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目的











「吹雪…寒くなってきたんだけど。そろそろ帰らない?」



自分の体を抱くようりに両手を交差させ、身震いする美奈子。




「………。」



吹雪はそれには応えず、手を合わせ目を瞑り続けていた。




そこは、安全圏の中の大規模な霊園。




吹雪は度々ここに来て、いつも同じ墓石の前で手を合わせていた。




「ねえ、吹雪!風邪ひくってば…。」



「………そうだな。」



「そうだなって…。はあ…私、先に帰るね。…道覚えたし。」



「………。」



吹雪の返答を待たず、美奈子はクルリと踵を返す。



そして、ゆっくりと歩き始めた。




ふと空を見ると、灰色の雲が徐々にこちらに流れてきていた。


…一雨きそうである。




「雨…降りそう。あー…もう!」



美奈子は呟き声とは決して言えない声で言って、




「吹雪!雨降るかもしれないから、帰った方がいいって!」



大声で吹雪を呼びに戻った。








サーッと霧雨が降っている。



美奈子は、結局降り出しちゃったとぼやきながら、髪をタオルで拭いている。




「…悪かったな。温かい粥でも食べるか?」



「もちろん、食べる!…でも、その前に一つ訊くね。あのお墓…誰のお墓なの?」



「………誰だって、美奈子には関係ないだろ。」



吹雪は不機嫌そうに眉をひそめると、キッチンの方へ行ってしまった。




「え…ちょっと、吹雪!気になるじゃんか…。」



美奈子は怪訝そうな顔をしたが、吹雪の後を追うことはしなかった。



恐らく、それは吹雪にとってあまり話したくない話なんだろうと感じたからだ。








次の日の朝。



美奈子がリビングに下りると、吹雪の姿は無かった。




(あれ…?吹雪…どこに行ったんだろう?)



テーブルを見ると、カリカリに焼かれたラスクとコーヒー、一枚のメモがあった。




「メモ…?なになに………『出かけてくる。夕方までには帰って来るが、一人で外には出るな。』か。行き先書いてないし…なんか上から目線だなあ。」



美奈子は少しムッとしながらも、椅子に座りラスクをかじる。




(ん…待てよ?吹雪が居ない今…昨日のことを知るチャンスかも!)



そう考えた美奈子は、ムッとしていたことも忘れ、にやりと不敵に笑うのだった。



(ついでにお掃除しちゃおうかと思ったけど…私の出る幕無かった…!)



吹雪の部屋に入った時の、美奈子の初感想はそれだった。



彼女の考えていた部屋は、あちこちゴチャゴチャしていた男くさい部屋だったが、予想とは全く真逆であった。




まず目に付くのが、向かって左側にある勉強机。

余計な物は一つも無く、資料やノートがきちんと整理されている。



次に、本棚。

歴史…専門書…推理小説などが種類別に、誰が見ても一目瞭然なように並べられていて、まるで書店のようだ。



それから、ベッド。

布団はピシッとたたまれており、至ってシンプルだ。上には目覚まし時計ぐらいしか置かれていない。



壁にはカレンダーしか貼られておらず、新品同様である。




(きれいな部屋…。んっ…あれは…?)



ふと、ベッドに視線を戻すと、目覚まし時計の裏に何か四角い物が見えた。



美奈子は目覚まし時計をどかし、四角い何かを手に取ってみる。




(これって…)



それは写真立てだった。

縁はコルクボードのような生地で、中に吹雪と女性が並んで立つ写真が入っている。




「吹雪と………誰だろう?」



女性は吹雪と同じくらいの年に見える。


茶色と黒が入り混じった髪色で、瞳はやや紫がかっていた。

はにかんだような笑顔が素敵だった。




「吹雪の…彼女…かな?」



誰にいうともなく、美奈子は呟く。



するとその時、




「…勝手に人の部屋を物色するんじゃない。」



すぐ後ろで声がして、写真立てを美奈子の手から奪い取った。




「あ…お帰り、吹雪。別にいいじゃない…写真しか触ってないんだから。」



「写真しか…でなくて、写真が一番触られたくないんだ。」



吹雪の言葉は弱冠の怒気を帯びていた。




「だって、吹雪が教えてくれないから…気になって仕方なくて…。」



「何をだ?」



「あのお墓の秘密だよ。その人の…家族のお墓?」



写真立てを元の位置に戻す吹雪に、美奈子が訊く。




「………前に言っただろ。美奈子…お前には関係無い。」



「関係無いって…確かにそうだけど…。一緒に戦う仲間でしょ?だったら、お互いのことをもっと知り合うべきじゃないの。」



「………。」



「また黙るし。吹雪は都合が悪いと、いつも黙ってるんだから。」



「…美奈子に俺の何がわかる?」



ベッドに座りかけながら、鋭い視線を美奈子に向ける吹雪。



「えっ…」



「………俺のことは放っておいてくれ。」



「あっ…吹雪…。」



美奈子の背中をぐいぐいと押して、吹雪は部屋から追い出した。



唖然としている彼女の前で、ドアがパタンと音を立てて閉まる。




(何よ…知らないから知りたくなるんじゃないの!吹雪だって…私のこと、何にも知らないくせに…。)



