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 神足学園に行った翌週から学生全体の気分が低下していた。それは鏡のクラスも例外ではなく特に信治と世見が屍となっていた。一体何がどうしてこうなっているのかと言うと来週テストなのだ。夏休み前の期末テストがない代わりに夏休み明け少ししてあるという。毎年交流会で気分が高まった時にやってくるとのことで生徒の落ち込み具合が尋常じゃないらしい。


「信治ー世見ー大丈夫か?」


 昼休み元気も合わせた四人で昼食を取っている。世見は仲のいい子が先生に呼び出されたので一緒に食べさせてとこっちに来た。机を四つ合わせて鏡の弁当を集りそして来週のテストへと話題は移った。


「一週間あるから今からやれば大丈夫だろ。それでダメだったら……諦めるしかないな。」


 元気の慈愛ともとれる悲しき目に信治は崩れ落ちた。


「山を張れば……いけるはず!」


 教科書と睨み合いをする世見。少し覗いてみる。確か最近習ったところだが


「世見、そこ範囲じゃないって先生言ってたぞ。」


 教科書を開いたまま世見は固まった。先生の話を聞いていないタイプかと月見を思い出す。故郷の幼なじみの黄崎月見は面倒見が良くしっかりしているが勉強に関しては授業中にバレないように寝たり大事な話でもうわの空というのが通常運転だ。


