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 五月に入り桜も全て散りみずみずしい葉に変わった頃。鏡も新しい学校に馴染んで穏やかな日々を過ごしていた。相変わらず《精霊器》が上手く扱えず授業では教師に怒られるが。


「鏡!頼む!」


 シャトルが元気の頭上を越え飛んでくる。鏡は慌てず掬い上げるように相手のコートに返す。

 今日は球技大会当日。一回戦を勝ち進んだ鏡と元気は二回戦で三年生と当たってしまう。


 鏡は中学のときバドミントンに所属しており、打ち方は様になっていて一回戦は楽に勝利を納めていた。元気もスマッシュになると力強く相手に触れさせていなかった。

 だが二回戦ではそうもいかず硬直状態が続く。しかし、相手の三年生はどちらも経験者で鏡の疲労が増していく。

  どんどん追いつけなくなり負けてしまった。


「ごめん元気。全然拾えなかった。」


 試合後体育館から出た後元気に謝る。


「気にすんな。それにしても本当に経験者だったんだな。すごくかっこよかったぞ。」

「それはどーも。」


 二人は制服に着替えるため一旦教室に戻る。


「あ、俺体育館の更衣室で着替えたんだ。俺あっちで着替えてくる。」

「ん、そうか。飯はどうする。」

「先に食べててくれ。」


 鏡は体育館の更衣室へと急いで戻った。聖堂学園の更衣室には個室があり、外からは見えず中から鍵をかけることもでき鏡は恙無(つつがな)く着替えることが出来ていた。それでも念を入れてなるべく人がいない時に着替えるようにはしている。吹雪もそこら辺は分かって鏡に男装を命じていた。


 着替え終わり教室に戻ると元気と信治が鏡の机で一緒にご飯を食べていた。


「鏡くんおかえりー。見てたけど惜しかったね。」


 焼きそばパン片手に信治が鏡を労う。

 鏡は自分の椅子に座るとカバンから弁当箱を取り出す。


「鏡。玉子焼きくれ。」


 まだ弁当箱を開けていないのに元気が玉子焼きを要求する。


「まだ開けてもいないのに早い。」

「でもあるだろ?いつも入ってる。」


 元気の言う通り鏡は弁当には毎日玉子焼きを入れている。今日も例外に漏れず綺麗な玉子焼きが弁当箱で存在を主張している。

 鏡が弁当箱の蓋を取るとすぐさま元気が玉子焼きを取る。そして自分の弁当箱の中の唐揚げを鏡の弁当箱に放り込む。


「元気くんはほんと鏡くんの玉子焼き好きだねー。」

「こいつの玉子焼きまじで美味しんだよ。」


 玉子焼きを頬張りながら絶賛する。それを聞きながら今度から玉子焼きを作るのを止めようかと考えながらも満更でもないように勝ち誇った顔をする。


「俺も食べてみたいなー。鏡くんあーん。」

「対価がない奴には渡さない。」


 信治はすでに焼きそばパンを食べ終えて何も渡すものがない。


「ちぇー。鏡くんのケチー。」


 唇を尖らせ拗ねる信治。普通男がやると気持ち悪いがなぜが信治は様になっている。


「ケチでもなんとでも。信治は今日試合ないのか?」

「うん。俺は明日のバレーボールだよ。応援してよね。」


 球技大会は三日間あり、一日目はバドミントン、二日目はバレーボール、三日目はドッチボールだ。どの競技も男女別でバレーボールとドッチボールはクラス単位で行われる。

 鏡は弁当を食べ終え片付けようとカバンの中を見るとスマホの通知ランプが光っていた。

 鏡はたどたどしく操作してメッセージアプリを開く。


「相変わらず慣れなれないのかスマホ。」

「ああ、うん。こっち来た時に初めて持ったからまだ慣れなくて。」


 メッセージは吹雪からのもので開くと今日の球技大会の労いの言葉が書いてあった。


『おつかれ。惜しかったわねあと少しだったじゃない。私は明日のバレーボールに出るから応援よろしく。』


 見ていたのか。少し恥ずかしくも嬉しかった。


『ありがとう。俺も明日応援するよ。』


 フリック入力に苦労しながらもなんとか打ち込み送信する。


「鏡くん誰からだったー?」

「吹雪から。今日の試合見ていたみたいだ。」

「へーラブラブだねー。」


 揶揄うようににやにやと笑ってくる。少し腹が立ったので足を蹴る。


「婚約者って言うからやっぱりお互い好きなのか?」


 元気が当然の疑問を投げてくる。いや疑問と言うより当たり前のことを訊いてくる。


「まさか。俺らの間にそういう感情は一切ない。」


 先月真に言った時から何も変わらない。


 あれから真とは何回か遊んでいる。突然アパートにやって来てはゲームを持ち込んで一緒にプレイしている。先週の土曜日は一緒に山にも行った。山と言っても本格的なものではなく、普通の服装でも登れる整備された山だが。


