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 聖堂学園。

 精霊使いと騎士を育成するための教育機関。小学校から高校まで一貫で毎年優秀な精霊使いと騎士を輩出している。


 聖堂学園の朝のホームルームは静かだ。先生からの連絡を聞くだけなので騒ぐことがない。しかし、新年度の一日目、二年四組だけは違った。


「今日は転校生を紹介するぞー。」


 ホームルームが始まってすぐ担任が伝えると教室がざわつく。転校生など滅多にいない。生徒は期待で興奮する。


「先生ー! 女の子ですかー。男の子ですかー。」


 一人の生徒が大きな声で担任に訊ねる。他の生徒も気になるのか先生を見る。


「それは入ってきてからのお楽しみだ。ほら、転校生。入ってこい。」


 担任が廊下で待機している生徒に教室に入ってくるよう呼びかける。

 扉が開き黒髪の男子用の制服を着た生徒が入ってくる。生徒は騒ぐのを止め黙って見つめる。教卓の横で止まり黒板に『藤川鏡』と綺麗な字で書く。


「初めまして藤川鏡と言います。今年からこの学園に通うことになりました。分からないことも多いですがよろしくお願いします。」


 簡単な挨拶を鏡が終えお辞儀をすると教室から大きな拍手が返ってくる。


「自己紹介ありがとさん。藤川の席は窓際の一番奥だ。」


 鏡は視線を一身に浴びながら席に着く。席に座ると目の前に座っている女子生徒がこちらをずっと見ていた。


「ねえねえ、藤川くんは騎士? それとも精霊使いのどっち?」


 可愛らしい女の子が目を輝かせながら訊ねてくる。


「俺は――――」

「おーい希樹(きき)。質問は後にしろー。この後全員に自己紹介してもらうかな。」


 騎士、と答えようとしたら担任に遮られてしまう。


「はーい。」


 希樹と呼ばれた少女は前へと向き直った。

 鏡はほっとため息を着く。いきなりまったく知らない人から質問攻めされて正直気分は良くない。せめて名前ぐらい名乗って、落ち着いて質問して欲しい。


「じゃ、HR始めるぞー。とりあえず去年とクラスは変わってるから1番から自己紹介して行け。最低限趣味と精霊使いか騎士ぐらいは名乗るように。」


 一番から順に自己紹介が始まっていく。真ん中を過ぎたぐらいで鏡へと回ってくる。


「さっきも言いましたが藤川鏡と言います。えー、趣味は山登りです。地元が山に囲まれていたのでよく山に登っていました。それと俺は騎士としてこの学園に来ました。よろしくお願いします。」


 趣味に山登りと言ったが本格的な山登りではなくただ地元の低い山に入るぐらいだ。


「何か質問あるかー?」


 担任が生徒に問うと真っ先に鏡の目の前に座る希樹早苗(さなえ)が真っ直ぐ手を上げた。


「ほい、希樹。」


 担任が雑に早苗を指さす。早苗はにっこりと笑いながら立ち上がりこちらを向く。嫌な予感がしつつも早苗の瞳を見つめる。


「鏡くんは彼女いますかー?」


 早苗が繰り出した質問に教室の何人かの女子が少しざわざわとしだした。男子生徒も何人か期待の眼差しを向けてくる。男子生徒の方は居ないことを望んでいるようだが。それは少しずつ伝播しクラス全体がざわつき全員の期待の眼差しを一身に受けることになり居心地は悪い。

 それよりも鏡にとって下の名前で呼ばれたのが不愉快だった。親しくもない同級生に呼ばれるのは気味が悪い。加えてこの質問。鏡の中で早苗に対する心証は急降下して行く。


「彼女はいない。他には。」


 簡潔に答えるとそれが面白くないのか早苗が少し眉を顰める。


「じゃあじゃあ彼氏がいるとか?」


 意地の悪い顔で訊いてくる。鏡の心が冷めていく。


「居ないけど。それが何か問題でも? もう、終わりでいいかな。」


 不機嫌そうな声で答えると教室の空気が冷める。申し訳ないことをしたと思っているけど悪いとは思わない。そのまま鏡は何も言わず腰を下ろした。気まずい雰囲気が教室に漂う。


