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テストが終わり無事信治と世見が力尽きた。元気曰くギリギリとのことで補習の可能性の方が高いと。お昼に問題用紙をみんなで眺め答え合わせをしおおよその点数予想をしていく。信治と世見は地獄から解放されそんなものは見たくないと鏡の弁当の中身を奪おうとする。抵抗するのも面倒だったので丸ごとあげた。
一週間もすればそれぞれの授業でテストが返却される。思ったよりも精霊学の点数が良く担当の先生が返却の際本当に藤川くん……? と確認された。そして帰りのSHRで全てのテストの点数とクラス順位、学年順位が書かれた小さな紙を渡された。精霊学でコケなかったおかげか予想以上に順位は高かった。
「信治どうだったか?」
先生の話が終わり放課後になり信治に話しかける。くるりこちらを向くと嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「去年より良くなってる! 真ん中超えたの初めてだよー!」
「……そっかあ。」
俺の成績は見せないようにしよう。
「同志ー! 生きれたよー!」
世見が信治の元にやってくる。順位表を振りながら喜んでいる。よく見ると信治とそう変わらない順位だった。良かったな、心の中で呟くだけにとどめた。
「あ、元気どうだった?」
部活の準備をしている元気が目に入り訊ねる。ん、と順位表を見せてくる。
「鏡くん! 元気くんの見ない方が──」
「お、すごいなあ。やっぱ精霊学で差がつくなあ。」
クラスで一位、学年四位と記載された紙のテストの点数はどの教科も高水準を維持しており隙がなかった。
「もしかして鏡くんもそっち側……? 勉強してもできない系と思ってたのに……裏切り者ー!」
「裏切り者ー!」
信治に続いて世見も裏切り者と言ってくる。裏切った覚えなどない。
「俺そろそろ部活行くな。地鶏さんも行かなくて大丈夫?」
「そうだった! みんなばいばい!」
元気を追い越し教室からあっという間に消えてしまう。俺も行くわ、と元気も去ってしまう。部活忙しいそうだなとちょっとだけ羨ましく思う。
「あ、藤川くん。今時間ある? テストでわかんないとこがあってさ。」
「あれ? 先生の解説でもわかんなかった?」
池田梨紗がテスト用紙を持ってくる。今日ちょうど数学のテスト解説があったのだ。梨紗が見せてきたのは三角関数の応用問題で1番難しいところだった。
「池田さん鏡くんは渡さないよー。」
がしりと座ったままの信治が腰を掴んでくる。さっきから信治が分からない。情緒が不安定だ。
「別にこんなの欲しくないわよ。それで教えてもらってもいい?」
「うん、いいよ。」
こんなの、というのはスルーしておく。池田さん曰く他の解説を聞いて解きなおしていていたら解説を聞き逃したと言う。
「うげー応用とかよくできるねー。」
見たくないと腰に抱きついたまま顔を背ける。梨紗が椅子に座り鏡は立ったまま教える。信治のせいである。順調に教えていく。躓くことはあるがしっかり丁寧に教えれば理解していくので教えていて楽しくなる。そろそろ解けそう、そのタイミングで
「鏡、いるかしら。」
水色の髪。久しぶりに見たそれは吹雪のものだった。
「吹雪どうしたんだ?」
その場で訊ねると鏡に気づいた吹雪。そしてとてもいい笑顔になると冷気が漂ってくる。鏡はなんともないが信治と梨紗が寒気に体を震わせる。信治はさらにキツく鏡に抱きついてくる。
「荒川くんどうして鏡に抱きついているの。」
スライド式の扉を掴み訊ねてくる。みしりと軋む音が鏡達の耳に届く。あら、危ない。と言うとこちらへと歩いてくる。さすがに鏡も冷気を感じ取る。なんか、怒ってる?