「鏡は大丈夫そうだな。勉強は得意なのか?」

「んー得意っていうより家に居てもやることないから時間潰しに復習する程度。」


 近くに山や林がないので遊ぶことも出来ない。家にいてもぼーっとするしかなく勉強をしている。


「勉強好きとか羨ましー。」

「別に好きじゃない。どちらかと言うと嫌いだし。ただほんとにやることがないんだよ。」

「ゲームとかネットサーフィンしないのー?」


 ゲームはともかくネットサーフィンがよく分からない。サーフィン? と首を傾げるとそこからなの!? と驚かれる。


「お前とは根本が違うってことだよ。ほら、勉強頑張れ。」


 と信治の額を弾く。


「何この二人の余裕! 地鶏さん! 俺ら二人で頑張ろう!──って、地鶏さーん? 」

「ハンイ、チガウ。シンダ。」


 完全に魂が抜けきってしまった世見。戦友がっ! とよく分からないことを言う信治。あまりに二人の姿が哀れだったのか


「俺でよければ教えるか。一週間あるから赤点は回避出来ると思うが。」

「!」


 元気の提案に二人の目が輝く。信治は勝った……とガッツポーズまでしている。


「それなら俺も手伝うよ。」


 元気一人でこの二人に教えるのは大変そうだ。さっきまでの様子からだと勉強はとことん嫌いなようだし。


「やったー鏡くんの手料理つきだー。」

「だれが作る言った。」

「え? 鏡くんの家で勉強会じゃないの? 前もそうだったし。」


 そんなこと一言も言ってない。前とは精霊学を二人(主に元気)から教えてもらった時のことだ。


「教えてもらう側で厚かましい。」

「いつにない塩対応!」


 あれはお礼を兼ねていたのだ。料理ぐらい振る舞う。それに世見は女の子だ。女一人はさすがに不味いだろ。そう思い彼女を見ると


「手料理……よし。」


 気にしている様子が一切なかった。気にして欲しかった。止めて欲しかった。


「さすがにあの部屋で四人は無理だろ。図書館の自習スペースあるからそこでいいんじゃないか?」

「そうしよう、元気ナイスアイデア!」


 元気の笑顔が輝いて見える。いつもいい笑顔だが今は特に輝いている。俺の味方はお前だけだ。


「うーん、確かに四人であそこは狭いかー。」

「四人……あ。た、確かにそうだよ! 一人暮らしの部屋に四人は狭いよ!」


 信治の言葉になにか気づいた世見も慌てて同意する。ようやく女子が自分一人ということに気づいたのだ。


「今日の放課後はどうだ? 地鶏も部活はないと思うんだけど。」

「大会終わったからないよ。サッカー部もないんだ。」

「俺のところは大会とかそれ以前のレベルだからなー。大会あっても参加しないなんてざらだし。」


 前に体育で精霊使いの運動能力の低さの話を元気から聞いたことを思い出す。たぶんサッカー部以外にもそういった部活はあるのだろう。


「団体競技だと数人が強くてもダメだもんねー。陸上も個人種目しかやってないし。」

「リレー出たかったの?」


 もったいないと言う世見に鏡が訊ねる。


「ん? 別に。私やり投げだからそもそも出れないしねー。ただないよりはあった方がいいと思ってさ。」


 それは確かにと頷く。中学校では部活動が少なく選択肢はあってないようなものだった。高校でたくさんの部活動があって感動したぐらいだ。


「どこの部活も同じような感じか。そのおかげで勉強に集中できるのはいいけどなー。」


 どこか不満気な元気。中学までは精霊使いではなかった彼は運動能力が高い。どうしても聖堂学園の部活では力を持て余している。


「今は勉強でいいんじゃん〜。部活が出来てもテストで赤点じゃ進級できないんだしー。……留年したくない。」


 最後の一言は迫真めいていた。最悪信治は見捨てるしかないなと鏡はひっそり考えた。



「──ってことになったんだけど吹雪も一緒にどうだ?」


 スマートフォンを耳に当て吹雪を誘う。放課後の図書館での勉強会に世見の友達も1人加わることになりその子もお世辞にも成績はいいと言えないらしく元気と二人で教えきれるか不安になったのだ。


『……そうしたいのは山々だけど生徒会の仕事があるからまたの機会にするわ。はあ、神足学園が爆発でもすればいいのに。』

「それ他の人の前で言うなよ。」

『今しがた生徒会全員の前で言ったわ。この時期は皆思うことだから気にしなくて大丈夫よ。』


 気にしろ、と遠くから静の声がした。思っても口に出したのは吹雪ぐらいなんだろうと容易に察しがつく。


「それなら仕方ないな。生徒会頑張れ。」

『仕事はしっかりこなすわ。そっちも赤点取らないよう勉強しなさい。』


 通話が終わりみんなの所へ戻る。


「吹雪さんどうだって?」

「生徒会の仕事だって。」


 それは残念、不安げな顔で問題の三人を見る。世見の友達である池田梨紗を加えた三人は何故か楽しげだ。危機感を持って欲しい。


 駅前の図書館に着くと同じ制服姿の生徒が多くいた。みな考えることは同じだ。自習スペースは2種類あり一つは私語厳禁のともう一つはディベートなどにも使って良い会話ができる。利用するのは後者だ。


「──三角関数はまずsinθとcosθの公式を覚えて……」

「──パッと見で分からないのは下に続く単語から已然形かとか見分けるしかないからな……活用形から覚えるか。」


 鏡が数学、元気が国語、主に古典を教えることになった。数学は世見の友人池田梨紗に教えることになった。梨紗は三角関数だけがどうしても分からないらしくそれ以外は応用は出来ずとも基礎はできている状態にあった。教えるのは苦ではなかった。一方古典の信治と世見を見ている元気はさっそく疲れ始めていた。活用形からの復習をしている。聞こえてくる声に鏡も不安になってくる。


「世見はともかく荒川くんも勉強出来なかったなんて意外。それよりも藤川くんが勉強できるのが一番びっくりしてるけど。」

「あはは……。まあ、精霊学は今までの学校じゃやってなかったし。」


 梨紗の言葉からクラスのほとんどからそう思われているのだと察する。精霊学を担当する教師はよく生徒に回答を求めてくる。鏡も何度かあたり何も答えられなかったのだ。最近はそんなことも無くなっていたが。


「う〜この90°とか足したり引いたりするの苦手。」

「それは覚えるが早いけど慣れない時は単位円書いて実際試すのがいいよ。」


 自分のノートに単位円を書いてcos30°の直角三角形とそこから90°足した三角形を書く。


「テストで時間足りなくなったりしない?」


 不安げに訊ねられるが


「まずは基本の計算問題を落とさないようにしないと。それに単位円をテスト用紙に一個だけ書いてそれを使い回せばいいから。」


 まずは基礎から出来ないと。時間を気にするのはそれからだ。順調に鏡と梨紗が勉強を進める横で信治と世見は活用形を呪文のように唱えている。五人の勉強は閉館時間ギリギリまで行われた。10分前に館内アナウンスにより閉館が告げられる。


「よし、今日はここまでだな。これは明日もやらないと赤点が見えるな。はは。」


 元気の笑みが乾いている。そして信治と世見の二人はそれだけは、と泣きそうだ。活用形なんて一年生で覚えてるはずだ。それからとなると大変そうだ。元気には心の中でエールを送りつつも古典が得意じゃなくて良かったと安堵した。


