18
短いです
「──うわあああ!」
その悲鳴に吹雪は振り向く。そこには一緒に乗ったはずの鏡の姿が消えていた。慌てて鏡がいた所から下の川を覗くが人の姿は見えない。水に落ちる音はした。水面も激しく波打っているが人の影すら見えない。
吹雪はひとまずトロッコの内側にある緊急ボタンを押す。しばらくするとトロッコが停止した。
トロッコが止まったことにより乗客がどよめきながら吹雪と鏡の前後に乗っていた人は吹雪の方を訝しげに見ていた。幸い誰も鏡が落ちたところを見ていないみたいだ。吹雪を含めて。
『──ただいま安全確認のため停止しております。係員の案内に従い速やかに建物から出てください──』
機械的なアナウンスが流れる。それと同時に何人かの係員が乗客を誘導するため客から見ることの叶わなかった扉から現れた。
「すみません。あなたが緊急ボタンを押した方ですか? 申し訳ありませんが何があったか伺いたいので来てもらっても良いですか?」
「友人が消えました。川の中に落ちたみたいです。」
簡潔に手早くそう伝えると物腰の柔らかそうな係員は一瞬理解しなかったみたいだが一拍した後慌ててインカムでほかの係員に連絡を取り始めた。
「ご友人はこちらで探しますのでひとまず詳しいことを。」
一通り連絡を終えた係員が吹雪に着いてくるように促す。
吹雪は特に逆らうことも無く大人しく着いていく。
通されたのは吹雪が気になっていた壁の向こう側。従業員の休憩スペースになっているようだ。
「それでご友人が落ちたとは?」
休憩スペースの椅子へと腰掛け間を置くことなく訊ねてくる。
さて、出来ることならここで色々と引き出したい所ね。
「私も直接見たわけではありませんが友達の悲鳴が聞こえたと思ったら隣から消えていて……。慌てて友達のいた所から下を覗くと激しく水面が揺れていたので。」
「……わかりました。ご友人とあなたのお名前を伺っても?」
「友達は藤川鏡です。私は皇吹雪と言います。」
皇、その苗字を聞いた係員が固まる。
「皇……? あの《御三家》の皇ですか?」
疑いながら訊ねてくる。
「はい。身分証など提示しましょうか?」
そう言いながら吹雪は保険証を見せる。そこには吹雪の父の名前が入っており、係員はそれを見て事実だと認識した。
「……少々お待ちください。」
係員の男は緊張した面持ちで部屋から出て行った。
あの動揺はどっちの動揺かしら。
単に皇という名前への動揺か、皇が居るということに対しての動揺か。どちらかと言えば前者だけど。一介の従業員は知らないと思った方がいいかもね。
鏡が消えた最中でも探ることを止めることは無い。《御三家》としてここの内情を暴かないといけないのだ。
数分して先程の従業員が初老の男性を伴って戻ってきた。その男性は見るからに重役だと分かるスーツを身につけていた。
「初めまして私はオーナーの大屋長持と申します。此度はこちらの不手際でご友人が行方不明と。申し訳ありません。」
深々と頭を下げる長持は一見誠実な人物だ。
「いえ、気にしないでください。それよりも私の友達をお願いします。それと、私も探してもよろしいでしょうか。じっと待つだけのも苦しいので。」
苦しそうな表情で訴える吹雪は傍から見れば友達を思う健気な少女だ。ここに鏡がいたならば、きもいなどの一言を浴びせられていただろう。
「……本来ならばお客様にそのようなことはさせられないのですが……皇様の頼みですので特別許可致します。」
一瞬迷惑そうな顔をしたがすぐに笑顔になり快諾してくれる。
「古屋。皇様と一緒に行動なさい。」
「はい!」
「では皇様。この古屋について行ってください。」
古屋と呼ばれた係員を見るとやる気で満ちた顔をしていた。椅子から立ち上がり古屋へと着いていく。その時必然的に長持の横を通ることとなる。
「──いくら探っても出ませんよ?」
吹雪にだけ聞こえる声で告げてくる。きっ、と長持ちを横目で睨む。長持の顔は不敵な笑みを浮かべていた。黒だ。そう確信するには十分だった。