「荒川くん、どうして、抱きついているの?」
信治の毛先が凍りつく。どうして自分に怒りの矛先が向いているのかさっぱりで寒さに震えながら口を開く。
「な、なんで俺なのー。それよかほら、そっち池田さん、の方が問題じゃないかなー?」
ちらりと梨紗と机の上を見る。梨紗はど、どうも、と軽く頭を下げる。
「勉強を教えているだけでしょう。それよりもどうして、と聞いているのだけど。」
「何に怒ってるんだ吹雪? それよりも久しぶり。テストどうだった?」
吹雪の雰囲気などものにせずいつもと変わらず話し始める。それに毒気を抜かれるように冷気も霧散する。信治にいい加減離れろと言うとやっと離れてくれた。
「ふふん、見なさいこれを!」
胸を張りながら順位表を差し出してくる。どれどれと見てみる。クラスで二位、学年七位と記載されている。
「凄いな吹雪。勉強苦手なのに。」
「……へ?」
凄いと言われむふーと喜んだところに一言。吹雪はどうして知っていると固まる。鏡に勉強が苦手、いや嫌いなことを言った覚えなど一切ないのだ。苦手という言葉に信治が仲間か! と目を輝かせる。梨紗はあの皇さんにも苦手なものがと頷いている。
「俺九位だったから凄いな。」
「……紙見せないさいよ。」
「紙って……ああ、これか。」
鏡の順位表を奪い取る。そして一つ一つの教科の点数を見ていく。そして数学の100の文字を見て絶望する。なんで数学でこんな取れるのよ! 目の前の紙を引きちぎりたくて仕方がない。他の教科もさして自分と点数が変わらなく、精霊学のみ唯一点差をつけることができていた。
「うわああああああ!! なんでよ!! あんな頑張ったのに!」
我慢できなかった。叫ばずになんかいられない。もっと、え、すごいな!! 勉強もできるんだな!って期待してたのに!!
「それにどうして勉強嫌いなこと知ってるのよ!!!」
ばちんと勢いよく両手で顔を覆う。真さんからと言うと低い声でしばくと聞こえた気がした。
「ねぇ、二人とも皇さんと知り合いなの?」
「ああうん。俺吹雪の騎士だから。」
「へぇ騎士なんだ…………ん?」
梨紗の動きが固まる。しかし鏡はそんなことに気づかない。
「吹雪さんも俺たちと同じだったとはー。うんうん……うん? なんで成績いいのー?」
仲間じゃないと今更なことを言う。
「いやああああああ!!努力してるって丸わかりじゃない!!!!!! そうと知ってれば私も一緒に図書館で勉強したのに!」
ダン!と激しい音ともに近くの机をグーで叩くとそのまま凭れ突っ伏してしまった。
「えーと努力してて偉いと思うけど。吹雪頑張ったんだろ? すごいじゃん。」
よしよしと頭を撫でる。小さな子供をあやしている気分になる。どうして今日はこんないつも以上に落ち着きがないのか。
「……ほんと?」
ちらりと横目で鏡を見てくる。ほんと、と笑って返す。実際努力して嫌いな勉強でここまでできたなら上出来にも程がある。全くしてなかったのが近くに二人もいたし。
鏡の言葉にゆらりと吹雪はしっかりと立ち上がる。そして
「お見苦しいものを見せてごめんなさい。どうも寝不足で。」
「いや寝不足で済まないわよね?」
その後梨紗へと鏡達は騎士兼婚約者のことを伝えた。梨紗は意外な一面が見れて楽しかったと愉快そうに笑っていた。信治もこれビックリするよねーと神妙に頷かれる。
「それで二人は付き合ってるの?」
「いや。」
「付き合ってないわ。」
即答だった。それが当然と言わんばかりのしっかりとした回答に梨紗は目をぱちくりさせる。
「そうなんだよねー。二人からそんな雰囲気一切ないんだよー。ま、俺が見てる範囲でだけどー」
にやにやとこちらを見てくる。生憎期待には応えられない。恋愛のことは正直俺にはよく分からない。でも世間一般の今まで間違えて俺に告白してきた子を見るに俺は恋なんてものはしたことないと断言出来る。一時もしかしたら女の子が好きなのか、と思ったりもしたけど相手が男か女かなんて関係なくあんな風になったことはない。
「恋してみたいな。」
「は? ダメに決まってるでしょ。婚約者だってこと忘れないで!」
「そうだった。」
「そうだったってさっき言ったじゃない!」
ふんと思い切り足を踏まれた。痛い。普通に痛い。手加減を覚えて欲しい。
「仲は良いのね。」
「幼じみらしいし、池田さんにとっての地鶏さんみたいなもんじゃないのー?」
「……どうかしら。あ、藤川くんこれで合ってる?」
「あ、そうそう。あとはそれを解いて答えになれば大丈夫。」
鏡が梨紗への解説を再開すると吹雪は信治を見る。信治はへらりと笑って
「特に変なことはないですよー。」
「変なことがあったら困るのよ。それであの子とは上手くやっていけてる?」
「あー何とかですかねー。相変わず口悪いですけどー。」
と不満げな声で抗議する。適任がその子しかいなかったのと諦めるように促す。
「まーいいですけどー。そんなことよりこの後鏡くんの家に行かないですかー? テスト明け祝いで。」
「いいわね!」
吹雪が賛同する。まるでさも当然の如く鏡の家と信治は言っているがそんな話は一切鏡とはしていない。当の本人は梨紗が無事に問題を解けたことを喜んでおり聞こえていない。
「元気くんも呼ぼー。メッセージ送っておけば来るはずー。」
素早い指の動きでメッセージを送り終える。
「鏡。家は綺麗?」
「ん? 掃除は定期的にしてるけど。」
「じゃあ今日行くわね。あ、鍋にしましょう時期はちょっと早いけど。」
「あ、うん。別にいいけど。でも二人で鍋は多いくないか?」
突然だなと思いながらも来られて困ることは無い。小さいのにするか、とのんびり考えていると
「大丈夫だよー俺と元気くんも行くからー。でっかいの作ろう!」
「え? なんで信治と元気も?」
「テストお疲れ様会! あ、池田さんもどうー?」
なんで俺の部屋で? と疑問が浮かぶ。え、ほんとになんで?