 図書館から出ると既に空は真っ暗だ。辺りは会社員の姿が多い。帰宅、というよりは飲みに行く、といった様子だ。


「お腹空いたー。みんなでどっか食べに行かなーい?」


 信治が両腕を伸ばしながら我慢できないと空腹を訴えてくる。誰もそれに反対しない。


「みんなで食べるはいいけどさ、ここら辺居酒屋ばっかでしょ。学生でも入れるとこなんて閉まってるところ多いと思うけど。」


 梨紗の指摘に信治は少し思案してから鏡の顔を見てにやりと小馬鹿にするような笑みを浮かべた。なんとなく嫌な予感がする。


「それなら鏡くんのバイト先の喫茶店にしようよ! 確か九時までやってるんだよねー?」


 バイト先のこと言わなきゃ良かった。過去の自分を恨む。


「一応ね。ただ暇な時は早くに閉めるし九時までやる方が珍しいから。それに着くまでに十分以上かかるぞ。」


 鏡としては何とか行くのは阻止したかった。働いている時にこられでもしたら恥ずかしい。バイト先がどこにあるかまではまだ言ってないのだ。


「それだったら連絡してみたらどうかな? 人数を伝えて時間も大丈夫だったら行かない?」


 世見の悪意のない言葉には鏡はさすがに逆らえなかった。信治はバイト先を知り鏡が働いている時に来る気満々なのは顔から分かる。鏡は携帯を取り出し逆木へ連絡を入れる。ひとまずお店に。


『──はい。喫茶夢幻です。』

「お疲れ様です。バイトの藤川です。」


 めっちゃ丁寧、と半笑いで言う信治の脇をどつく。呻き声が聞こえたが無視だ。


『あれ、鏡くんどうしたのお店の方に電話なんて。』


 基本連絡は逆木さんの携帯に直接している。さっきも言った通り時間通りに店が終わることの方が珍しいからだ。


「実は友達が今からご飯を食べたいって。今から五人ですけど大丈夫ですか?」


 断ってくれ、念じながら訊ねる。しかしその思いは届かず


『鏡くんの友達? うん、大丈夫だよ。今日はちょうど花咲さんもいるから。』


 花咲さんは花咲朔夜、バイトでいわゆるフリーターらしい。らしいというのは25歳で大学にも行ってないとのことでフリーターなのではと水城が言ってたのだ。


 なんで今日に限って花咲さんがいるんだと恨んだ。花咲さんは料理もできるのでキッチンも担当している。土曜日と日曜日に入り平日はごく稀になのだがどうして今日に限ってと携帯を持つ手に力が入る。


『カガミ、早く来い。──ちょっと花咲くんそんな言い方しない。それとカガミじゃなくて鏡くん。』


 突然気だるげな花咲の声がする。彼は鏡をカガミと呼ぶ。こっちの方が縁起がいいとか、神のお告げだとか訳の分からないことを言ってずっとカガミと呼んでくる。


『花咲くんはほっといて──鏡くん、来ても大丈夫だよ。急がなくていいからゆっくりおいで。』

「はい。ありがとうございます。」


 通話が終わりみんなにOKのサインを出す。信治が馬鹿みたいに喜ぶのでもう一度どついた。世見に二人は仲がいいねと言われる。信治はほんの一瞬だけ固まった後そう見えるー?とへらへら笑った。よく三人でいることを問われると三人は顔を見合わせて曖昧に答えた。三人でいるようになったきっかけは転校してまもない頃の希樹早苗と新保雛に関わったせいだ。それからなんとなく三人でいることが多い。元気は隣の席ってのもあるが信治はどう考えてもあの二人のことが原因だ。あの二人は未だに病院で眠っている。

 お返しと信治が世見と梨紗はどうかと訊いた。いわゆる幼なじみというやつでなんだかんだ幼稚園から保育園まで一緒という。話題はそこから小さい頃はどっだったかというのにシフトし幼い頃特有のおかしなことを話し気づくと喫茶夢幻に着いていた。扉を開けると軽快なベルの音がする。


「いらっしゃいませ。鏡くん、それに鏡くんのお友達のみんな。席は用意してあるからそこに座って。」


 案内されたのは六人席だった。鏡は申し訳なくなった。この店はカウンターが四席。二人がけのテーブルが四つ、四人がけが三つになっている。六人がけはなくわざわざテーブルをくっつけてくれたのだ。


