気づき
20XX年、4月14日。
吹雪と一緒にホームで過ごして、二週間経った。
それで…わかったことは、吹雪は基本的に何でもできるってこと。
掃除に料理…裁縫…運動…それに勉強も。
飛び抜けてすごいってほどじゃないけど、やれって言われればできないことは無いみたい。
だけど…一つだけ苦手なことがあるってことを発見しちゃった。
それは………早起き。
『美奈子の日記より』
けたたましい音が部屋中に響き渡っている。
目覚まし時計のジリリリーンという音だ。
「おはよ…うわっ!?な、なんだよ…この騒音は!」
部屋で着替えを済ませ廊下を歩いていた保は、あまりのことに両耳を塞いだ。
「おはよ…保君。吹雪の目覚まし時計の音みたいだよ…。」
階段を上ってきた美奈子が答える。
慣れているのか、両耳は塞いでいないが、困ったように眉を下げている。
「目覚まし時計!?なんで、こんな大音量なんだよ…?」
「吹雪…早起きが苦手で、わざとこうしてるみたい。……でも、まだ起きて来ないね。」
「いや、普通起きるよな…これだけうるさけりゃ。俺…起こしてくる!」
耐えられなくなった保は、タタッと吹雪の部屋へ駆けた。
「あ…保君!」
どうしようか迷ったが、美奈子も慌てて追いかけた。
「吹雪!」
呼び声と共に、バンッと乱暴に部屋のドアが開けられる。
相変わらず、目覚まし時計が鳴り響いている。
…しかし、吹雪は全く起きる様子は無い。
小さな寝息を立てながら、ベッドで眠ったままだ。
「吹雪ー!いい加減に起きて、目覚まし止めてくれー!!」
時計に負けない大声で、保が叫んだ。
「………。」
吹雪からの返事は無い。
「保君…吹雪、起きた?」
「美奈子ちゃん…。」
部屋の中にそろりと入ってきた美奈子に、保は全然と首を振る。
「強制的に起こすしかねえか。」
「どうするの?」
「まあ…美奈子ちゃんはそこで見てて!」
意味有りげにウィンクをすると、保はそっと吹雪のベッドの脇まで近寄る。
「………?」
美奈子は言われた通り、静かに様子を見守っている。
「とりあえず…これを止めて…っと。」
保は右手を伸ばし、目覚まし時計の頭部分のスイッチを押す。
カチッ…と音がして、時計のアラーム音が止んだ。
「よし…準備オッケー。秘技布団めくり!!」
威勢よいかけ声と共に、ガバッと吹雪の布団をめくる保。
さすがに起きるだろうと思っていたが…
「………。」
吹雪は相変わらず夢の中だった。
寝返りを打っただけで、起きようとはしない。
「あれ…?これでも起きないなんて…信じられねえ!」
「寝つき良すぎだね…。」
美奈子が呆れたような顔をして相槌を打つ。
「手強いな…。次、美奈子ちゃんな。よろしく!」
「へっ?私もやるの?保君の秘策使っても起きないなら、私の方が無理だと…。それにどうしたらいいかわからないよ…。」
「物は試しってやつさ。うーん…そうだな…。恋人らしく耳元で囁いてみるとか。」
「えっ!?恋人らしくって…?」
保の提案に、美奈子の声が裏返る。
「今更、照れることないだろ、美奈子ちゃん。吹雪と、そういう仲なんじゃ…」
「ち、違うってば!わ、私と吹雪は二週間前に会ったばかりだし、吹雪には好きな人が…」
頬を赤くして否定する美奈子を見て、ふうんと保はつまらなそうに返した。
「それに…吹雪は、毒舌で冷たいもん。だから好きになんかなら…」
「…うるさいな。」
その日、目覚めて初めて吹雪が発した言葉がその一言だった。
