15
いい所で切ろうとしたら長くなってしまいました。申し訳ありません。
あ、一応新章?です。
六月に入り制服が長袖から半袖へと衣替えが完了する。鏡は薄着になることで女とバレやすくなるのではと危惧し、静に相談したところ
「たぶんお前抱きつかれても気づかれない。体柔らかくないんだよ。正直言って本当に男としか思えないし女って言われても納得出来ない。」
と嬉しいのか悲しいのかどう反応すべきか分からない解答が返ってきたがそのままサラシにシャツを下に一枚着れば問題ないとお墨付きを貰ったのだ。こんな簡単で済むんだ喜ばないでどうすると己を誤魔化した。
「あと俺は鏡のこと男と思って接しているから。それで何一つ違和感がないんだ。大丈夫だ。」
絞りカスの鏡の女の部分が泣きそうになった。
そんなわけで鏡は特に怯えることも無く普通に学校生活を送っている。
「あー!彼女欲しいー。ねぇ鏡くんもそう思わないー?」
「全く。」
「そもそも鏡には婚約者がいるじゃないか。」
昼休み。屋上で鏡、元気、信治は昼食を取っていた。
「じゃあそう言う元気くんはどうなのさー?」
「要らない。」
間髪なく答える。その返答に信治は奇妙なものを見る目を向ける。
「えぇー!いらないってことはないでしょー!せめて性欲ぐらいはあるでしょ!」
「人並みにあるけどどうも別のことで簡単に発散出来てな。その手のもので苦痛を味わったことがないな。」
「鏡くん!鏡くん!どうしよう……元気くんこのままだと魔法使い直行だよ!」
腕を掴み悲愴な顔で訴えてくるが鏡にはどうして元気が魔法使いになるのか分かっていなかった。
「はあ……信治。俺は経験済みだからな。不名誉なことはやめてくれよ。」
呆れた顔で信治に苦言を呈す。それはそうだ、三十を超えても童貞だと言われたのだ。
「あれ?そうだったんだ。……ちなみにどれくらい経験が?」
口に手を添えてそっと聞く。そこまでして鏡は何の話をしているのか分かった。しょうもないなとご飯を口に運んだ。
元気はにヤリと笑って両手を広げる。それを見て信治は驚く。
「ま、まじで……!?」
「ああ、中学の間だけだけどな。」
「まって!高校からは!?」
縋る信治をふっと鼻で笑う。
「それは内緒だなー。」
信治が撃沈した。この勝負完全に元気の勝利だった。だが信治は諦めない。鏡へとターゲットを変更する。
「鏡くん!鏡くんはまだ大丈夫だよね!元気くんみたいに経験豊富とか言わないよね!」
「え……うん、まあ。」
「よっしゃあ!」
ガッツポーズを決める信治に憐憫の目を向ける二人。なんとも悲しい奴だと思う他なかった。
鏡に関しては経験なぞしたことは無い。男もそうだが女なんてもっとない。
「ふふーん。そんな憐れな鏡くんにはこれをプレゼントしたいと思いまーす!」
憐れなのはお前だ。鏡と元気の心がシンクロする。
そんなことに気づかない信治は機嫌良くチケットらしきものをポケットから取り出した。ポケットに入れていたせいか少し皺が寄っている。
「あ、それ新しく出来る『パラドクス・ランド』のチケットか。」
元気が興味深そうな声を上げる。
「よくわかったね元気くん。実はプレオープンの招待状なんだよねーこれ。」
ひらひらと自慢気にひけらかす。鏡は黙ってそれを見ていた。
「今週の日曜日限定なんだけど二枚あってねー。もちろん一つは僕でしょ。もう一つは僕の彼女(未来)にあげようかなと思ってたけど鏡くんが鏡くんがどーしてもって言うならあげないこともないんだけどなー……ちらっ。」
薄目でこちらを見てくる。鏡はどうしようかと逡巡する。