「よーし、次やつー。さっさと自己紹介しろー」


 気まずい空気を意に介すことはなく担任が次の奴に自己紹介を促す。

 そうして次の奴の自己紹介が終わる頃には嫌な空気は消えていた。しかし、目の前の女子生徒からの嫌な空気は消えなかった。


 自己紹介が一通り終わると授業の説明へと移った。


「お前らも知っての通りここは精霊使いとその騎士を育てることを主としている。クラスは精霊使いと騎士がごちゃまぜだが毎日六限の授業は騎士と精霊使いそれぞれで別れるから後で掲示される紙をよく見て自分がどの教室に行くか確認しておけよー。えーと、後は、今日は午前で終わりだからこの授業が終わったら解散だ。あとは適当に過ごしてろ。」


 そう言って担任は教室から出ていった。

 担任が出ていくと教室が一気に騒がしくなった。席を立ち上がって友達と駄弁る者もいる。

 ここに鏡の知り合いは居ないので大人しく窓から外を眺める。


「なあ、藤川ってどこから来たんだ?」


 隣の席から声を掛けられそちらを向くと快活そうな男子生徒がこちらを見ていた。さっきの自己紹介を思い出す。館林(たてばやし)元気(げんき)と言ってたはず。


「えーと、確か館林だったか?俺は東北の方からだ。」

「東北か!俺とは真逆だな。俺は九州の方だからよ。やっぱりそっちって雪降るのか?」


 どうやら館林で合っていたようだ。笑顔で自分の出身も答えてくれる。


「ああ、降るよ。日本海側でさらに山ん中に住んでたから毎年雪掻きに雪下ろしに大変さ。」


 雪の精霊使いが入れば簡単なのだがたとえ居たとしても出来ることは可能な限り自分達でやるというのが地元のモットーだ。


「ひゃー大変そうだな。こっちは雪が降れば大喜びで一センチでも積もってみろ……電車が止まるんだぞ。」


 館林は悲愴な顔で訴えかけてくる。確かに雪になれてないところは少しの積雪でも大騒ぎだよな。


「それにしても藤川さっきはドンマイな。希樹に絡まれて。あいつ自己中でよ。さらに悪いことに精霊使いとしても実力が結構あるからよ。」


 早苗は今二人から離れたところで友達と談笑しており元気の声は聞こえていない。


「精霊二人と契約しててよ。それでえらい自信を持ってるみたいでよ。気分悪かったろ?」


 館林が気遣うようにこちらを見てくる。館林の心配は素直に嬉しい。


「言ってしまえば最悪だな。いきなり下の名前で呼ぶわ、こちらをからかう気満々の質問だったからな。まあ、でも気にしても仕方ないからな。それなりに対応するさ。」


 いたずらに神経を逆撫でても仕方ないしな。でもさっきは感情のまま反応してしまった。変に目をつけられてないことを祈るばかりだ。


「ああ、そうした方がいいぜ。どうせすぐに興味を失くすさ。それと藤川って寮生か?」

「いや、適当な部屋を借りている。」


 吹雪に従いここにやって来ることになった時すぐさま適当な部屋をネットから予約をした。両親が早いうちにと意気揚々と決めた。吹雪は俺を自分の家に住まわそうとしてたみたいで落ち込んでいたけど。


