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 人生初のテーマパーク。鏡は園に入る前から浮き足立っていた。格好はワンピースで鏡で初めて着るもので違和感が最初付き纏っていたがはやる気持ちにそれはかき消されていた。


『パラドクス・ランド』の入口で吹雪から預かっていたチケット見せて入る。入ってすぐの園内の地図のところに目を向けるとオーバーオールを着た吹雪が立っていた。


「吹雪!待たせてごめん。」


 小走りで吹雪の元へと行く。


「別に待ってないわよ。うん、やっぱり似合っていてる。」


 吹雪は鏡の姿を上から下までじっくり見て満足そうに頷く。もちろん鏡は昨日と同じウィッグを付けている。


「ではさっそく何から乗る?お化け屋敷とか――」

「ジェットコースター!」


 食い気味で鏡が提案する。鏡はずっと乗りたくて仕方なかったのだ。初めてジェットコースターを見た時から速さと高さに心を奪われていた。


「じぇ、ジェットコースター……?それよりも『遡行の館』とかお化け屋敷とかどう?」

「いや、ジェットコースターがいい。」


 吹雪はなんとかジェットコースター以外にしようと別のものを提案するが鏡は頑なに拒否する。


「本当にジェットコースターがいいの?あんな速いのが?」


 念を押すように問うが鏡は笑顔で肯定するだけだった。


 ああ、これ乗るしかない。


 吹雪は諦めた。


 コトコトコトコト。ゆっくりとジェットコースターが頂点へと上っていく。上に行くほど鏡の顔は期待で満ち溢れるのと正反対に吹雪の顔からは生気が抜けていく。隣に座る鏡はその様子に全く気づくことなく頂点の先の空を見ている。


 ジェットコースターがついに頂点へとたどり着く。そして乗客全員に一瞬の浮遊感が訪れるや否や急加速で落ちていく。


「やっほおおおおおおおお!」


 乗客の誰よりも楽しそうな声を発する鏡の隣で吹雪は恐怖のあまり体が塊沈黙している。ただひたすら早く終わることを祈っていた。




「ご、ごめん吹雪。苦手なのに乗せて……。はい、これ。」

「いえ、言わなかった私も悪いし克服したいとも思ってたから。」


 ジェットコースターから降りて興奮冷めやらぬ鏡が吹雪の顔を見ると明らかに生気が消えておりいつもの覇気が掻き消えていた。慌ててテーブルと椅子がある場所を探して吹雪を座らせ飲み物を買ってきたところだ。


「けど吹雪にも苦手なものがあったんだな。」

「ジェットコースターとかあういう速いのダメなの。どうしてダメなのか分からないけどとりあえずダメなの。」


 意気消沈。まさにその言葉通りに項垂れながら飲み物を啜っている。


「次は吹雪の好きなところに行こう!俺、じゃなくて私の好きなところ行ったしな。」


 吹雪をなんとか元気づけるために明るい声で提案する。

 そんな鏡の様子を見て微かに笑う。


「ありがとう。なら次はお化け屋敷よ。それと俺はダメって言ったでしょ。」


 軽く鏡の額にデコピンをする。痛みは全くない。


「うー、仕方ないだろ。ずっとこうだったんだから。」


 唸りながら吹雪へと抗議する。


「ずっとって、誰も直すように言わなかったの?」

「全く。それどころか褒められた。『鏡坊はそのままで。』『鏡坊は俺が似合っている』って。父さんも母さんも村の人の言うことは聞くようにって言ってたし。いやな、お……私も一人称が『俺』のままはダメってわかっていた。けど……。」

「けど、なによ?」

「どうせ村を出ることなんかないと思ってたし。それなら村の皆が良いって言う方が皆嬉しくなるって思って……。誰にも迷惑をかけずに、それどころか皆が喜ぶならそっちを選ぶだろ。」

「……それは、そうね。」


 吹雪はその言葉を捻り出すので精一杯だった。語っている時の鏡の目がどこを見ているか分からなかったのだ。どこか焦点のあっていない虚ろな目。

 鏡に最初出会った頃もそうだった。いや、そうではなかった。純粋なまま村の人の言葉を真に受け愛されていた。何も知らないまま。


「――でも」


 吹雪の意識が昔へと移っている間に鏡の瞳がいつものに戻る。


「吹雪が教えてくれたことは俺にとって初めてのことで世界が村だけじゃないって俺に与えてくれた。あの時から俺、村の人の言葉が全部じゃないって知ったんだ。自由にありのままに生きれた村とは違う世界を教えてくれた。」