「ねぇ!鏡くん行きたいよね!僕と行きたいよね!お願いだから僕と行きたいと言ってくれよー!でないと、でないと……。」
何かの恐怖に怯えるかのように頭を両手で抱え震え始めた。
行きたいのはやまやまなんだが日曜はどうしても外せない用事がある。ここは丁寧に簡潔に断ろう。
「信治。先約がある。」
「がーん!!」
大仰に口で発した擬音とまったく同じに落ち込む。
項垂れながら元気を信治は見やる。
「俺は部活があるからなー。」
「うわーん!裏切り者どもー!」
元気の言葉がトドメとなり嘘泣きをしながら屋上から飛び出して行ってしまった。屋上と階段を繋ぐ扉が虚しく揺れる。
「……追いかけた方がいいか?」
「ほっとけ。あいつなら別の誰か誘えるだろう。あんなんでも交友関係は広いからな。」
元気はさして気にせず昼食のパンを食べきる。鏡も元気の言葉に同意し弁当を食べきり片付ける。
「で、先約って誰となんだ?」
鏡が食べ終わるの待って元気が訊ねる。思わずジト目を向けてしまう。
「そんな顔するなよ。普通に気になるんだよ。」
「……秘密だ。相手から内緒にするように言われてるんだよ。」
「皇さんじゃないのか?」
鏡は首を縦にも横にも振らず、さあな、と返した。
別に鏡は今週の日曜日吹雪と出かけることを言うことに抵抗はない。いつもだったら普通に言っていた所だ。普通に告げてさらに信治とも一緒に行く事も出来たかもしれない。なぜなら吹雪が誘ってきた場所が『パラドクス・ランド』なのだ。信治と同じようにプレオープンのチケットを吹雪が偶然にも持っていたのだ。
「鏡。今週の日曜日空いているかしら?」
一昨日の月曜日。吹雪が鏡の部屋へと訪ねてきたと思いきや唐突に予定を確認して来た。
「うん。空いているけど。」
何も怪しむことも無く鏡は日曜が空いていることを伝える。
「丁度良かったわ。なら私とここに出掛けましょう。」
「なんだそれ?」
鏡が二枚の縦長の紙を取り出した。見覚えのないものに首を傾げる。
「ふふーん!これは新しく出来るテーマパークの『パラドクス・ランド』のチケットよ!」
「はあ……で?」
「で?じゃないわよ。これに今週の日曜日一緒に行こうって誘ってるの。」
鏡は吹雪の言葉を頭の中で噛み砕く。つまり今週の日曜日俺は遊園地に行けるってことか!
「行く!」
喜びと興奮のあまり机を叩いて立ち上がる。鏡の瞳はきらきらと幼子のように輝いている。吹雪はそれを見て満足そうに笑う。
「鏡ならそう言うと思っていた。一応これプレオープンだから最後出る時にアンケートを書くことになるけどいいかしら。」
「うんうん!全然アンケートぐらい!やったあ!遊園地だあ!」
昨今小学生でもここまで喜ばないだろうに、と苦笑してしまうが無理もないかとまた笑顔に戻る。
鏡がここまで喜ぶのも無理もなく、今の今まで鏡は遊園地やテーマパークに行ったことがないのだ。中学校の修学旅行で最終日に日本随一のテーマパークに行く予定だったがそもそも鏡は風邪をひいてしまい修学旅行自体行けなかった。家族で旅行に行くこともなく鏡は年甲斐もなくはしゃいでしまったのだ。
「じゃあ土曜日駅前のモールに集合ね。」
「どうして土曜日?」
日曜日じゃないのかと鏡の頭がハテナで埋まる。
「せっかくのデートよ。新しい服を買いましょう。初めての給料も貰ったんでしょ。」
ようやく一緒に買えるわね。と嬉しそうに言う吹雪には理由がある。
これまでも吹雪は何度も鏡と服を買おうと誘っていたが鏡は金がないと言って来ない。来たとしても買わず、奢ると言っても頑なに奢らせなかった。だが今回は別だ。鏡がバイトを始めたのだ。生活費は十分実家から送られていることは把握している。吹雪は確信を持って鏡を誘ったのだ。