彼は上半身だけ起こし、目をこすりながら、ふわあと眠たそうにあくびをした。
「ふ、吹雪!?い、今起きたの…?」
「…起きたら悪いか?」
「わ、悪くないけど…その…今の話、聞いてた…?」
恐る恐る問いかける美奈子に、吹雪は何のことだと訊き返す。
「聞いてないならいいんだけど…。あっ…おはよう。」
「…やっぱり仲良いんだな、美奈子ちゃんと吹雪って。」
会話に入れなかった保が、羨望と少々の嫉妬を混ぜたような調子でぽつりと言った。
その言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、
「二人がかりで俺を起こして何の用だ?」
吹雪は、不機嫌そうに眉をひそめ尋ねた。
「えっ?別に用事ってわけじゃないけど…目覚まし時計かけてるなら、起こした方がいいかなって。」
「美奈子ちゃんに同じー。」
戸惑い気味の美奈子と対照的に、保は自分達は悪くないとばかりにリラックスした表情だった。
「…子供ではないのだから、自分で起きれる。」
「でも、寝てたじゃんか。あれだけ大きいアラーム音だったら、普通は起きるだろ。」
「………。」
保にからかわれ、吹雪は少し黙った。
「何か用事があるんじゃないの、吹雪?急いで支度した方が…」
「何の支度だ?」
「何のって…出かけるんじゃないの?」
「別に出かける予定は無いが。二週間前から目覚ましをかけているのは…明日から始まる学校のためだ。」
吹雪は幼稚な理由と感じたのか、ふいと二人から顔を逸らした。
「つまり…早起きの練習ってことか?」
保が確認するように訊いて、
「…平たく言えばそうだな。」
吹雪が答える。
「こっちにも、学校はあったんだね…。吹雪が通うところを全く見てなかったから知らなかった。」
「ちょうど春休み中だったからな。」
「そっか…時間の流れは一緒なんだね、表の世界と裏の世界。ん…?保君、どうかしたの?」
不思議そうな顔でこちらを見ている保に、美奈子が訊いた。
「美奈子ちゃん…表の世界から来たの?」
「うん。言ってなかったっけ…?鏡に吸い込まれて、こっちに来ちゃったんだよ。」
「へえ…表の世界の人間、初めて見た。裏の世界の人間と何も変わらないんだよな…。あっ…今度、美奈子ちゃんの世界について、じっくり聞かせてくれよ!」
美奈子は、いいよと快く返事をした。
「…おまえ達も、明日から学校に通うことになっているからな。教科書と制服は、あとで渡す。」
「そっか…私達も学校なんだ…って、えっ!?」
「おっ!俺も学校に行っていいのかよ、吹雪!?」
驚く美奈子と興奮気味の保に、吹雪は落ち着くようにと促した。
「学校側の許可は取ってある。“神風のメンバー”だと言えば簡単に入れるからな。」
「どんな学校なの、それって!それに…神風ってそんなすごい権限持ってるの?」
「文武両道。それも神風として大事な使命だ。」
吹雪は有無は言わさないとばかりに、きっぱりと言い切った。
「学校かぁ…。俺、すっげえ楽しみだぜ!旅人だから、行く機会なんて無いと思ってたからさ。」
「私はあんまり楽しみじゃないよ…。」
ガッツポーズをして喜ぶ保とは反対に、美奈子はなぜか落ち込んでいた
吹雪はそんな二人を気にする様子も無く、階段を一人降りて行くのだった…。
次の日の朝。
「早起き…できてないじゃない。」
制服姿で食パンを頬張りながら、美奈子がぽつりと言った。
