表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

誤解と涙と…











「どうしたの、咲香?」



美奈子は、先に帰ったはずなのに不意に自分の目の前に現れた咲香に不思議そうに尋ねた。



彼女の隣に居る保も怪訝そうに咲香を見ている。




「………神……風…。」



咲香は質問には答えず、小さくそう呟いた。



顔は臥せられ、両手は固く握られ微かに震えている。




「咲香…大丈夫?」



「待って、美奈子ちゃん!…何か様子が変だよ!」



咲香に駆け寄ろうとした美奈子の腕を掴み、保が引き留める。




「えっ?」



「神風………宿敵。倒……ス…!」



次の瞬間。



咲香の周りにブワァと凄まじい黒い風が巻き起こった。




「きゃっ!?」



「おわっ!?な、なんだよ…!?」



美奈子と保の二人は、三メートルほど後方に吹き飛ばされる。



しっかり踏ん張っていたため、地面に叩きつけられることはなかったのが幸いだった。




「咲香…どうしちゃったの…?」



「神風ハ……敵…!」



その時美奈子が見た咲香は、いつもの咲香では無かった。



鬼のような角、鋭く尖った歯、同じく鋭く伸びた爪…歪んだ顔…。




「そんな…!契約者に乗っ取られてるの…?」



「ウ…アアア…!!」



応えるかのように、咲香は美奈子に一気に間合いを詰める。




「美奈子ちゃん…避けて!」



「きゃっ!?」



美奈子は反射的に、右に交わした。



目標を失った咲香の爪は、ドッと地面を抉る。




「待ってて、美奈子ちゃん!俺も加勢する…」



「ダメだよ、保君!…咲香に手を出さないで。」



「だけど…このままじゃ…!」



「お願い…保君。」



保は仕方ない…と、円輪を構えた手を下ろす。




「咲香…私はあなたを倒したくない…。目を覚まして!」



「我ハ…オマエナド…知ラナイ…!」



契約者は再び美奈子に向かってドドッと駆けてくる。




「咲香…。」



「消エロ…!」



咲香もとい契約者は、鋭い爪の生えた右腕を大きく振り上げる。



…が、美奈子は避けない。



目を瞑り、ただ俯いて立っている。




「美奈子ちゃん!」



「美奈子!」



ガッ!!



