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秘密の森  作者: はるいち
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いつの間にか眠ってしまったらしい。


部屋は暗く、時刻は既に夜。


早めに帰ろうと思っていたのに、疲れ果て眠ってしまったせいで、結局こんな時間になってしまった。


気だるい身体を起こし、ベッドからそっと抜け出して服を着る。


眠る恋人───彼を恋人と呼んでもいいのかな・・・


好きだよって言われてつき合い始めて──結ばれた──はず。


両想いだと分かり、この先彼といろんな場所に出かけたり、初めてのことを沢山して、いっぱい二人の思い出を作っていけると思うと嬉しかった。


でも現実は──現実は・・・


私だけが恋人と思ってるだけで、本当は恋人なんかじゃないのかもしれない。好きだとは言われたけど、良く考えたら付き合ってとは言われてないという事実にはたと気づく。


休日には逢ってるけど、過ごし方を考えるとモヤモヤした気持ちになる。



彼を起こしてから帰ろうかと思ったけど止めた。


今面と向かって会話なんてしたら、多分すごく嫌な子になりそうだから。





見上げれば満月が輝いていた。


『いいかい、リズ。満月の夜は森に入ってはいけないよ。バケモノが出るからね。』



小さい頃おばあちゃんからよく言われてたことをふと思い出す。


おばあちゃんの言うバケモノって、騎士の絵本で退治されるような醜い怪物みたいな姿をしてるのかな?なんて想像して、あれこれ考えてるうちに絵本なんて目じゃないくらい恐ろしいバケモノが出来上がり、夜眠れなくなってたな。


子どもの頃の私って想像力豊かだったなぁ。


今思えばアレって好奇心旺盛な子どもが、家を抜け出さないようにさせるための方便なのにね。










カフェで時々友達と会い、お喋りする時間は楽しい。


新しく出来たカフェは、女の子寄りの可愛らしい内装じゃなく、男の人でも入るのを躊躇わないお洒落な内装というのもあって、恋人同士で訪れてる人が多かった。


彼の好きなチーズケーキが美味しいから、そのうち一緒に来たいな。


「恋人同士が多いね。」

「そうね。どこもかしこもアツアツで、見てるこっちが恥ずかしいわ。」


「私の気持ち分かってくれたようで嬉しい限りね。」

「ちょっとどういう意味?私あんなんじゃないわ。」


「自覚ないんだね。」

「え!私あんなだと思われてるの!?」

「「もちろん」」

「貴女たちだって人のこと言えないと思うけど?」


「言える言える。あんなんじゃないから。」

「人前であんなことしないから大丈夫。」


チクリと胸が痛む。──人前でも何もないじゃない。彼は私とどこかに行ったりしないもの。


その後もアレコレ恋人とのことを聞かれたけど、曖昧な態度ではぐらかすことしか出来なかった。









近頃恋人たちの間で流行っているお店があって、そこで食べられる変わったスイーツがある。


見た目は陶器のカップに焼いたメレンゲが乗ってるだけで、珍しいとか可愛いとかはないんけど、メレンゲを崩せば中からアイスクリームと一口サイズの二種類のクッキー。


それだけなら特に変わってはないけど、もしも出てきたクッキーがハート型をしていたら、当たった恋人たちは幸せになれるって噂。


お店は割りと新しいから、幸せうんぬんは完全に眉唾ものだけど。


滅多に出ないハート型らしいから、当たることに期待はしないけど、恋人同士が行くお店ってところにすごく惹かれた。


だってここに誘って彼が一緒に行ってくれたら、私の思い過しじゃなく、彼は私の恋人ってことでしょ?