「えー?鏡くんはそうだとしても向こうはどうなのさー。心の内までは他人はわからないんだよー。」


 信治の言う通り吹雪がどこまで思っているかなんて分からない。でもこれだけは言える。


「あいつは俺の事そういう目で見ていない。」


 目の前で昔宣言もされたこともあるしな。それ抜きでも吹雪はきっと俺の事を友達だと思っている。

 確固たる自信が鏡にはあった。


「お互い信頼しているんだな。」

「そういう事だ。」

「え!?今の流れでどうしてそうなったの、元気くん!」

「さてクラスメイトの応援しに行くか。」


 鏡が立ち上がって促す。元気もそれに続いて遅れて信治も。


「まってほんとにわからないんだけど!」


 よく分かっていない信治は元気の隣で詰め寄る。


「俺もなんとなくだよ。なんか信頼されているって信じてさらに信頼もしてるんだよ。」


 元気も言葉にするのが難しいのか唸りながら答える。


「つまりお互い信頼してそれを信じてるってこと?なにそれ。よくわかんないなー。」


 信治にはよく分からない感情だった。今まで人と深く付き合ったことの無い信治には信頼なんてなかった。


「信頼ねぇ……。」


 鏡の後ろ姿を見てひとりごちる。やっぱりよく分からないままの信治はもやもやを抱えたまま体育館へ向かった。



 



 一日目の試合が全て終わり放課後。生徒会が二日目の日程を確認するため生徒会室に集まっていた。


「生徒会に入って初めての大仕事だけどどうだった?」


 真が新しく入った一年生二人に問いかける。


「問題ありませんでした。しかしまだ先輩達のように動けなかったのが残念です。」


 項垂れながら答えたのは剣持薫。生来の真面目さ故に落ち込んでいる。


「楽しかったですよー!みんながシャトルをがむしゃらに追いかける姿は面白かったですし。」


 満面の笑みで答えるのは浅黄ルイ。メイの妹で性格以外はメイに似ている。


「薫くんはちゃんと動けてたからそう落ち込まないで。ルイさんは元気なのはいいけどもう少し動くようにね。」

「は、はい。」

「はーい。」


 薫は緊張しながらも褒められたのが嬉しいのか照れたように肩を縮こませた。ルイは反省したとはとても思えない人を食ったような笑みを浮かべてる。


「ルイ。反省しているの。」

「もちろーん。そんなことメイ姉ならわかってるでしょ。」


 ルイの言う通りルイは十分反省している。しかし、ルイはそれが表に出にくく基本どんな時もにやにやと笑っている。


「反省しているなら良し、だよ。反省と言っても二人とも悪かったわけじゃないからそこは安心してね。それじゃ明日の確認しようか。」


 真はメイに視線を投げる。少し頷いたメイは手元の資料を読み上げる。


「明日は男女別でのバレーボールです。今日よりは試合数は少ないので私達の仕事は今日ほどではありません。しかし一コートに多くの人数が集まるので怪我人が出る恐れがあります。皆さんは怪我人が出た際は早急に試合を止め生徒の手当を。どのクラスも控えの選手がいますのでその方と交代して試合を続行するようにしてください。」


 全員日程表を見ながらメイの注意に耳を傾ける。


「何か質問はありますか?――なにもないようですね。一先ず明日の確認は終わりました。」

「ありがとうメイ。何か連絡のある人はいるかい?――どうぞ吹雪。」


 手をあげた吹雪に発言を促す。


「先日の精霊が暴走した件に関してです。」


 部屋に緊張が走る。以前鏡と信治が暴走した精霊と戦ったことは生徒会と教師は把握しており、生徒達には暴走した精霊を見かけたら近づかず学校、もしくは警察に連絡するよう注意をした。