保とは異なる男性の声がして、契約者の攻撃は青い長剣に防がれた。




「吹雪…!」



「ぼうっとするな。」



吹雪は咲香との鍔迫り合い状態のまま、言葉を返した。




「仕方ないでしょ…咲香は…大事な…」



「だから、お前は無様に殺されるというのか?」



「そういう…わけじゃ…」



カンッと吹雪は、攻撃を弾き返す。




「グッ…吹雪カ…。」



契約者は、パッと後方に身を退く。




「大事な友達だから、なんだ?自分の命よりも大事なのか?それで、一條が救われるとでも思っているのか!」



「そ、それは…。」



今まで見たことないほどの吹雪の激しい剣幕に、美奈子は言葉に詰まった。




「吹雪!美奈子ちゃんは…!」



「保は黙っていろ。」



「うっ…わかった。」



保はそう言って、口を閉じた。




「神風…倒ス…。我ノ復讐…。」



咲香は吹雪達の会話の終了を待たずに、今度は吹雪の前へ詰め寄る。




「くっ…!」



吹雪は、一撃で契約者を倒そうと突きの構えをした。



しかし、




「吹雪…お願い!傷つけないで…。」



美奈子の声を聞き、思い止まった。



その隙をついて、




「死ネ…吹雪!」



「うぐっ…!?」



契約者は吹雪の腹部を腕で強打する。




「吹雪!!」



吹雪の体は薙ぎ払われ、後方に吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。



ドッと強打音がして、力なく吹雪は地面に臥す。




「…っ…。」



「吹雪…!もう…見てるだけなんてできねえ…。ごめん、美奈子ちゃん!」



保は宣言するように言うと、吹雪に長い爪でとどめを刺そうとしている咲香の背後に回る。



そして、




「たあっ!」



気合いの掛け声と共に、円輪を投げつける。




「た、保君…ダメ!」



「グウッ!?」



円輪は、咲香の右肩に数センチほどの切り傷を付ける。



咲香は、肩を押さえ、数歩後ろに下がった。




「今だ!食らえ…神速ざ…」



「止めて!!」



「……!美奈子ちゃん…。」



契約者咲香の前に、両手を広げ立ちはたがる美奈子。



保は驚いて攻撃を中止する。




「美奈子ちゃん…そこをどいてくれ!倒さないと…」



「…私にやらせて。」



「えっ…?」



「私が咲香を…消す。」



美奈子は静かに、けれど凛とした表情でそう言った。




「ウウ…神…風…。」



「咲香。」



美奈子は、契約者咲香に優しく声を掛ける。




「ミナ…。」



「その姿になっても覚えていてくれたんだね…。短い間だったけど、ありがとう…。さよなら…。」



「止、止メ…グアアッ!」



ザシュと斬音がして、契約者は粒子となって消えていった。












「はあ…はあ…。また…あの日の夢…。」



美奈子は、自分の叫び声で目を覚ました。



心臓はトクトクと早い鼓動を打ち、額からは多量の汗が流れ出している。



体はブルブルと震えていた。




「怖い…怖いよ…咲香………。」



自分自身をギュッと抱きしめながら、美奈子は呟いたのだった…。













「吹雪ぃ…。美奈子ちゃん、もう一週間も学校行ってないんだぜ?なんとか元気にしてくれよー。」



木曜日の夕方。



吹雪の部屋にちゃっかり居座っている保が嘆き口調で言った。




「…そうだな。」



対する吹雪は、何か分厚い本を読みながら、一言だけ言葉を返した。




「そうだなじゃなくて!励ましの言葉かけてやれよ!」



「…保が励ましてやればいいだろ。」



「俺じゃダメなんだってば!美奈子ちゃんは…吹雪に励ましてもらうのが一番の薬なんだよ。そういうことには鈍ぃんだから…吹雪は。」



「…鈍くて悪かったな。今のあいつは…何を言っても無駄だろう。放っておくのが一番だ。」



吹雪の無関心な態度に、保は諦めたようにハアと深いため息をついた。




「わかった…もう、吹雪には頼まねえよ。俺が何とかしてやる。」



そう言うと、保は足早に吹雪の部屋から出て行った。




(戦いたくないといういう奴を励まして何の意味がある?むしろ、励ますことはせず、あちらの世界に返してやる方がいいに決まっている。)



吹雪は本を黙読しながら、心の中で呟いた。



彼が読んでいた本には、“鏡”や“表の世界”という言葉だけに赤いマーカーが付けられていたことは、本人以外に知る者は居なかった…。







次の日の朝。




「吹雪…大丈夫か?」



吹雪の無関心な態度に、保は諦めたようにハアと深いため息をついた。




「わかった…もう、吹雪には頼まねえよ。俺が何とかしてやる。」



そう言うと、保は足早に吹雪の部屋から出て行った。




(戦いたくないといういう奴を励まして何の意味がある?むしろ、励ますことはせず、あちらの世界に返してやる方がいいに決まっている。)



