膨れ上がる怒り──落ち着け、彼女に限ってそんなわけないじゃないか。彼女は僕を愛してるんだぞ。
拭えない不安を隠し、試すように彼女に家で過ごそうと言ったのに、彼女は帰ると言い出した。──どうやら僕の考えは当たってたみたいだ。
奥底からヘドロのように薄汚いモノが滲み出る。
「・・・僕と居たくないってこと?」
絶対にそんなことは許さない。その姿で今から男を漁るつもりなんだろ。僕しか知らない顔をソイツに見せるなんて許さない。絶対に。
「そういうわけじゃな──」
どうせ嫌なことしか言わない今の君の言葉なんか聞きたくない。
貪るように口内を蹂躙しソファに押し倒せば、僕から逃れようと抵抗する。
「・・・っや、帰っ・・・」
どれだけ君を愛してるか教えようとしてるのにねぇなんで抗うのそれっておかしいよね君の愛してる僕が愛を注いであげようとしてるのにその態度は違うよねねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ僕の言ってることおかしくないよね僕は正しいよねそうだろ
「やっ、・・・やめっ、お願っ─」
愛を示そうとしてるのになんでやめろなんて言うの?ああ、やっぱり君は僕を置き去りにして男のところへ行く気なんだね。
ねぇ、僕を拒絶してソイツに抱かれる気?ねぇ、どうなの?その通りなの?そんなこと絶対に許さない。
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他の男のことなんて、これっぽっちも考えられなくなるまでやめない。僕だけを見て、僕のことでいっぱいになるまでやめない。僕のことしか考えられなくなるまでやめない。
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時間をかけ何度もどれだけ深く愛してるか教えてあげた甲斐があり、僕の愛を彼女もちゃんと理解してくれたから良かった。
男の元へ行くのを思い止まってくれて良かった。
お陰で僕らは今まで以上の絆で結ばれることが出来た。
それはとても僕を幸せな気分にしてくれて、今まで以上に彼女と離れがたくなってしまった。──だと言うのに、タイミングの悪いことに泊まり掛けの仕事が入る。
ああ、嫌だ。離れたくない。離れてる間に害虫が彼女をどうにかしてしまうかもしれない・・・
目を開けると、見知った天井が見えたことに困惑した───は?──状況が上手く理解出来ない。──なんで僕は自分の部屋に居る?──帰りついた記憶がない。どうやって帰ってきた?
必死に記憶を手繰ってみても、帰路の途中までしか思い出せない。
フラフラと立ち上り台所で水を飲もうとして自分の姿が目に入り──
「なん・・・だ・・・これ・・・」
首に赤い痣──慌ててシャツのボタンを外せば───赤い痣、痣、痣、痣
それは、僕が彼女の所有を主張するために身体に咲かせる痣にそっくりで・・・
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満月──
─────赤い唇──
静寂を邪魔する淫靡な───────
鳥が突然、窓にぶつかったり、くちばしで窓を叩いたりする行為は死の予兆だとか、バケットなどのパンを食卓にのせるとき、切れ目を下にして置いたパンは悪魔を呼び、食卓に着いた誰かが欠けることになるだとか、古いホウキを捨てずに新居へ持ち込むと不幸になる等──やってはいけないと言われてることは、土地や国などでいろいろあり、僕のところにもそれらのようなモノがある。
──満月の夜、森に入ると戻れなくなる。だから決して入ってはいけない──
ただの迷信だと気にもしなかったけど、今だから思う──やってはいけないと言われることは、決してやってはいけないのだと。
後悔しても、もう総てが遅い。僕は彼女に少しでも早く逢いたくて、近道のため満月の森を通った。
良く知っている筈の森なのに、どういう訳か迷った挙げ句、いつの間にか普段は行かない深い場所まで来てしまっていた。