「皇の検査結果から件の精霊が《毒》に犯されていたということが分かりました。また、《毒》に犯された精霊は欲望が全面に押し出されるというのも確認されました。」


 鏡が出会った暴走した精霊はどちらも鏡を狙ったものだった。鏡を手に入れようと鏡を襲った。


「欲望ねぇ……」

「皇さん。その欲望が全面に出たというのは欲に忠実になったということでいいのね。」


 吹雪がこくりと頷く。


「ちょっと待ってください。精霊の欲ってなんなんですか?それに欲に忠実になったってどうして分かったんですか?」


 ルイの発言はもっともで人間ですら他人の欲というのははっきりとわかる訳でもない。およそを推測できても本人から聞かないと分からない。そもそも自分の欲を正しく理解している人間の方が稀だ。他種族である精霊のものなんてもっと分からない。


「それについては私の騎士に関して話さないとね。」

「え!?皇さん騎士がいたんですか……?」


 薫が驚きの声を上げる。未だ吹雪は鏡が騎士兼婚約者であることは大々的に言っていない。他の生徒はまだ吹雪のことを孤高の存在と認知している。


「二年四組の藤川鏡よ。彼は昔から木の精霊に異常に好かれていたの。本人は精霊が一切見えないおかげかその事に気づいてないわ。この間の暴走した精霊は鏡を取り込もうとしていた。」


 吹雪の表情に怒りが滲む。鏡のことになると人前でも吹雪は感情が露呈しやすくなる。

 吹雪の見たことない怒りの表情に静以外の生徒会が驚く。今まで吹雪は家族と鏡、それと静以外の前では怒りの感情を見せることはあまり無かった。そもそも怒ることがほとんどなかった。