「逆木さんありがとうございます。」

「これぐらい問題ないよ。鏡くんはお客様なんだから座って。」


 奥から元気、信治、鏡。そしてその向かいに世見、梨紗が座る。メニューを見ながらどれにしようかと盛り上がる。それぞれ決まり虎太郎に頼む。


「……逆木さんだっけ? イケメンね。」


 虎太郎が去ってから目を輝かせて梨紗がそんなことを言う。鏡はそれに同意するように頷く。地元の固定客が多い店で女性客が多い。だいたい虎太郎を見に来ている。それか──


「カガミ、水玉はいないのか。」


 気配なく横に現れた長身の男。首元まで伸びた白髪に生気のない目。そして三角巾と花柄のエプロンというアンバランスの様相を呈している。


「バイト以外じゃ一緒にいないですよ花咲さん。」


 そうか、と目線を逸らすと静かに厨房へと戻っていった。分かりにくいが落ち込んでいる。何故か水城と仲がいいと思われている。


「……あの人もなかなかね。」


 彼女の言う通り客の一定数は花咲目当てだ。無気力なのがいいとか鏡にはよく分からない。

 全員分の料理が出され全員が舌鼓を打つ。また来たいなーとみんなが言う。それが聞こえた虎太郎が鏡がよく入る日時を教えてしまう。またも信治がにやにやとこちらを見てくるで本日最後のどつきを食らわすことになった。





「仕事はしっかりこなすわ。そっちも赤点取らないよう勉強しなさい。」


 そこで通話を終わらせる。そして真面目な顔つきへとなる。目の前には生徒会のメンバーが揃っている。テスト期間だが交流会の準備のためにこうして集まりがある。


「婚約者の藤川さんからですかー? いやーお熱いですねー。」


 けらけらとルイが机に寝そべりながらからかってくる。体は起こした方がいい、と隣の薫が眉尻を下げ優しく諌めている。


「鏡くんは元気そうだね。最近は会ってないなあ。」


 ぼやくように言う真の発言に吹雪の周りの温度が少し下がる。隣に座るメイが体を離した。


「ええ、とっても元気ですよ。真さんの名前なんて一切出ていませんし。」


 元気と言ってるがここ最近鏡とは顔を合わせていない。


「そういえば日曜日駅の方で女性と歩いている藤川さん見かけましたよ。」


 薫が思い出して発言する。薫は鏡と直接の面識はないが吹雪から自慢するように隠し撮りした写真を見せられてので顔だけは知っている。

 一緒に歩いていた女性とはもちろん女装した静だ。当人は素知らぬ顔で動揺することも無く平然としている。


「へえ、剣持くんどんな人だったか覚えてる?」

「え、あの、遠目だったので、その……く、黒髪であと背は高かった、です。」


 個人的なことをみだりに教えてもいいのかと薫はよく分からないと答えようとしたが吹雪の圧に負けた。


「そう、ありがとう剣持くん。」


 にっこりと極上の笑みを浮かべる吹雪に恐怖をおぼえる。言って大丈夫だったのかと後悔する。かわいそーにとルイが薫の肩をつつく。


「黒髪に長身ねぇ……。」


 静を横目で睨みつける。静は一切吹雪の方を見ない。


「そろそろ会議を始めます。吹雪さん嫉妬はその辺で。」


 メイが資料で机を叩く。その音で一旦吹雪は落ち着きを見せる。部屋の温度が元に戻りメイは資料をめくる。来月行われる神足学園との交流会の細かな日程と細かな行動、警備を担当する《御三家》《七色》の関係者各位の動きが記載されている。緊急時の避難誘導の仕方などを確認する。


「避難経路は来週会場の下見を行いますのでその際確認を怠らないようしてください。それと──」


 メイは一旦そこで言葉を区切り真をちらりと見る。真は軽く頷き口を開く。


「ここ最近行方不明者が相次いでいる。ただ人がいなくなるだけだったら別に問題はないんだけど……家族ぐるみ、一家全員が行方不明ときている。そしてこの聖堂学園でも行方不明者が出た。」


 薫の視線が下を向く。行方不明となったのは薫の騎士である海堂智哉だ。一家が行方不明になったのに気づいたのも薫の家だ。家族ぐるみでの付き合いがある両家、突然なんの連絡もなしに音沙汰が無くなったのだ。家に訪問もしたがもの抜け殻とかしていた。


「君たちも気をつけて欲しい、行方不明になった者立ちの共通点も今のところ不明だ。明日にでも不審者が出たとして生徒に一人での下校を避けるようにしてもらうつもりだから。」