吹雪は本を黙読しながら、心の中で呟いた。



彼が読んでいた本には、“鏡”や“表の世界”という言葉だけに赤いマーカーが付けられていたことは、本人以外に知る者は居なかった…。






















次の日の朝。




「吹雪…大丈夫か?」



朝食中、何度も痛そうに胸部をさすっている吹雪に、保が心配そうに声をかけた。



カリカリに焼かれた食パンも、ほんの三分の一しか食べられていない。




「…何でも無い。戦いの中で、少し痛めたのだろう。」



「何でも無くはねえだろ…。あ、そうだ!思い切り深呼吸してみろよ、吹雪。」



「深呼吸…?」



吹雪は不思議そうに首を傾げつつも、スゥと空気を吸い込む。



そして、肺が大きく膨らむまで空気が入った時、




「……っ!」



吹雪は、右手で胸を押さえ苦しそうに顔を歪めた。




「保…お前…っ…何する…」



「あ、やっぱりそっか…。吹雪…、肋骨折れてるかもしんねえよ?」



「肋骨…っ…?」



吹雪が聞き返して、保がそうと頷く。




「深呼吸して胸押さえるってことは、肋骨に負担がかかってるんだよ。旅の知識の基本でさ、医学は。」



「………。」



「この前の戦いでやっちゃんたんだろな。…吹雪、学校休んでしっかり病院行けよ?」



保は人差し指を前に出して母親のように言うと、吹雪が言葉を返す前に、さっさと学校へ行ってしまった。



残された吹雪は、胸を押さえたまま、




「…仕方ない…っ…か…。」



病院ではなく、ホームの地下へ繋がる階段をゆっくりと降りていくのだった…。


















授業と授業の間の十分休みの時間。




「えー?吹雪君、今日休みなの?」



「うん、休み。体調不良でさ。」



隣の席で茶色いウェーブ髪を持つ女子…深央莉奈に、保は小声で言葉を返した。



深央は、吹雪ファンクラブの会員で副リーダーなのである。




「そう言えば…水野さんと草木君が来てから、吹雪君は疲れてるみたいに見えたけど…。何か関係あったりするの?」



「えっ…ま、まさかな!俺達、ただの仲良い友達なだけだし。チームとか組んでるわけじゃねえからさ!」



「チーム…?バンドか何かやってるのー?」



「い、いや、本当に関係ねえの!…あ、ほら、外!何か鳥が飛んで来てるよ!」



冷や汗をかきながら、保は窓の外を指差す。



鳥って抽象的すぎるよと突っ込みながら、深央は指差された方向に視線を移す。



…確かに、何か白っぽい鳥が窓に向かって飛んで来るのが見えた。




「鳩じゃないのー、あれ?」



「鳩…?おっ!!もしかして…」



保は目をきらきら輝やかせ、窓を開ける。




「うわっ!?寒いぞ、草野!」



「きゃっ!?ゴミが入ってくるでしょ!」



クラスメートの何人かの文句が聞こえてくるが、保は全く気にしていない様子だった。



「恋燐!こっちだ!」



周りの騒音を物ともせず、保は鳩の名前を呼び手招きする。



言葉を理解しているのか、クルックーと一鳴きし、鳩は窓から中に入る。



そして、窓の桟にパタパタと降り立つ。



恋燐と呼ばれた鳩は真っ白で、首には赤いリボンが巻かれていた。


足には二センチぐらいに丸められた紙がくくりつけられている。




「恋燐…元気だったか?お前が来たってことは、ナイトが来るんだろっ?」



「クルックー。」



保に尋ねられ、恋燐はこれを見てくれと言わんばかりに片足を上げ紙を見せる。




「保君のペット…?」



「伝書鳩か…?いつの時代の人間だよ、草木は。」



クラスメート達は、物珍しそうに恋燐を見つめていた。



女子の何人かは、利き手を出したり引っ込めたりして、触りたそうにしている。



保は、触っても大丈夫だぜとクラスメート達に言いながら、恋燐の足から手紙を外す。



それから、丁寧に手紙を開く。




「ナイトからだよな、もちろん。あーっと………そっか。連絡もしないで悪かったよな、俺。………まぢかよ!?」



「あー…おっほん!盛り上がってるとこ悪いが草木…授業を始めたいのだが。」



一人で百面相をしている保に、化学教師は冷ややかに言ったのだった。

























午後四時五分。




(もう四時なんだ…?ずっと泣いてたらお腹空いたな…。)



