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6

 鏡と信治が教室に戻るとすでにHRは終わっており、各々が部活や帰りの支度をしていた。


「おー、鏡。遅かったな。保健室に行ったて聞いてたけどそんな酷い怪我をしたのか?」


 元気がいつもと変わらない明るい笑みを向けてくる。


「いや、ちょっと火傷をしただけだ。」

「俺が火加減間違えちゃって鏡くんに怪我させちゃった。」


 ごめんね、鏡くん。と信治は改めて謝る。


「別に気にするな。もう治ってるしな。」


 足首を動かして無事を示す。鏡は本当に気にしていなかった。戦闘訓練だ、怪我をするのは当然だと考えていたこともある。


「そういえばお前達さっきの揺れと大きな音がなんだったかわかるか?」


 元気に訊ねられ二人は顔を見合わせる。さっきのことを思い出してお互い苦笑いを交わす。


「お前らなんか知ってるな!?教えろよ!」

「えーどうしよっかなー。そうだなー、今日の帰り元気の部活終わるの待ってるからよー。唐揚げ奢ってくれたらいいよー。な、鏡?」


 信治がいたずらっ子のような笑みを浮かべ鏡を見る。それを受けて鏡もにやりと笑う。


「そうだよなー、タダで教えてもらおうだなんてなー。まさか元気がそんな奴なわけないしなー?」

「お、お前ら〜!分かったよ!奢ればいいんだろ、奢れば!7時に校門で待ってろ!部活終わったらすぐ行くからな!」


 そう言い残して元気は部活へ向かった。残された鏡と信治はしたり顔をうかべる。


「唐揚げゲットできたねー。」


 信春が片手を上げハイタッチを要求してくる。鏡はそれに応え手を叩いた。




「お前らよく無事で済んだな。」

「いやー、皇さんが助けてくれたおかげだよー。」


 鏡、元気、信治の三人は唐揚げを食べたあとその流れでカフェに立ち寄った。鏡はアイスココア、元気はホットコーヒー、信治はメロンクリームソーダをそれぞれ飲む。


「しっかし皇さん強かったなー。去年も数回戦っているところ見たけど強いしかっこいいし、美人で欠点ないじゃんー。」


 欠点なら色欲魔っていう最大の欠点がある。鏡はそう言いたかったが黙った。


「去年皇さん《精霊祭》に出てなかったけど俺実は授業で戦って負けたんだよ。」

「げっ!?お前でも勝てないとか今の学校で最強じゃ……。」

「精霊使いとしてならな。でも騎士がなあ……。」


 元気と信治がモンブランを頬張る鏡を見る。


「どうしたんだ二人とも?」


 二人からの視線に気づきモンブランを食べる手を止めて見返す。


「さらに加えてこいつ皇さんの婚約者っていう。」

「はあ!?」

「ごふっ!」


 信治は初めて聞いたことに驚く。鏡はモンブランを流し込むため飲もうとしたココアを吹き出した。まさかあっさりと元気がばらすとは思わなかった。

 おしぼりで零したココアを拭き取る。


「こ、婚約者ってマジなの、鏡くん?」


 信治が震えながら訊いてくる。


「ああ、マジだ。俺は吹雪のこん」

「信治固まったぞ。」


 元気に言われてよく見るとさっき訊ねてきた時と同じポーズで口を開けたままだった。


「信治ー。大丈夫かー?」

「信治が固まりたい気持ちもよく分かる。」


 うんうんと元気が頷く。そんなに驚くことなのかと鏡には不思議でならない。


「しかしこれが希樹に知れたら面倒なことになりそうだな。また質問攻めに合うかも。」


 元気が唸る。

 希樹からの絡みは今は無くなっている。たぶんだが俺が《精霊器》を全く扱えなかったからだろう。