美奈子は多少むくれながら、階段をドスドス降りて行った。



そうして、ソファにドカッと座り、テレビの電源を入れようとした時。




『きゃあああ!!』



明らかにテレビの声では無い女性の悲鳴が聞こえてきた。



ここからそう遠くは無い場所のようだ。




「な、何…?外から…?」



美奈子はチラッと階段の方を見た。



…部屋は防音になっているのか、吹雪は降りて来ない。




(………吹雪なんかに頼らなくても、戦えるよね!よし…)



美奈子は数秒で行動を決定すると、駆け足で外に出て行った。




入れ違いに、




「…美奈子。今のは…テレビの声か?…居ないのか?」



吹雪が降りてきた。







そこに居たのは、美奈子と同じくらいの年齢に見える女性と契約者だった。



黒髪の若い女性はその場に座り込んでいて、契約者は舌なめずりしながら歩み寄ってきている。


しかし、いつもの契約者と違い、まだどこか人間らしさの残る風貌だった。




「大丈夫ですか!?」



美奈子は女性に声をかけながら、守るように前に立った。




「だ、大丈夫…。あなたは…神風…?」



「今は答えてる暇はありません!とにかく、逃げて下さい!」



「わ、わかったわ…ありがとうね。」



女性は早口に礼を言うと、タタッと走り去って行った。




「私一人でも勝てるんだから…来なさい、契約者!」



美奈子は空間から水色の剣を取り出し、身構えた。



…が、




「グウ…。」



契約者は襲ってこない。



それどころか、




「タ……ス……ケ…テ…。」



苦しそうに頭をかきむしりながら、確かにそう言ったのだ。




「助けてって…」



「グアウ!」



「きゃっ!?」



苦しがって突進してきた契約者を、美奈子は左によけてかわす。




「オネガイ…タスケテ…。」



今度は、疑う余地も無く切ない声で言った。



「助けてって…どうすれば…?」



「ガアウ!!」



「わっ!?」



今度は、振り払うように横に腕を動かす契約者。



長い爪の先端が美奈子の頬に当たり、ピッと小さな切り傷をつくる。




「いたっ…。暴れられたら、助けられないよ…。」



「タス…ケテ…。」



改めて見た契約者の顔は、涙を流し懇願するような表情で、元の母親らしき女性のものだった。




「コドモタチ…ワタシ…オイテ…。タスケテ…」



「ごめ…なさい。助けたいけど…助ける方法を知らないから…。」



美奈子は剣を持つ手を下ろしとうつむいた。




「だけど…倒すこともできない。どうしたら…」



「ウ………グァウウ…!」



契約者は暴れ狂いながら、美奈子に再び突進してくる。




「………っ。」



美奈子は避けない。



それで契約者の苦しみを和らげられるなら、と考えたからだ。




「タス…ケテ…アア!!」



鋭い爪を備えた腕が振り上げられる。



次の瞬間。




ザシュ!!