美奈子は、赤く腫れた瞳を軽くこすりながら、階段を降りた。



そうして、冷蔵庫からラップのかかったチャーハンを取り出しイスに座った時、



「…どんな状態でも、ご飯だけは食べるのだな、お前は。」



地下の階段を上りながら吹雪が言った。



美奈子は、意外だと言いたげに首を傾げ彼を見つめる。




「吹雪…学校は?もう終わったの…?」



「…休んだ。そのくらい察しろよ。」



「休んだって…吹雪でもサボることあるんだね…。」



誰がサボリだと返しながら、吹雪は美奈子の真前のイスに座る。



美奈子は吹雪の行動を訝しげに観察しながらも、チャーハンをレンジで温める。




「野暮用でな。サボったわけではない。」



「野暮用…?学校休んで地下から出てくることが…?」



「…そうだ。他人のことよりお前の方がサボリだろ。体調が悪いわけでも無いというのに…いい加減に学校ぐらい通え。」



毒舌調だが、吹雪の表情は険しくはなかった。


美奈子の表情が曇る。




「行きたいけど…」



「けど…なんだ?」



「………。」



無言になった美奈子を、吹雪はただじっと見つめた。



数秒経って、




「…怖いから、か?非難されることや…一條のことを思い出してしまうとでも考えているのか。」



吹雪の方から、会話を切り出した。



美奈子は、眉を下げ違うと首を振る。




「それもそうなんだけど…契約者と戦うことが怖くて。今まで深く考えなかったけど…私達のやっていることは、人間として最低なんじゃないかって思って…。」



「…そうかもしれないな。だが、神風が居なくなれば、この世界の人間そのものが絶滅してしまう。」



「うん…わかってるよ。でも、割り切れないし…怖いし…悲しい…。元の世界に帰りたい…。」



「美奈子…。」



うつむいて肩を震わせる美奈子を見て、吹雪は無言になった。



いや、かける言葉を見つけられないのだ。




「私…帰りたい…。戦いたくない…。どうしたらいいのかな…?ねえ、吹雪…教えてよ……!」



「………。」



「吹雪…?」



美奈子の体が、悲しみとは違う意味でピクッと震えた。



吹雪が彼女の背中に覆い被さるようにして抱きしめたからである。




「…俺にもわかるはずがない。だけど俺は…お前の涙は見たくない。」



「えっ…?」



「帰りたいというならば…できる限りのことはしてやる。だから…泣くな、美奈子。」



美奈子の頬がほんのり赤くなる。



と、その時。



バンッという音がするほど激しく、入り口のドアが開いた。


そして、




「保はどこだ!?ここに来てるんだろ!………あっ。」



一人の女性が入って来た。



緑色のパーマ髪と赤い瞳を持つ彼女は、二人からパッと目を逸らし、




「し、失礼した!」



あたふたとホームから出て行った。




「…一体、何なんだ?」



「さ、さあ…?あ、あの…吹雪。重たいんだけど…」



吹雪は、ああ…すまないと美奈子から離れる。



それとほぼ同時に、




「…って、そうじゃなかった!」



再びドアが開いて、先ほどと同じ女性が入ってきた。



今度は出ていかず、険しい表情でツカツカと二人の前まで歩いて来たのだ。



「…風 吹雪!水野 美奈子!」



「………。」



「えっ…な、何…?」



夜澤騎士は、二人に向かってビッと人差し指を突きつける。




「…私と勝負だ!そっちが勝ったら、保は神風に居ることを認める。ついでに、私も神風に入ってやる!その代わり、私が勝ったら…」



「勝ったら…なんだ?」



「…保を無理矢理にでも連れて帰らせてもらう。私と一緒に旅に戻るというわけだ。」



「………わかった。だが…勝負は一対一だ。美奈子は今、戦える状況ではないからな。」