「気づいていないというのは防御が薄くなるのと同じという事だね。わかった、その事については僕からも鏡くんに伝えておくよ。」

「ありがとうございます真さん。そうして貰えると助かります……ん?今鏡くんって、今まで藤川くんじゃ……」


 些細な変化に吹雪は目敏く反応する。


「確かに。一体どういう心境の変化なのかしら。この間まで真ったらあんなにも藤川くんに嫉妬していたというのに。」


 涼しい顔でメイが真をおちょくる。


「えー!神木さんが嫉妬ってことは神木さん吹雪さんが好きだったんですかー!?」


 ルイがこれでもかと驚く。薫も目を見開いて顔を赤くしている。


「ルイ。違うわよ。今も好きなのよ振られているのに未練たらしく。一途なのはいい事だけどこうも諦め悪いと鬱陶しいものよ。」

「あのー、メイ。そんなに僕を貶して楽しい?」

「最っ高にね。」


 真は頭が痛くなった。昔からの付き合いがあり、さらに自分の騎士であるから色々筒抜けでかつ遠慮がないのはいいがもう少し優しいさが欲しいところである。


「真さんが困っているのは私としても楽しいからメイさんどんどんやってください。」


 そこに追い打ちを掛けてくる吹雪。真は泣きたくなった。


「任せて皇さん。この男をいじるのは私の義務だから。」


 きりり、と胸に手を当てて宣言をするメイに吹雪は拍手を送った。


「おかしいな僕には味方がいないのかな?静は僕の味方だよね?」

「黒桐に聞いたところで返答なんてわかり切っていますよね。」


 黒桐である以前にも真と静は生徒会以外ではほとんど関わりがない。誰の味方かは明白だ。

 真は助けを求めるように一年生の二人を見る。


「ごめんなさーい。私はお姉ちゃんの味方でーす。」

「さすが私の妹。」


 ルイの言葉に姉であるメイは誇らしげである。


「薫くんは……薫くんは僕の味方だよね……?」


 薫はチラリと吹雪とメイの方を見る。そこにはニコニコと笑っている二人がいて薫は何か得体のしれない恐怖を感じる。


「すみません……神木さんの味方は……。」


 頭を下げながら断る薫に真は机に突っ伏してしまった。


「本当に味方がいない……!」

「ふっ。」


 メイが鼻でせせら笑う。

 真の弱っている姿が本当に面白いらしい。


「それで真さん。鏡とは一体どういう関係なのかしら。私はそれだけ知りたいの。」


 吹雪の知りたいことはただ一つだけ。真と鏡に接点など一つもない。どこで知り合ったのか果てしなく気になるのだ。


「鏡くんとの関係ね……。それはもちろんタダならぬ関係」

「――は?」

「ごめん普通の関係だよ。頼むから冷気を差し向けないで。」


 吹雪の低い声と冷気で慌てて謝る。真は悟る。下手なことを言ってはいけないと。どうにも吹雪相手に鏡のことでふざけたことは言えないみたいだ。


「詳しいことは鏡くんから聞いてね。だって吹雪の騎士なんだから。」

「鏡からも聞くわ。でも真さんからも聞かない、と!」


 真の座っている椅子が凍っていきそこから真を捉えようと氷が生える。


「それは悪手だよ。――サニー。」


 真が契約をしている光の精霊の名を呼ぶと真が光となって生徒会の扉の前へと一瞬で移動する。

 光が強く光ると真が現れる。


「それじゃあこれで今日の生徒会は解散。また明日同じ時間に。気をつけて帰ってね。」


 そう言い残すと優雅に生徒会室から出ていってしまう。


「逃げられた!いいわ。鏡を問い詰めて全部吐かす!先に帰ります。皆さんさようなら。」


 苛立ちを表し、長い髪を靡かせながら早足に部屋から出ていく。それに続いて静も立ち上がる。


「俺も帰りますね。じゃ、さようなら。」


 生徒会室には浅黄姉妹と薫が残った。どうしていいか分からなくなった薫が視線を彷徨わせていると生徒会室の扉を叩く音がした。


「中等部三年の海堂智哉です。薫いますか?」


 救いの神が現れた。薫の騎士である一つ下の智哉だ。


「すみません俺もう帰ります!」


 薫は立ち上がり急いで生徒会室を飛び出す。

 飛び出す薫をポカンと見つめた二人は顔を見合わせて笑う。姉妹は薫が出て数分後に並んで帰った。

 扉の先には智哉がびっくりした顔で立っていた。


「助かった!帰ろう!」

「は?どうしたんだそんな慌てて。何か用事でもあるのか?」

「ない!けど帰りたいんだ!」


 人見知りがある薫にとって会って間もない人との空間はとても居ずらい。大人数ならそうでもないが少人数になった途端何をすればいいか分からなくなってしまう。


 早歩きで進む薫に智哉は普通に歩いて追いつく。190を超える身長で足もかなりの長さで一歩が大きく簡単に追いついてしまう。

 校門まで来ると薫は足を止めて口から息を吐き出す。


「はあー。疲れた。」

「おつかれ。まだ生徒会の人には慣れない?」


 智哉は薫の人見知りについてはよく知っている。飛び出して来た理由もなんとなくだが分かっていた。


「まだ無理。でもいい人ばっかだからもう少ししたらきっと慣れる……はず。」


 言い切ることができないのが薫らしいなと智哉は苦笑した。


「そうだ、なんでお前こっちにいるんだ?中等部はこことは違う校舎だろ。」


 聖堂学園は小学校から中学校までの一貫校となっているが高等部のみ校舎が異なっている。


「用事があったんだよ。そうだちょっと変なこと言うな。――俺と一緒に世界を救ってみないか?」


 太陽を背にこちらに手を差し伸べてくる。笑顔で壮大なことを言ってくる。智哉らしくなく薫は訝しむ。


「熱でもあるのか?」

「熱か……うん。そうだね、熱があるんだよ。」


 くしゃりと笑顔を崩す。やはりどこかおかしい様子に智哉から離れる。

 奇妙な智哉の言動に恐怖を感じてしまう。


「早く帰って休め。お前に何かあったら大変だ。いいか、真っ直ぐ帰って休め。いいな。」


 これでもかと智哉に言い含める。どうにもおかしな智哉と離れたいというのもゆっくり休んで明日になったら元に戻っているだろうという楽観的な思いが薫を動かす。


「うん。わかった……。帰って休むよ。心配掛けてごめん。また明日な。」


 浮かない顔で薫から離れていく智哉に焦りを感じるがこれ以上どうしていいか分からず智哉を見送った。

 翌日、薫は智哉が気になり家まで迎えいって家から現れた彼はいつも通りだった。

 あれは、幻か何かだと薫は心の奥底にしまった。


3月1日

気の精霊→木の精霊

致命的な誤字をしておりました。確認を怠っておりました。

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