 俺の《精霊器》のことに関して瞬く間にクラスに広まった時真っ先に希樹が俺の元にやって来て


『鏡くん《精霊器》扱えないんだー。そっかーなら、もういいや。』


 それから希樹から絡まれることは一切なくなった。ありがたいことこの上ない。


「ずっと気になっていたんだけどどうして元気はそんな早苗ちゃんのこと嫌いなのー?」


 信治が心底不思議そうに訊ねる。


「逆に聞くがどうしてお前はあいつの言動を良しと出来るんだ?希樹は人に不快させるような言動をよくとっているだろ?」

「人を不快に……。」


 信治が過去の希樹の言動を思い出して眉を顰める。


「うわー。なんか思い出したら腹たってきたー。」

「そうかならお前もそういった言動治せよ。」

「んー?それはお断りだよ。俺は人に不快に思われるならそれはそれ。自分の取った行動の結果は全て歓迎するからねー。」


 台詞の一部分を切り取ればとても立派な言葉だ。

 信治の言葉に諦めた元気はため息を吐いた。

 鏡は二人のやり取りを眺めながらモンブランを完食した。


「あ、やっと食べ終わった。そろそろ帰ろうよー。」

「そうだな。そうするか。」

「ごめん二人とも待たせて。」


 三人は会計を済ませて外に出る。外は真っ暗で少し肌寒い。


「あ、そういえば伝え忘れてたけど明日朝のHRで球技大会の三つ目の種目のアンケートを取るらしいから考えておけだとさ。じゃあな鏡。俺と信治は寮だから。」

「じゃあねー鏡くん。」

「二人ともまた明日な。」


 店を出て少ししたところで鏡は二人と別れた。


 それにしても球技大会かバトミントンかなやるとしたら。中学部活でやっていたし。

 しかしさっきの信治の反応からすると吹雪の騎士兼婚約者って相当なのか。前にも元気の反応で嫌な予感はしてたけど。そういえばあの時吹雪はこのことをバラすって言ってたよな。面倒臭いことになりそうだ。

 これからの先行きに不安しか覚えない。


 肩を落として重い足取りで歩いていると道の真ん中を黒いフードを被った人物が陣取っていた。思わず足を止めてしまう。


()()鏡。お前の力見せてもらうぞ。」


 黒いフードが鏡へと近づき拳を振り上げる。とっさに避ければその拳はアスファルトへめり込む。


「誰だお前は!」

「は、はは、はははは。私は《精霊喰い(スピリトータ)》の一人。皇の騎士よ。お前は邪魔だ!」


 今度は炎を纏った拳が飛んでくる。《精霊器》を抜こうとするがビクともしない。


「くそ!なんでだ!」


 昼間は抜けたものが抜けず鏡は避けることしか出来ない。仕方なく鏡は素手で構える。


 鏡が《精霊器》を扱えないと思った黒いフードは舌なめずりをする。

 深く構えると足から炎が吹き上げジェットのように鏡へと向かってくる。あまりの速さに避けれず腹に重い一撃が入る。


「があっ!」


 透明な液体が口から出る。腹を押さえて両膝が地面につく。鏡には黒いフードを睨むことしか出来ない。


「あれま。存外弱いねー。でもこれ好都合好都合。」


 黒いフードの腕が炎に包まれ炎が鋭い剣になる。


「これで首を焼き落としてやる――!」


 炎が鏡の首目掛けて迫る。これで終わるのかと目を閉じる。

 ああ、短い騎士人生だったな。吹雪を助けることも出来ないのか。


 吹雪……ふぶき……。


 後悔の中吹雪を思い出しそこで気づく。


 ――待て。あいつは俺を邪魔だといった。どうして邪魔になる。それはアイツが吹雪を狙っているからじゃないのか?ここで俺が死んだら?こいつの刃は吹雪に迫る。


 それは――それは、ダメだ。俺はなんのために吹雪の騎士になったんだ?吹雪を支えて助けて――守るためだろ!