吹雪は古屋と共に『遡行の館』に戻ってきた。客が入れないように封鎖されている。プレオープンで助かったと言ったところか。もしこれがオープンしていたら大変だったろうに、と思わずにはいられない。
中では大勢の従業員が鏡を捜索していた。古屋と同じ服装の者もいればそう出ない者もいる。
大股で吹雪は鏡がいなくなった場所へと向かう。
「皇さん!あまり勝手に動かないでください!」
何も言わず歩き出した吹雪を古屋が窘めるがそんなの何処吹く風か吹雪は止まらない。
鏡の悲鳴がした辺りで足を止める。今は捜索のため水は引いている。近くに排水口はあるがもちろん人が入れるような大きさではない。
何か手がかりはないかとしゃがむが何も無い。鏡がアクセサリーの類いを身につけているはずもなく捜索は困難を極めている。なんせ人が一人忽然と消えたのだ。
『氷麗。なにか感じる?』
『精霊の力を感じる。ふむ、これは──。』
何か思うところがあるのか言葉が途切れる。
『──かなり古い力だ。私と同じくらいに生まれたものだな。この時代だとかなり面白い力を持ったものが多かったが……。』
『氷麗と同じくらいって相当昔じゃない。今では珍しい精霊……それで人が消える……。』
「──あ!」
「どうしたんですか!?」
突然の吹雪の大きな声に古屋やいの一番反応する。
突然消えた。痕跡もなく。転移?いや違う。そんな精霊はいない。氷麗と同じくらい古く人を簡単に全く別の場所に移動させる、つまり──。
「空間の精霊ね! あ、でも分かっても意味が無い!」
声を上げながら立ち上がったと思うその場を行ったり来たりにしながら考え始める。
分かったからなによ。鏡がどこに行ったかの手掛かりになんかならない。一先ずはほかの建物を探すしかない。……仕方ない。ここの人達に手伝ってもらうしかないわね……。
「古屋さん。」
ピタリと吹雪の動きが止まったかと思うと古屋を呼ぶ。突然名前が呼ばれたことで古屋はビクッと肩が跳ねる。
「ほかの建物を捜索してもらうことって出来ますか?」
「ほかのですか? いえ、出来ないことはないと思いますがこの建物から出ているという線は薄いかと……。」
予想通り古屋は渋る。吹雪は空間の精霊についてを話した。もちろん空間の精霊の力を氷麗が感じたということにして。
「空間ですか!? それは、とても珍しい精霊ですね……ってそうではなく! それでしたらほかの建物に居てもおかしくはないですね。アトラクションを止める訳にはいきませんがほかの建物の係員にも伝えましょう。」
そう言って古屋は少し離れてインカムで連絡を取る。全ての建物の係員に連絡をし終えたのか吹雪の元へと戻ってくる。
「それで皇様はどうされますか? 」
「とりあえずはここから一番遠い場所に案内してもらってもいいですか?」
「ええ、構いません。」
「ありがとうございます古屋さん。嫌でしたら一人でも行きますので。」
古屋はここのアトラクションの係員だ。ほかの場所ではそこの係員に頼めばいいのだ。
「いいえ。大屋様から皇様を頼まれましたのでご友人が見つかるまで付き添い致します。」
丁寧な物腰で吹雪の申し出を断る。従業員の鏡だと吹雪は思わず感心してしまう。
「そういうことでしたら最後までよろしくお願いしますね。」
頼もしい者を見る目を古屋に向ける。なんとなくだが頼りがいがあると思わせてくる。
「それでは皇様。先に建物から出て頂いても?ここの係員に伝えてきますので。」
「ええ。わかりました。外で待っています。」
さして疑うことも無く吹雪は『遡行の館』から出る。吹雪の背が見えなくなり古屋がインカムへと指を当てる。
「──空間の精霊が皇の関係者を地下へと招いた。早急に捕え保護しろ。精霊に関しては殺しても構わない。だがなるべく生け捕りにしろ。大屋古屋の名において命ずる。」
そこには先程の物腰の柔らかな男性はおらず酷薄な顔を携えた人物しかいなかった。