「うん。ようやく吹雪と一緒に買える。」
「よっしゃあ!」
と叫びたいところをなんとか我慢する吹雪。吹雪と一緒という言葉にどれほど鏡が喜んでいるかは吹雪は知らなかったがそんなことに思考をやる余裕が無いほど吹雪の脳内は歓喜で満ちている。
「じゃあ土曜日!駅前のモール!ちゃんと女の子の可愛い格好で来なさいよ!」
それだけ言うと吹雪は鏡の部屋から去っていった。まだ日が出ているというので鏡の送りはきっぱりと断れた。
さて、ここで鏡の持っている服に関してなのだが鏡は何でも基本的に着る。黒色を基調としているものを好んでいるが別にそれ以外も着る。スカートもあれば着る。鏡はあるものを着るのだ。そして人に進められればそれを着てしまう。
そして鏡は普通にしていると男に間違われてしまう。そうしていると店に行き、店員から勧められる服を買うと自然とどうだろう男物の服ばかりが増えていく。そこに不運なことに両親も鏡に男物の服を勧めるのでますます男物が増えていった。
「可愛い格好……うーん。」
自分の持つ服達を見て唸る。どれを見ても男物。女物でも可愛さなど欠片もない。困った鏡は携帯を取り出してある人物に電話をかける。五コールほどだろうか相手が出る。
『どうした鏡。突然電話なんて。』
「助けてくれ、静!」
鏡は事の顛末を静に話した。
『はあ、つまり女装させてくれってことか?』
「まあそういうことだ。」
『吹雪も鏡が女物の服を持ってないこと分かってるだろうに。わかった。明日学校が終わったら家に来い。』
静の了承を聞いて鏡は一先ずの安心を手に入れた。
「ありがとうな。」
『別にいいけど俺以外誰かいなかったのか?聞くだけなら地元の友達にでも連絡を取ればいいだろ。』
静の言葉を聞いて鏡は暗くなる。
「俺あいつらの連絡先知らないんだよ。基本村じゃ口頭で伝えてたから分からないんだ。携帯もこっち来てから持ったから。」
『マジかよ。鏡の村って本当に現代かって疑いたくなるな。』
村を出てから鏡も感じていた。自分の村がいかにそこだけで完結しているかを。基本村を出ることなく、出るとしても隣町。だがそこも他所と比べると閉鎖的な場所だ。
『ま、そんなことはどうでもいいか。明日放課後真っ直ぐ来いよ。』
「ああ、わかった。ありがとな。」
『どういたしまして。じゃあな、また明日。』
「じゃあな。」
プツリと通話が切れる。吹雪とのデートの服の宛ができ、鏡は一息ついた。
静にも散々言われたが俺ってそんな男に見えるのか?確かに普段着でいると女って思われたことはないし何故か制服でも女か怪しまれたこともあったな。
鏡は別に男らしく生きているつもりはなく自分のあるがままに生きているだけであるのでそれが甚だ不思議だった。自分が世間一般の女からズレている自覚はあるも少しも女と疑われないのも変な気分になる。
ただあと二年近く男として生きるならそれでいいかとあまり深く考えず吹雪のデートに思いを馳せた。
土曜日。鏡は駅前のモールの中にある噴水の前で待っていた。噴水の中にはお金やゲームセンターのコインが沢山投げ入れてある。
鏡の服装は白のパンツに上は少し薄手のシャツにパーカーを羽織っている。そして極めつけは長い茶色い髪の毛。静の家に行った際短い髪だとどうしても女に見えないということなのでウィッグを用意していてくれたのだ。あまりの準備の良さに鏡は感謝するしか無かった。
鏡は吹雪を待ちながら毛先を弄る。生まれてこのかた髪の毛が長かったことないせいか落ち着かないでいる。
吹雪俺だって分かるかな……?