吹雪の発言に美奈子は、えっ…と目をパチパチさせていた。




「吹雪…だ、大丈夫だって!私も戦い…」



「…いいだろう。そういうことなら、私と君…風 吹雪!サシで勝負しよう。」



美奈子の言葉はかき消され、話は淡々と進む。




「戦いの場所は、ここ…ホームから出てすぐの場所。時間は、今すぐでいいな?」



「…俺は構わない。」



「武器は自由。審判はセルフジャッジ。」



騎士は淡々と説明すると、サッと玄関のドアから出て行った。




「吹雪…ありがとな。」



続いて外に出ようとした吹雪に、保が礼を言った。




「…何のことだ?」



「ナイトとの決闘のことだよ。あいつ…けっこう頑固でさ。言い出したら聞かないんだ。」



「礼を言われるほどのことではない。俺自身が、戦ってみたいと思っただけだ。」



吹雪は端的に返すと、くるりと踵を返し出て行った。




「吹雪…無理すんなよ。」



「えっ?保君、今の言葉…吹雪に何かあったの?」



吹雪の背中に言葉を投げかけた保に、美奈子が訊く。




「ん…?ああ…ちょっと、気になることがあるだけだよ。」



「気になること?」



「うん。大したことじゃないんだけどさ…たぶん。それより、美奈子ちゃん。俺達も二人の後を追おう。」



保の言葉の濁し方が気にかかったが、うん…と美奈子は答え、二人もホームの外へと出たのだった。






ホームの外では、既に熾烈な戦いが始まっていた。




「たあっ!!」



騎士の槍は吹雪の横腹をかすめ、




「くっ…強いな。はっ!!」



吹雪の剣は騎士の槍を防いでいる。



カンッ、キンッと金属音がひっきりなしに聞こえた。



「す、すごい戦い…。」



美奈子は、その場に立ちすくし絶句してしまった。




「吹雪…。大丈夫かよ…本当に?」



保は、誰にも聞こえないくらいの小声で呟いた。




「くっ…さっさと負けを認めたらどうだ!」



「……っ…!?」




カンッ!…カランカラン。



双剣が吹雪の剣を弾き飛ばす。



騎士はそのまま、吹雪の眉間に剣の先を突きつけた。




「保は…ただの旅人で、私の大事なパートナーなんだ!…返してもらうよ。もし拒むなら…」



「…関係ないな。連れて帰りたいなら、勝手に連れて帰ればいい。」



「なっ…何言ってるかわかってるのか、君は!」



吹雪の発言に、騎士は目を見開きたじろいでしまった。



その一瞬のスキに、吹雪はサッと離れ自分の剣を拾い上げる。




「だが…」



「わっ!?」



カンッカンッ!



今度は、吹雪が騎士の双剣を弾き、喉元に剣の先を突きつける。




「勝負にはこだわる。この戦いだけは…負けたくない。」



「吹雪…。」



美奈子はジッと吹雪の顔を見つめた。



何かの決意に満ちた…それでいて悲しげな表情だった。




「卑怯だ!私を油断させて、こんな…」



「ナイト…もう気が済んだだろ?」



「保…。」



保は困ったように頭をかきながら、騎士と吹雪の近くまで歩いて来た。




「全部、ナイトの勘違いなんだってば。俺は、自分で神風として戦おうって決めて吹雪や美奈子ちゃんと一緒に居るんだよ。脅されたりなんかしてねえの。」



「そんな…!嘘に決まってる!旅が大好きな保が…逃げ腰の保が…」



「うっわ…ひどい言われ様だな、俺。逃げ腰って…。」



ははっと苦笑いして、保は言葉を続ける。




「確かにさ、今までの俺は逃げ腰で弱くて…そのくせ、負けず嫌いの頑固者だった。だけど、二人に助けられて…力が目覚めて…俺は変わろうって決めたんだ。逃げてばかりじゃなくて、何かのために…大事なものを守るために戦おうってさ。」