「ぇ・・・」

「だから~、折角の休みなんだし家でマッタリしたいなって。」


「・・・でも、誘った時次の休みに一緒に行ってもいいって言ってくれたよね?」


「あ~、あの時は行ってもいいかなって思ったんだけどね~。今日は家でマッタリしようよ。ね?」


「マッタリなんていつでも出来るでしょ?スイーツ食べたいから行こ?」


「え~、スイーツだっていつでも食べれるよ。だから家で過ごすに決まり!」


屈託のない笑顔で言いきる。



目的のお店は大都市の方にあるから少し遠くて、だから早めに出かけて、それでスイーツ食べたらここにはないようなお洒落なお店とか見て、──それから、それから・・・・


・・・・・・

・・・・・・・・・・・

・・・。


もう出かけないことは彼の中で決定事項らしい。


ずっと楽しみにしていたことが無しになり、気持ちは落ち込むばかりで、このまま彼の部屋に居ても嫌な態度になってしまいそう──出かけたかったな・・・


吐きそうになる溜め息をグッと我慢して笑みを浮かべる。


「そっか。分かった。残念だけどまたの機会を楽しみにしてるね。──あ、そう言えばお母さんに前から頼まれてたことあったんだった。だから今日は帰るね。」


「・・・僕と居たくないってこと?」


「そういうわけじゃ──」


私の言葉なんか聞きたくないとばかりに、貪るように口内が犯され、そのままソファに押し倒された。


「・・・っや、帰っ・・・」


押し返そうとする手に構いもせず、やめてと言おうとする声は、慈しみとは程遠い口づけで奪われながら、彼はただただ自分のしたいようにどんどんと事を進め・・・



・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・



嫌だと──何度訴えただろう。

止めてと──何度口にしただろう。


私の気持ちなんてこれっぽっちも気にせず、ただただ自分の思い通りにする彼に、私はついに、ずっと目をそむけていた現実を受け入れた。


ああやっぱり恋人なんかじゃなかった。私が好きなら、私を愛してるなら、こんな無理矢理に自分勝手な欲望を叩きつける訳ない。


好きと言われて舞い上がって、勝手に恋人と思ってたけど、彼にとって私は恋人なんかじゃなかった。


きっと他に本命が居るんだと思う。その人の存在を隠しておく為の身代わり──堂々と名乗れない相手だから、本命は既婚者なのかもしれない。そう思えばいろんなことが納得出来てしまう。


そりゃあ身体だけの身代わり女なんかと、どこかへ行きたがる訳がない。


いくら誘っても一緒に出かけてくれない訳だ。本命の彼女に誤解されてしまうもんね。


虚しさに支配され涙が溢れそうになるのをグッと堪えた。涙なんて見苦しく思われるだけだもの。


いろいろ心に不平不満が溜まってたけど、彼女面して文句言わなくて良かった。──単なる身代わりのくせして立場も弁えず文句とか痛過ぎる・・・。


ただの身代わりってことを突き付けられたけど、バカな私はそれでも彼を嫌いになれなかった。


求められてるのが身体だけだって良い。それでも側に居れるならいいじゃないとか、完全にダメな思考に陥ってる。


会わずに居れば気持ちも薄まるのかな。無理な気がする。きっと会わずになんていられない。彼が呼べば犬のように駆けて行く。


彼に会いたい──会いたくない──呼ばれたい──呼ばれたくない。反する気持ちが苦しい。



風に揺れる黒髪、甘い熱を帯びた灰の瞳(勘違いだったけど)。私をからかい楽しげにあがる笑い声──そんなことを一人きりの時間に思い出す。


次に顔を合わせた時、どんな顔をしたらいいの?







態度をどうするのが正解なのか答えが出なかったけど、タイミングの良いことに彼に隣町での仕事が入ったから、暫く顔を合わせずに済みホッとした。──したけど・・・



どうしても心が定まらなくて時間だけが過ぎる中、帰って来てるであろう彼に、意を決して会いに行ったけど留守だった。──ううん、そうじゃない。居留守。


アパートの二階にある彼の部屋の窓は開いていたから。


もう私の顔なんて見たくないらしい。


しつこく誘ったのが嫌だった?

求められたのに拒否したのがいけなかった?

それとも、いつも流されてるような自分のない私に退屈だった?


嫌われたくなくて、少しでも好きでいてほしくて、好きな人には言いたいことも言えない臆病な私だった。ほんとはね、私だっていろいろ言いたいことあったんだよ?



今思うとあの日のアレは、彼の中での私の位置付けがどういうものなのか、知られても構わないと思ったからだったのだろう。


もう要らないから、最後に何をしてもいいと思ったんだよね。


しょうもない男に引っ掛かるなんてホント見る目ないな私って。



ああ、ホント最後の最後まで良い子ちゃんぶってた私って馬鹿みたい。


こんなことなら、私の中のありったけの思い全て、ぶつけてやれば良かった。




一陣の風が散らした花びらが、どこからか吹かれ舞う。


懐かしいような香りとともに過ぎ行く花びらに、何故か涙が零れた。




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