「目覚ましも鳴らなかったよな。吹雪って………もしかして、遅刻魔だったりする?」
「そうかもね…。起こしに行った方がいいかな?」
「うーん………そうだよな!吹雪の推薦で入れてるみたいだし、吹雪が居ないとどうしようもない…!」
保は、ぐびっと牛乳を飲み干し立ち上がる。
「よっし!俺、起こし…」
「あっ…吹雪。」
「てくるって…へっ?」
美奈子の言葉に、後ろを振り返った彼の瞳には、階段を下りてくる吹雪の姿が映った。
「…朝から騒がしい奴らだな。」
「ふ、吹雪…!着替えてる…起きてる!?」
「だから…なんだ?」
吹雪は怪訝そうに保を見ながら、食卓に着いた。
「目覚まし時計でも起きない吹雪が…なんで普通に起きて来れるんだよ!?」
「…本番に強いタイプだからな。」
「いや…意味わからねえから!」
そんな保の突っ込みは無視し、吹雪はトーストに食パンをセットしている。
「吹雪…おはよう!ちゃんと一人で起きれるんだね。」
「子供ではないと言っただろ。当然のことだ…。」
「う、うん…そうだね。」
「…って、俺抜きで会話を続けるなよー!」
保の叫びを聞く気はあまり無いようで、吹雪は食パンを食べ始めたのだった。
保の叫びを聞く気はあまり無いようで、吹雪は食パンを食べ始めたのだった。
安全圏にある唯一の高等学校、渦波高校。
教育熱心な学校で、規則も多く、違反者には厳しい罰が用意されている。
その学校の二年三組の教室では、二人の転校生が自己紹介していた。
「えと…み、水野美奈子です。よ、よろしくお願いします。」
「俺は草野保。よろしく!」
緊張して固くなっている美奈子と、爽やかな笑顔を浮かべている保である。
「…そういうわけだ。みんな、仲良くするように。」
黒縁メガネをかけた無愛想な教師が言って、はいと生徒達が返事を返した。
「水野の席は…風の隣。草野は、深央の隣な。」
美奈子と保は、指定された席へと移動した。
「あっ…吹雪の隣なんだ。良かった…全く知らない人の隣じゃなくて。」
「………。」
嬉しそうに言う美奈子を横目に、吹雪はふうと小さく息を漏らしたのだった。
単調なリズムのチャイムが、授業の終了を知らせた。
「やっと終わった…。ここの授業…難しすぎるよ!」
うーんと背伸びをしながら、美奈子は嘆き口調で言った。
隣の席の吹雪は、特に言葉を返さず、教科書を鞄にしまっている。
「だけど、学校って楽しいよな!」
そう明るい口調で言いながら歩いてきたのは保である。
「そっか…保君は学校って初めてだったんだよね。」
「ああ!旅みたいに自由じゃないけどさ…新鮮で面白い!」
「そう言うのは、保君ぐらいかもね…。」
美奈子は呆れたような感心したような、何とも言えない表情を浮かべた。
「………。」
「あっ…帰るの、吹雪?」
スッと立ち上がった吹雪に、美奈子が尋ねる。
「…まだ帰らない、用事がある。二人共…帰りたければ、先に帰っていてくれ。」
「用事って…何だよ?」
「保には関係無い。」
不思議そうに訊く保に冷たく返すと、吹雪は足早に教室を出て行った。
「あっ…吹雪!」
「…ちぇっ、相変わらず愛想の欠片も無えんだから。帰ろうぜ、美奈子ちゃん。」
「うん…。」
会話を終えて二人が教室を出ようとした時、
「水野さん。…ちょっと、話があるんだけど。」
クラスの女子の一人が、後ろから美奈子に声をかけてきた。
黒髪を後ろでおだんごにまとめ、鞄にネコのキャラクターのキーホルダーをつけた生徒だ。
「えっと…」