髪を弄りながら不安になる。静に服を借りに行った時どうせならウィッグのことを言わないで行けと言われたのだ。たまには困らせてやれ、と。
そわそわと落ち着かない。どこか緊張した面持ちでいると
「ぶふっ……!なに緊張しているのよ。鏡。」
待ち人の声が聞こえそちらを向くと黒のパンツに黒のジャケットを羽織り、ポニーテールの吹雪がいた。吹雪の見たことの無い服に唖然とする。
「ふふふ。その服とウィッグを見ると静に頼ったのね。」
予想通りすぎてびっくりしたわ。と笑っている。そこで鏡は吹雪の服をよくよく見る。するとそれは鏡の服だった。
「びっくりした?これね鏡の家に遊びに行った時捨てるって言ってたからおばさんに頼んで貰ったのよ。中学生の時のものなのにピッタリで今でも着ているのよ。」
「母さん……!いや、うん、びっくりしたよ。けれど俺のだと吹雪の持っているのと全然違うからなんか新鮮。」
「意外とね。着てみないと分からないものね。それと鏡。その『俺』って言うのはやめなさい。その服装だと変。」
吹雪が指摘したことは鏡も少なからず思っていた。だが鏡の一人称は昔からなのでとっさに『私』がなかなか出てこない。
「わ、私……?これでいいか?」
「うん。よろしい。」
鏡がなんとか言うと両手を腰に当て満足そうに口角を上げる。
「ではさっそく……プリクラを撮るわよ!」
何かの宣言か決めポーズを取りながら言う姿は少しアホらしい。
「プリクラ……って写真をとるやつだっけ?」
吹雪のポーズには突っ込まず訊ねる。
「良かったプリクラは知ってたのね。」
「やったことも見たこともないけど。友達が昔教えてくれたんだ。」
「どうせそんなことだと思った。ここにゲームセンターがあるからそこに行くわよ。」
吹雪につられゲームセンターへと行く。鏡は内心わくわくしていた。生まれて初めてのゲームセンターだ、興奮しないはずがない。
「さあ、ここがそうよ。」
「ここが……!」
目をきらきらと輝かせて秩序のない音が飛び交う空間を見る。明かりは薄い。けれどそのおかげでゲーム機の画面が一際目立っている。
「プリクラはあっちよ……って勝手にどこかに行かない!」
ふらふらと街灯に集まる蛾のようにふらふらと興味の湧くほうへと歩いていこうとする鏡の服の襟を掴み引き戻す。鏡は背が高いので襟を掴むのが難しかったのは吹雪にとって少し屈辱だった。
「うわ!なにこれ緑!」
入っての第一の感想がプリクラ内の背面の色に関して。確かにここまで緑一色だとそんな感想も浮かぶ。
「あそこがカメラか?へー。」
「そんな近づかないのあっちにいなさい。」
カメラ下のパネルを操作しながら鏡に後ろに下がるよう支持する。
えーとあんまり派手じゃないフレームと背景はこれでいいか。鏡は派手なの好きじゃないし女らしいのも嫌いじゃないけど好きでもないから、うん、妥当ね。は?盛り?そんなものいらないのに余計な機能ばっかり。
心の中で文句を言いながら操作をしていく。
「へー、これが写真を撮るとそのまま写るってことか。凄いな。」
吹雪に覆い被さるように鏡がパネルを覗く。
「一応聞くけどこれがいいってのある?」
「吹雪が選ぶんだったらなんでもいい。そもそもわからないし。」
予想通りの答えが返ってきて吹雪は息を吐く。
「たまには自分の意見を通したらどうなのよ。いつも私だったらなんでも良いって言って。」
「だって吹雪は俺の嫌なものは選ばないしどちらかと言うと俺の好きなもの選んでくれるって分かるからなんでもいいんだ。」
うーん、よくわかんないな。それだけ言うと後ろに戻って行く。突然の発言に吹雪は固まってしまう。
『後三十秒だよ♪』
残りの秒数を伝える高い女性の声が吹雪を現実に引き戻す。慌てながら最後の背景とフレームを選び終えると鏡の隣へと並ぶ。
「カメラの方をちゃんと向きなさいよ。ほら、笑ってピース!」
吹雪がピースするのに倣って鏡もピースを作る。ちょっとわくわくしてきた鏡は満面の笑みを浮かべる。
『……3!2!1!』
カシャリ。シャッター音が鳴る。一瞬のフラッシュに少し鏡がびびる。
『それじゃあ次のポーズをしてみよう♪』
軽快な声が次のポーズを催促してくる。
「え!?これ一回だけじゃないのか!?」
「当たり前じゃない。ほら、私の後ろに立って。手を私の前に回して交差させて……うん、おっけー。」
一回きりだと思って戸惑う鏡に指示を出して吹雪のしたかったポーズをとらせる。