 《精霊器》を無意識に引き抜き迫る炎の腕を叩き斬る。それは一閃。一筋の光が黒いフードの腕を切断した。


「がああああああ!!」


 黒いフードの右腕から血が吹き出す。それらアスファルトに落ちて月明かりが不気味に反射する。


「お前抜けるとかふざけんなよぉおお!」


 叫びながら切断された所を炎で焼く。血は止まったが切断面はグロテスクなままだ。自分でやったことだが無意識下。切れるとは思っていなかった。


 このまま引いて欲しい。


 鏡の切な願いだ。相手がこれ以上攻撃をしてくれば鏡は迷いなく黒いフードを殺す。そこに迷いはない。吹雪に害を成すなら容赦するつもりはなかった。人を殺す恐怖がないわけではなかった。人としての禁忌を犯す。けれどもそれ以上に吹雪が傷つけられその命が枯らされることが我慢できないのだ。優先順位の問題に過ぎない。

 切っ先を相手に向ける。鏡の迷いのない目を見て黒いフードが嗤う。


「はははは!さすが藤白!私の言葉をようやく理解したか!藤白!やっぱりお前は邪魔だよ!」


 男が愉快に笑う。腕を切られて笑うその様は不気味にほかならない。そらと藤白と呼ばれるのも理解ができない。


「一つ言おう俺は――。」

「――藤川くんだよね。」



 藤川だと訂正しようとすると、穏やかなだけども芯の通った声がした。鏡は聞いたことのない声だったが黒いフードは違った。


「どうして神木!真!お前がここにいる!まだお前は藤白と接触していないはずだ!」


 声の主に叫ぶ。姿の見えない相手に感情をぶつける。


「確かに接触はしていないさ。でも――」


 言葉が一瞬途切れる。


「でも、こうやって接触する機会をずっと伺っていたんだよ。」


 鏡の背後から声の主が静かに現れる。


「だって僕の好きな人の婚約者だ。気になるのも当然、だろ?」


 声の主は金髪にエメラルドの瞳の男女とも魅了してしまいそうな神秘的な美を宿した鏡と同じ制服を着た人物。


 この男今好きな人の婚約者って言ったな。好きな人の婚約者……婚約者ってことは。


「吹雪の関係者か!」

「え?今頃?神木って聞いて心当たりないのっ……て今はそれどころじゃないね。」


 真は黒いフードを見据える。


「さて、どうする?このまま続けるかい?」


 真の右手が光る。その光は美しく激しいもので圧倒される。黒いフードは光を見て舌打ちをする。


「《御三家》の神木とやる気なんてないよ。命拾いをしたね藤白。また今度ゆっくり嬲って殺してあげるよ。」


 鏡に激しい殺気を向けると黒いフードな炎に包まれる。炎が消え黒いフードの人物も消えていた。

 鏡は肩の力を抜いて刀をしまう。


「あの……ありがとうございます。」


 鏡は現れた人物、真にお礼を言う。


「いいよ気にしないで。たまたま通りかかっただけだから。」


 男は柔らかく笑う。美しい金色の髪が揺れる。


「藤川鏡くん、で合ってるよね。」

「はい。俺は確かに藤川鏡ですがあなたは?」


 さっき黒いフードが《御三家》やら神木やら言っていたがしっかりと本人の口から聞くべきだと思った。


「僕は神木真。《御三家》の神木の次男さ。初めまして吹雪の騎士で婚約者の藤川鏡くん。」


 男は穏やかな笑みで名乗る。不思議と心が癒されるような笑みだ。


「吹雪とは小さい頃からの友達で僕の好きな人だよ。」


 これは牽制なのか。いや、今の俺に牽制したところで既に婚約者になっている俺には意味が無い。それに、幼なじみと言うなら俺もだ。


「初めまして。ご存知の通り吹雪の騎士兼婚約者の藤川鏡です。あのー、夜遅いんですが俺の家近くなのでお礼を兼ねておもてなしさせて貰えませんか?」


 お礼がしたい。何よりもまずお礼だ。今家に吹雪の母さんから貰った高級菓子があったはず。