「広さ的に大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫ー。入る分には問題ないからー。あ、地鶏さんも呼んじゃおうよー。」
一緒に勉強した仲だしねー、と連絡を送る。
「えっと……具材買いに行こっか。」
それしか言えなかった。
目の前でぐつぐつと煮込まれる具材を眺めながら灰汁をとる。まるまる白菜を使ったのでほとんど白菜しか見えないが下には豚肉に白身魚、ゴボウ、人参、じゃがいもと様々な具材が隠れている。
テレビの置いてある部屋からは騒がしい声が聞こえてくる。アパートは防音なので床や壁を叩いたりよっぽどの奇声を上げなければ問題ない。
とろ火に調節してコンロを引っ張り出す。
「なんか手伝うことあるか?」
ちょうどいいタイミングで元気が様子を見に来てくれる。ちなみに具材切りなどの手伝いをしてくれたのは元気だけだ。コンロを持ってもらって鍋を持って彼の後に続く。
「なべー!!」
「はい、まず箸を持って。」
はしゃぐ世見に橋を渡す梨紗。完全に子と親のそれだ。箸を持って大人しく座らせられたが顔から早く早くと待ちきれないといったのが手に取るようにわかる。
部屋にある机はいつものとは違う。吹雪によって作り出された大きめのものだ。足りない器や箸も彼女が作り出した。
コンロに鍋を置いて火をつける。残りの火の通りが早い春菊、しらたきを入れる。すき焼きではない。
鍋をかき回しで重い具材を上にあげる。そして
「順番に盛るからお椀貸して。」
と言うと我先にと競り合いが始まってしまったので隣にいた元気のから盛り付けそこから時計回りにした。最初からこうすればよかった。
熱々の鍋を全員で頬張る。大きな鍋を用意したがそれでも六人という人数ではあっという間になくなりシメのご飯を投入した。全員がおなかいっぱになりくつろぎだす。その中でとりわけ早く食べ終わった元気と吹雪が筋トレの話を初めて横で筋トレをし始める。場所をとるからやめてほしい。てか帰ってからやればいいと思う。
九時になる前にそれぞれが帰宅する。それぞれ一人にならないよう帰っていく。そして家には吹雪が残った。
「私は泊まっていくわ! 服はあるもの!」
胸に手を当て高らかに宣言をする。はいはい、と適当にあしらう。
「もうちょっと嬉しがるとかないのかしら? ほら、思い出したのよ鏡婚約者だったわ。」
「……お前が言い出したのに忘れるなよ」
呆れてしまう。しかしあくまで仮なのだからそれぐらいが丁度いいのかもしれない。
「鏡、来週大丈夫?」
風呂から上がり二人とも布団に横になったところで吹雪が訊ねてくる。来週交流会がある。
「わからない。でも精一杯頑張るよ、みんなと一緒に。」
「そう。死ぬ気で頑張りなさい。私鏡と戦いたいの。」
「……俺も。吹雪と本気で戦ってみたい。」
吹雪と向かい合って全力を出し合う姿を想像して体が震えた。何か吹雪と競い合うってことは今まで無かった。こうしてずっと同じところにいることも。
「負けないからな。」
「こっちのセリフよ。私以外に負けたら承知しないわ。」
お互い楽しみができた。吹雪以外に負ける未来は何一つ思い浮かばなかった。