「そっか、寮生だったら俺も寮住みだから案内しようかと思ったけどさ。まあ、寮は規則があったりするから一人暮らしの方がいいかもな!」


 前半は少ししょんぼりとしていたがすぐに笑顔になる。


「一人暮らしってどんな感じだ? 寮だと同室の奴がいるからさ。」

「んー、楽っちゃ楽だが全部一人でしないといけないからなんだかんだ大変だな。ただ誰かに気を遣う必要がないのは最高だぞ。」

「あー、やっぱ俺も一人暮らしにしときゃ良かったかな。同室のやつと時間を合わせたりするの案外だるくてよ。」


 元気が辟易とした感じで言う。


「同室の人と仲悪いのか?」

「いや、仲は向こうがどう思ってるが分からんがいいと思うぞ。何度か一緒に風呂入りにとか行ったりもしてるしな。」


 すごく仲良いじゃないか。鏡は心の中で思った。一緒に風呂に行くとか仲良くないと無理だろ。


「でも、それとこれは別。やっぱり一人暮らししてみてーなー。」

「高校卒業してからだな。」

「ま、そうなるよな。そういえばお前騎士なんだよな。なんで二年からなんだ?」


 館林が疑問に思うのも無理ないだろう。基本騎士は家が決めた人間が昔からなっている者ばかりだしな。そもそも騎士を持たない精霊使いも一定数いるしな。


「ここの生徒で俺の地元によく来る奴がいてさ、ずっと昔から騎士だったんだけど無理に一緒にいる必要ないみたいで今まで地元にいたんだけど突然一緒の学校に来るように言われてさ。」


 鏡は偽ることなく伝えた。このことに関しては隠そうとも思ってもいなかった。鏡の言葉を聞いて元気は顔を顰める。


「なんか我がままじゃないか? その精霊使い。お前は良かったのか?」

「別になんとも。むしろ今まで何も出来なかったんだ。今ならそれを返せるし、親友の頼みを断る気はなかったしな。」


 でなきゃこんな所に男としては居ない。ここに居るのが何よりの証拠だ。俺だって嫌なことは嫌と言う。


「お、おう……なんかお前顔に似合わず男前だな。」

「なんだよ、顔に似合わずって。」


 鏡が眉を顰める。


「なんかお前あまり友情とか興味ない感じがしてよ。でも見た目からじゃ分からないな。」


 そんな冷めた感じがするだろうかと鏡は頬を抓る。それを見て元気はおかしいのか笑う。


「はははは! 頬抓ったってわからねえだろ!」

「いや、これぐらいしか顔が硬いか調べらねえだろ。あと、笑いすぎだ。」


 その言葉にまた元気が笑う。ツボに入ったのかHRが終わるまで何度か思い出して笑っていた。


「お、もう時間だな。鏡、お前このまま帰るのか?」

「そうだな。元気は帰らないのか?」


 話し合っている内に二人は自然と名前で呼び合うようになっていた。


「俺は部活があるからなー。そうだ! 鏡、お前部活とか考えてるか?もし良かったらだけどよ見学くらいは出来ると思うぞ。」

「んー、俺前の高校部活入ってなくてよ。ここでも入るつもりないんだ。悪いな。」


 謝罪を込めて片手で謝るポーズをする。


「そっか。でも気が向いたらいつでも来いよ。俺サッカー部だから場所はすぐ分かるからよ。じゃあな!」


 元気はそう言い残すと勢いよく教室から出ていった。鏡も帰るためにスクールバックを持つ。


「きょーうくん。」


 鏡が席から離れようとした所で今日だけで嫌いなった早苗から呼ばれる。


「何か用、希樹さん。」


 抑揚のない声で答える。鏡としては無視をしたいところだが一年間は一緒の教室といる人だ、そこまで邪険には出来なかった。


「希樹さんなんて、早苗でいいよ。ねえねえ、鏡くん一緒に帰らない? 私、今日部活なくて帰る人がいないの。それに鏡くんこの辺り詳しくないだろうから案内もしてあげるよ。」