「保…。私は…」



騎士が何かを言いかけた時。




「ウグオオオ…!見ツケタ…神風ェェ!!」



彼女のすぐ真後ろから、地から響くような低い声が聞こえた。




「ナイト!危ない!」



「えっ…?うわあっ!?」



振り返ろうとした騎士は、低い声の主に強い力で羽交い締めにされた。




「ナイトっ!!」



「ナイトさん!!」



保と美奈子は、すぐさま武器を身構え、契約者に向かって駆ける。




「くっ…こんな時に…。」



吹雪は最初に気づいていたが、胸を押さえガクンと膝をついていた。



騎士との戦いで、肋骨に負担がかかりズキズキと痛み出したのである。




「えっ…だ、大丈夫、吹雪!?」



異変に気づいた美奈子は、慌てて吹雪の方に駆け寄る。




「神速斬!!」



その一方で保は、声の主…鋭く伸びた爪と鬼のような形相をした契約者に、円輪を投げつけていた。



円輪は猛スピードで回転し、契約者の腕を斬りつける。




「グオオオ!?」



反動で、騎士を拘束する腕の力が弱まる。



騎士はチャンスとばかりに、体をさっとかがめ拘束から抜け出した。



そして、双剣を拾い上げ、胸の前に構える。




「ナイト…大丈夫か!?ケガとかしてねえよな…?」



「…大丈夫。そんなことより、今は契約者とかいうあの化け物を倒すことが先決だ。」



「…お、おう。やっぱり吹雪…こうなっちゃったか。」



保はチラと吹雪の方に視線を移した。



美奈子の声かけを受けながら、苦しそうに顔を歪め座り込んでいる。




「やっぱり…?」



「ナイト、前っ!前っ!」



「わっ!?」



「おわっ!?」



保と騎士は、それぞれ左右反対に避けた。



契約者の長い爪が、先ほどまで二人がいた場所の地面を砕いている。




「吹雪…弱マッテイル…。始末…簡単。先ニ…貴様ラカラダ!!」



「今までの奴より…強い…!」



保は、これは油断ならないとしっかりと構え直す。




「吹雪っ!吹雪ったら!」



「美奈子…っ…俺はいいから…二人を…っ!」



美奈子の手を振り払い、吹雪は痛みに耐え立ち上がる。




「吹雪!無茶だって…!私には何が何だかわからないけど…ケガしてるんじゃないの!?」



「俺のことは…放っとけ…っ…。今は…契約者を…っ!」



「吹雪…ここは俺達に任せとけっ!」



保はそう言って、吹雪にウィンクしてみせた。




「保…っ…。」



「いつも助けてもらってるからな…借りは返す…うわっ!」



契約者の強烈な攻撃が、保の足元の地面に穴を空ける。



「逃ガサヌ…。神風…ココデ…朽チ果テヨ!」



「すっげー強烈…!」



すぐに体制を立て直し、保は一度契約者と距離を置いた。




「保…大丈夫か?」



「このくらい、何ってことはねえさ。それはいいんだけど…頼みがあるんだ、ナイト。」



「我ヲ…無視スルナ!!」



ドガッと契約者の爪が再び地面を砕く。



保と騎士は、同時に後ろへジャンプして避けた。




「頼みって…何?」



「力を…解放してくれ。ナイトの本当の力をさ!」



「………仕方ないか。」



観念したようにそう答えると、騎士は双槍を地面にガツッと突き立てる。



その間に、契約者はダダッと騎士に向かって猛スピードで駆けてくる。




「消エロ…人間!」



「豪雷貫!」



契約者が腕を振り上げるのと、騎士が叫ぶのは同時だった。



鋭利な爪が騎士の胸部を切り裂くかと思われた瞬間、ガーンと轟音が響き、双槍に雷が落ちた。



そしてその雷は、地面を伝って契約者の体を覆う。




「グッ…ウオオオ!?」



「こいつもついでに食らっとけ!神速斬!」



契約者の動きが止まったのを見計らい、保が円輪を投げる。



円輪は大きな半円を描き、契約者の脚をシュパッと斬りつけた。




「ウアアア!!」



契約者は耳をつんざくような悲鳴を上げ、やがてその姿は塵のような細かい粒子と化していった。




「ナイトさんも…神風の力を…?」



吹雪に肩を貸しながら、美奈子は口をあんぐり開けて言った。



ああ、そうだよと騎士は美奈子を振り返って言った。




「私は、“雷”の力を持っている。…どんな手であろうと、負けは負けだ。不本意だけど保も居ることだし、私も神風に入るよ。」



「ナイト…まぢかよ?大歓迎するぜ!」



保はニッと笑って、右手の親指をグッと突き出してみせた。




「吹雪も歓迎してくれるよな…って大丈夫かよ?」



和みムードの中、一人苦しそうな吹雪に気づき、保が冷や汗をかきながら言ったのだった。













「吹雪は?」



同日、午後七時十五分。



馴れない手つきで野菜を皿に盛り付ける美奈子に、保が尋ねた。




「ドクター古葉さんのところに行ってるよ。吹雪…ケガしてるならしてるって言えばいいのに。まったく…水臭いというか何というか…。」



「ハンデのつもりなのか、彼は?回復したら、また勝負を挑んでやる。」



騎士はソファに座り込み、苛立たしげに拳をぎゅっと握った。




(吹雪…言われ放題だな。)



保は二人に対して、はは…と乾いた笑いを返していた。




「人に散々嫌み言うくせに、自分の体調管理もできていないなんて…子供みたいなんだから。」



「…子供みたいで悪かったな。」



「あ…ふ、吹雪!居たの…?」



不意に背後に吹雪の気配を感じ、美奈子は引きつった笑みを浮かべた。




「吹雪…ケガが完治したら、また私と勝負しろ!次は…絶対に負けない!」



それに気づいた騎士はサッと立ち上がり、今にも噛みつきそうな勢いで言った。




「………。」



「吹雪…疲れてるみたいだな、やけに。」



「疲れているわけでなく…全てに呆れているんだ。」



保の考察に対し、吹雪は深いため息をつきながら返したのだった…。













誤解と涙と…-了-

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