 鏡は人を殺さずに済んだ真にお礼をしたくて仕方なかった。

 真は鏡の提案に少し思案すると少し口角をあげた。


「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。」


 この瞬間吹雪の婚約者と吹雪を好きな人が同じ空間に二人っきりになるという修羅場が確定した。



 鏡の借りている部屋はおよそ一人暮らしをするのに最適なワンルームの部屋にロフトが備わっておりキッチン、トイレ、風呂も完備されている普通の間取りの部屋だ。


「適当に座っていてください。お茶を用意しますので。」


 真はテーブルの横に座るとぐるりと部屋を見渡す。

 ベッドは無く、敷布団が畳んで部屋の隅に置いてある。本棚には教科書と辞書、それと小説が少し置いてある。テレビはあるがあまり見ていないのが伺い知れる。テレビ棚の中にリモコンが置いてあり、習慣的にテレビを見ているならそこに置くことの方が稀だろう。特に珍しい物は無く普通の部屋だ。

 けれど真は

 ――彼はいつも何をしているのだろうか。

 勉強を好き好んでするような子に見えず、また小説を繰り返し読んでいるようには本の状態からは思えない。テレビは見ていないと思って間違いないだろう。鏡は一体何をして日々を過ごしているのか気になっていた。


「お待たせしました。」


 鏡が麦茶とお菓子を持って来た。制服の上着をぬいで白いワイシャツと赤いタイの姿になっていた。


「ありがとう藤川くん。」

「いえ、お礼を言うのはこっちです。あなたのおかげで相手を殺すことなく済んだので。」

「へぇ、あのままだったら殺していたと?」


 真が目を細めて鏡を見る。目の前の人物はとてもじゃないが人を殺すようには見えない。


「あの時この《精霊器》からの加護がありえないほど強くて少し振るっただけで相手の腕が切れていて。」


 《精霊器》を両手で優しく持つ。視線を落とし、憂うように刀を眺める。


「でも、これがなかったら俺は死んでいて、相手に引く様子はなくて。このままだと殺してしまうと思っていたところに神木さんが現れてくれて本当に助かりました。」


 深々と頭を下げる。神木がいなければ人を殺していたと思うと、恐怖がせり上がってくる。けれどそれより恐ろしいのは黒いフードの人物を殺したとしても後悔はきっとしなかったであろう自分を容易く想像出来てしまう方が圧倒的に恐ろしかった。

 真は鏡の頭をじっと見つめる。刀を握る手が微かに震えているの見てふっと笑う。


「藤川くんはあの瞬間何が一番怖かった?殺されること?それとも――。」


 一番怖かったこと?それはもちろん――。


「吹雪を守れないことです。」


 どうしてあの時俺は生を諦めなかった。それはもちろん吹雪を守るため。それ以外に何がある。どうして今ここに自分がいる。


「そっか。吹雪を守れない事ね。もしかしてあの黒フードは吹雪を狙っていたのかい?」

「はっきりとは言っていませんでしたが俺が邪魔だと言っていました。」

「ふーんそうかい。なら、藤川くんは吹雪をしっかり守ったわけだ。」


 極上の笑顔で鏡を肯定する。


「ところで気になっていたんだけれど藤川くんと吹雪ってどこで会ったの?」


 真が心底不思議そうに訊ねる。真は昔から吹雪とは付き合いがある。つまり吹雪の交友関係はある程度把握している。聖堂学園に入る前、小学校に入学する前から一緒にいてさらに学校まで一緒なのだ。生活圏もかなり被っている。知りたくなくても知ってしまう。だから気になった。鏡の存在は鏡が転入してくるまで一切知らなかったから。


「吹雪とは俺の地元で知り合いました。確か吹雪のお母さんの親戚が俺の地元にいてそれで長期休暇の時によくこっちに来ていたのでそれで遊ぶようになって仲良くなりました。」