初めて来た開けた場所──そこに女が居た。見たこともないような神々しいまでの美貌に目を奪われた。
女を見つめながら、頭の何処かで警鐘が鳴り響き、早く立ち去れと心は急かすのに、気づけばフラフラと女に近づく自分が居た。
ダメだ──立ち去れ──愛しい彼女を泣かせるのか──立ち去れ──立ち──去──
匂い立つ美しさにもう我慢出来なかった。
愛しい彼女のこともすっかり忘れ、女を抱き寄せ赤い唇にむしゃぶりつき、身体のラインのくっきりとしたドレスをもどかしい気持ちで乱暴に剥いでいく。
満月の夜森に入ってはいけないだって?──女を一人占めしたかったヤツが言い出したに違いない。ハハッ、残念。僕は見つけた。誰よりも美しい女を。だからもうこの美しい女は僕のモノだ。
激しく絡み合い獣のように互いを求め──
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・・・・・・・・・
・・・。
ああ、僕は──僕は・・・
どうかしていたとしか言いようがない。月が僕を狂わせた・・・
「!!!?──ぁぐっうっ──がっ、あ!!」
突然激しい痛みに襲われ、脂汗をかきながら堪え忍ぶ。
どれくらいそうしていただろう。やっと治まった頃には全身汗でびしょ濡れだった。──これは罪を犯した罰か?──お前のしたことは決して許されはしないと、まるで身体に、心に、責め立てられている気がしてならない。
ヘトヘトに疲れ果てた僕は、身体を清潔にすることもせず、そのまま深い眠りへと落ちていった。
時計を見れば既に昼過ぎだ。ぼんやりとしたまま窓を開け
「!!!?──ぁ──がっ、あ゛ぁ゛!!」
再び襲う激しい痛み。
今の今まで忘れていた声が甦る。
『種を蒔け』
「う、あっ!!あぐっ」
思い出していなかった部分が甦る。
女の中に欲望を何度出したか分からないくらい僕は女と交わった。
そんな中、女の中に埋もれていた自身に、突然激痛が走り、慌てて抜こうとしてそれが叶わないことに気づく。
自分の意思で打ちつけていたと思っていた身体は、いつの間にか蔦が絡まり、激しい痛みの最中も蔦により出し入れを強制され続けた。
「痛っ!痛い痛いっ、何っ、だ・・・これっ──」
「フフフ。痛いか?初めて男と交わった女のように可愛らしい。」
ただただ痛みに耐えながら、女から解放される時を願った。
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・・・・・・
鮮明に甦ったやり取りに、女の最後の言葉に震えが走る。
『ここに細工をした。だから種を蒔け。』
細工と言う言葉に嫌なものしか感じない。
言う通りにしたらもう激痛に悩まされることもなくなるのか?
種を蒔けとは誰かと交われと言うことだろう。交わったら相手がどうなるのか不明で、間違っても彼女とする訳にはいかない。──彼女以外の女と──ダメだそんなこと。もう二度と過ちは犯さない。
「ぐ、う、・・・ぁあ、はぁ・・・はぁ・・・ぅあ?」
両手の指先、関節、手首に足首──ニョキニョキと芽が出始め、鼻、耳、目に口、脇や太腿──あっという間に身体中至るところから芽吹いていく。
「あ゛あ゛お゛あ゛」
背中から床に倒れ、身体から伸びた根が床に根付く。着衣はビリビリに裂け、至るところに芽吹いたそれらは、芽吹いた時と同じような早さで急成長し、身体から養分を吸収し可憐な花が咲き乱れる。
咲き乱れた花はあっという間にハラハラと散り、茎や葉が枯れ、根付いた根も枯れる中、養分となっていた身体も枯れ始めたかと思えば粉々になり消え失せ、残された花びらは窓から吹く風が舞い上げ、そのまま外へと運ばれていった。
謎の女
満月の夜、獲物の匂いがすると目覚める。
男なら女、女なら男の姿。
・種を蒔いた場合
蒔いた後、狂って自死。
交わった相手の性別に関わらず、謎の女と交わった相手と交われば謎の女へ変貌し、先に居た謎の女は土へと還る。
・種を蒔かない場合
死ぬ。
死ぬまでの時間は割りとあるが、今回の場合、本人は然程眠ってないように思ってるが、実際は長く眠ってしまったせいで時間切れになった。