「一條咲香よ。前の学校のこととか…いろいろ、話したくて。来て…もらえる?」
口調もそうだが、彼女の態度は非常に威圧的だった。
どう考えても、良い話では無さそうだ。
「何だよ…あんた?」
「草野君には関係無いわ。とにかく来て、水野さん。」
「えっ…あ、ちょっと…!」
戸惑う美奈子の腕を掴み、咲香は強引に引っ張っていってしまった。
「…変なの。歓迎会でもやんのかな?…よくわかんねえ。」
残された保は、頭をかきながら一人呟くのだった…。
放課後の校長室。
「この度は、美奈子と保を編入させていただき、有難うございました。」
深々と頭を下げながら、吹雪が言った。
「構わないよ、吹雪君。同じ神風の誼だからね。」
校長は、ははっと笑いながらそれに応えた。
「私は、正式な後任者の代わりに、即席で二人の力持者を加えると聞いた時の方が驚いたがね。」
「………俺も初めは迷いました。しかし、今は少しの戦力でも確保しておきたい。後任者が来れば、話はまた別ですが。」
「まあ…君がリーダーとなり、指揮を執れば、まず間違いは無いと私は思うがね。くれぐれも気を付けるように…ね。」
校長の忠告に、吹雪がはいと答えようとしたその時。
カチャリとドアノブが回り、一人の男子高校生が入ってきた。
「おや、君は…」
「吹雪!こんなところに居たのかよ…。学校中、探し回ったたぜ。」
わざと疲れたようなため息を吐いて入って来たのは、保だった。
「保…。校長先生の前だ。言葉使いには気を付け…」
「はは…構わないよ、吹雪君。今日、転校してきた草野 保君だったね。吹雪君を故意にではないにしても拘束してしまい、すまなかった。…吹雪君、急用かもしれんから、もう行きなさい。」
「…すみません。では、失礼します。」
吹雪は校長に一礼すると、早く来てくれよと急かす保と共に校長室を出た。
「何かあったのか…保?美奈子と共に先に帰ったのではなかったのか?」
「それがさ…、美奈子ちゃんがクラスの女子の一條とかいう奴に連れてかれちゃって。ホームの方に帰る人、全然居なくて…一人で帰るのはなんか寂しいだろ?」
「美奈子が連れていかれた…?何のために…どこへだ?」
吹雪の質問に、保は頭をかきながらよくわかんねえんだよと答えた。
廊下を歩く生徒達が、怪訝そうに眉を潜めて二人を見ている。
「歓迎会でもやるんじゃねえの?」
「………。」
「あ、吹雪、待てよ!」
吹雪は唐突に体育館方面へと走り出した。
「吹雪まで居なくなったら、一緒に帰る奴がいないだろ!待てってば!」
保も慌てて後を追いかけた。
人気の無い体育館裏。
「水野さん、あなた…吹雪君とどういう関係なの?」
一條咲香は、腕を組み美奈子を睨み付けていた。
「どういう関係って…」
「転校早々、吹雪君のことを呼び捨てにして…、噂では同棲しているらしいじゃないの。」
「ど、同棲!?私と吹雪が!?」
美奈子は、素っ頓狂な声を上げ驚いた。
「あら、この期に及んで違うなんて言うんじゃないでしょうね?」
「この期も何も…私と吹雪はそんなんじゃありません!同棲じゃなくて同居だし…保君やドクターの古葉さんも居るのに。」
美奈子は最後の方はぶつぶつと愚痴るように言った。
「…まあ、あなたの諸事情はどうでもいいわ。それより…わかっているわよね、水野さん?転校生の分際で吹雪君に手出しするってことはどういうことになるか…。」
(もしかして…チクチクいじめられるとか…?)