「ちなみに場所はどこだい?」


 鏡が県と村の名前を伝える。けれども真はピンと来ず、眉を寄せる。


「あはは。分からないですよね。特に有名な物とかないですし。」

「ごめんね。地理には明るくなくて。」

「いえ、気にしないでください。」


 逆に困らせてしまって申し訳なくなる。同じ県でも知らない人もいるくらいの小さな村だ。他県の人が知っていたら知っていたでかなりの驚きものだ。


「吹雪とは地元で会っていたのか。そうか。」


 きっとその吹雪は自分の知らない吹雪なんだろうと分かってしまう。きっとその村の人、鏡の前だけで見せる吹雪なのだと。軽く嫉妬してしまう。


「ねぇ、どうして藤川くんは吹雪の騎士に?それと婚約者に?」


 ぞわりと鏡の背中に寒気が走る。顔は穏やかなままなのに目がこちらを品定めするものに変わっている。ここで返答を誤れば取り返しのつかないことになる気がする。けれども正解なんて分からない。なら正直に答えるしかない。


「騎士は小学生の時軽い口約束でなりました。」

「軽い口約束?」


 ピクリと眉尻が動いたのが視界に入る。怖気付くな。


「はい。吹雪が騎士にならないかと言われて最初は断ったんですけどその後ある勝負に負けてそれで騎士に。」

「つまり藤川くんの本意ではないと?」

「本意かどうかと言われれば分かりません。けれどもしかしたら望んでいたことなのかもしれません。」


 昔のことを思い出す。まだ鏡が吹雪の騎士ではなかった頃。


『鏡!あなたが私のことを嫌いになったら騎士をやめていいから!だからこの勝負、私が勝ったら私の騎士になってちょうだい!』

『勝負ってなんだよ。』

『単純よ。私に地面を舐めさせたら鏡の勝ち。鏡が地面を舐めたら私の勝ち。舐めさせる方法は簡単。相手を倒すだけ。どう?やる?』

『馬鹿だなあ吹雪は。』

『馬鹿とは何よ。』


 俺が吹雪に手を上げることなんかないのに。鼻からこの勝負受けたら俺の負けだ。


『いいよ鏡その勝負受けても。』

『そう!ならさっそく!』

『でもその前に――』


 鏡が吹雪に跪く。吹雪を下から見上げる。


『俺はお前の騎士になるよ。』


 そう宣言すると鏡はぽかんと間抜け面を晒した。


 昔の一幕を思い出して笑いそうになる。

 あの時の吹雪の間抜け面は最高に面白かった。カメラを持っていなかった自分が憎い。


「俺は吹雪に返したかったんです。俺の世界が広がったのは吹雪のおかげなんです。吹雪がいなかったら俺の世界は狭いままだったんです。」


 鏡はお返しとばかりに笑顔で答える。真はその笑顔に面食らう。真っ直ぐな笑顔に鏡に意地悪く問い詰めていたのが馬鹿らしくなってきた。


「婚約者に関しては断る理由がなかったが正確です。婚約者って言ってもお互いに恋愛感情なんて一切ないですし。きっとなにか事情があって俺を婚約者にしたんだと信じてます。」

「え?恋愛感情ないの?これっぽっちも?」

「ええ、少しも。欠片もないです。」

「いや、でも吹雪には少しぐらいは。」

「ないです。」


 断言する鏡に真は首を捻る。婚約者にするぐらい、なるぐらいだからお互い少しは恋愛感情はあるのではと思っていたが鏡からおよそ恋愛の匂いは感じ取れない。さらに言えばこの一週間吹雪の方にもちょっかいをかけて探っていたがあちらもなかった。