 世界を教えた、なんて吹雪にその意図は全くなかった。ただの知識自慢。明らかに何も知らない同い年の子へ優位を取りたいがための行動。しかしそれは鏡には眩しく映った。


「……私はそんなつもりじゃなかったけど。」

「多分そうだよな。俺が勝手にそう受け取っただけだから気にしないでくれ。」


 笑顔で告げる鏡を見ながら、きっと私以外でも鏡には眩しく映ったのね。最初で良かった、と安堵していた。


「ふーん、あっそう。それより一人称。」

「え、あ!ごめん!」

「別に学校とかは男装してるから都合がいいけど女の子でいる時は『私』って言うようにしなさい。あなたの居場所は村以外にもあるんだから。」


 私が連れ出して見せてあげるから。心の中でそっとつけたした。



 鏡と吹雪がジェットコースターから降りた時ある二人の人物も『パラドクス・ランド』に来ていた。


「なんで俺お前とここに居るのー?彼女と来たかったのにー!」

「彼女いないくせに何言ってるんだか。」


 一人は信治。そしてその隣にいるのは紫色の髪の女の子。嘆く信治をにやにやと見ている。


「あーあー、鏡くんは今頃どっかの誰かとお出かけしるんだろなー。いいなー。」

「なにー?私じゃ不満なのー?」

「当たり前だろ!帰りに俺がどうなっているか想像するだけで怖いんだよ!」


 青い顔をした信治は女の子へと文句を言う。


「信治ぅ?あんまうるさいとひっぱたくぞ。」


 ドスをきかせた声で信治を脅す。それは様になっており信治は弱腰になる。虚勢は一瞬で崩れ落ちた。


「ううっ、こんな暴力女やだー……ってあれ?あの髪の色って――」


 前へと向いた信治の目に水色の髪の毛が映る。


「皇吹雪ね。向かいに女の子が座ってるし遊びに来たんでしょ。」


 信治の言葉で女の子も吹雪に気づく。興味深そうに見ている。


「俺この間お世話になってからちょっと挨拶してくるねー!」

「へ!?ちょっと信治!」


 引き留められる前に信治は吹雪と鏡が座る所へ近づいた。


「皇さーん!」


 手を振りながら笑顔で吹雪のことを呼ぶ。どこかで聞いたことのある声に二人は信治の方を見る。


 げ!信治!そうだ信治もプレオープンのチケット持ってたんだった。


「皇さん久しぶりです!あれ以来ですねー。今日は鏡とのデートとかじゃないんですねー。」


 鏡とのデートなど言っているが信治は鏡から吹雪とデートする、したなどそういったことは聞いたことはなく憶測でものを言っている。


 信治はちらりと鏡ことキョウコに目を向ける。


 ……背高くね?俺と同じぐらいないこれ?座高が高いだけ?