「ほら笑顔!」
『……3!2!1!』
カシャリ。吹雪の声でなんとか笑顔を作った鏡。またフラッシュに驚いてしまう。そこから三回撮ったが全てポーズは吹雪に指定されるものをとった。
そのまま二人は機械の音声に従い入ってきたのとは逆側から出る。
撮ったものに文字やスタンプを貼り、プリントされるのを待つ。ちなみに鏡は何を書けば良いか分からず情けない声をあげながらほぼ全て吹雪に任せていた。
「ほら、鏡の分。」
近くに置いてあったハサミで吹雪が半分に分けたプリクラを差し出す。受け取った鏡の感想は意外としっかりした素材なんだ。
「まさかの素材に対しての感想。鏡らしいと言えば鏡らしいわね。シールになっているからどこかに貼ってもいいしそのまま持っているのでも好きな方にしたらいいわ。」
「シールになっているのか。」
端をほんの少し捲ると確かに剥がれ、剥がれた面に触れると粘着力がある。
「うーん、どうせならどこかに貼りたいんだけど無理だしなー。」
「別に誰にも見られないところに貼れば良いじゃない。」
「そう言ってもなー。」
鏡が渋るのは今の格好が原因だ。吹雪は確かに鏡の服を着ていて普段の吹雪らしさはないがそれでもはっきりと吹雪とわかる。そしてその吹雪と一緒に写る謎の女。その写真を持つ普段の鏡。どう考えても変だ。
「生徒手帳に挟むか。これなら人前に出さないし失くさないように気をつければいいんだしな。」
鏡は手提げのカバンから生徒手帳を取り出してそこにプリクラを入れた。
「なら私もそうするわ。」
吹雪も同じように生徒手帳にプリクラを入れた。
「なあ吹雪。俺あれしてみたい。」
そう言って鏡が指し示したのはゾンビを銃で撃ち殺すゲームだった。吹雪は鏡の示したゲームを見て眉を顰める。
「俺って言わない。相変わらずまるで男みたいな趣味ね。」
「前に真さんが持ってきたゲームに似たのがあってすごく面白かったんだ。」
真。その名前に吹雪が反応する。
「真?」
「うん。真さん上手かったなあ。ちょっとやってみてもいい?」
吹雪の声のトーン下がったことにも気づかず嬉々として真を褒める。
「へえ。真がねぇ。鏡、私もやるわ。共闘プレイよ。」
闘志を剥き出しにした吹雪が100円玉を投入して銃を手に取る。突然やる気になった吹雪を不思議に思いながら鏡も100円玉を入れて銃を取る。
「チュートリアルやる?」
「え、う、うん。お……わ、私初めてだし。」
抑揚のない声に戦きながら俺と言うなと言われたことを思い出し途中で言い直す。
簡単なチュートリアルを終えいざ本番が始まると鏡は驚きを隠せなかった。
鏡は突然現れるゾンビに何度も驚いていたのだが吹雪は動じることなく次々とヘッドショットを決めていく。
「吹雪もしかしてやったことある……?」
ボスを倒して次のステージまでのイベント途中で鏡が恐る恐る訊ねる。
「これじゃないけど似たようなのは色々やって来たわよ。もちろん家でも真や静とやったりしたわ。」
「吹雪ってこんなのやるんだな。意外。」
鏡の正直な感想だった。
「それなら私も。鏡って案外ビビリなのね。プリクラでもフラッシュの度にビクッてしてたし。」
「な……!しょうがないだろ。だってびっくりしたんだから。」
くすくす笑う 吹雪に鏡は少しいじけてしまう。
「まあ確かに私も初めの頃は結構びっくりしたわ。でもだいたい出てくるタイミングなんてどのゲームも似たようなものよ。だから覚えなさい。」
「覚えろって言ったってこっちはそれどころじゃない。」
「慣れよ慣れ。ほら、次のステージよ。」
そこから半分までノーコンティニューで進んだ二人。ほとんどは吹雪のおかげだった。
「うーん久しぶりにやったけどそんな鈍ってなくて良かった。」
一通りゲームセンターで遊んだ二人はフードコートでお腹を満たしていた。
あの後鏡の興味が向いたゲームを次々と遊んで行き最後にまた二人でゾンビゲームをした。一回目の吹雪のアドバイスのおかげか鏡はあまり驚かなくなり半分より先に進むことが出来ていた。
「食べ終わったら次はようやく本命の服を買いに行くわよ。」
吹雪のその言葉通り服を買うかと思いきや服屋に向う途中で雑貨屋にも寄る。
「鏡これ見てみなさい。」
そう言って吹雪が手に取ったのはミニチュアのランタンだった。鏡がじっと見ているとランタンが空色に淡く光り出す。
「え!どういうこと!?」
吹雪は手のひらに乗せていただけでそれ以前もいじった様子もなく突然光り出すランタンに鏡は驚く。じっと見つめるが仕掛けみたいなものは見つからない。