顔を近付けて凄む咲香に、美奈子は降参するように両手を上げ身を引いていく。
しかし次の瞬間、咲香が発した言葉は意外なものだった。
「どれだけ恵まれた環境に居るのかってこと!そんな幸せを独り占めするなんて許されないことよ!だから…写真撮ってきて。」
「…へっ?」
美奈子は思わず妙な声を出してしまった。
てっきり、殴られるかきつい言葉を言われると思っていたからだ。
「『…へっ?』じゃないわよ、吹雪君の写真を撮ってきてって言ってるの。そうしたら、ファンクラブに入れてあげてもいいわ。」
「あの…“調子乗るな”とかって、私をいじめるんじゃ…?」
「いじめ?…学園ドラマの見すぎじゃないの、あなた。確かに私は口調は厳しいし、目つきも良くはないわよ。けれど、今時そんな低レベルなことをする人間がいると思ってるの?そう思ってるなら、あなたは…ウマシカよ、ウーマーシーカ!」
毒舌だが、咲香の表情は和やだった。
「とにかく、写真を撮ってくることがあなたのファンクラブに入る条件。それじゃ、改めて自己紹介。…一條咲香よ。咲香と呼びなさい。敬語は禁止、名字読みもね。」
「あっ…わ、私は…水野美奈子。友達からは“みな”って呼ばれて…いるよ。」
どぎまぎしながらの自己紹介だったが、咲香は満足したように、それでいいのよと笑いながら美奈子の手を握った。
「一條…美奈子と何をしているんだ?」
不意に後方から男性の声が聞こえた。
「ふ、吹雪君!な、何でもないのよ!じ、じゃあね、みな!」
「あっ…咲香!」
声の主…吹雪の姿を確認した咲香は、慌てて校舎内へと去って行った。
「吹雪…どうかしたの?こんなところに、用事があって来たって感じには見えないけど…。」
美奈子は振り返り、吹雪に問う。
「……保がうるさいから探しに来てやったんだ。美奈子こそ…一條に無理矢理連れて行かれたと聞いたが、何をしていたんだ?」
「探しに来たって…私のことを心配して…?吹雪って…意外と心配症なんだね。」
「…質問に答えろ。」
吹雪は怒ったような強い口調で言った。
その言い方と表情に、美奈子は少しムッとした。
「何よ…探しに来てくれてありがとうって言おうと思ったのに!」
「礼はいいから答えろ。」
「命令口調で言わないでよ!」
美奈子は吹雪のすぐ目の前まで、ズイズイと寄った。
だが、吹雪は怯むことなく、美奈子の瞳を怪訝そうに見つめている。
「別に何してたって吹雪には関係無いでしょ!いつも、いつも…同い年のくせに…!!」
「はあ…吹雪…ちょっと疲れた…。待ってくれよ…って美奈子ちゃん!?」
タイミングがいいのか悪いのか、吹雪から見て前方から保が走って来た。
「あ…保君…。」
「ご、ごめん…。何か俺…お邪魔だった?」
「えっ…?そ、そんなことないよ!」
美奈子は慌てて吹雪から離れ、保の元に駆けていった。
「か、帰るんだよね…保君?」
「うん…吹雪も一緒に帰らないのか?」
保の誘いに、吹雪は嫌そうに口元を引きつらせた。
「…一緒に?保だけならともかく…美奈子とはごめんだ。」
「なっ…私だって吹雪となんか帰りたくないわよ!行こう、保君!」
美奈子はくるりと踵を返すと、大股で校門へと歩いて行く。
「あ…美奈子ちゃん、待ってくれよ!…吹雪の頑固者。」
前半は美奈子に、後半はふいと顔を背けている吹雪に向かって言って、保は美奈子の後を追いかける。
「頑固者…か。俺だって、好きでケンカしているわけではないのに…。」
一人その場に残った吹雪は、ため息混じりに呟いたのだった。
翌日の放課後、学校にて。
「みな…写真は撮ってきてくれたかしら?」
咲香は、鞄に教科書やら筆箱やらを詰めている美奈子に声をかけた。
「えっ…写真…?」
「吹雪君の写真よ。昨日、頼んだじゃないの。」
「あっ…すっかり忘れてた。」
美奈子はしょげた顔をして、ごめんと謝った。
「はあ…仕方ないわね、あなたは。」
「ごめん…。でも、別に私は吹雪のファンクラブには入る気はないから。写真も…吹雪は勘がいいから難しいかも。」
「はいはい…言い訳はもういいわ。」
咲香は、頭に手を当ててふうと息を吐きながら教室を出て行った。
