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夕暮れ時

 暮れなずむ夕日の中を背負って、少女は電柱の上に腰かけていた。

 一日の終わりがもうすぐ迫っている。国道を行く車の量はだんだんと多くなり、買い物袋を片手にぶら下げた主婦が帰路を急ぐ。電柱の上にいると町の様子が良く見えるものだ、と思う。イツキはここで、普段ならばこの時間にはやってくるはずである相棒を、首を長くして待っていた。

「……ったく、あいつ何やってるんだよ。早く来ないと、せっかく最後まで来たのに、ゲームオーバーになっちまうぞ」

 未だ遠くまで見渡せる国道に安堵しながらも、イツキは尚も現れない相棒に対して悪態を吐いた。相手がいつ現れてもいいように、右手には武器であるメイスを持ち、左手には昨日戦った相手から奪い取ったグローブを着用している。身を包んでいる真っ青な戦闘服は一見するとアニメか漫画のコスプレイヤーのような格好で滑稽に見えるかもしれない。が、そんな子供のおもちゃのような代物ではないことは、その服に染み込んだ、シャボンとも花ともつかない不思議な香りが教えてくれる。いい香りであることには違いないが、その香りを発するものが何であるのか、イツキには心当たりがない。おそらく地球上を探しても見つからない何かで出来ているのだろう。

「よう、気分はどうだい」

 ぼんやりしていると、右肩付近の空間がぐるぐるとねじ曲がって、そこから蝙蝠に似た鋭い羽を持つ生き物が現れた。蝙蝠はイツキの目の前に来ると、体に似合わない大きな口をガバと開けて飛び回る。

「最悪だよ、アヴァロン。このままじゃ、私が一人で、しかも傷だらけになりながら相手しなくちゃならなくなりそうだ」

 アヴァロンと呼ばれた蝙蝠は風の吹くような音を立てて旋回し、イツキの前で停止した。

「ククク。そいつは見ものだなあ。色んなところを引き裂かれて戦闘服をぼろぼろにしながら呻き声を挙げるイツキ。そそるぜ……? いっそのことこのままサエが来なければ、お前の苦しむさまを見られるんだがなあ」

「黙れ変態」

「おっと」

 アヴァロンを叩きつぶそうとした左手が空を切る。イツキはチッと舌打ちした。

「そんなことより、本当にサエはどうしたんだよ。お前の力でここに呼び寄せたりできないのか」

「そんなサービスはねえよ。俺らはただの監視役だからな」

「何だよ、使えねえな」

「悔しかったらお前の魔法でどうにかしろよ」

「やだよ、これから敵さん来るだろ? 出来る限り、力は温存しておきたい。それに、いろいろ、とね」

 その返答に、アヴァロンはまた咽喉の奥を鳴らして笑った。耳障りな蝙蝠の声は、イツキにとっては悪魔の嘲笑いにも等しい。傷だらけの女に興奮する異常な性癖に下劣な八重歯を覗かせている時とは、また違った嫌らしさがある。その意味するところがイツキにも分かるだけに、イツキはなおアヴァロンに対する嫌悪感が止まらない。出来ることならば、もう少しマシな目付役が欲しかった。使い魔は使い魔らしく、主に従っていればいいものを。

「ほらほら、そんなこと言ってる間に、敵さんのお出ましだぜ」

「何……!」

 アヴァロンの一言に、イツキは緊張で体をこわばらせた。相手がどこにいるのかを確認するため、上下左右に視線を向ける。

 と、電柱の下、国道のガードレール内側を歩いてくる二つの人影を発見した。沈みかけた夕陽で影になって、顔は良く見えないが、二人とも同じ学校の制服を着ている。仲よさそうに雑談に興じている声が、電柱の上に座っているイツキの耳にもはっきり届いて来る。だがその姿は、ただの女子中学生の下校風景にしか見えない。

「おい」

 傍らの蝙蝠に鋭い声を飛ばす。アヴァロンはひゅぅと旋回してイツキの肩に止まった。

「あいつら、本当に今回の敵か? どうみても一般人じゃねえか」

 顎でしゃくってその姿をアヴァロンに示す。アヴァロンはクク、と咽喉を鳴らした。

「俺が信用できねえっていうならそう思って貰っても構わねえぜ。ま、俺はお前が勝つ姿より、負ける姿に興味があるんだからなあ」

「真面目に答えろ」

 急に太くなったイツキの声に、アヴァロンは、おぉ怖、と挑発混じりの声を漏らした。

「間違いはないわな。魔力は間違いなくあいつらから出てる。ただ、あっちの監視役の姿が見当たらないのは妙だな。魔法少女を監視するのが俺らの役目なら、あいつらの使い魔は確実に規則違反だぜ」

 ふむ、とイツキは鼻を鳴らした。逆光になっている二つの人影は使い魔もなしに魔力を放出している。アヴァロンに敵と示された以上はおそらく彼らが敵であることには違いない。しかし、使い魔がいないというのは、敵である自分たちに悟られないように、魔法少女であることを隠しているということなのだろうか。だがアヴァロン曰く、それは規則違反だと言う。ゲームのルール上、規則違反はそのまま、ゲームオーバーとなって、魔法少女の資格を剥奪されるはず。

「何か理由、もしくは抜け穴があるってことか。まあ、こっちもサエが来てないから、好都合だ。とりあえず、様子見と決め込むか」

「いや、そうもいかねえみたいだぜ」

 アヴァロンの指摘にイツキは一瞬呆けて「あ?」と肩に視線を移した。アヴァロンが全身を動かして、先ほどの中学生たちが歩く場所を見るように促す。釣られてそれを追うと、二つの人影はいつのまにか制服から華やかな戦闘服へと姿を変えていた。イツキとアヴァロンをじっと見据え、もう既に武器も手にしている。一人はサーベル、もう一人はステッキを持ち、臨戦態勢である。見えない顔が、「見いつけた」と不気味に歪んでいる気がした。

「やべ。こりゃ考えてる暇もなさそうだな!」

 イツキは腰かけていた電信柱から立ち上がって足に力を込め、二人がいる方向とは逆側に向けて思い切り跳躍した。足をばねのように動かして、二軒先の建物の屋根へと見事に着地する。二人に追いつかれてしまったら、即戦闘に突入するだろう。相手は二、こちらは一。サエがいない今、敵に先手を打たれれば、防戦一方なのは目に見えている。下手をすれば、サエが来るまでの時間稼ぎにもならないかもしれない。

「くそっ……! せめて私とあいつの属性が逆だったら!」

 二人の少女に追いかけられながら、イツキはいつ来るとも分からない相棒を恨んで、今日何度目かの舌打ちをするのだった。

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