 何よりもまず背の高さに驚いだ。170を超えているのだ。無理もない。


「久しぶり荒川くん。今日は友達とお出かけなの。鏡は用事があってこれなくて。それで荒川くんはデートかしら。可愛い人連れているし。」

「へ?可愛い人?」


 可愛い人と言われて信治は首を傾げる。


 がっ、と信治の肩に強い力がかかる。


「信治何先に行ってんの?馬鹿なの?皇さんになにフランクに話しかけてるの?」


 信治がゆっくりと後ろを向くと怒りの形相の連れが肩を力強く掴んでいた。


「はじめまして皇さん。信治の彼女の木ノ葉(このは)(ゆかり)といいます。すみませんこいつが失礼な態度を取って。」

「木ノ葉さんと言うんですか。はじめまして皇吹雪といいます。失礼なんて、私の婚約者がいつもお世話になっていますので。」


 婚約者。その言葉に紫の眉がピクリと動く。吹雪はそれを見て少しだけ目を細めた。


 鏡はどこか肩身の狭い思いをしていた。普段と違い信治とは無関係な人間になっているので話しかけることも出来ない。


「どーもはじめまして荒川信治って言いまーす。」


 鏡が落ち着かない様子なのを見てなのか信治が鏡の顔を覗き込み自己紹介をしてくる。


「は、はじめまして。カガミキョウコって言います……。」


 びっくりしながらも真の時と同じように高い声を出す。バレたくはない。必死に隠そうと引き攣りながらも笑顔を浮かべる。


「カガミちゃんって言うんだー。よろしくねー。」


 信治はキョウコが男だと疑うことも無く笑顔を浮かべている。


「なーにがよろしく、だ!もう行くよ!皇さんにカガミさん邪魔してすみませんでした。」

「いえ、気にしないでください。お互い楽しみましょう。」

「ありがとうございます。ほら!しゃんと歩く!」


 乱暴に信治の服を引っ張る。


「うわ!まじでやめて!あ、またねー皇さんにカガミちゃん!」


 引っ張られながらも手を振るので鏡は小さく振り返しておいた。


 うう……まさか信治に会うなんて。気をつけないと。


 鏡はここにいる間は絶対ボロを出さないようにと心を引き締めた。




 紫は信治を引きずり人気のない所までやって来た。


「いい加減に離せよ!心乃葉(このは)!」


 信治が叫ぶ。木ノ葉紫いや、紫崎(しざき)心乃葉は手を素直に離す。


「あんた皇吹雪に婚約者が誰か知ってたの?」

「え?まあ、そりゃ友達だし。」


 信治は嘘偽らず伝える。


「もしかしてそれってあの騎士の藤川鏡って子?」

「そうだけどってそっか伝えてなかったなー。教えるタイミングなかったし。」

「はー?タイミングなんていくらでもあったでしょう!つかどう考えても大事な事項じゃない!タイミングもくそもなくとっとと教えなさいよ!」


 信治の胸に人差し指を突き指し眉間に深ーい皺を作り責め立てる。


「藤川鏡って子?その子絶対藤白じゃない。騎士兼婚約者なんて絶対そうじゃない。騎士だけなら皇吹雪のわがままの可能性もあったけど婚約者となれば黒桐が認めてないわけないし……。」


 ぶつぶつと呟く心乃葉から一歩距離をとる。


 やっぱり誰か別の人と来ればよかった。


 信治は心乃葉と来たことを早速後悔していた。


 そもそも心乃葉はテーマパークや遊園地などは全くもって好きではなく、信治もその事を十二分に知っており『パラドクス・ランド』のプレオープンの抽選に当たったことを心乃葉に自慢した。


 心乃葉は信治と契約している精霊使いで家の関係で仕方なく信治は騎士となった。


 幼い頃から一緒にいるので趣味嗜好は熟知しており心乃葉が興味を示さないと思っていたが


『それ、二人分ならもう一人は私でもいいよね。誰も誘ってないって言ってたし。』


 それを聞いた時耳を疑った。


 その後一通り一緒に行けないか友達に聞いたが全敗。この通り心乃葉と来ることになってしまった。


「そういえばなんで皇さんの前で偽名を使ったのー?」


 突然の偽名に信治は驚いていたのだ。


「それはもちろん私が《七色》だとバレないようにするため。顔を合わせたことないからたぶん大丈夫だと思うけどね。けれどカガミキョウコね……。もしかしたらあの子と藤白って……。」