 早苗は優しくちゃんとした理由をつけて鏡と帰ろうとする。


「ごめん、人と待ち合わせしてるからまた今度。」


 素っ気なく断る。鏡は早苗がどうしてこんなにも自分に絡んでくるのか分からず少し恐怖を感じていて少し早口で断っていた。それに人と待ち合わせをしているのは事実だ。


「あー! もしかして鏡くんと契約している人!? 会ってみたいなー! ね、ね、私着いて行っちゃダメ? みんなも鏡くんの契約している人に会いたいよねー!」


 早苗がまだクラスに残っている生徒に声を掛ける。早苗と親しい人と単純に好奇心旺盛な生徒がこちらを見る。

 この女図々しくないか? 鏡の機嫌が降下していく。


「あー、ちょっと気になるわー。早苗が行くんなら私も行きたいわ。」

「藤川の契約している奴気になるなー。わざわざ転校させて来るってことは結構な実力者かもしれないからよ。」


 特に新保(しんぼ)(ひな)荒川(あらかわ)信治(のぶはる)が食いついて来た。その他にも七、八人ほどが会ってみたいと集まってくる。


「ねーねー、鏡くん会いたいって人こんなにもいるから会わせてくれないかな? だめ?」


 首を傾げ上目使いで頼んでくる。可愛いとは思うが数で押し切れると思わないで欲しい。鏡は取り乱すことなく落ち着いている。


「ごめん。俺と契約している人知らない人と会うことを嫌っているから無理だ。特にこのクラスに親しい人がいるって聞いてないから。じゃあな。」


 知らない人に会うことを嫌っているなんて嘘だけどな。鏡はこれ以上引き留められたくなかったので嘘をつきながら断りを入れてすぐさま教室を出る。

 教室には早苗と鏡の契約者に興味があった生徒だけが取り残された。


「あっちゃー藤川に逃げられたかー。ま、俺あいつと騎士クラス一緒だからいつか聞いてやろーっと。」


 信治は軽い足取りで教室から出て行く。一時的の興味らしくそれはすぐ冷めていた。

 信治に続いて他の生徒も教室から出て行く。残ったのは雛と早苗だ。


「どうするのー早苗ー。逃げられちゃったよー。」

「あはは、そうだね。でもどうせ分かるから今回は見逃してあげよっか。」

「やっさしーねー。早苗今日部活ないんだったら一緒に帰らない?」

「んー、ちょっと寄りたいとこあるから先に帰ってくれる?」


 早苗は少し思案した後申し訳なさそうな顔をして雛に先に帰るよう促す。


「そ、なら先帰るねー。じゃ、またあしたー。」

「うん、また明日ね。」


 手を振って雛を見送る。雛の足音が聞こえなくなった所で早苗が一息吐く、そして


「ちっ」


 顔を歪めて舌打ちをする。先程の可愛らしい顔など影もない。


「あの男――藤川鏡の契約者かなり強い精霊と契約しているわね。私に少しも靡かないなんて。」


 忌々しげに鏡の名前を呼ぶ。

 早苗が契約している精霊は魅了の精霊。魅了と言っても相手を完全に虜に出来る訳ではなく早苗の印象をいい方に傾かせる程度のものだがそれによって早苗の多少行為は非難されることなく人に好感を与えている。


「はー。館林元気に続いて面倒ね。」


 このままでは早苗の地位が傾いてしまう可能性があった。早苗のはあくまで好印象に傾かせているだけ。もし、一人こらでも避難されれば傾いていたものだって一瞬で負に転じてしまう。目下元気はそういったことはしておらず早苗も特に何もしなかったが鏡がどう動いてくるか分からず苛立っていた。

 ちなみに早苗の鏡に対する態度は誰にでもするもので今までそういった行動は魅了により何事もなかった。単に今まで早苗の魅了に掛かる人ばかりが周りに集まっていたに過ぎないだけだが。


「でも藤川の契約者って一体誰なのかしら。あの様子だと魅了に全く掛かっていなかったのは一目瞭然。相当強い契約者になるけどそれほど強いとなるともしかして《七色》やそれに連なる所じゃないわよね。ま、それはそれだったらなにがなんでも魅了してコネを作るのもありかもね。ふふっ。」


 七色のコネを持つ自分を想像して笑う。早苗は鞄を手に取り先程のことを忘れたかのような上機嫌で教室を後にした。


「あーあ、早苗ったら誰が聞いているかも分からないのに大きな声であんなこと言っちゃって。あんなの聞いたら魅了の精霊の力も効かなくなるのに。」


 早苗から死角になっていた廊下の隅から雛が早苗の大きな独り言を聞いて呆れる。

 雛と早苗は幼なじみで雛は早苗の魅了の精霊のことも性格も熟知している。


「それにしても藤川くんいい顔してたなー。とりわけカッコイイわけじゃないけどなんか好きだなー。契約者は誰だろう。すごく気になるなー。ちょっと調べてみよ!」


 雛は鏡の顔を単純に気に入っていた。態度の方も特に気になる点もなく普通にいい人と認識している。ただやはり契約者が気になる。その気持ちは二年四組全員が持っていた。

 吹雪の待ち合わせ場所に向かっている鏡はそんなことは露知らず呑気に歩いている。

 契約者が吹雪と知られた時どんなことになるかも知らずに。


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