「これね精霊の加護に反応しているのよ。精霊使いや騎士が触れると光るのよ。この下の中に《精霊石》が入ってるの。」
「《精霊石》……?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「やっぱり知らないのね。《精霊石》って言うのは加護に反応して光るもので高度のエネルギー結晶体でもあるの。純度が高ければ高いほど強い光を発してエネルギーは莫大なもので電気を生み出したりするのに使われているの。一般市場には流通はしないのだけれど粗悪で小さなものは売られているの。」
この中にもそれが入っているのよ。吹雪が言い終わる頃には鏡は食い入るようにミニチュアのランタンを見ていた。
予想通りの反応に吹雪は小さく笑う。
吹雪は雑貨屋で鏡が知らないものの説明を次々とした。単なる知識自慢かもしれないが受け取りて側の鏡はそうは思っていない。吹雪が教えてくれるもの全てに目を輝かせていた。
「何か欲しいものはあった?」
「どれも欲しくなったけど買うならあの小さいランタンかな。」
そう言って吹雪が最初に説明した時と同じようにランタンを手のひらの上に乗せしばらくすると淡く緑色に光る。
緑色に光るランタンを見て吹雪が一瞬眉をひそめるがすぐに笑顔に戻った。
その後も色々な店を巡り目的の服屋へとようやくたどり着く。
「さーて鏡。色々試させてもらうわよ。」
ひどく嗜虐心に満ちた顔を鏡へ向ける。鏡は本能的な恐怖を覚えた。
「まずはこれよ!」
そこから鏡は吹雪の着せ替え人形となった。
日が傾き茜色の空の中両手いっぱいの荷物を持った鏡と吹雪は鏡の家へと向かって並んで歩いていた。荷物はほとんど鏡の服である。普段鏡が着るようなものから着ないものまで幅広く入っている。
「沢山買えたわねー。明日のデートようの服もいいのが買えたしなにより楽しかったわ。」
「吹雪が楽しかったならなにより。私もすごい楽しかった。」
帰る頃には鏡は違和感なく『私』と言えるようになっていた。
しばらく他愛のない話をしていると前からよく見知った金色の髪の少年が歩いてきていた。そちらもこちらに気づくと手を上げ小走りでこちらに向かってきた。
「吹雪!もしかしてこれから鏡くんの所に行くのかい?」
金髪の少年である神木真の第一声は予想外のものだった。
「え、ええ。そうよ。」
素直に答えてからすぐに後悔した。
真は今鏡の部屋がある方から歩いてきた。つまり鏡の家に一度行き留守だったので帰ってきた所。そこに吹雪が歩いてきた。吹雪が向かうとしたら鏡の部屋以外この道にないことは真も十分知っている。
「ならよかった。実は先週鏡くんの家に忘れ物をして取りに来たんだ。たまたま近くを通ったからついでに寄ったんだけど居なくてね。」
忘れ物と聞いて鏡は思い出す。
あれを取りに来たのか。連絡してくれれば学校にでも持って行くのに。
「それでその子は誰かな?」
真の目が鏡を捉える。嫌でも体が強ばる。
守るように吹雪が少しだけ鏡の前に立つ。
「私の友達。カガミキョウコっていう子よ。」
「へーカガミキョウコさんね。はじめまして、僕は神木真といいます。」
穏やかな笑みを鏡が扮するキョウコへ笑いかける。
「は、はじめまして。」
鏡は緊張しながら可能な限り高い声を出す。
「この子人見知りだからあんまりじっと見ないであげて。」
澄ました顔で真と向き合っているが内心で鏡の高い声に笑わないよう必死に耐えていた。証拠に微妙に肩が震えている。
「そっかそれならあまり見ないようにしないとね。二人はこのまま鏡くんの家に行くのかい?鏡くんが家にいないのに?」
「鏡から鍵は預かっているから問題ないわよ。鏡は月曜まで戻ってこないから鏡に学校に持ってきてもらうように連絡した方がいいわよ。それじゃあ私たちはもう行くわね。」
吹雪は早々に真の会話を切り上げ横を通り過ぎる。このまま話していたらボロが出る気がしたのだ。
鏡も吹雪の後を追って真の横を通り過ぎる。その時ちらりと真の顔を見ると感情の読めない顔で睨まれていた。見たことの無い真の顔に鏡は寒気を覚えた。なんとか軽く会釈すると先程の顔が嘘のように笑顔になる。あまりの一瞬に見間違いかと思ったがどうにも忘れられずもやもやとしたまま吹雪の隣へと急いで並んだ。
並んで歩く二人の背中を真はじっと見ていた。
次回は短くなると思います。