 薫は項垂れたまま頷く。幼少期から一緒にいた大切な友人とあって智哉の無事を心配している。


「だいじょーぶだよかおるん。私たち《御三家》と《七色》も調査してるから。今は目下のテストと交流会がんばろーよ。」


 ルイが薫を励ます。人を食ったような笑みだが今の薫にはそれでも心が温まった。


「ルイの言う通りまずはテストだよ。次の集まりはテスト最終日だからしっかりテスト勉強するように。」


 生徒会は解散となった。一人で帰らないようにとのことで真と黄崎姉妹が薫を送り、吹雪と静が一緒に帰ることとなった。と言っても二人は生徒会のある日は基本一緒に帰っているのでいつもと変わらない。


 特に会話もなく歩いていく。人通りが段々となくなっていくと吹雪が口を開く。


「ねえ、日曜日どこで何を誰と、したの。」


 めんどくさい、静は素直にそう思った。まさか薫に見られているとは思っていなかったのだ。たとえ鏡の知り合いがいたとしても吹雪にまで話が回るはずがないと思っていたがまさかの伏兵。吹雪の無表情での問いかけ、特に誰と、を強調して訊いてくる。


「当主と白玉食べてた。」


 嘘は言っていない。本当のことでもある。ただ事実を全て述べてないだけだ。


「白玉……ああ、そういう事ね。鏡を買い物に連れて行ってそのまま作らせたのね。」


 当たってる。前にも白玉を作らせたことはあったけど自分一人でも作る。


「自分で作った。それに鏡が歩いてたのは女だろ。本人に聞いてみたらどうだ?」


 吹雪の眉間に皺がよる。鏡に聞かないだろうと見越して静は煽るように返している。釈然としないと視線が訴えてくるが気にしない。


「ぐぅ、私が我慢して会わないようにしているのに。なんで、なんで静が……くそ。」

「まだ仮契約のこと引きずってるのか? 分かってたことだろ。」

「分かってたとしても心情的に我慢出来るわけないでしょ! それに! それに! 嬉しそうに《精霊器》が使えたって連絡来たのよ! おめでとう! クソが!」


 喜びと悔しさが入り交じり変な顔になる隣の人物を憐れに思う。変に拗らせて許容範囲が狭くなっている。


「鏡も大変だよ。今思うとお前の騎士にならなくて良かったよ。」

「ふん、鏡以外騎士になることなんてないわよ。昔のことを引きずって騎士作るなって言われていたしね。私だって慣習に無駄に逆らうなんてことしないわよ。」


 それでも鏡を騎士にしたのは繋がりが欲しかったからだ。吹雪と鏡では立場が違う。近くにいてもらうにはこの方法しかなかったのだ。


「なんて言うか普通の人生を歩みたかった。」

「……吹雪には無理だと思うが。」


 たとえ精霊に関係ない家に生まれたとしても普通とはかけ離れた生活を送りそうだ。そしてそこでも鏡と出会っていそうだ。俺はどうなんだろうと考えるが他の人生を歩む自分は想像が難しいものだった。今の自分以外を考えられない。


「このまま静の家に行くわ。」

「突然だな。」

「流さんと撫子さんに聞くのよ、日曜のことを。」


 まだ気にしているのか。呆れるしかない。家に帰ってからしつこく吹雪に文句を言われる、そんな場面がありありと思い浮かぶ。そして


 鏡、ごめんな。


 後日吹雪に八つ当たりされるであろう鏡を憐れに思った。


「てかお前勉強一緒にしないのか?」


 生徒会での通話を思い出す。


「……したいわよ。死ぬほどしたいわ。一緒の部屋で分からないところを教え合ってさらにご飯を一緒に作ったりなんてめっちゃくちゃしたいのよ! でも!」


 と大きな声を上げて一旦言葉を切ると閉口し悔しそうにモゴモゴすると


「悔しいじゃない……私かなり勉強しないと10位に入れないのよ。鏡なんて普段から勉強してるから普通にできるのに! 私が出来ないなんて情けないでしょ!」


 と頬を膨らませて憤る姿を見て悔しいじゃなくて恥ずかしいのかと納得する。皇家として周りから期待されそれに応えてきた吹雪だ。当然鏡にもいい格好しようとしてるのだろうと理解する。


「今から筋トレを封印して勉強漬けよ。鏡に、吹雪凄いな、って言われるの。ふふ、ふふふふふ。」


 不気味な笑みを浮かべる幼なじみに思わず半歩遠ざかる。鏡だったら迷いなく気持ち悪いと言う顔だ。


「ほんと、鏡がかわいそうだな。」


 こんな奴に好かれて。

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