「吹雪は俺にとって唯一無二の友達なんです。」


 なんとも純粋で真っ直ぐな気持ちだろう。真は吹雪が羨ましくなった。こんな風に人として純粋な好意を向けられるのはそうそうない。


「参ったなあ。これは惨敗だよ。藤川くん、ここまで酷い態度を取ってあれだけど僕と友達になってくれないかい?」


 こんな真っ直ぐな人間と友達になったらどれほど楽しいだろうか。想像しただけで心が踊る。


「酷い態度がどれか分かりませんが俺で良ければ。」


 鏡の返答に目が潰れそうなほどの笑顔を作る。鏡は一瞬真が光を放っているように見えた。


「よろしく藤川くん。これでライバルで友人だね。吹雪は渡さないよ?」

「へ?」


 妖しく笑う真に嫌な予感しかしない。《御三家》である神木真からのライバル認定は吹雪の心を重くした。




「くそ!藤白に神木!絶対、絶対絶対ころす!」


 《精霊喰い(スピリトータ)》のアジトで片手を失った黒フードが吠える。憎悪に身を任せ物に当たり散らす。


「誰だよ藤白が《精霊器》を扱えないなんて言った奴は!くそが!くそが!」

「おい、沢渡(さわたり)。いつもの物腰の柔らかさはどうした。そんなんで生徒から慕われる教師を演じられるのか?ふあぁあ。」


 ソファで寝転んでいた少年が気怠そうに起き上がる。眠い目を擦りながら沢渡の方を見る。


「ああ?なんだよチビ助。――私がこのように喋るのが無理と言いたいのですか?」


 途端沢渡の雰囲気が穏やかな者になる。顔も何も変わっていないのに別人だ。


「なんだ。やれば出来るじゃん。あ、それと藤白に関しての情報あの女が新しくなったからってそこに置いてあるから目を通しておけって。」


 そう言って少年はアジトの一室から出ていく。残された沢渡は書類に目を通す。そこには鏡が《精霊器》を抜いたと記述が加えられていた。


「今頃になってとは……。私も運が悪いですねえ――今度会ったら確実にぶっ殺してやるからな藤白!」


 沢渡の憎悪は鏡へと向く。純粋な怒り。それに呼応するように沢渡の周りの温度も上昇していく。これを見越して先程の男は部屋を出たのだ。


「沢渡。少し騒がしいぞ。」


 部屋の空気が冷えた。それはある人物が入ってきた証拠だ。男は長髪の黒髪で顔は痩せこけた人物。見るからに幸が薄い。


(まだら)に言われ来てみれば。なんだこの部屋の汚さはしっかり片付けるように。それと我々の目的は精霊による世界の構築。そのために精霊に無条件に好かれる皇吹雪の回収だが、忘れてはいないか?」


 冷気が沢渡の体を締め付ける。寒いはずなのに汗が流れ落ちる。


「忘れてはいない。俺らの目的は精霊による世界の構築。精霊を道具とし世界の歯車とすること。そのために皇吹雪を奪取する。」

「そうだ分かっているならいい。では私はしばらく日本から離れるからな。しっかりと励むように。」


 黒い外套を靡かせ部屋から去っていく。部屋に温度が戻り生気が灯る。


「まああだああらああ!!」

「なんだよ沢渡。」


 ひょこと顔を覗かせる先程の少年。


「てめー陳内(じんない)さんに言いやがったなあ!このクソが!」

「別に本当のことだからいいだろ。ほら早く部屋の掃除しようよ。また怒られたいの?」


 先程の話を聞いていた斑は部屋の掃除を提案する。

 部屋の掃除と聞いてさっきのことを思い出した沢渡の怒りが萎む。


「それは嫌だ。斑手伝ってくれ。」

「いーよ。それぐらい。僕向こうからやっていくから沢渡はそっち。」


 テキパキと指示を出す斑。小柄で少年にしか見えないが実力は斑より上だ。だから年上である沢渡を呼び捨てにできる。

 ――藤川、いや、藤白鏡か。うん、面白そうだ。

 掃除をしながら今後邪魔になるであろう鏡のことを考える。掃除をしながら渡された鏡の資料を見る。特に出身と性格を頭に叩き込む。

 ――さてさて、藤白のお友達はいい子かな。

 悪魔の笑みを浮かべる。その笑みはとても少年のそれとは思えない邪悪なものだった。

しばらく更新が空きます。

良いお年を

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