「咲香…。」
「…一條と仲が良いようだな、美奈子。」
咲香の後ろ姿を見送る美奈子に、吹雪が話し掛けた。
美奈子は吹雪に視線を移し、何か用なのとつっけんどんに尋ねる。
「…一つ忠告し忘れたことがあった。友達を作るのはいいが…執着するな。」
「はっ?…何、それ。」
「勘の悪いやつだな、おまえは。つまり…だ、一人の友達に執着することは止めておけと言っているんだ。神風は…別だが。」
そう言うと、吹雪は美奈子が何か言う前にさっさと教室を出て行く。
「何よ…説明になってないじゃない。」
その時の美奈子には、吹雪の言葉の真意がわからなかった。
そして、忠告をすっかり忘れた頃に、その言葉の意味を理解することになるのだった…。
一週間後、荒れ果てた大地にて。
「なんで…。」
美奈子は、涙を見せまいとうつむいて呟いた。
両手の拳は、悔しさを耐えるかのようにぎゅっと固く握られている。
「…だから、執着するなと言ったんだ。」
視線を美奈子から逸らしてはいるが、吹雪の表情はいつもとは変わらない。
「美奈子ちゃん…。」
気の利いた言葉が浮かばず、保はただ悲しげに眉を下げているだけだった。
彼らの前には何も無かった。
だが、何も無いということが美奈子にとっては悲しくて辛いことだった。
遺体を手厚く葬ることすらできないのだ。
「咲香が…契約者になるなんて…。神風を恨んで…自分から…。悪い夢か何か…だよね…?」
「夢などではない。これは…紛れもない現実だ。」
吹雪の答えは何度訊いても同じだった。
「そっか…。咲香は…死んじゃったんだね…。現実なんだね…。あはは…こんなの…夢なわけないよね…。」
「美奈子ちゃん…?」
「大丈夫だよ…保君、吹雪。私は…笑って送り出せるから…大丈夫…。」
振り向いた美奈子はにこりと笑っていたが、瞳からはとめどめもなく涙が溢れていた。
それはポタポタと落ち、地面に小さな水たまりを作っていく。
「美奈子ちゃん…本当に大丈…」
「大丈夫…っ…ごめん…。私…先に…うっ…帰るね…。」
「あっ…美奈子ちゃん!!」
保の止めるのも聞かず、美奈子は両腕で顔を覆ったまま、駆けて行った。
「おおかた、こうなることだろうとは思っていたが…。」
「美奈子ちゃん…大丈夫かな…。」
「………。」
保の質問に、吹雪は答えず美奈子の駆けて行った方向をじっと見つめる。
「吹雪…励ましに行ってやれよ。彼氏なんだろ?」
「…誰が誰の彼氏だ?励まし…か。話しには行くが。」
吹雪は保に言葉を返すと、美奈子を追いかけて走って行った。
ホームの二階、美奈子の部屋前。
「うっく…咲香………。」
扉一枚隔てた部屋の中から、美奈子のすすり泣き声が聞こえる。
「美奈子…泣いているのか?」
吹雪はいつもの毒々しい口調では無く、穏やかな口調で扉越しに話し掛けた。
美奈子はピクッと体を震わせる。
「話がある。お前は…」
「吹雪…ごめん…。私………っ…もう…戦いたくない…。」
「……そうか。質問する手間が省けたな。」
扉越しに返答し、用事は済んだとばかりに吹雪は階段を降りて行く。
コツコツ…という足音が美奈子の耳にもしっかりと聞こえてきた。
(咲香………。私…これで良かったのかな……。どうすれば……いいの…?)
今は亡き咲香に心の中で問いかけ、美奈子は羽毛枕に顔を臥したのだった…。
「どうだった、吹雪?美奈子ちゃん…少しは元気になった?」
リビングで待っていた保が尋ねた。
吹雪は、全然と首を横に振った。
「全然って…せっかく話したんなら、説得して来いよ!もしかしたら、学校にだって来れなくなるかもしれないんだぜ!?それでもいいのかよ!」
「…それは美奈子の勝手だ。俺がとやかく言う問題じゃない。」
「だからって…!」
「俺は…あいつを元の世界に返してやろうと思う。」
脈絡の無い言葉に、保はへっと拍子抜けしたような声を出した。
「吹雪…?」
「あいつが落ち込もうがどうしようが、俺には関係無い。けれど…わかっていたのに止められなかった俺にも責任はある。その咎を…払拭したいだけだ。」
そう言うと、吹雪は自分の部屋へと姿を消したのだった………。
気づき-了-