 ぞくり。信治は悪寒がした。目の前の心乃葉がとても悪い顔をしたのだ。愉快そうに笑う顔はおいそれと他人に見せられたものではない。


「これは調べる必要があるわね。信治!」

「な、なに突然。」

「あんた藤白鏡と仲良くしなさい。」

「藤白じゃなくて藤川だよ。」


 一応訂正を入れる。


「いいえ、藤白よ。絶対そうよ。くふふ、皇の弱味をもしかしたら握れるかもしれないのよ。くふっ、くふふ。皇を意のままに出来たら私が次期当主になるのは間違いない!」

「お前まだそんなこと……。どう頑張ったて詩葉(ことは)さんが当主になるのにー。」

「はあ、あいつが?最悪にも程がある。絶対させない。必ず私がなってやる。」


 野心に燃える心乃葉に信治は呆れため息を吐くしかなかった。


 俺としては鏡くんと仲良くなるのはいいけど利用されるのはちょっとなー。それに簡単に利用されるとは思わないけどー。


 信治は知らない。心乃葉がある可能性を見出し。それをネタに脅そうとしていることに。


「てか心乃葉ー。今日はここに何しに来たのー?遊ぶのが目的じゃないんでしょー。」


 遊園地が嫌いな心乃葉。わざわざ来るってことは何か目的があるはず。確信が信治にはあった。


「あ、忘れた。そうだそっちが大事なの。」


 えー。大丈夫なのこれー。


「実は『パラドクス・ランド』の運営に精霊が利用されている噂があるの。」

「精霊を利用するのが何かまずいのか?今の時代どこもそうじゃないのか?」

「普通よ。でもそれが申請されず精霊が幽閉状態で利用されているとしたら?」


 信治の顔が歪む。


「信治からチケットのことを聞いた日にその噂が上からきてね。ちょうどいいと思って来たわけ。ま、怪しいところなんてなさそうだけど。ただ一つ除いて。」


 事前に園内の地図や建物の構造についての資料を見ていた心乃葉はその段階で怪しい所はないとみていた。しかし、一箇所だけ資料が得られなかった。


「『遡行の館』に行くよ。唯一調べあげられなかった場所。ここに絶対何かあるはずよ。」


 意気揚々と進む心乃葉。その後を至極真面目な顔つきの信治がついていく。


 精霊を不正に利用しているのだとしたら許せないなー。ほんとこういうのに関われる時だけは『紫崎』の騎士で良かったと思うねー。


 軽薄と思われ真面目さがないと言われる信治だが精霊に関することにはかなり心を砕く。


 そして二人が『遡行の館』へと入った10分後に鏡と吹雪の二人も建物へと入った。





 心乃葉と信治が去って吹雪は小さく舌打ちをした。


 面倒なのに知られた……。荒川信治だったけ、あの子も要注意人物、と。


 知らぬ間に吹雪に要注意人物にされた信治。


 吹雪は木ノ葉紫が紫崎心乃葉と気づいていた。心乃葉は会ったことはないと言っていた。それは正しいが心乃葉が吹雪を知っていたように吹雪も《御三家》《七色》で接触する可能性がある人物の顔と名前は一通り覚えていたのだ。


 それにしても偽名に()を入れるのはどうよ。


 心乃葉の杜撰な偽名に少しばかり腹を立てていた。


 しかし『紫崎』なんて厄介ね。私あの家個人的に嫌いなのよね。他の《御三家》や《七色》でも個人は好きでも家が嫌いってのは多いけど。


 吹雪の思う通り『紫崎』は他の家からはあまり好かれてはいない。中立の立場。そういえば聞こえはいいがどの家の味方にも敵にもなるという事だ。さらに『紫崎』は代々野心家が多く《御三家》と並び立とうと画策しているとか。


『紫崎』の陰謀とかよく言われてたらしいけどどれも『紫崎』は関連していないって断言されてるけど信用はこれぽっちも出来ないわね。


「吹雪この後どこに行く?」


 鏡の間の抜けた明るい声が吹雪の耳へと入る。目の前の鏡は園内マップに目を落として吹雪の様子には気づいていなかった。顔を上げていれば吹雪が厳しい顔をしていたことに気づいただろう。


「そうねえ。個人的には『遡行の館』が気になっているのよ。逆に鏡は行きたいところあるの?」

「これと言ってないからそこに行こう。それにさっきはお、あー……私の行きたいところだったから次は吹雪だ。あれ?これさっきも話た気がする。お化け屋敷に行きたいって言っていなかったか?」

「気が変わったの。どっちも行ってみたいところだったし『遡行の館』の方が近いからそっちに行きましょう。」

「じゃあその後はお化け屋敷に行こうな!」


 園内マップを畳むと鏡は立ち上がった。もう行くのかと吹雪も立ち上がろうとすると手で制される。


「ちょっとトイレに行くだけだから待ってて。」


 そう言って鏡は近くのトイレと駆け込んで行った。一瞬学校での癖で男性用トイレに入ろうとしたが慌てて女子トイレへと入っていった。


 鏡が見えなくなったところで吹雪はまた先程の厳しい顔に戻った。


 ……『紫崎』がどうしてこんな所に。もしあの噂を確かめにきたのかしら。だとしたら確実に『遡行の館』に向かうはず。私も探ってみますか。鏡には内緒にしとかないと。楽しみにしてたんだもの。


 鏡には普通に楽しんでもらいたい。その気持ちの方が強かった。


「お待たせ。さ、行こう!」


 無邪気な笑顔を見せる鏡に安心する。吹雪は立ち上がって隣に並ぶ。


 鏡に感づかれないように頑張りますか。

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