「ガアアア…!」



斬音と契約者の悲鳴が響いた。




「あっ…。」



呆然とする美奈子の前でその光景は繰り広げられていた。



左腕を斬られよろよろと後ずさる契約者。



右手に携えた剣に緑の血を付着させた吹雪。




「はっ!」



吹雪は再び剣を横に薙ぎ払った。




「ウガアアア!」



契約者は胸部にそれを受け、多量の緑の血を流しながら、地へ伏し…消えていった。




「………なんで。」



剣を持つ手をスッと下ろし振り返る吹雪に美奈子が言った。




「なんで…なんで…倒したの…?あの人…助けてって言ったのに!!」



「………契約者に体を乗っ取られた人間は、死んでいるも同然だ。助けることは………できない。」



「泣いてたのに…。子供が居るって…助けてって…泣いてたのに!!」



美奈子はぺたっと座り込み、涙を浮かべて訴えかけるように言った。




「………。」



「吹雪には…感情が無いの?何とかして助けたいって思わないの!?」



「…俺は、意志がある無いに関わらず、契約者は全て倒すと決めてるんだ。戦う目的でもある。」



吹雪は冷めた瞳で美奈子を見下ろしていた。




「目…的…?目的のためなら…こんな酷いことをしてもいいって言うの!?そんなの…自分勝手じゃない!」



「…彼女を助けて、代わりに彼女の家族が死ぬ。それは自分勝手じゃないのか?」



「えっ…」



予想外の質問に、美奈子は面くらったように瞳を丸くした。




「助けたら…あの人の家族が死んでいた…?どういうこと…?」



「考えればわかることだろ。一度契約者に体を乗っ取られた人間は、もう元に戻ることはできない。助けるとしたら…あのまま放っておくしか方法が無い。だが、意識はやがて完全に消失し…記憶だけが残る。そうなると…」



「………記憶にある家族を一番に殺すってこと?契約者は無差別に人を襲うんじゃなくて…?で、でも…それは吹雪の推測じゃ…」



「殺されかけた人間が言っているんだ。…推測ではない。」



吹雪はピシリと断言した。



その瞳は悲しげに遠くを見つめている。




「殺され…かけた…?」



「…この話は終わりにする。新手が来ないうちに…帰る方が懸命だ。」



「………。」



吹雪はスタスタとホームへと戻り始めた。



美奈子は彼の後ろをついて歩きながら、言葉の意味を考える。




(殺されかけたって…まさか、あのお墓の主に?それが、写真の女の人で…その人にとって…吹雪は大事だったとしたら…。そっか…だから、吹雪は…。)








数日後。



吹雪がいつものように墓地を訪れると、墓の前にユリの花束が備えられていた。



怪訝に思いながら、吹雪は花束を手に取る。




「きれいでしょ?…吹雪の彼女と同じ名前の…ユリの花。」



不意に、後ろから声をかけられ、吹雪は振り返る。



無論、言うまでもなく、声の主は美奈子だ。




「………どこでその名前を?」



「この前、写真見た時…裏に名前書いてるのが見えたの。」



美奈子は、話しながら墓の前にスッと座り両手を合わせた。




「………香波由里。名前は合っているが、彼女ではない。ただの…幼なじみだった。」



「そうなんだ?写真に仲良く写ってたから、てっきり彼女かと…。」



「…幼なじみだ。」



「そんなに否定しなくてもいいのに。せっかくだし…その“香波由里”さんについて話してよ、吹雪。」



「………話せば、契約者を倒すことの邪魔をしないか?」



「邪魔したわけじゃないけど。とにかく話を聞いてからそれは考える。」



仕方ないと深いため息をついて、吹雪は話し始めた。



「何度も言うように、由里は俺の幼なじみだ。さっぱりしていていつも明るく少しお節介なやつでな。俺のことを常に心配してくれる優しい女性でもあった。」



「うん…何となくわかるかも。」



美奈子は同意するようにうなずいた。




「…だが、今から半年前に死んでしまった。契約者に体を乗っ取られて…自ら死を選んだ。」



「………死を選んだって?」



「…半年前。それは、契約者が急速に増えだした時だった。俺はまだ力を使い始めたばかりで、未熟で…。契約者に体を乗っ取られた由里に、鋭い爪を携えた腕を向けられた。心臓を貫かれると思った刹那、由里は一時的に正気に戻ったんだ。」



「………うん。」



「由里は俺に“自分を殺せ”と頼んできた。…俺にはそんなことはできなかった。煮え切らない俺を見て由里は…“自分にも吹雪を殺せない”と言って………自ら命を………」



「もういいよ…吹雪。ごめん…。」



美奈子は瞳を潤ませて、吹雪の言葉を遮った。




「…わかったなら、もう二度と俺のことを聞かないでくれ。」



「うん………本当にごめん。でも…」



「でも…?」



「ありがとう…話してくれて。話したくなかったことなんでしょ…?」



美奈子の言葉に驚いたかのように、吹雪は彼女の方をバッと振り返った。



「………変な奴。」



「えっ?」



「俺のことを嫌いと言ったり、仲間と言ったり…。本当に変な奴。だが…嫌いじゃないな、美奈子。………こちらこそ、ありがとな。」



美奈子は吹雪の優しい微笑みを、その時始めて見た。



困ったように眉を下げ、口元を引きつらせた妙な笑顔だったが、美奈子には吹雪が心を少しだけ開いてくれたように見えたのだった…。






目的ー了ー


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